ロシア軍司令官が「虐殺を命じられた」と批判…プーチン得意の情報統制がついに機能しなくなったワケ
プレジデントオンライン / 2022年6月15日 11時15分
■アプリから漏れ出るロシア軍兵士の本音
ロシアが得意としてきた情報統制が、日を追うごとに機能しなくなっている。ロシア軍内部の兵士や司令官がアプリを通じ、厳しい戦闘の実情をロシア国民に直接発信するようになったためだ。世界トップクラスのシンクタンクのひとつ、欧州政策分析センター(CEPA)が分析リポートを通じ、ロシア情報封鎖のほころびを指摘した。
情報漏洩(ろうえい)の主な舞台となっているのは、暗号化メッセージアプリの「Telegram(テレグラム)」だ。軍上層部を信頼しない兵士や司令官、そして退役軍人や独立系メディアなどが、それぞれ独自の視点で生の情報を発信し続けている。ある司令官はTelegramに投稿した動画を通じ、ひどい食糧不足により部隊全体が飢えていると訴えた。プーチンはロシア兵を虐殺している、との猛批判だ。
ロシア軍の実情が現場から直接流出することは異例だ。CEPAは、「まったくもって前代未聞の事態が巻き起こった」と述べ、ウクライナ侵攻における情報漏洩の特殊性を指摘している。
■ロシア軍司令官は「プーチンによって虐殺に送り出された」と非難
ある部隊は、飢えと病に悩まされている現実をTelegramで明かした。英ミラー紙が報じたところによると、ドネツク共和国第113連隊のロシア軍司令官は戦地からTelegramに動画を投稿し、プーチンは適切な装備もなく自軍の兵士たちを「虐殺」に送り出したと訴えている。この司令官は、食糧と医薬品の不足により部隊が「慢性的な疾患」に見舞われているとも訴えた。
動画では、やつれた表情を浮かべた数十名の兵士たちを背景に、司令官が戦地の過酷な状況を視聴者に明かしている。司令官は、自身の部隊が医薬品も十分な武器もなくウクライナ南東部のヘルソン地方に動員され、2月下旬以来、「飢えと寒さ」との戦いであったと暴露した。
さらに、部隊は適切な武器なくプーチンによって「虐殺に送り出された」と批判し、部隊をドネツクまで戻してそこで動員を解くよう求めている。司令官は続ける。「健康状態の検査を受けた者などいない。精神疾患をもつ子供たちが動員されている。多くの子をもつ父親たちや、後見人たちもだ」
動画についてミラー紙は、「彼の暴露は、ウクライナ東部で戦うウラジーミル・プーチンの一部部隊に関して、厳しい状況を浮かび上がらせた」と分析している。ウクライナ東部のドンバス地方はロシアが「解放」したと主張する地域だが、このような現実に苦しむ部隊による暴露動画が不定期にTelegram上に投稿されている。
■プーチン政権の情報統制に無理が生じている
ミラー紙は、今回の動画を投稿した113連隊のほかにも、少なくとも2つの部隊が同様の苦境を訴え戦闘を拒否したと報じている。戦地に駆り出されたものの有効な攻撃手段をもたず、ただただ「大砲の餌食」になっているとの不満も兵士から噴出している模様だ。
生々しい戦場をその目でみたロシア兵の多くは、もはや政府発表の情報を信頼していない。CEPAが明かしたところによると、現役兵および退役兵が多く参加するとあるTelegramチャンネルでのアンケートでは、国営メディアを情報源として信頼すると回答した人は2%にとどまったという。
もともと政府を信頼しない人々がTelegramを愛用している傾向はあり、母集団のバイアスは多少存在するとみられる。しかし、それを加味しても、プーチン政権の傀儡(くぐつ)メディアに対する圧倒的な信頼のなさを物語る数字となった。
プーチン政権は国営メディアなどを通じたプロパガンダで侵攻を正当化し、有利な戦果だけを伝えてきた。だが、肝いりの情報統制とプロパガンダにも、さすがに無理が生じてきているようだ。
一方のTelegramは、耳当たりのよい報告ではなく、真相で人々を惹きつけている。ロシア軍がドネツ川の渡河作戦で大きな失態を演じると、その死者数についてしばらく伏せるようあるチャンネルが呼びかけたが、ロシア側ユーザーからの怒りの声で炎上した。自由な情報の流通を好むユーザーの気質がうかがえる一件だ。
■形勢不利を伝えるチャンネルがロシア人の支持を得る
興味深いことに、Telegram上で飛び交う現場の声はロシア軍の作戦立案にも反映されているという。CEPAが報じたところによると、ウクライナ軍の防空網が健在だという情報がチャンネル上で流れた際には、ロシア空軍内部で大規模な検証が行われた。
軍は、ユーザーがどの部隊に所属しているかなどをある程度特定し、情報の信頼性を精査しているとみられる。そのうえで、前線からの有益な情報源として発言を事実上黙認している形だ。事実、ユーザーのなかには現役兵に加え、退役した元将校など知識豊富な人物も多い。
こうしてTelegram上の情報に便乗するロシア軍だが、思わぬ落とし穴が待っていた。軍が対応の参考としたとの評判が広まると、ロシア軍形勢不利を伝えるいくつかのチャンネルはいっそう一般国民の信頼を得る結果となった。
このようなアプリを通じた情報公開は、以前の戦争であれば考えられなかった。状況を特異だとみるCEPAは、「戦争から3カ月で、まったくもって前代未聞の事態が巻き起こった。ロシア軍内部に、検閲がなく、防衛省の管理も届かない議論の場が出現したのだ」と驚きをあらわにしている。
■戦勝記念日のパレードで軍事力を誇示するはずが…
Telegramは侵攻直後から情報収集手段として活用されてきたが、5月の軍事パレードが普及に拍車をかけるきっかけを作った。
ロシアが毎年5月に行っている戦勝記念日のパレードは、国民に軍事力を誇示し、兵士の士気を高揚させる機会として長年機能してきた。だが、ウクライナ侵攻の今年、この一大行事は裏目に出る結果となる。CEPAは、軍事機密の暴露がTelegram上で飛び交うことになったきっかけのひとつが、この軍事パレードだと指摘している。
今年も赤の広場で5月9日に行われたパレードは、例年と異なる体制が目を引いた。士官学生らに続いていざ正規軍の登場となると、地位ある将官らの姿がどこにもみられなかったのだ。行進を率いていたのは、中佐クラスがせいぜいであった。
例年パレードが盛り上がりをみせる戦車の車列の登場となると、昨年までとの差異はいっそう歴然となる。率いていたのは中尉らであり、例年よりかなり見劣りする編成だ。原因は火をみるよりも明らかだった。ウクライナへの動員で、軍人がまったくもって足りていないのだ。
CEPAは述べる。「軍隊の変わりようは極めて明白であり、よってその目でみたことを人々が話したがるのも無理はない話だ。だが、そのような話題を、いったいどこで議論できるというのだろうか?」
そこで白羽の矢が立ったのがTelegramというわけだ。メッセージは携帯端末から送出する段階で暗号化されるため、通信経路の途中で政府の検閲を受ける心配がない。
■信頼失墜のマスメディアに代わり、Telegramチャンネルが台頭
ジャーナリストが「特別軍事作戦」について論じることが違法となったロシアでは、Telegramが貴重な議論の場となった。報道規制の厳格化とともにもともとロシアで注目を集めてきたTelegramだが、戦勝記念日の異常事態を受けさらに参加者を惹きつけることとなったようだ。
人々はグループチャットで戦争に関する自由な意見を交換しているほか、個人のジャーナリストやブロガーなどが匿名でチャンネルを開設し、独自の情報と見解を示している。CEPAによると、あるTelegramのアンケートでは、主な情報入手先としてまずブロガーを頼ると答えた人々は4割弱にも達する。
先進国であれば、ブロガーは独自の興味深い視点を披露する反面、報道の正確性ではマスメディアに一歩劣るというのが一般的な理解といえるだろう。ロシアではこれが逆転し、プロパガンダを流すマスメディアよりもブロガーたちが厚い信頼を獲得している。
CEPAはロシアにおいてTelegramが、単一のアプリとしては「不相応なほどにまで重要な役割」を担っており、「同国において最も人気のあるマスメディア」になっていると指摘する。オープンな議論が限られた現地で、政府の不当な監視の及ばない貴重な場となっている。
■強気の国営メディア「ストーンヘンジまで攻める」
一方、プーチンのプロパガンダ戦略を担う国営TVは、相変わらず強気のロシア軍擁護を続けている。「プーチンの代弁者」ともいわれるロシア番組司会者のウラジーミル・ソロヴィヨフ氏は、自身の討論番組において、ロシアは「(イギリスの)ストーンヘンジまで攻める」との持論をぶち上げた。英メトロ紙が報じた。
番組には、ウクライナの政治家であるヴァシル・ヴァカロフ氏がゲストとして招かれた。ヴァカロフ氏は、ロシア軍がまもなくドンバス地方のルハンシクおよびドネツクを掌握する見込みだと指摘したうえで、一体どこまで西に軍を進めるのかと質した。
これに対し司会のソロヴィヨフ氏は激しい口調で、次のように応じている。「どこまで攻めたらやめるのかって? まあ今日の段階でいえることは、おそらくストーンヘンジだろう。(英外相の)リズ・トラスも、自身は戦争に参加している身だと言っている」
デイリー・メール紙はこの発言を、「外務大臣に対する馬鹿げた主張とからかい」だと批判した。プーチンへの痛烈な批判とウクライナへの武器支援を続けるトラス外相は、ロシアのエリート層にとって相当に憎き存在となっているようだ。イギリスに関して同司会者は以前、ロシアが核ミサイルの「ジルコン」を打ち込み、イギリスを「石器時代に戻す」とも発言している。
■アプリ一つで崩壊危機…旧時代を生きる「世界第2位の軍隊」の限界
ウクライナ侵攻までは「世界第2位の軍隊」ともてはやされたロシア軍だったが、いざ開戦となると前時代的な装備と予想外の弱さが露呈し、世界から冷笑を買った。情報管理においても同様に、近代化の遅れが目立つ。
ソ連時代から情報統制をお家芸としてきたこの大国は、現代の情報化に対応できておらず、旧態然とした隠蔽(いんぺい)国策を続けている。ところが、たった1つのアプリを経由して前線でのあらゆる出来事が筒抜けとなる始末だ。
ITを積極活用するウクライナとは、好対照といえるだろう。ウクライナはかねて進めてきた電子政府化により、戦時下でも政府機能を維持している。ほか、スターリンク衛星通信を軍と市民生活の双方で積極活用するなど、近代技術を柔軟に取り入れている。
情報公開もむしろ積極的に進めており、英ミラー紙などが報じている死亡情報開示もその一例だ。ロシア兵の安否を気遣う家族向けに、確認されたロシア兵の死亡情報をTelegram上で確認できる枠組みを立ち上げた。同紙によると登録者数は100万人を超えたとのことで、ロシア兵の家族たちがロシア政府とウクライナのどちらを信用しているかは明らかだ。
戦時の情報隠蔽は、ゆっくりと過去の戦略になりつつあるのだろう。CEPAは、ロシアが行っている報道規制について、「この完全隠蔽システムは平時であればうまく機能するかもしれないが、全面戦争という現実が立ちはだかったなら、存続は不可能だ」と指摘する。
プーチンとしては戦時中にこそ、戦意高揚のため不都合な事実を隠蔽したいところだろう。だが、まさにその戦時中、前線に動員された司令官や兵たち自身がありのままの真実を発信している。肝心のときに限ってプロパガンダが機能しないという皮肉に、プーチンはいつの日か気づくのだろうか。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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