だから太平洋クラブは復活できた…パチンコ業界の経営哲学が名門ゴルフ場でも通用した本当の理由
プレジデントオンライン / 2022年6月25日 12時15分
■経営破綻→18コースすべての黒字化に成功
太平洋クラブは一度破綻している。パチンコ業界トップのマルハンからやってきた社長、韓俊(ハン シュン)は倒産して気落ちしていた従業員を元気づけ、力を引き出し、翌年には利益を出し、数年で同社を再生させた。そして、地に落ちた太平洋クラブという名門ブランドの価値を向上させている。
「ゴルフのことなど何もわからないくせに」と陰口をたたかれながらも、韓俊は同社のすべてのコース(18カ所)を黒字化した。
4回の連載記事は業界の外から来たアウトサイダーがゴルフ業界の慣習を打ち破り、倒産した会社と働く人間を再生させた大人の物語である。
■再生の決め手は「マルハン流」だった
2014年、遊技業界最大手のマルハンは破綻したゴルフ場グループ、太平洋クラブを買収した。マルハン創業者の三男で、経営トップに就いた韓俊は18のコースを整備し、キャディサービスの質を上げ、料理を改善した。従業員の給与を上げ、やる気を引き出した。
同クラブでは、キャディを転勤させるといったゴルフ業界では考えられなかったチャレンジも行っている。
韓俊はこう言っている。
「お客さまが喜ぶ、得をすることを考えるのが施設型エンターテイメントのサービスです」
つまり、パチンコ・スロット店でもゴルフ場でも、客が喜ぶこと、得をすることをすればいいということだ。
太平洋クラブでは従業員に教育研修を行ったのだが、それは韓俊がマルハン全体の営業責任者を務めていた時、採用したものと同じだった。
マルハンでは「マルハンイズム」と言い、太平洋クラブでは「太平洋クラブイズム」である。どちらの社内でも略して「イズム」と呼んでいる。
■初仕事は「不良店長をやめさせること」
1989年、韓俊は中央大学を出て2年半、在日韓国人が経営する信用組合、大阪興銀で働いた。その後、マルハンに入社する。当時の店舗数は35。まだ都内に店はなく、兵庫県と静岡県だけに立地するローカルパチンコチェーンだった。
俊が大阪興銀をやめて、マルハンに入ったのは危機感からだった。
「マルハンが心配でした。マルハンはバブルの時に勢いに乗って数多くの店をオープンさせたのです。だが、バブルが崩壊してから、業績に陰りが出てきて、苦しくなっていきました。それぞれの店が店長の思うままに勝手に営業していて、バラバラの組織だった。兄(韓裕)と僕がやったのは会社をきちんと組織化して、社員教育もやって、会社をまとめ上げることでした。そうしないと、赤字になり、果てはつぶれてしまうと思ったのです」
俊が最初に所属した部署は名称こそ経営企画だったが、やらなくてはならなかったことは不正をした店長をクビにすることだった。
会社から命令を出せば店長をやめさせられると思うが、当時はまったく通用しなかった。
「退職してくれ」と通達しても、その紙を破いて、「会社がなんだ。この店は俺がやってるんだ」と平然と無視する店長がいたのである。
韓俊はひとりで不正があった店舗へ行き、証拠を見つけて、店長を解任するという仕事をやった。20代の若者にとっては大きな負荷のかかる仕事だったと言える。
彼は「思い出したくないけれど」と言いながら、事情を話してくれた。
■やめたうちのひとりが夜中にやってきて…
「ひとりで静岡県へ行きました。当時、1店だけではなく、金にまつわる不正、部下に対するパワハラなど、いくつかの店で問題が顕在化していたのです。実は入社前からすでにそういった問題が現場で起こっていたことは兄と私はすでに把握していました。
そういう人間たちをやめさせるのは人が嫌がる仕事です。ですから、社長の息子だった私がやらなくてはならなかった。あの時代、人生で一番、気合を入れて会社に行っていました。
静岡と神戸にあった店舗の何人かを説得してやめさせたのですが、そのうちのひとりは夜中に酔っ払って、僕の住まいにやってきて、『出てこい』と大声で怒鳴ったり、その辺のものを蹴飛ばしたりするわけです。まあ、襲撃されるところまではいかなかったけれど、睡眠不足の日々でした」
90年代の後半からマルハンは次々と出店していく。1995年の同社店舗数は37店、売り上げは1440億円。27年たった現在、店舗数は314で売り上げは1兆2000億円と約10倍になっている。
マルハンを改革し、大きく飛躍させた時期、俊は司令塔のひとりであり、また、最前線にも立っていた。その時、経験したことは太平洋クラブの再建でも役立ったのである。
■まずはサービスをしたい人を採用すること
俊は店舗を増やしていくと同時に独自の教育研修を始めた。マルハン社内では「イズム」と呼ぶ教育研修のシステムで、それは太平洋クラブでも採用されている。
韓俊は「イズムは採用にも通じるものなんです」と言っている。
「マルハンでも太平洋クラブでも、私がやったことは採用と働く風土を作ることでした。いくら教育しても、いくら人事制度を作っても、なかなかよくはなりません。採用と風土づくりをすれば施設型の接客サービス業はよくなっていく。
なんといってもまずはサービスが好きな人、サービスをしたい人を採用すること。そして、その人たちがいいと思えるような風土をつくっていく。
会社の風土を形作るものがイズムなんです。イズムに共感する人を採用する。そして、イズムに則って会社と人の動きを回していく。経営者は共感して入った人たちを賞賛する。するとそういう人たちは残っていく。
共感しない人、サービスが好きではない人は自分の居場所はないと思って出ていく。会社はやめるべき人がやめて、残るべき人が残るような組織であるべきです。どこで働くかは人間の自由なのですから、共感していないのに、そこで働く必要はない」
■経営者は教育より先に労働環境を整備すべき
「そして、無理やり、枝葉末節まで人間を教育研修することはないと私は思っています。あなたはここが足りない、あなたのウィークポイントはここだから、これを変えなさい、あるいはこの点を成長させなさい……。
実際の仕事のなかでは、そこまで教育する必要はありません。会社が人を評価する尺度を作り、尺度によって人を評価しても、言われた本人はピンとこないと思います。
それより経営者がやるべきことは労働環境を整備することです。施設をきちんと作ること。店舗、クラブハウスの設備をよくする。ゴルフ場であればコースのメンテナンスをよくする。次に給料も上げる。ここまでは経営者がやれる世界です」
「なんといっても、現場のサービスを作っていくのは経営者でなく、その人個人です。経営者はサービスの現場を見ることはできない。見たとしても直すことはできない。経営者はお金を使っていい施設を造る。一方、サービスは現場の人間が自立して考えて実行する。経営者はそういう風土を作ることしかできません」
彼の言葉のなかにマルハンが成長した理由、太平洋クラブが再生し、新しい形の名門クラブとなった理由が示されている。
■客はサービスの成長を待ってはくれない
一般には「どんな人でも教育で変えることができる」とされているけれど、それにはとてつもない時間と労力がいる。
一方で、施設にやってきた客は社員が教育で変わるのを待っている時間はない。今、そこで提供しているものがその会社のサービスだ。客は自分が行った時に納得のいくサービスと清潔な空間がなければ黙って出て行ってしまい、二度と足を踏み入れることはない。
ある客がゴルフ場に出かけていったとする。キャディサービスに満足がいかなかったとする。
帰り道に、その客は何を考えるのだろうか。
「さっきのキャディ、今回はダメダメだったな。しかし、3カ月後にきたら、丁寧にクラブを扱ってくれるに違いない。あのキャディの成長が楽しみだ」
そんなことを考える客が果たしているのだろうか。サービスがよくなかったのであれば、客は他のゴルフ場へ行く。
サービスとは提供された瞬間のものだ。客はサービスの瞬間でその施設のよしあしを判断する。お金を払っている客はサービスパーソンの成長を目を細めて見たいとは思っていない。
俊は客のことをよくわかっていた。客の立場でパチンコ店とゴルフ場のサービスを考えた。だから、サービスの素質がある人間を採用し、ある範囲内でだけ教育することにしたのである。
彼が取り入れた「イズム」とは従業員を束縛するものではない。現場の人間が自立してサービスを考えるためのツールだ。
■「人々の明日への仕事の糧となること」
以下が太平洋クラブのいわゆる、イズムと呼ばれるものの総体だ。経営理念、ビジョン、社訓などからなる。
経営理念 人生にヨロコビを
私たちは社業を通じ、人々に生きる喜びと安らぎの場を提供し、心身のリフレッシュと明日への仕事の糧となることを念願し、幸せで希望に満ちた明るく楽しい社会づくりに貢献します。
ビジョン
Top of the Top ~日本が世界へ誇るゴルフクラブへ~
経営コンセプト(ブランドメッセージ)
Our Club, Our Course.
社訓
創意と工夫 誠意と努力 信用と奉仕
企業姿勢
業界のリーディングカンパニーであり続ける
事業方針
・高級な共通会員制クラブを創造する
・クォリティとオリジナリティを磨き抜き、コースの魅力を最大化する
・ゴルフファンを創造する
組織方針
・スポーツマンシップ
・サービスマンシップ
・クラフトマンシップ
社会貢献方針
・ジュニア層の育成
行動指針
・判断基準はお客さま
・太平洋クラブファンの創造
・ベターではなくベスト
・依存ではなく自立
・競争ではなく共創
・誉めるストローク ~1%への着目~
・正しいことは正しい
・世界レベルで考える
以上のうち、日本人のゴルフ観を表しているのが経営理念にある「心身のリフレッシュと明日への仕事の糧となること」だろう。
■生真面目なビジネスパーソンだから再生できた
この一節は日本では通用するけれど、他の国ではそれほど通用しないかもしれない。わたしはアメリカ、イギリス、フランス、ハワイ、ケニアでゴルフをしたことがあるけれど、現地でゴルフをする人たちは「仕事の糧」とは思っていなかった。健康の増進、遊び、競技だと思ってやっていた。
つまり、日本人はゴルフをするにも真面目だ。遊んでいても、そのなかから何かを得ようと思ってしまう。加えて貧乏性だ。お金を払って時間を使ったのだから、人生の指針を得たいと考えてしまう。遊びと割り切ってゴルフをしている人は少数だ。みんな生真面目なのである。
わたしが取材で出会った太平洋クラブの人たちも全員、生真面目だった。そして、ほのかにユーモアがあって、貧乏性だった。韓俊をはじめとする幹部たちは主催するトーナメントを横目に見ながら、ミーティングを始めてしまう。空いている時間があると、何かをやらずにはいられない。誰もが日本人ビジネスパーソンの典型だった。そういう人たちが太平洋クラブのサービスを支えている。
※『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)は2022年7月13日発売予定です。
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ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著に『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)がある。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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