「お金を稼ぐことは、世の中を善くすること」アメリカから巨大IT企業が次々と生まれた根本原因
プレジデントオンライン / 2022年6月25日 9時15分
■強欲なアメリカ資本主義の出発点
レーガノミクスによって好景気を迎えたアメリカだが、一方で減税と軍事費の増大による財政赤字と、高金利政策がもたらしたドル高による貿易赤字という「双子の赤字」を抱えることになる。折しも日本が自動車や半導体といった基幹産業で力をつけてアメリカへの輸出を伸ばしたことにより、日米貿易摩擦が巻き起こった。
そうした中で、80年代のアメリカ経済においては、相対的に存在感を失った製造業よりも、金融自由化によって力をつけた銀行や証券など金融業が活発になっていく。高級なスーツに身を包み、一晩にして夢のような金額を稼ぎ出す投資銀行家の姿に若者たちは憧れ、名門大学に入学してウォール街で働くことを目指すようになる。
80年代後半の日本もバブル経済を謳歌(おうか)したが、長くは続かなかった。アメリカもまた80年代半ばのS&L(貯蓄貸付組合)破綻、1987年のブラックマンデーやその後の2008年のリーマン・ショックなどの危機を繰り返し迎えることになる。実体のない「マネー」を善とする新自由主義的な価値観に魅入られた人々の行く末に、今の私たちはどこか醒めた思いを抱く向きもあるが、果たして当時の空気は?
■資本主義と共産主義の争い…冷戦時代のもう一つの意味
「強欲は善である」という言葉を受け入れたアメリカ人──シュルマン
冷戦という視点からは、80年代は資本主義と共産主義の争いの時代に見えます。しかし、現代から振り返れば、実はそれは一面的であり、本質的には新自由主義経済と旧来の社会的市場経済というイデオロギー間の対立の時代だったのかもしれません。
ご存じの通り、結果としてアメリカは新自由主義的な市場経済と物質主義を受け入れ、賞賛するようになります。それをよく表わした映画が『ウォール街』と『卒業白書』でした。
オリバー・ストーン監督の思想を知っている人なら、あるいはそうでなくても脚本を読めばすぐに分かりますが、『ウォール街』という作品は、自由な資本主義経済の台頭、市場原理主義の暴走への明確な批判でした。強欲な野望と自己中心的な考え方に囚われた人物が、結果的に家族やコミュニティを破壊してしまうことになるという、よくある道徳物語の一つだと言えます。
しかし、これがカルチャーの面白さでもあるのですが、結果的にそうした監督の意向とは裏腹に、この映画はアメリカの資本主義を称揚するものとして人々に受け入れられたのです。
■映画『ウォール街』で描かれた強欲への警鐘
主人公のバド・フォックス(チャーリー・シーン)は若き証券マンで、業界で一旗揚げようという野望を抱いています。バドは大物投資家であるゴードン・ゲッコー(マイケル・ダグラス)にアプローチしようと営業をかけて、ついに面会の機会を得ます。
ゲッコーはいわゆる悪しき資本主義者であり、仕手戦やインサイダー取引など手段を択ばず利益を得ようとする投資家です。彼はバドに「自分の知らない情報を持ってきてみろ」と言い、バドはブルースター・エアラインという航空会社のインサイダー情報を伝えます。
実はそれは、バドの父親がこのブルースターの整備士であり熱心な組合員であることによって知ることのできたものでした。バドはゲッコーと組んで破綻寸前のブルースターを救おうとしますが、逆にゲッコーはそれを利用して会社を清算して利益を得ようとします。
このように、ゲッコーは明らかに資本主義の寄生虫であり、自らの欲望のままに利益を貪る人物です。忙しすぎてランチを取る暇もなく、四六時中働きながら──彼は「ランチなんて弱虫が食うものだ」「マネーは眠らない(Money never sleeps.)」と言っています──健康管理は自分で血圧を測り、自分しか信じない人物として描かれます。株を買い占めて会社を乗っ取り、バラバラに売り払うことで利益を得ており、その結果、職を失い路頭に迷う人が大勢出たとしても少しも気にしません。
■人々は「強欲は善である」ことを受け入れた
しかし、同時に彼は魅力的なのです。彼がテルダーペーパーという会社の株主総会で行なう演説は、80年代の映画で最も印象的なシーンの一つです。
彼は言います。「強欲は善である(Greed is good.)。欲望は正しいものであり、役に立つ。生命、お金、愛、知識への欲……どんな形であれ欲望は成長の糧となってきた。欲望こそが、上手くいっていない会社(テルダーペーパー社)を、そしてもう一つの危機的な〈USAという会社〉を救うのだ」と。
ゲッコーのブルースター売却の目論見を知ったバドは、ゲッコーのライバルである投資家ワイルドマンと組んで、ブルースターの株を取り戻すべく仕手戦を仕掛けます。ゲッコーに勝つことのできたバドでしたが、結局インサイダー取引で逮捕されてしまいます。ゲッコーもまた、バドが警察に協力したことで捕まるであろうことが示唆されます。
ラストシーンでバドの父(実際にチャーリー・シーンの父親であるマーティン・シーンが演じている)が、彼に言います。「自分自身の富のために物事を破壊するのはやめよう。リアルなものを作って人のために働く価値観を持て」と。これはオリバー・ストーンからのメッセージであったでしょう。
しかし、若者はゴードン・ゲッコーに憧れ、ウォール街を目指しました。彼はむしろロールモデルとなり、現実に影響を与えたのです。ヤッピーたちは「強欲は善である」という価値観を身につけ、個人が富を追求することは社会の生産性を向上させる善なる行ないであるという考え方を持ちました。その後の『マネー・ゲーム』(2000)や『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013)の主人公たちも皆、そうした人々でした。
■映画『卒業白書』の物質的な豊かさを夢見る若者たち
彼らによってレーガンの経済政策──市場への規制を最小限にすることこそがアメリカ経済のダイナミズムをもたらすという考え方は支持され、今日へとつながっているのです。
もう一つの作品、トム・クルーズ主演の『卒業白書』はいわゆる青春コメディですが、バド・フォックスのようなヤッピーたちの若き日を描いたものと見ることができます。
主人公ジョエルは、成績はいまいちですが、一流大学への進学を夢見る高校3年生です。彼は「未来の起業家研究」の授業を取っており、資本主義社会での成功を目指す野心を持っています。
両親が旅行に出かけている間に留守番をしていた彼は、友達の誘いに乗ってラナという娼婦を家に呼び入れます。それがきっかけでラナと客引きのグイドとの間のトラブルに巻き込まれてしまい、父のポルシェに勝手に乗って逃げることになります。そのカーチェイスの末に彼が言うセリフが「ポルシェに代わるものなし(Porsche. There is no substitute.)」というものでした。
これはアメリカ人ならみんな知っていますが、ポルシェのCMのコピーなのです。こうしたセリフもまた彼らの世代の物質主義への称賛の表われと見ることができるでしょう。
『卒業白書』の結末はコミカルで皮肉の利いたものとなっています。ジョエルは、親が留守中の家を「売春パーティ」の会場としてしまいます。その客の中に名門プリンストン大学の面接官がいて、ジョエルの才覚にほれ込み、そのことで彼はプリンストンへの切符を手にするのです。
私にはこれが、物質主義的な直感や才覚が人生の成功に直結するということを遠まわしに揶揄しているように思えます。
■自分の身は自分で守らなければならない
アンチ・ヒーローとしてのゴードン・ゲッコー──アンダーセン
『ウォール街』は、80年代アメリカの新しい価値観の変化を完璧に捉えた映画として素晴らしいものです。
1930年代からのニューディール政策によって福祉国家を築いてきたアメリカは巨額の財政赤字に悩んでいました。レーガンの革命はそれをひっくり返し、小さな政府へと方針転換して、自分の身は自分で守らなければならない、すなわち個人がお金を稼ぐことこそ重要であるというパラダイムシフトを起こしたのです。
主人公バド・フォックスに投資家としての振舞いを教え、そしてインサイダー取引へと引きずり込むゴードン・ゲッコーはあくまで「悪役」です。
しかし、彼はアンチ・ヒーローとして多くの観客の目に「かっこいい」ものとして映りました。実際、この映画によってそれまでの働き方は陳腐化して時代遅れなものだ、これからは投資家の時代だという見方が広まることになりました。
彼の行ないはもちろん唾棄すべきものですが「悪人」ではないという感覚は、当時の多くの人が持っていたと思います。
マドンナは『マテリアル・ガール』において、「物質の世界(material world)」に生きる私は、お金を持っている男だけが欲しいんだと歌いますが、それもまたこの頃の時世を表わした皮肉です。
■欲は人間の推進力…80年代が映し出すアメリカの本質
ゲッコーは「欲望は善だ」と言います。欲は人間の推進力であり、「株式会社USAを立て直す力」だと言うのです。これはある意味で自由市場における真実です。
そして、このことはアメリカの本質でもあります。アメリカ人は、私たちが他のどの国の人たちよりも優れている、ということを無邪気に信じています。私たちは道徳的であり、本当にいいことをしたいだけなんだ、というわけです。
しかし当たり前ですが、誰にとっての正義も、他のすべての人に当てはまる普遍的なものでは決してありえません。どの国でも、良い動機と悪い動機はないまぜになったものです。しかし、アメリカは常に自分たちには良い動機しかないんだと自らに言い聞かせて、それを信じているのです。
この映画が、小さなアート系のプロダクションから生まれたものではないことは非常に示唆的です。配給元である大手の映画会社20世紀フォックスは、この映画が発表される少し前にメディア王ルパート・マードック率いるニューズ・コーポレーションに買収されていたのですから。
この価値観は90年代、そして2000年代へと持ち越されることになります。21世紀のデジタル革命で面白いのは、ジャック・ドーシー(Twitter)やマーク・ザッカーバーグ(Facebook/Meta)ら起業家たちの持つユートピア主義的な思想です。彼らにとっては、起業してお金を稼ぐことと、世の中を善くすることは無邪気な形でつながっています。その結果生まれたのが、プラットフォームという〈帝国〉でした。
そうしたアメリカの資本主義社会が行き着く先は現在進行形で分かりませんが、その出発点は間違いなくここにあるのです。
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NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー
NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー、東京藝術大学客員教授。1962年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。「英語でしゃべらナイト」「爆笑問題のニッポンの教養」「ニッポンのジレンマ」「ニッポン戦後サブカルチャー史」ほか数多くの教養エンターテインメント、ドキュメントを企画開発。現在も「欲望の資本主義」「欲望の時代の哲学」「世界サブカルチャー史~欲望の系譜~」などの「欲望」シリーズのほか、「ネコメンタリー 猫も、杓子も。」「地球タクシー」など様々なジャンルの異色企画をプロデュースし続ける。著書に『14歳からの資本主義』『14歳からの個人主義』(いずれも大和書房)『結論は出さなくていい』(光文社新書)などがある。
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(NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー 丸山 俊一、NHK「世界サブカルチャー史」制作班)
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