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「家計の値上げ許容度も高まってきている」日銀総裁がそんなことを言う必要があった本当の理由

プレジデントオンライン / 2022年6月16日 13時15分

出所=日銀資料より

なぜ、黒田東彦日銀総裁は「家計の値上げ許容度も高まってきている」と発言してしまったのか。経営コンサルタントの小宮一慶さんは「セオリーでいえば金融を引き締めるため金利を少しでも上昇させる必要のある時期ですが、やりたくてもそれができないのです。国債を大量に買い込んだアベノミクスのツケがここにきて大きく日銀や日本経済にのしかかっています」という――。

■黒田日銀総裁が“失言”しなければならなかった理由

「家計の値上げ許容度も高まってきている」

黒田東彦日銀総裁は6月上旬にした発言で世間から大きな批判を受け、「表現が適切でなかった」と撤回する事態に陥り「家計が自主的に値上げを受け入れているという趣旨ではなかった。誤解を招く表現で申し訳ない」と陳謝しました。しかし、一度口に出したことは記録に残ります。それに、黒田総裁がこうした発言を国民に向けてせざるを得なくなったのも事実です。その背景には日銀のバランスシートがありました。

膨れ上がった日銀の資産

図表1は、2022年3月末の日銀のバランスシート(貸借対照表)です。まず、注目したいのは、その資産合計です。736兆円余りあります。これはとてつもない額ですが、この額は、現状の名目GDP約540兆円の1.3倍以上あります。

それでもこの額が多いのか、ピンとこないかもしれません。米国の中央銀行FRBの資産残高は現状約9兆ドルで、米国のGDPは2022年で約25兆ドルと推計されていますから、米国の中央銀行は名目GDPの0.4倍以下の資産しか保有していないことが分かります。

つまり、経済規模から見た場合に日銀はとてつもなく大きな資産を抱えているということになります。

■アベノミクスで「自己資本比率」が大きく落ちた

その中でも目を引くのが国債です。3月末で526兆円の残高があります。図表1にはありませんが、そのうち511兆円が長期国債です。

2013年4月に始まったアベノミクスの「異次元緩和」により、日銀は主に民間金融機関が保有する国債を買い上げることで、資金の大量の供給を行ったのです。具体的には、国債を買い上げ、その代わり金を「日銀当座預金」という各金融機関が日銀に保有する当座預金口座に入金することで、資金供給を増やしたのです。

日銀当座預金と日銀券の合計を「マネタリーベース」と言いますが、アベノミクス当初には合計で135兆円程度だったマネタリーベースは、最近では660兆円程度まで膨れ上がっています。

その大部分は、国債などを買い入れて増加した日銀当座預金です。図表1にある日銀のバランスシートの負債の部には「預金」が589兆円強計上されていますが、そのうち当座預金は563兆円です。

負債の部には、「発行銀行券」として120兆円弱が計上されていますが、日銀券も民間銀行から預かっている当座預金も、日銀にとっては負債となります。

衆院財務金融委員会で答弁する日銀の黒田東彦総裁=2022年6月8日、国会内
写真=時事通信フォト
衆院財務金融委員会で答弁する日銀の黒田東彦総裁=2022年6月8日、国会内 - 写真=時事通信フォト

資産の部に少し話を戻しますと、国債のほかにもうひとつ目立つのが「上場投資信託」です。日銀のバランスシートには、正式には「金銭の信託(信託財産指数連動型上場投資信託)」と記載されていますが、一般的には「ETF」と呼ばれる上場投資信託を36兆円あまり保有しているのです。ETFを通じて、上場株式を買っているのです。銘柄によっては日銀が実質的に大株主という企業も少なくありません。

つぎに図表1右下の純資産の部を見ましょう。日銀の資本金は1億円です。純資産の大半を占めているのが、法定準備金で3兆4000億円弱あります。また、当期剰余金が1兆3000億円ほどあり、純資産の合計は4兆7000億円です。

一般企業と同じ基準で「自己資本比率(純資産÷資産)」を計算すると、0.6%程度で極めて低い数字です。日銀が資金繰りに困るということは普通ではありませんから、現状、問題はありません。しかし、アベノミクスで資産が急激に拡大したことが、自己資本比率を大きく落としているということも事実です。

■問題は、526兆円も保有している国債

大きな問題は、国債を大量に保有していることです。先ほども述べたように、3月末時点で526兆円です。なぜ、国債を大量に保有することが日銀にとって好ましくないかというと、国債は価格変動をするからです。

価格が上がれば良いですが、価格が下落したときには、たとえ含み損と言っても場合によっては実質債務超過になることがあるからです。

そのため、黒田総裁の前の白川方明総裁(2008~13年)の頃までは、「日銀券ルール」といって、価格が変動する可能性のある資産に関しては、おおよそ日銀券の発券残高程度しか持たないという了解の下で金融政策を長い間やってきました。それが、黒田総裁に代わり、アベノミクスの「異次元緩和」が始まった頃から、大量の国債を保有するようになったのです。

日銀は毎日の資金調整を行うために、国債を売買しています。つまり、国債を買うことにより資金を供給し、逆に保有する国債を売却することにより資金の吸い上げを行っています。そのためには一定量の国債を保有することが必要です。しかし、国債を持ち過ぎると、価格下落リスクにさらされます。そこで「日銀券ルール」が適用されていたのです。

そして、現状日銀は10年国債利回りの上限を0.25%としています。世界的なインフレ圧力に対抗するために、米国はじめ英国、豪州などが政策金利を上昇させ、欧州中央銀行も近いうちの金利上昇を決定しています。そのため、日本円にも金利上昇圧力がかかっていますが、日銀は上限金利の0.25%を死守するために、その金利で無制限に国債を買い入れると表明しています。当面はそのスタンスを変えるつもりはないようです。

日本銀行
写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

なぜ、そこまでして、世界の趨勢から外れて0.25%の金利に固執するのでしょうか。

ひとつは、景気の足腰が弱いため、緩和を続けるということもありますが、一番は、金利上昇による保有国債の含み損の増加を恐れているからだと私は考えています。

■金利が上がると含み損が増えるリスクが増大

どういうことかというと、分かりやすい例で説明すると、たとえば、額面100円、金利が1%の1年物の国債があるとします。1年経つと元金は100円で償還され、さらに1円の金利がつくということです。

それが、この国債が発行された翌日に、何らかの理由で市中金利が2%に上がったとします。そうすると、昨日発行された元金100円、金利1%の国債をそのまま買う人はいなくなります。他のものを買うと、2%の金利を得られるのですからね。

そうなると、昨日発行された元金100円の国債は、価格が自動的に約99円まで下落します。そうなると、償還時に100円で償還されるので、購入額の約99円との差で約1円、さらには金利が1円つきますから、ほぼ2%の利回りが得られるのです。

つまり、金利が上がると、その時点での市場金利に合うように価格の下落が自動的に行われるわけです。

日銀が保有する国債の大部分は長期債ですから、金利が上昇すると1年物より大きな価格の下落が起こり、含み損が膨らむということになります。

先ほど、日銀の純資産は4兆7000億円と説明しましたが、526兆円もの国債を抱える日銀は金利上昇が起これば、国債価格の含み損が純資産を超え、「実質債務超過」ということにもなりかねないのです。

■中央銀行の債務超過などあってはならない

皆さんは1万円札を1万円の価値があると信じて使っていると思います。当たり前の話で、それは日銀に信用があるからです。しかし、日銀に信用がなくなれば、紙幣はただの紙切れになる可能性があります。

図表2にあるように、4月で「輸入物価」が前年比44.6%上昇し、それにともない企業の仕入れである「国内企業物価」は10%上昇しています。消費者物価こそ2.1%の上昇にとどまっていますが、多くの商品の値上がりを痛感している読者の方は多いと思います。

輸入物価、国内企業物価、消費者物価

私が代表を務める小宮コンサルタンツの顧客の大部分は中堅・中小企業ですが、彼らも仕入れ価格の上昇に苦しんでいます。世界の主要中央銀行が引き締め策をとる中で、日銀だけが緩和策をとり続けています。長期金利の上限0.25%を死守するために、国債を無制限で買い入れるというのも資金を供給することですから、緩和策です。

冒頭で触れた黒田総裁の「家計の値上げ許容度も高まっている」という発言は、「インフレを家計は問題ないと思っている」つまり、「インフレ対策=金融引き締め=金利上昇は必要ない」ということなのです。

本来は、金融を引き締め、金利を幾分かでも上昇させる必要のある時期ですが、やりたくてもそれができないということなのです。アベノミクスのツケがここにきて大きく日銀や日本経済にのしかかっているということです。

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小宮 一慶(こみや・かずよし)
小宮コンサルタンツ会長CEO
京都大学法学部卒業。米国ダートマス大学タック経営大学院留学、東京銀行などを経て独立。『小宮一慶の「日経新聞」深読み講座2020年版』など著書多数。

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(小宮コンサルタンツ会長CEO 小宮 一慶)

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