「我々は2025年までにナイキを抜く」日の丸アシックス社長が9000人社員を鼓舞し、結果をバンバン出せたワケ
プレジデントオンライン / 2022年6月18日 11時15分
■アシックス社長「2025年にはミッションを実現したい」
「頂上から攻めよ」
これは、わが国のスポーツブランドの雄アシックスの創業者・鬼塚喜八郎(1918-2007年)の口癖だ。今、その“頂上”に風雲急を告げる動きがある。ロードレ―スの景色を一変させたアメリカ西海岸に本社を持つナイキに対して同社は8904人(連結)の社員全員で本気で挑んでいる。
6月14日から順次発売するランニングシューズ「METASPEED+」シリーズ。先日、これのローンチイベントが都内で開催された。その冒頭で挨拶した廣田康人代表取締役社長CEO兼COOはいつも以上に肌ツヤが輝き、その言葉は自信と刺激に満ちていた。
「本格的にリアルイベントが戻ってまいりました。そのなかでアシックスのミッションはパフォーマンスランニング及びレーシングカテゴリーでナンバーワンブランドになることです。2020年は反転攻勢、2021年は持続的成長を可能とするビジネスの基盤づくりをテーマに掲げ、特に商品の開発に注力してまいりました。2022年以降はこれまで築いてきた基盤をもとにさらに躍進していきたいと考えております。そして2025年には我々のミッションを実現したい」
1980年に三菱商事に入社。代表取締役常務執行役員などを歴任した後、2018年3月にアシックス代表取締役社長(COO)に就任し、2022年3月からはCEOも兼ねている。さすがは43歳にして三菱商事の広報部長に抜擢されただけはある。シンプルで強く言い切ったメッセージは鮮烈だった。
アシックスは日本が世界に誇る名ランナーの脚を支えてきた特別なブランドだ。かつての箱根駅伝のシェアも当然、同社が常にナンバーワンだった。過去の詳細データはないが、2017年大会は出場210人中、アシックスが67人(31.9%)でトップだった。
しかし、その後は厚底シューズを投入したナイキが年々シェアを拡大していく。2021年大会は出場210人中201人がナイキで出走した一方で、アシックスはまさかの0人。箱根路から姿を消したことになる。それでも2022年大会で盛り返す。0人から一気に24人までシェアを取り戻したのだ。
■社長自ら陣頭指揮「とにかく勝てるシューズを作れ」
反撃ののろしを上げたのは2021年3月。「METASPEED」シリーズを初めて世界へ向けて出荷した。ストライド型の「SKY」と、ピッチ型の「EDGE」の2種類があり、ともにストライド(歩幅)が伸びやすい仕様になっている。
アシックスが誇るスポーツ工学研究所は神戸市にある。陸上、野球、バスケ……あらゆるスポーツギアの最新作がここで生み出されている。METASPEEDもここで作られた。実験では従来品と比較してフルマラソン(42.195km)でSKYが約350歩、EDGEは約750歩少ない歩数でゴールできた。一歩を仮に1mとして、それだけストライドが伸びれば、飛躍的にタイムも速くなる。
2021年3月のびわ湖毎日マラソンで当時33歳だった川内優輝がMETASPEEDのプロトタイプを着用して、2時間7分27秒をマーク。川内が10歳近く若い25歳の時に出した自己ベスト(2時間8分14秒)を大幅に更新したニュースは、内外のアスリートや陸上関係者に衝撃を与えた。前述したように、この2カ月前に開かれた箱根駅伝ランキングでアシックスは屈辱の0人で、暗くなりがちだった社内の雰囲気も一気に盛り上がった。
では、川内が履いたシューズはどのようにして完成したのか。それは2019年11月、廣田社長の下で発足した「C-Project」だ。CはCHOJOの頭文字で社長直轄の組織だ。研究開発以下、選手サポート、生産、マーケティングなどの社内の精鋭を集めたグループが“離れ業”を成し遂げたわけだ。
C-Projectのリーダーを務める竹村周平氏はこう振り返る。
「C-Projectが動き出したときには競合がすごく強くなり、アスリートがどんどん離れている現状がありました。社長の『もう一度レーシングを取り返すぞ』というところからプロジェクトが発足したんです。リーダーを任され、大変な責務というか、プレッシャーのかかる場所に来たなというのはありましたね。社長からは『とにかく勝てるシューズを作ってくれ』ということだったので、目指す大会から逆算するかたちで取り組みました」
C-Projectの発足は東京五輪の延期が発表される前。当初は2021年夏のオレゴン世界陸上に向けて動き出していた。そのため2021年春に新モデルが出せるように開発が進められたという。新モデルを開発するには通常、数年の時間を要するが、わずか1年ちょっとの超短期間で仕上げることに成功した。
「社長直轄というのがすごく大きいと思います。本来ならそれぞれのセクションで決裁が必要になってくるんですけど、社長がOKすればすぐに動き出せる。ものすごくスピードが速くなりました。それに社長は『お金は気にしなくていい』と。通常はサンプルのタイプ数が限られるんですけど、ソールの厚さ、プレートの形などを微妙に変えて複数用意。サイズも契約アスリートの数だけ作って、フィードバックをすぐにもらえるようにしたんです。短期間で結果を出す動きができたかなと思います」(竹村氏)
■コロナ前の2019年12月期と比較しても売上高2割増
その成果は2021年12月期業績にも表れている。主力のパフォーマンスランニング部門の売上高は31.0%増の2082億円。コロナ前の2019年12月期と比較しても2割増になった。国内だけでMETASPEEDシリーズは1万5000足以上を出荷している。
C-Projectが仕掛けたのはロードのレーシングシューズだけではない。長距離用スパイクの開発にも取り掛かった。「トラックもいつのまにかナイキばかりになっていた。負けないものを作ろう」と廣田社長から“新発注”が入ったのだ。自身も仕事の傍ら、50歳からランニングを始め、フルマラソンのベストタイムはサブ4(3時間53分)を誇るだけに、タイム更新の技術革新には人並ならぬものがある。
竹村氏は言う。
「選手にヒアリングをしていくと、トラックではスパイクを使うので、こちらも用意してもらわないと困る、と。今年4月に長距離用のピンなしスパイク『METASPEED LD』をローンチしましたが、昨年7月に『METASPEED LD 0』を発売しています。実は開発途中だったんですけど、『東京五輪で履きたい』という選手がいたんです。世界陸連の新ルールで30日前に発売しないと使用できないので、急遽、通常では考えられない速さで完成させました。本当にウルトラ技だったと思います。特に生産部の方々は大変だったと思うんですけど、アシックスに関わるメンバーすべてを総動員するようなかたちでアスリートのために動いてもらいました」
またMETASPEEDの開発には日本人ランナーだけでなく、東アフリカの有力ランナー30人のデータなども解析した。彼らのデータを取得する目的もあり、昨年には「マラソンの聖地」と呼ばれるケニア・イテンに「ASICS CHOJO CAMP」を設立した。「ケニアにはすごい選手がゴロゴロしています」と廣田社長。若い選手や可能性がある選手をスカウトして、トップランナーを育てようとしているのだ。
「アスリートキャンプを設立したのは、中長期視点で世界のトップで活躍する選手を育成するのと、我々のシューズの評価という目的もあります。彼らの能力は日本人と異なる部分がある。オンラインですぐにフィードバックをもらえるので、すごく貴重なんです。日本人を含めて世界のアスリートがハマる靴を作っているので、アメリカやヨーロッパの選手たちともオンラインで意見を聞いています」(竹村氏)
数年までは東アフリカ選手の声を聞く機会がほとんどなかったというが、ASICS CHOJO CAMPはアシックスがグローバルで勝負していくための“先行投資”といえるだろう。同キャンプから、もし、非公認ながらマラソン2時間切りの前人未踏の記録を持つエリウド・キプチョゲ(ケニア)のような超ビッグスターが誕生すれば、アシックスにとって絶好のPRになるはずだ。
今年4月24日にはスペイン・マラガで「META:Time:Trials」というレースも敢行している。アフリカや欧米などのトップアスリート79人が新モデルの「METASPEED+」を履いてレース(5km、10km、ハーフマラソン)に参加。4つのナショナルレコードと29もののパーソナルベストが誕生した。廣田社長によると「どうなるのか分からなかったけど、記録が出てホッとしています」と一種の“賭け”だったようだ。しかも、どうやら今後さらに速いシューズを作りために生かせるようなデータも取得したようだ。
「カシオさんと共同開発した『Runmetrix』というモーションセンサーを選手の皆さんに装着してもらい、ランニングフォームなどを分析しました。また定点動画を撮影して、時間の経過とともに彼らのストライドや着地がどう変化するのかもチェックしています。このような動作分析は今後のシューズ作りにすごく役立つと思っています。いつもはオンラインですけど、実際に顔を合わせてより深い話をすることもできました」(竹村氏)
つまり社長直轄のC-Projectは始まったばかりで、この後、二の矢、三の矢が登場するに違いない。
■新モデルはランニングエコノミーが2%以上も増加
さて、6月14日から発売されるシリーズ最新モデルの「METASPEED+」だが、前出・竹村氏によれば「アスリートの声をもとに各パーツの形状や構造を調整するなど機能をアップデートしました」とのこと。
軽量で反発性を持つ独自開発のフォーム(厚底部分)は、ストライド型ランナー向けのSKY+は前作から4%増量、ピッチ型のランナー向けのEDGE+は16%増量だ。推進力を生みだすカーボンプレートの位置を調整したことで従来モデルよりランニングエコノミーが2%もアップしたという。走る力のロスが確実に減って、より速く走れるようになったわけだ。価格は前モデルと変わらず2万7500円(税込)になる。
アシックスはナイキに奪われたパイをいま取り返している。「ナイキの厚底は反発力が強すぎて、自分には合わなかった」という箱根駅伝ランナーがMETASPEEDを履いてハーフマラソンで自己ベストを出した例もある。
今回の取材とは別件で廣田社長と話をしたときに「やればできるんですよ」と笑顔を見せ、瞳をキラキラさせていた。本気になった日本の老舗ブランドが王者・ナイキに真っ向勝負を仕掛けている。
アシックスは今年7月に行われるオレゴン世界陸上をサポートしている。一方、米国・オレゴンにはナイキ本社がある。しかも、米国で世界陸上が開催されるのは初めて。どちらも“負けられない戦い”となる。
同社はオレゴン世界陸上で出場選手のブランド着用率15%を目指しているという。さらに2025年までに「パフォーマンスランニング市場のシェア1位を目指す」と宣言。東京が開催地の候補に挙がっている2025年の世界陸上で“首位交代”が見られるかもしれない。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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