「財産を独り占めするつもりか」90代の老夫婦を献身介護する78歳姪にぶつけられた疎遠な親族のひとこと
プレジデントオンライン / 2022年6月23日 10時15分
■78歳の姪が90代の叔父夫婦の面倒を見る老老介護
コロナ禍になる前のこと。
九州に暮らす筆者の妻の母親、つまり私にとって義母にあたる人物は、とても優しく、おおらかな人だった。当時の年齢は78歳で、名は幸子(仮名)。84歳の義父とのふたり暮らし。少し膝の調子が悪かったものの、ある時期から同じ市内に住む90代の叔父夫婦の家に足を運ぶ回数が増えていた。
叔父夫婦にとって義母は姪にあたる。叔父夫婦には子供はおらず、体力の衰えや病気のため、訪問介護に頼る生活になっていた。親族は義母のような姪や甥が4人のみ(図表1参照)。全員同じ市内に住んでいるが、身の回りの世話などはほとんど義母がしていた。
「叔父さんは父方、叔母さんは母方のきょうだいで、昔から私をかわいがってくれたからね。自分もいい歳になったけれど、できるうちは面倒を見てあげたいのよ」
義母はそういって頑張っていた。ところが、自分も次第に膝が悪化してきた。義父も認知力が低下しつつあり、今後の自分たちのこと、叔父夫婦のことを考えると、不安は増すばかりだった。
■「義母が叔父夫婦の財産を狙っている」
そんなある日、「義母が叔父夫婦の財産を狙っている」との噂が、親族の間に流れていることを知った。もっと若ければ反論し闘うことができたかもしれないが、もうそんな元気は出てきそうにない。自分よりさらに高齢の夫も頼りにできそうにない。身内の話なので近所の仲の良い人にも相談できず、悶々とする日々が続いていた。
半年後、義母と叔父夫婦を取り巻く環境は大きく変わっていた。叔父が脳卒中で倒れ、少し麻痺が残ってしまったのだ。共に暮らす叔母も、叔父が付いていないと毎日の薬もちゃんと飲めないほど物忘れが激しくなっていた。これ以上ふたりが自宅で暮らすことは難しい状態だった。
困った義母は、叔父夫婦の訪問介護で世話になっていた担当者に助けてもらい、ふたりを市内の介護老人保健施設に緊急入所させることにした。もちろん、「噂」のこともあるので、他の親族たちにも経緯を伝えた。それでも、誰も手助けする者はなく、義母が施設入所のための身元引受人・保証人になった。
ちなみに、義母はふたりが自宅(借家)を借りる際の保証人になっていたため、大家とのやり取りもすべて義母が行っていた。戻る可能性は限りなく低いので賃貸契約の解除をしたくても、家財道具を整理する必要があり、なかなか前に進めそうもない。
結局、家の鍵は義母が預かり、時間をかけながら整理していくしかなかった。また、施設では多額の現金や預金通帳類を保管してもらえず、叔父やケアマネージャーとも相談のうえ、義母が預かることになってしまった。これも大きな負担だった。
■叔父の脳卒中に続き、心臓病で叔母が入院
悪いことはさらに続いた。施設に入所してすぐ、叔母が心臓病で倒れ病院に入院したのだ。やはり、義母がひとりで入院手続きを行い、保証人になった。そして、定期的に叔父夫婦の自宅、施設、病院に足を運ぶことが、体力的にも精神的にもつらくなっていた。
その変化に最初に気付いたのは、義母の娘である、筆者の妻だった。妻も叔父夫婦に子供の頃からかわいがってもらった記憶があり、たまたま義母に電話で様子を聞いたところ、元気がなかったのだという。妻はとっさに何かあるなと感じ、事情を聞いたのだ。
どうやらいろいろ調べることが多く、場合によっては筆者の住む東京から現地に飛ぶ必要性もありそうだ。こういう時こそ、フリーランス稼業の筆者の出番である。すぐに何をすべきかポイントを整理しようとリサーチを開始した。
■叔母が先に亡くなると相続をめぐって対立が予想された
義母への聞き取りなどの結果、次のようなことがわかってきた。
ひとつめのポイントは、親族たちがこだわっている財産の問題。義母が預かっている通帳や現金を確認し、次に相続に関連する叔父と叔母、それぞれの親族の存在を洗い出した。これにより
・叔父の親族は義母を含み4人。いずれも甥や姪のみ
・叔母の容態はかなり悪い。親族は義母のみ
・預かっている現金は葬儀代にと託されている200万円
・預金通帳は叔父、叔母、それぞれの名義で500万円ずつの計約1000万円
・月の定期的な収入はふたりの年金合計30万円、支出は家賃と施設・入院費。トータルで貯金は増えている状態
と、整理することができた。
また、叔父夫婦が死亡した場合の相続についても洗い出した。叔父が先に亡くなると、その財産のほとんどを叔母が相続し、叔父の親族たちは口を出せない。逆だと叔父の甥や姪4人に(代襲)相続権があるため、もめることが予想される。
注:厳密に法定相続分でいうと、叔父が先に亡くなると、叔母4分の3、叔父の甥や姪が16分の1ずつ。叔母が先だと叔父が4分の3、幸子が4分の1。
叔父夫婦の今後のことや、義母の精神的負担の解決も重要問題だ。今困っていることは何かと問うと、施設は短期入所が原則なので、次を探すよう求められていることに加え、叔父の今後のため、ケアマネージャーから後見人を立てることを提案されていることをあげた。
加えて、親族たちは叔父夫婦の財産が数千万円にのぼると勝手に思い込んでいる節があるらしく、「私は別に財産うんぬんなんて思ってないので、こんな面倒な話になるくらいなら、相続なんかしたくない」とも口にした。そもそも、義母は親族と性格が合わず、以前から距離を置いていたので尚更だった。
だが、叔母は親族から妙な噂を流されており、たとえ相続放棄しても、義母だけが叔父たちの介護をし続けることが容易に想像できたため、筆者はこう答えた。
「わかりました。お義母さんにそこまでの気持ちがあるなら、私が近いうちそちらに行って親族たちと話をしますよ。ただし、何もしていない人たちが得をするようなことは反対ですからね」
■施設の叔父を連れ出し「テレビをもらおうと…」
筆者はまず、叔父夫婦の今後のため、施設のケアマネージャーに連絡を取り、次の入居先や後見人についての相談を持ち掛けた。さらに、筆者が九州に行く日に合わせ、親族と話し合うための部屋を貸してもらう約束を取り付けた。
物事は順調に進み始めたと思えた。しかし、筆者が話し合いのための準備をしている間も親族が妙な動きをしていることを知った。きっかけは施設からのこんな報告だった。
「叔父を車で連れ出したいと、甥を名乗る人がやってきました」
もちろん、施設側は「義母の許可がないと許可できない」と断っている。そもそも、外出理由もあやふやだったらしい。いったい何をしようと考えていたのか。義母にそれとなく探ってもらうと、
「家の鍵を開けさせて、テレビとか使えるものがあればもらうつもりだったみたい……」とため息まじりの返事がきた。
筆者が親族たちに話し合いの日時を連絡した時も、親族からはいろいろ勘ぐる声があり、中には「話し合いとかいっても、どうせあんたのところが財産をもらうんだろ」と口に出す者もいた。
親族たちはいずれも高齢で噂に流されやすく、感情的な面が多々あったとはいえ、筆者は少し先行きに不安を感じた。
■「世話してやったんやから礼くらいしてもらわんと」
話し合いの日。叔父が入所している施設に筆者と妻、義母。そして叔父きょうだいの長男の娘、久子。同じく長女の娘、文子。次男の息子、信夫がそろった(いずれも仮名)。親族は全員同じくらいの年齢(70代半ば)だ。
ここに叔父も同席してもらい、筆者が司会進行役として話を始めた。
「今日、皆さんに集まってもらったのは、ここにいる叔父さんの今後のことについてです」
その言葉が終わらないうちに久子が大きな声をあげた。
「そんなこと言って、最初からこの人(義母)がみんなもらうってことなんじゃろが。こん人(叔父)がそう言ってたぞ」
のっけから暴走だった。
「違います。そういうことを含め、ちゃんと話をしてほしくて集まってもらったのです」
筆者の言葉など久子にはどうでもいいことらしい。畳み掛けてくる。
「アタシはアンタ(叔父)が大変って思ったから、わざわざ料理こしらえて持って行ってやったろ。なのに何ひとつ礼もせんかったろうが」
どうやら、久子も少しは協力しようと思った時期があったようだった。ただ、財産の件はまったくのいいがかりだ。そこをクリアにしなければと、今度は筆者が久子の話に割って入った。
「その財産うんぬんの話は違いますよ。義母は単に通帳を預かっているだけです……」
いくら丁寧に話をしても、久子はいかに叔父たちのためにお金と手間をかけ料理を作ったかや、それに対するお礼がなかったと繰り返すだけだった。
「なー文子ちゃん。こっちも世話してやったんだから、礼くらいしてもらわんとな。それなのに、ひとりだけに財産をやるなんて言って……」
同意を求められた文子も相槌を打つ。その後もふたりは延々と言いたい放題。まるで話し合いにならなかった。なんとか話を聞いてもらおうと優しくなだめていた筆者のことなど、まるで意に介さない。
■財産は欲しいが「叔父夫婦の世話なんて誰がするか」
このままではラチがあかない。筆者は本題に入った。
「義母は財産を独り占めしようなんて考えていません。そもそも、皆さんは叔父さんの財産がいくらあると思っているのですか?」
できるだけ落ち着いた口調に戻し問い掛けると、今度は興味を示してくれた。
「そりゃ、ウン千万はあるじゃろが」
老婦人ふたりの迫力に押され、ずっと黙っていた信夫もその話になると、こちらをチラチラ盗み見ていた。仕方ない、見せるか。筆者は叔父の許可を得た上で約500万円の残高がある通帳を3人に見せた。
「なんじゃ、それっぽっち?」
文子は臆面もなく口にした。
「でもなー、財産をひとりにやるっちゅうのはー……」
久子は同じ話を蒸し返すのみ。思っていた額より少なく、トーンダウンしたようだ。ここぞとばかりに筆者は次の提案をした。
「ここでハッキリさせましょう。義母は財産などもらうつもりはありません。だから皆さんが相続すればいい。ただし、これまで義母がやってきたあらゆる手続きや世話は皆さんがしてください。了解していただけるのなら、今、ここで誓約書にサインしますよ」
事前に準備してきた誓約書を見せ、3人に突き付けた。
「そんなもん、誰がするか。それより誠意を見せろ」
と、久子。文子は
「そんな面倒なこと、ようせんわ」
と戦意喪失の模様。最後に信夫の意見を求めると、
「墓守の金くらいは……」
と声を絞り出した。
■「財産の独り占めはするなよ」
結局、誰も叔父たちの面倒を積極的に見ようとか、今後のために何かをしてあげようという話は一切口にしなかった。
「財産の独り占めはするなよ」
捨て台詞を残し帰っていくと、それまで黙っていた叔父は義母に
「あんただけが頼りだ」
とか細い声で言うだけだった。(後編に続く)
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医療・保健ジャーナリスト
1961年生まれ。専門は病気の予防などの保健分野。とくに保健師については全国47都道府県すべてで取材。東京大学医療政策人材養成講座/東京大学公共政策大学院医療政策・教育ユニット、医療政策実践コミュニティ修了生。高知県観光特使。
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(医療・保健ジャーナリスト 西内 義雄)
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