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サンリオの「キキ」と「ララ」の性別が瞬時にわかる…人間の脳が名前の響きだけで勝手に判断していること

プレジデントオンライン / 2022年6月29日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/selimaksan

人間の脳は、ある言葉を知らなくても、音の響きだけで、共通のイメージをもつ性質がある。慶應義塾大学言語文化研究所の川原繁人教授は「われわれが普段使う言葉は、丸い印象を持つ音と角ばった印象を受ける音の2つに分けられる。このため、たとえばサンリオのキキとララを知らなくても、キキは男の子、ララは女の子と推測できる」という――。

※本稿は、川原繁人『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(朝日出版社)の一部を再編集したものです。

■音声学者が娘の名前に「やよい」を推したワケ

今回のお話には、タイムマシンがあると便利なので、あらかじめレンタルしておいた。まずは、2014年の年末まで時を遡ろう。

あの頃、家族は私と妻だけだった。妻のお腹の中に娘はいたが、名前はまだない。夕食後、真剣な家族会議が開かれていた。議題は「娘の命名について」である。夫婦で話し合い、親族からの意見を取り入れながら慎重に議論が進む。我が子の一生を決めるかもしれない大事な決断だ。

会議の前に20ほど候補が挙げられていたが、議論を経て少しずつ候補が削られていく。しかし、却下されたはずの名前がいつのまにか復活していたりして、なかなか先に進まない。1回で結論が出るはずもなく、何度となく会議は開催された。私が選んだ最終候補は「やよい」ちゃんである。私は、この名前が音声学的に魅力的であることを知っていた。

ついに妊娠生活も佳境を迎え、妻は実家に戻った。私も初めは同行し、妻と義母の前で堂々とプレゼンした。

:「やよい」は(音声学的に)魅力的な名前です‼
妻と義母:なんだか、頼りない名前だね。

自信満々のプレゼンもむなしく却下とあいなった。そして、実際についた名前は「咲月(さつき)」である。これも素晴らしい名前だ。しかし、純粋に音声学的な観点からは、少し気になることもあったのだ……。音声学的にはね。

■人間は知らない図形に名前をつけることができる

私はなぜ「やよい」を推したのか。再びタイムマシンに乗り込むときが来たようだ。妻と出会う前まで時代を遡ろう。

アメリカの大学で教鞭をとっていた頃のことである。一時帰国の折、友人が神田の蕎麦屋に招待してくれた。日本食の素晴らしさを再認識しながら食後のひとときを楽しんでいると、彼が言った。「なぁ、お前メイド喫茶って知ってる?」知らないが興味はある。

行ってみたい、行きたい、行こう。幸い神田から秋葉原まで、急げば10分だ。すぐ行こう。そして、「もえもえきゅん」をどこまでも追求するあの異世界に一発で魅せられた……だけでなく、学問的な好奇心も大いにそそられることとなった。

そう、メイド喫茶に通うためには、研究という言い訳が必要だ。私の言い訳は「魅力的な名前の探求」であった。これで最後だから、もう1回タイムトラベルにお付き合い頂きたい。時は1929年に遡る。ケーラーという心理学者が、以下のような実験を行った。

図表1のようなふたつの図形があるとしよう。

一方は「マルマ[maluma]」という名で、もう一方は「タケテ[takete]」という名だ。どちらがどちらの図形の名前にふさわしいだろうか。

【図表1】ケーラーの図
ケーラーのふたつの図形を描き直したもの。『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』より

おそらく多くの読者が同じ感覚を持つだろう。[maluma]は「丸い」、[takete]は「角ばっている」。日本語には「丸」という単語があるから当たり前だと思った人もいるかもしれない。

そういう方は、[maluma]を「モルナ[moɾuna]」と置き換えても、まだ丸い感じがするはずだ。そして今度は、「やよい」と「さつき」の音の響きを[moɾuna]や[takete]と比べてみてほしい。今回のタイムトラベルの意図が見えてくるだろう。

ケーラーの実験により「人間は知らない図形に名前をつけることができる」ということが判明した。しかも、そこには法則性が潜んでいる。

■音だけで形が想像できるのはなぜか

ここで、説明のために「阻害音」と「共鳴音」という音声学用語を紹介させてほしい。

阻害音:パ行、タ行、カ行、バ行、ダ行、ガ行、サ行、ザ行、ハ行
共鳴音:マ行、ナ行、ヤ行、ラ行、ワ行

「これを覚えろと?」と思われるかもしれないが、心配はいらない。「阻害音」と「共鳴音」の区別は「濁点をつけられるか、つけられないか」で判断ができる。

阻害音=濁点をつけられるもの+濁音・半濁音
共鳴音=濁点をつけられないもの

または、本書の第4、5話でしっかりと音声学入門を済ませたみなさまは、以下のように考えてもよい。

阻害音=破裂音+摩擦音+破擦音
共鳴音=鼻音+はじき音+接近音

さて、先ほどのケーラーの名付け実験を振り返ってみよう。共鳴音を含んだ名前は丸く、阻害音を含んだ名前は角ばった印象を受ける。

このような「音の意味のつながり」を「音象徴(おんしょうちょう)」と呼ぶ。ちなみに、本書第1話のプリキュアの分析のときに語った「両唇音=可愛い」も音象徴の一例だ。

■名は体を表すかもしれない

ケーラーの知見に基づいて、様々な研究がなされた。英語話者を対象にした研究だが、[takete]よりも[maluma]のほうが、「優しく」「平和的」で「友達になりやすそう」かつ「のんびり」と判断される。

また、女性名は「共鳴音を含んだ名前」が魅力的であり、逆に男性名は「阻害音を含んだ名前」が魅力的とされる傾向が観察された。

この「阻害音」=「男性」、「共鳴音」=「女性」という連想は、「サンリオ」のリトルツインスターズ(「キキ(♂)」と「ララ(♀)」)にも如実に表れている。

娘は幼稚園の年中のお遊戯会で『ライオンキング』の踊りで私を魅了してくれたが、「シンバ」(♂)と「ナラ」(♀)にも同じようなことが言えそうだ。

アニメ『CLANNAD(クラナド)』で人生を学んだ人も多いと聞くが、登場する双子の「杏(きょう)」と「椋(りょう)」だと、「椋」のほうが大人しくて消極的な性格をしている。

ちなみに、私の妻は「ママ」派ではなく「かーちゃん」派である。先日ふと理由を尋ねてみたところ、「ママ」が持つ優しい響きがしっくりこないかららしい。彼女は母親として、優しさを喚起する共鳴音の呼び名ではなく、凜としたイメージを喚起する阻害音の呼び名を選んだということだろうか。

■「さつき」にあって「やよい」にないもの

さて、ここまで来れば、私が「やよい」を推した理由がわかってもらえるだろう。「やよい」は共鳴音([j])しか含んでいない。一方「さつき」は阻害音([s],[t],[k])のみである。音象徴の観点だけから考えれば、「やよい」のほうが魅力的な名前と言える。

しかし、音象徴のみで名前を決めるべきかというと、それも極論と言わざるを得ない。「さつき」には「さつき」に込められた思いがある。「咲月」は、妻の「朋子」の「月」をひとつ受け継ぎ、花が「咲」く時期に生まれたというよろこばしい意味がある。

妹の「実月」も、もうひとつの「月」を受け継ぎ、木が「実」をつける頃に生まれたという家族の大切な記憶が込められている。しかも連濁までしている。どちらも共鳴音に溢れているわけではないが、素晴らしい名前ではないか。

妻と義母から大切なことを学ばせてもらった。音象徴が名付けのすべてではない。『魔女の宅急便』の「キキ」は阻害音のみだけども、やっぱり魅力的な女の子だ。

とは言いながらも、やっぱり名前における「共鳴音」と「阻害音」の偏りは気になるので、最近は授業の履修者名簿が届くと、どんな「共鳴音の女子学生」とどんな「阻害音の男子学生」が授業に来るのかまず確認してしまう。そして、授業では「共鳴音」と「阻害音」の違いを学んでもらうために、学生に自分の名前を音象徴の観点から分析してもらう。

みなさまも、自分の名前に含まれる子音がどれくらい魅力的か考えてみてはいかがだろう。きっと「共鳴音」と「阻害音」の区別を学ぶよい練習になるはずだ。ただし、自分の名前が音象徴的にイマイチだからと言って、くれぐれもご両親をとがめないでほしい。きっとみなさまの名前にはそれぞれ込められた思いがあるのだから。

別に将来、咲月が本書を読んだときに怒られないよう、予防線を張っているわけではない。

■日本語でも女性には共鳴音、男性には阻害音が多い

さて、日本人の名前の音象徴的分析は当時ほとんどされていなかったこともあり、私なりにケーラーの結果を膨らませてみたいと思っていた。まずは、第1話にも登場した、明治安田生命がデータとして公開している日本人の人気の名前の分析からだ。

結果、女性名に含まれる子音のうち67%が共鳴音で、逆に男性名に含まれる子音は64%が阻害音だった。この結果は、先に述べた、英語話者を対象に行われた魅力度研究の結果とも一致する。日本語でも、女性には共鳴音が、男性には阻害音が似合う傾向にあるらしい。

■メイドカフェでは仮説が通じない謎

そんな研究をしているときに、偶然にもメイド喫茶に出会ってしまったわけだ。メイドさんには「メロ」だの「ユララ」だの、珍しい名前がたくさんあった。分析しなければ失礼にあたる。ちょうど私のお気に入りである「あっとほぉ~むカフェ」では、すべてのメイドの名前をウェブ上で公開していた。よし、分析だ。

研究当初、私はこう思っていた。「メイドさんは女性らしさを押し出している。だから、メイド名に含まれる共鳴音率は普通の女性名よりもっと高いだろう。メロちゃん、ユララちゃんは良い例だ」。そこで、当時在籍していた133名の名前をすべて分析してみた。

しかし蓋を開けてみると、残念。メイド名の共鳴音率は58%で、一般女性名の共鳴音率67%よりも低かった。仕方がない、これでメイド喫茶にさらに通いつめる大義名分ができたというものだ。私の仮説がなぜ間違っていたのか検証せねばならない。

秋葉原のメイドカフェのチラシ配り
写真=iStock.com/Goddard_Photography
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Goddard_Photography

■ツンデレオプションで気が付いた真実

こうして私のメイド喫茶巡りが始まり、運命のあの日がやってきた。当時、「妹カフェ」という場所があり、そこでは500円追加すれば「ツンデレオプション」がつけられた。500円を対価に、冷たい言葉で冷遇されるばかりか、ナプキンを投げつけられたり、ストローに切れ目を入れられたり、トイレから帰ってくるとぬいぐるみが置かれていて座れなくなったりと、誰得な特別な体験をさせてもらえる。

しかし、そこで閃いてしまった。「メイドは女性的である」という前提が間違っている!

メイドには「萌えメイド」と「ツンメイド」がいるのだ。だとすれば本当に検証するべき仮説は、「萌えメイド」=「共鳴音」、「ツンメイド」=「阻害音」だったのだ。この閃きの瞬間のエピソードは、ツイッターのbotで定期的につぶやいていて、時々バズる。

さて、もうそのころにはすっかり秋葉原のメイドさんたちと仲良くなっていた。しかし、それでもメイドさん全員に「貴女の名前を教えてください。ところで、貴女は萌え系ですか、ツン系ですか?」と聞くほど心理的距離が近くはなかったので、実験をすることにした。

川原繁人『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(朝日出版社)
川原繁人『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(朝日出版社)

「ソタカ」のような阻害音に溢れる名前と、「ヨモナ」のような共鳴音に溢れる名前をたくさん用意し、秋葉原で働くメイドさん10人に聞いてみた。どっちが「萌えメイド」でどっちが「ツンメイド」ですか?

実験の結果、「共鳴音名=萌えメイド」「阻害音名=ツンメイド」という傾向が観察された。

それだけでなく、「ラ行が萌えっぽい」とか、「サ行がツンっぽい」という具体的な声まで聞くことができた。また、のちに行った別の実験で、メイドさんだけでなく、メイド文化に聡くない日本人、はたまた英語話者まで同じ感覚を持つこともわかってきた。

この実験を行ったのは2012年のことだ。しかし、2019年に思わぬ発展を見せることになる。とある番組のディレクターが私の論文を発見し、番組で取り上げてくれるというのだ。しかも現地ロケ。「あっとほぉ~むカフェ」を貸し切りにして、メイドさんたちをその場で「萌え系」と「ツン系」に分け、名前を分析させてもらった。

リハーサルなしに、一発取りで実験。結果は私の仮説通りで、「ゆにゃ」さんは「萌え系」で、「かしま」さんは「ツン系」だった。

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川原 繁人(かわはら・しげと)
慶應義塾大学 言語文化研究所教授
1980年東京生まれ。1998年、国際基督教大学入学。2002年、マサチューセッツ大学言語学科大学院入学。2007年、同大学院より博士号取得(言語学)。卒業後、ラトガーズ大学にて教鞭を執りながら、音声研究所を立ち上げる。2013年より慶應義塾大学言語文化研究所に移籍。現在、教授。専門は音声学、音韻論、一般言語学。著作『音とことばのふしぎな世界』(岩波科学ライブラリー)、『「あ」は「い」より大きい!?』(ひつじ書房)、『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(朝日出版社)他。複数の国際雑誌の編集責任者を歴任。

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(慶應義塾大学 言語文化研究所教授 川原 繁人)

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