家で朝食を食べたことはない…「日本一のゴルフコース」の管理人が毎朝かならずグリーンでやること
プレジデントオンライン / 2022年7月13日 9時15分
■「全コース黒字化」のためにまずやったこと
1971年に設立されたゴルフ場のグループ、太平洋クラブ。18のコースを持つまでに発展したが、2012年、会社更生法の適用を受けた。2014年、遊技業界トップのマルハンが買収し、社長に就任した韓俊が数年で立て直し、今はすべてのコースが黒字化している。
韓俊が力を入れたのはコースの整備とキャディサービスの向上だった。
わたしはコース管理の統括者、チーフグリーンキーパーと超優秀キャディに太平洋クラブのメンテナンスと接客サービスを聞いた。
■朝一番のプレーヤーのために5時半には出勤
ゴルフ場を商品と考えた場合、主要な要素はコースだ。コースの設計がよく、メンテナンスされていて、しかも景色が良ければ人気が出る。
太平洋クラブの改革はコース管理にも及んだ。コース管理とはフェアウェイ、ラフの芝刈りや落ち葉を集めて拾うこと。加えてバンカーの整備、グリーン作りと整備、コース内通路の安全点検、そしてコース全体に散水すること。
担当するのがコース管理部。部員たちを統括するのが各コースにひとりずついるグリーンキーパーだ。
彼らの仕事は自然が相手だから年中無休である。土日や祝日、連休はない。夏休みも正月も働く。
コース管理部員の朝は早い。午前8時に1組目がスタートするとすれば、彼らは2時間半前の午前5時半には出勤している。となると、起きるのは午前4時過ぎといったところ。卸売り市場で働く人たちと同じように超早起きの生活なのである。
出勤したらすぐにコースに出ていく。芝を刈ったり、ブローワーで落ち葉を吹き飛ばしたりする。芝刈り機やブローワーは大きな音を立てるから、プレーヤーがコースを回り始める前に終えておかなくてはならない。
ただ、すべてを2時間で終えるのは無理なので、アウトの1番、インの9番コースから芝刈り機やブローワーを動かしていく。グリーン上にカップを切り、プレーヤーたちのスタートに備える。バンカーならしは機械でやるのだが、前日の夕方に済ませておくことが多い。
基本的にゴルファーがプレーしている時間には管理作業を行うことはない。
■機械も使うが、結局は「見た目、匂い、触った感じ」
阿佐比一の話(御殿場コース チーフグリーンキーパー)
――御殿場コース(静岡県)のグリーンキーパーをやっております。役目としまして、チーフグリーンキーパーという肩書もあり、地域ブロックのリーダーでもあります。御殿場コースの管理部は16人。普通のゴルフ場よりは数人、多いです。年に1回、大きなトーナメントがあります。準備には確実に人手がいるので、お金と人間は潤沢にいただいております。
私たちの目的はダメになったところをお客さまに見せないこと。1年、365日、同じ状態をキープしなければいけないのが使命です。およそ不可能なことなのですが、しかし、目的を変えることはありません。
私はグリーンキーパーの命は手だと考えています。例えば、手のひらで芝を触ります。芝の上がザラザラしてると、ボールは撥ねる。手のひらで触って、つるつるであればボールは撥ねない。グリーンの面がきれいに出ているかどうか、それは触ってみないと分かりません。
普段からグリーンの面を感じるのは見た目、匂い、触った感じです。機械でチェックしたりするのが、現代のグリーンキーパーの姿みたいなところがあるんですけど、結局、自分の手で触って感じてみないと分からないことなんです。
■朝刊が届く時間にはもう家を出る
――私はだいたい出勤するのが朝の5時。起きるのは4時20分。家は御殿場コースの近所にあります。単身の人間もいるけれど、私はひとりで炊事洗濯をしたら、ちょっときついなと思ったので家族と一緒に暮らしています。ですから妻にはとても感謝しています。
仕事の日は朝刊を読んだことはありません。まだうちに届いてませんから。家で朝食を食べたこともありません。妻がサンドウィッチを作っておいてくれるので、毎日、それを持ってきて、事務所で食べます。5時に来て、まずコースを見に行きます。特に心配なグリーンを3つほど見ます。とにかくグリーンを見て、手で触ってきます。グリーンがダメだと営業に支障が出ますから。
御殿場コースでグリーンに対するクレームは出ないのですけれど、コンディションが悪いと、プレーヤーの楽しみがなくなります。凹凸がないかと芝がちゃんとあるかどうか。
■お客のためなら芝の管理方法も変える
うちのグリーンはエアレーション(コアリング)をしないことになっているんです。エアレーションとはグリーン面に穴をあけること。通常だと春1回、秋1回やるんです。
芝は根で養分を吸収するのですが、呼吸もしています。芝が育つにつれ、次第に土壌が固まり、根のために悪い状態となる。そこで、エアレーションをすると、密生した根茎をほぐして発根を促し、通気、通水性をよくして、芝を若返らせることができる。それでやるのですが、グリーン上に穴が開いていると、ボールがスムーズに転がらない。それはお客さまに迷惑だからやめることにしました。
その代わり、私たちがやっているのは穴をあけると同時に、砂を厚く撒(ま)く。そして、棒を差して、穴を作り、ブローワーという機械で穴の中に砂を入れ込む。そうすると見た目は平らになる。多少は凹凸は出るけれど、穴をあけるよりはいい。それに砂ですから、通気性、通水性がよくなります。お客さまに迷惑をかけないために御殿場コースが開発したやり方です。
■異例の「全国転勤するキャディ」
太平洋クラブには361人のキャディがいる。新卒募集に応募してきた高校卒の人から、八千代コース(千葉県)のように新しく加わったコースに元から在籍していたベテランもいる。
キャディになる人たちはそれぞれの物語を持っている。
コースが近所にあるから、「パートで働いてみよう」と思った人。プロゴルファーを目指して研修生としてコースに勤めていたが、望みがかなわずキャディ専業になった人。他のゴルフ場でキャディをしていたけれど、太平洋クラブにあこがれて入社してきた人……。
さまざまな理由でさまざまな年齢のキャディが集まっている。
中田有紀さんは地元で生まれて他のコースでキャディをしていた。
「テレビで御殿場コースを見て、こんなにきれいなところがあるなら、そこで働きたい」と思った。それで応募して2013年に入社。マルハンが買収する前で、太平洋クラブの経営が混乱している頃だった。入社して、経営者が変わり、キャディ教育が変わった。
――それまで勤めていたコースはちゃんとした教育システムはなくて、とにかく先輩について、コースを覚える。できるようになったなと先輩が判断したら、『じゃあ明日から行ってみよう』でした。太平洋クラブに入ってからは、しっかり教えていただいたと感じています。
■玄関では支配人、副支配人と一緒にお出迎え
彼女は御殿場コースでキャディを始めて数年でGランクになった。同社では最高ランクで、5人しかいない。
2年間、八千代コースでキャディ教育に当たるため、転勤して単身赴任することになった。彼女はバツイチ。当時、小学校3年だったひとり娘の結愛(ゆあ)ちゃんを御殿場に残して、千葉県に移り、ひとり暮らしを始めた。
彼女の座右の銘は「行雲流水」。空を行く雲のように、流れる水のごとく転勤した。
――太平洋クラブでは正確な距離をお客さまに伝えることが徹底されています。例えばバンカーとか池までの距離、打ち上げ、打ち下ろしの距離、どのキャディに聞いても正確な距離で答えられるようになっているんです。以前勤めていたゴルフ場ですと、「だいたい200ヤード打っておけば池には入りません」みたいなざっくりした距離感を教えればよかった。けれど、ここでは「池まで185ヤードです」とはっきり答えなくてはならない。
コースガイドと資料を常に持っていて、正しい距離をご案内することになっています。ベテランでも新人キャディでもそこは同じです。
他のゴルフ場と違うのは玄関でお客さまのお迎えをすることです。支配人、副支配人と一緒に立ってお迎えして、お客さまのバッグ、お手荷物などは私たちがお預かりします。これはマルハンがスポンサーになる前から徹底していました。お帰りの際、お車にバッグを積みこむのもキャディの仕事です。ラウンド業務が終わった後のお見送りもやります。
■小学3年生の娘を残して転勤を決意
――2017年から2年間、転勤して八千代コースで仕事をしていました。
「転勤してくれませんか?」と言われた時、娘が小学校3年生でした。私、離婚してシングルマザーです。結局、娘は両親が見てくれることになって、行くことに決めました。
転勤したのは、私は定年まで太平洋クラブで働きたいと思ったから。そのなかで2年間の転勤は必ず私にとってプラスになるし、ありがたい機会を与えていただいた。だから、挑戦したいと思いました。でも、話をいただいた直後は、やっぱり断るしかないかな、とも思った瞬間もあります。
最初、私は結愛を千葉へ一緒に連れて行く気だったんです。でも、娘は地元の友達がいるし、私についてくる気はまったくなかった。向こうへ行ったら、友達もいないし、第一、土日はうちでひとりっきりで過ごすことになるのですから。それなら、私が単身で行って、面倒はおじいちゃん、おばあちゃんにまかせたほうがいいとなったんです。それで、泣いて別れて……。
向こうに行ってから、1カ月に一度は御殿場に戻ってきました。千葉から御殿場まで道が混んでなければ2時間から2時間半で着きます。娘とは毎日、SNSの電話で話をしてましたし、手紙をもらいました。
■「ママ、行かないで」と泣きながら窓を叩き…
ただ、1カ月に一度、帰ってきて、千葉に戻る時間になって、私が車に乗り込む。娘がうちにいる隙(すき)に、車に乗ってアクセルを踏んでブーッと出て行ってしまえばいいんです。でも、最初の信号のところで止まると、走ってきた娘が窓の外からどんどんどんどんって叩くんですね。「ママ、行かないで」って、泣きながら窓を叩く。
私はもう涙が流れて仕方ないけれど、「ゆあ、また来月来るからね」って心のなかで言って、窓を開けないで、泣きながら車を運転していく。すると、後ろからずーっと走ってくるのが見える。それがつらかった。八千代から御殿場に戻るまでの2年間、別れる時はずーっと泣きながら運転してました。
でも、転勤の期間が終わり、自宅に戻ってから、娘に「あの時、大泣きしたよね」って言ったら、「そんなことないよ。泣いてないよ」って。結愛は泣いたんです、あの時……。
このように、それぞれのキャディには彼女、彼だけの物語がある。
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ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。7月13日に『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)を発売予定。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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