「これが中国のルールだ」国家マウントしてくる中国企業に国際弁護士が突きつける"奥の手"
プレジデントオンライン / 2022年6月28日 9時15分
※本稿は、齋藤孝・射手矢好雄『BATNA 交渉のプロだけが知っている「奥の手」の作り方』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■ハーバード流「交渉の7つのカギ」
わたしはこれまで、国際弁護士として数々の中国企業との交渉に携わってきました。
その経験からいえることは、中国企業との交渉は一般的に難しいといわれますが、「交渉の7つのカギ」で対応すると、その交渉も容易になるということです。
わたしが学び、実践してきた「ハーバード流交渉術」では、交渉の要諦として以下の「交渉の7つのカギ」と呼ばれる概念があります。
①利益
「自分はこの交渉でなにを実現しようとしているのか」「自分にとって本当に大切なものはなにか」を指します。もちろん自分だけでなく、交渉相手にも〈利益〉があります。
②オプション
自分の〈利益〉を実現するための選択肢を指します。いわば、「どんなやり方があるか」ということです。こちらも同じように、交渉相手にも〈利益〉を実現するための〈オプション〉があります。
③根拠
その〈オプション〉を取る理由のことです。「自分はなぜその方法を取るのか」には、必ず理由があるはずです。その〈根拠〉を具体的かつ明確にすることで、選択の際に生じがちな「思い込み」をなくすことができます。
■「この交渉が成立しなかったら」を考えておく
④BATNA
〈BATNA〉(バトナ)は、Best Alternative To a Negotiated Agreementの略で、交渉が成立しないときに取るべき「最良の代替案」を指します。「それがダメでもこの手があるさ」ですね。交渉するときはつねに、「この交渉が成立しなかったらどうするか」を考えて、交渉に臨むことが大切です。
⑤関係
自分と交渉相手が「どんな関係にあるか」です。例えば、交渉をはじめる前に、長年いい関係性が築かれている場合もあれば、関係がよくないために交渉開始時点からこじれていることもあるでしょう。交渉の中核ではないものの、〈関係〉は交渉にインパクトを与える要素といえます。
⑥コミュニケーション
交渉中は、相手の〈オプション〉などが変化することがふつうです。すると、「相手はいまなにを考えているのか」を、その都度相手から探り出さなければなりません。そのための手段が、相手との〈コミュニケーション〉であり、交渉外の場所でも〈コミュニケーション〉をはかっていくことが重要になります。
⑦合意
互いの意志の合致──つまり、交渉の結末です。これが見えてきたら、〈利益〉を思い起こして、「本当にこれで満足できるか?」と自問することが必要になります。交渉の結末は、〈オプション〉によって〈合意〉するか〈BATNA〉を取るかの、ふたつにひとつとなります。
■中国人との交渉が「意外と楽」な理由
一般的に中国人との交渉で苦労するとされる点も、「交渉の7つのカギ」を用いれば合理的な対策を取ることができます。
まずいえることは、相手がしたたかな中国人であっても、交渉の鉄則として、〈利益〉〈オプション〉〈BATNA〉に焦点をあてることです。
お互いの〈利益〉に焦点をあてて共通点を見出す「パイ(〈利益〉)を大きくする交渉」をして、もし約束を守らなければ、〈合意〉しないという〈BATNA〉を切ればいいわけです。
もっというと、実は中国人との交渉は意外と楽な面すらあります。なぜなら、相手の〈利益〉がわかりやすく、それは端的に金銭である場合が多いからです。
「いや、中国との交渉には、メンツや人間関係が絡んでくるからややこしいよ」という日本人も多いですが、それについても、相手の〈関係〉のメカニズムを把握して対策を取ればいいだけなので案外簡単です。
■合理的な中国人には合理的な戦略で
年輩の日本人(つまり経営層です)に多いのは、相手との〈関係〉にとらわれ過ぎて、目の前の中国人と〈合意〉しなければ「申し訳ない」と思ってしまう面があることです。
中国人は、「乾杯! 乾杯!」と宴席の〈コミュニケーション〉で盛り上げるのが上手ですから、つい勢いに乗って、不利な〈合意〉をしてしまうことがよくあります。
しかし、それは自分たちの〈利益〉と〈BATNA〉を忘れてしまっていることにほかなりません。交渉では、あくまで「自分たちの〈利益〉は達成できたのか?」「本当にこの〈合意〉は必要なのか?」と、合理的に考えることがつねに必要だということです。
その意味では、わたしは経験上、むしろ中国人のほうが合理的だと感じます。
誤解のないようにいうと、中国モデルがいいという意味ではなく、少なくとも中国人は自分たちの必要かつ十分な〈利益〉を必ず手に入れるために、合理的に判断し行動しているということです。
だからこそ、日本人はつねに「交渉の7つのカギ」に立ち戻り、感情的に揺さぶられずにもっと論理的になるべきです。中国人との交渉においても、日本人は「交渉の7つのカギ」をフル活用して、徹底的に合理的な戦略を取るべきなのです。
■中国人の頭の中にはつねに「国家」がある
ただし、中国企業との交渉で留意しなければならないことに「中国という国家」の存在が挙げられます。
中国は中国共産党がすべてを仕切る社会主義国家であり、中国企業の〈利益〉に、「国家の〈利益〉」がかなり密接に関わってくる場合があるのです。国家の〈利益〉とは、国の安全保障や経済発展、国有企業の保護などを指します。
なかでも、もっとも重要なのは共産党政権の維持です。中国人はこれらをつねに考えるため、例えば交渉の過程で、台湾、香港の問題や領土問題などが絡んでくると、交渉の難易度が上がることがあります。
国家の〈利益〉のために、中国は法律をいくらでもつくることができます。要するに、誰とビジネスをしようとも「ルールは自分たちがつくる」という国なのです。
もちろん日本もルールはつくれますが、民主主義ゆえに国会を経なければならず、もし新たなルールをつくるとしてもかなりの時間を要します。しかし、中国は党が決めれば、なんの反対もなくすぐ法律をつくることができるのです。
法に従って国を治めているといっても、その法を党が自由につくれるので、その理屈づけやスピード感は民主主義国家の常識とはまったく異なります。
■ちゃぶ台返しには〈BATNA〉が使える
その意味では、中国は日本とまったく違う国であり、まさに「パラレルワールド」といえるでしょう。
そんなまったく異なる制度とメカニズムを持つ国と、いったいどう相対していけばいいのでしょうか?
わたしは、それこそ〈BATNA〉を持つしかないと考えています。
仮に、交渉で〈合意〉したことに対して、「我が国の法ではこうなっている」「新しい法律ができた」などといわれてちゃぶ台返しをされたなら、「法律ですか? 事情はわかりました。では、取引しませんし、場合によっては訴えます」と〈BATNA〉というカードを切るわけです。
このとき、日本にとっての〈BATNA〉は提訴だけでなく、その本質は「中国だけがすべてではない」ということです。ほかの東アジアの国々ともビジネスはできるし、インドだってあります。これが日本企業にとっての〈BATNA〉です。
■「得体の知れない国」と決めつけるのはもったいない
もちろん、簡単ではないことは十分理解できます。「中国だけが世界じゃない」といっても、ほかの国々はマーケットが成熟していなかったり、規模が小さかったり、インフラが整っていなかったり、政情が不安定だったりと、肝心の〈BATNA〉が魅力的でないことも多いでしょう。
やはり、中国がビジネスの相手として魅力的なことは確かです。
しかしだからといって、自分たちの〈利益〉を毀損(きそん)するわけにはいきません。そこで、どのように〈オプション〉と〈BATNA〉のバランスを取っていくかという視点が重要になります。
例えば、〈BATNA〉を切る前に、交渉において相手の〈利益〉をとことん突いていくということもひとつです。「そちらにとっても当社の技術は重要でしょう?」「その法律には別の解釈ができませんか?」などと伝えながら、うまく〈合意〉に持っていくことも可能です。
「中国は得体が知れない国だ」と頭ごなしに決めつけるのではなく、むしろ積極的に〈BATNA〉をちらつかせながら、あくまで交渉理論に基づいて合理的に進めていく──。
それが、中国企業とのビジネス交渉の王道なのです。
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国際弁護士
1956年、大阪府生まれ。弁護士、ニューヨーク州弁護士。アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー。一橋大学法科大学院特任教授。京都大学法学部卒業後、ハーバード大学ロースクール修了。2022年度より日本交渉学会の会長を務める。M&A、紛争解決、海外法務を専門とし、中国をはじめインド、タイ、ベトナム、インドネシアなどとの国際ビジネス交渉に従事。編書に『中国経済六法2022年増補版』(日本国際貿易促進協会)、監修書に『2021/2022 中国投資ハンドブック』(日中経済協会)、齋藤孝氏との共著に『うまくいく人はいつも交渉上手』(講談社)がある。
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(国際弁護士 射手矢 好雄)
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