なぜロシア人はプーチン大統領を信じてしまうのか…強すぎるリーダーが支持を集める根本原因
プレジデントオンライン / 2022年7月1日 12時15分
※本稿は、齋藤孝・射手矢好雄『BATNA 交渉のプロだけが知っている「奥の手」の作り方』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■最悪の場合に備えて「代替案」を用意しておく
交渉というものは、必ず妥結するとは限りません。むしろたいていは難航して、最悪の場合交渉が成立しないことも現実にはよく起こります。
そんなときのために、わたしたちは自分の身を守るべく、「代替案」を用意しておく必要があります。交渉が成立しなかったからといって、身を滅ぼしたり、変に妥協して被害を被ったりすると元も子もないからです。
ですから、目の前の相手との交渉が成立しないことを想定し、「自分にはなにができるだろうか?」「なにをするのがベストなのか?」とつねに考え、次善の策を準備する必要があります。
これが〈BATNA〉(バトナ)です。
Best Alternative To a Negotiated Agreement(代替案のなかで最良のもの)の略で、交渉しているあいだ、心のなかでずっと持ち続け、いざ交渉が成立しなかったときに繰り出す“奥の手”というわけです。
■交渉を成功に導く重要な「方程式」
実際の交渉では、時間の経過とともに移り変わる「交渉の7つのカギ」(第1回記事「『これが中国のルールだ』国家マウントしてくる中国企業に国際弁護士が突きつける“奥の手”」参照)の諸要素を比較しながら、目の前の〈オプション(選択肢)〉を検討し、〈利益(交渉で得たい成果)〉を実現できる〈合意〉を目指していくことになります。
そして、どの〈オプション〉よりも〈BATNA〉のほうがいいと判断すれば、必ず〈BATNA〉を取る。
なぜなら、それが自分にとって最良の選択になるからです。
〈BATNA〉と〈オプション〉の選択における方程式をまとめましょう。
〈BATNA〉が〈オプション〉よりもよければ、必ず〈BATNA〉を取らなければいけません。逆に、〈オプション〉が〈BATNA〉よりもベターかイコールの場合のみ、〈オプション〉を取ることになります。
〈BATNA〉が多くの人にとって新鮮な概念であるのは、ふつうは交渉の最中に、その交渉が成立しない場合のことまでなかなか頭がまわらないためです。
相手が提示する条件がまったく揺らがなかったり、逆に交渉条件が目まぐるしく変わっていったりすると、とにかく目の前の相手と〈合意〉しようと焦ってしまい、変な妥協をしがちなのです。
だからこそ、交渉に臨むときはつねに〈BATNA〉を自分の手元に持っておかなければなりません。これが交渉において守るべき合理的な方法論であり、交渉を成功へ導く「方程式」といえるのです。
■〈BATNA〉の典型例は「相見積もり」
相手と〈合意〉しないことを前提とする〈BATNA〉の概念に慣れない人もいるかもしれませんが、ビジネスパーソンのなかには、ふだんの業務のなかで、すでに〈BATNA〉を使いこなしている人はたくさんいます。
それが、「相見積もり」を取ることです。
最近は、日本の企業でも「相見積もり」を取ることが増えてきましたが、これはまさに、自ら〈BATNA〉をつくっていく姿勢にほかなりません。
目の前のA社との取引を考えながら、別のB社やC社からも見積もりを取るわけですから、B社やC社からの提案内容が、自分たちの〈BATNA〉となります。
つまり、A社と〈合意〉する前に、B社やC社という〈BATNA〉を比較考慮し、最終的な契約に至ろうというわけです。
この交渉プロセスでは、「A社との〈オプション〉≧B社またはC社との〈BATNA〉」という「交渉の方程式」に適合するかどうかが、問うべきことになります。
ちなみに、方程式における大小関係を決めるときは、単に金額だけでなく、今後の取引関係を考慮するなど、そのほかの要素も考える必要があります。目先の金銭的利益だけを取って、長期的な関係性を毀損(きそん)することはよくある話です。
ただし、最近の傾向としては、あまり不確定要素を気にせず、純粋に金額だけで決めるために相見積もりを使う傾向があります。
■核をちらつかせたトランプ発言の威力
〈BATNA〉は決して交渉が成立しないときにしか使えないわけではなく、実際の交渉のなか(過程)で、その威力を発揮させることもできます。
例えば交渉中に、「わたしには強い〈BATNA〉がある」とちらつかせて、交渉条件を有利にしていく方法があります。
逆に、最後まで〈BATNA〉があることをいわずに相手と交渉してしまうと、弱気の交渉しかできないことにもなりかねません。
この〈BATNA〉のちらつかせに関して、興味深い分析対象がアメリカのドナルド・トランプ元大統領の交渉術です。
例えば、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(現・総書記)との会談(2018年6月シンガポール、2019年2月ハノイ、2019年6月板門店)では、ときには首脳間の〈関係〉で親密さを演出し、ときには「アメリカの核は北朝鮮の核よりも大きい」と発言(〈コミュニケーション〉)して〈BATNA〉(〈合意〉できない場合の攻撃)をちらつかせ、交渉を有利に運んでいました。
■トランプ流交渉術は果たして正しかったのか
ちなみに、トランプ氏に対する評価は容易ではありません。
彼は自著『トランプ自伝 不動産王にビジネスを学ぶ』(筑摩書房)で、ビジネスマンとしての交渉方法について言及していますが、これは狙いを高く定めて、押して押して押しまくり、ほしいものを手に入れるとする手法でした。
また、『The Real Trump Deal: An Eye-Opening Look at How He Really Negotiates』(Brisance Books)では、同書の著者は、ビジネスマン時代のトランプ氏は交渉を勝つか負けるかと競争的に考え、虚偽や脅迫も含めて高圧的に交渉していたと分析し、大統領に就任してからもその手法は変わっていないと解説しています。
一方で、前述の『トランプ自伝』を詳しく読むと、いくつかの不動産取引交渉については、相手の〈利益〉に合致する〈オプション〉を探し出した事例も発見できます。
つまり、交渉はゼロサムゲームではなく、いい交渉をするには相手にも〈利益〉を与えるべきとする発想もあるようなのです。
しかしながら、トランプ氏は2020年11月のアメリカ大統領選でジョー・バイデン候補に敗れたことを認めず、「選挙が盗まれた」と虚偽の情報を支持者に発信(〈コミュニケーション〉)し、結果的に2021年1月6日のアメリカ合衆国議会議事堂への支持者の乱入に結びついていきました。
■「でたらめでも押し切る」トランプとプーチン
わたしなりに交渉論として分析すると、彼の失敗は、〈利益〉の設定が間違っていたのが原因といえるでしょう。
彼はアメリカの〈利益〉を唱えながらも、本当の〈利益〉は「自分が大統領として再任される」という利己的なものだったのです。
加えて、虚偽の情報にでたらめな〈根拠〉を重ね、それを何度も〈コミュニケーション〉したことが、本質的な誤り(暴徒化した支持者による議事堂への乱入)につながったと見ています。
ちなみにこの「でたらめでも〈根拠〉をいう」という方法はまさに、トランプ氏が好んだものです。
事実と違っていても〈根拠〉を示せば、人は互恵関係を築くために、他人が正当と主張している要求に応えようとする心理があるのです。
ウクライナに軍事侵攻したロシアのウラジーミル・プーチン大統領も、ロシア国内向けのプロパガンダとして使っている手法といえるでしょう。
ビジネスマン時代のエピソードを読むと、トランプ氏は目の前の交渉をうまく進めることに関しては天才的だったかもしれませんが、大統領としての評価が高くないのは、国益よりも自分の〈利益〉を追求してしまったことに尽きるのでしょう。
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国際弁護士
1956年、大阪府生まれ。弁護士、ニューヨーク州弁護士。アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー。一橋大学法科大学院特任教授。京都大学法学部卒業後、ハーバード大学ロースクール修了。2022年度より日本交渉学会の会長を務める。M&A、紛争解決、海外法務を専門とし、中国をはじめインド、タイ、ベトナム、インドネシアなどとの国際ビジネス交渉に従事。編書に『中国経済六法2022年増補版』(日本国際貿易促進協会)、監修書に『2021/2022 中国投資ハンドブック』(日中経済協会)、齋藤孝氏との共著に『うまくいく人はいつも交渉上手』(講談社)がある。
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(国際弁護士 射手矢 好雄)
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