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早期退職を機に「ファミリータイプ」から「駅近コンパクト」の築24年中古マンションに買い替えた50代夫婦の悲劇

プレジデントオンライン / 2022年7月2日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fizkes

老後に自宅の買い替えをするときは何に気をつけたらいいのか。近著『60歳からのマンション学』が話題のマンショントレンド評論家・日下部理絵さんは「子どもの独立や退職を機に、自宅の買い替えを検討する退職世代が増えています。しかし現実には、思うようにいかないケースも多いのです。ある50代後半の夫婦の経験を紹介しましょう」という──。

■家族3人の幸せな暮らしだった、あの頃は…

元新聞記者の吉井和夫さん(仮名、58歳)は、郊外のファミリータイプのマンションに、妻の真由美さん(58歳)と2人で暮らしていた。

2人は20代前半の頃、友だちの友だちの紹介で、食事会という名目のいわゆる「合コン」で知り合った。同い年ということもあり、話も弾み、付き合うことに。順調な交際を重ね、26歳で結婚した。

新婚時は賃貸マンションに住んでいたが、2年後の更新のタイミングで新築マンションを購入。幸運にも両家から援助を受けることができ、頭金を多めにすることができた。「若くて貯金もあまりありませんでしたから、とてもありがたかったのを覚えています」と当時を振り返る。

和夫さんは記者という仕事柄、忙しい毎日だったが、一人息子の直樹さんにも恵まれ、家族3人で幸せな生活を送っていた。

■夫を突然襲った病魔

しかし、48歳のとき、そんな和夫さんに病魔が忍び寄る。職場でデスクワーク中に、突然座っていられないほどの激しい胸の痛みに襲われたのだ。

鈍器で殴られたかのような痛みがあり、息苦しさはどんどん強くなる。冷や汗や吐き気をこらえながら、なんとか同僚に助けを求め、救急車で近くの大学病院に運ばれた。

検査の結果は、急性心筋梗塞。幸い発症からすぐに処置できたこともあり、命に別状はないという。ただし、後遺症として軽度の不整脈が残った。薬の常用が必要となり、ほかにも運動、十分な睡眠、禁煙、禁酒など「生活習慣の見直しが重要だ」と医師からは告げられた。

しばらくして職場に復帰したものの、体調を考慮し、記者職から知的財産を管理する部署へ異動することになった。悔しさもあったが、「身体と大切な家族を守るためだ」と和夫さんは自分に言い聞かせた。

■56歳で早期退職を決断

その後は、規則正しい生活を心がけたことが功を奏したのか、幸運にも後遺症が悪化することもなく、新しい部署で仕事に励む和夫さん。

そうこうしているうちに、新聞の購読部数が大きく減少する世の中の流れもあってか、勤めていた新聞社でも早期退職の募集がされるようになった。体のこともあるし、慣れた現在の職場で、できる範囲で頑張っていこうと和夫さんとしては考えた。

それからさらに数年が経ち、和夫さんは56歳になっていた。職場でふたたび早期退職の募集があった。60歳が見えてきたこともあってか、以前とは違い、「いつまで働き続けられるかわからない」という心境になっていた。

そこで、和夫さんは妻の真由美さんと話し合うことにした。

住宅ローンはすでに完済の目処が立っていて、息子も独立した。また、退職金の割増金などの条件も悪くない。夫婦のこれからの生活を見据え、和夫さんは早期退職することを決断した。

■夫婦水入らずの毎日

決めてからは、仕事の引き継ぎなどで慌ただしく時間が過ぎていった。

そうして訪れた退職日の朝、妻からは手紙を渡された。

「今までお勤めご苦労さまでした。大病したにもかかわらず、長い間家族のため懸命に働いてくれてありがとうございました。これからは健康第一で、一緒にゆっくり旅行に行ったり、お買い物したり、2人の時間を楽しみましょう。これからも二人三脚でよろしくお願いします。真由美」

自宅を出て、通い慣れた駅までの道のりを歩きながら、胸にこみ上げてくるものを抑えきれず、和夫さんは涙が止まらなくなった。

退職後しばらくは、体調を整えるべく、通院しつつ規則正しい生活を送った。体調も良いことから、趣味の旅行に出かけたりと、吉井夫婦はしばらくのんびり過ごした。

■「老後の住まい」をどうしよう……

退職して時間の余裕ができたからか、どちらからともなく「老後の住まい」について話が出るようになった。

吉井夫婦が28歳のときに新築で買ったマンションは、3LDK、78m2のファミリータイプで、駅からは徒歩12分と少し遠い立地にある。

夫婦の共通認識としては、「2人で住むには広すぎる」「駅まで少し遠い」「このまま住み続けるなら大がかりなリフォームが必要」というものだった。幾度か話し合った結果、「いい物件があったら、もう少し狭くていいから、駅に近いマンションに買い替えよう」ということになった。

この時点で、すでに住宅ローンを完済していたことも夫婦の背中を押した。両家からの支援で頭金を多くし、早めに完済することができたのだ。あらためて両親に感謝の思いが募る。

「早期退職時も思ったのですが、毎月のローン返済がないというのは、人生の負担も少なくなり、結果的に選択肢を狭めないなと感じますね」と和夫さんは言う。

■コンパクトで便利な「終の棲家」を

新居は、通院なども視野に入れて、それまでと同じエリアで探すことにした。

日下部理絵『60歳からのマンション学』(講談社+α新書)
日下部理絵『60歳からのマンション学』(講談社+α新書)

「予算ありき」で候補を絞り込み、気になった新築マンションのモデルルームや、中古マンションなどを複数、内見してみることにした。購入費用は、旧居の売却代金と、退職金などを合わせた貯金でまかない、現金で一括購入するつもりだ。

すると、いくつか見た中で、旧居と同じ最寄り駅から徒歩5分にある、築24年の中古マンションが目に止まった。2LDKで58m2。間取りも広さも申し分ない。

現況での引き渡しのため、相場と比較して価格も安価であった。2人の意見が一致し、この中古マンションを購入すると決めた。

■中古マンションを購入、フルリノベーション

築年数が経っていることから、それなりに傷みが進み、設備も古くなっている。夫婦2人の「終(つい)の棲家(すみか)」にすることを考えれば、快適に住むには何らかリフォームが必要である。

そこで、約1000万円の費用をかけてフルリノベーションを行うことにした。

見積もりの取得などは大変だったが、数カ月後には、2人の希望どおりの部屋に仕上がった。

中古物件だが、室内は新築そのもの。キッチンや浴室の設備は新品に入れ替え、段差は解消されてバリアフリー対策もバッチリ。とても快適である。幸い、旧居もすぐに買い手が見つかり、買い替えはとてもうまくいった。まさに順風満帆である。

ここまでは──。

■想定外の大規模修繕工事一時金

新居に引っ越ししてから半年ほど経ったある日のこと。郵便受けに「大規模修繕工事に関する説明会のご案内」と題した書面が投函されていた。管理組合からだった。

添付資料によると、2回目の大規模修繕を検討しているものの、人件費や建築資材などの高騰で、管理組合で積み立ててきた修繕積立金残高だけでは費用が足りず、一時金が発生しそうである、と書かれている。

管理組合主催の説明会に参加して話を聞いたところ、戸当たり60万円ほどの一時金が想定されているという。

買い替えしたマンションの戸数は53戸。1回目の大規模修繕は約5000万円だったが、2回目は8000万円近くかかる見込みだという。戸当たり負担で考えると、1回目が100万円弱だったところ、2回目は150万円と約1.5倍に上がっている。

■自分を納得させるしかない

説明会では様々な意見が飛び交った。

住民たちの意見をもとに管理組合で再精査した結果、戸当たり50万円ほどの一時金を徴収するという大規模修繕工事の議題が通常総会に上程され、承認された。

購入時に、次の大規模修繕を検討しているとは聞いていたけれど、その時の話ではまさか一時金を払うことになるとは思わなかった……。順風満帆な買い替えだと思っていたのにと、夫婦揃ってため息が出る。

約4カ月後、マンションの外観は見違えるほど綺麗になった。一時金や工事期間中は煩(わずら)わしかったが、共用部分も専有部分も、新しく快適である。「やはり、良い買い物をしたんだ」と思い直し、自分を納得させる吉井夫婦だった。

■突然の火災発生

それから数カ月後の深夜のことだった。

けたたましい非常ベルの音が鳴った。飛び起きると、「火災です! 避難してください。火災です! 避難してください」との機械音が連呼している。窓の外には煙も見える。着の身着のまま、2人で慌てて屋外へと避難した。

地上からマンションを見上げると、黒煙が建物を覆っている。煙の流れを見ると、どうも自分が住む真上の部屋が火元のようだ。

すぐに消防隊が駆け付け、懸命の消火活動が始まる。

住人が見守る中、火は1時間ほどで消し止められた。煙を吸うなどして病院に搬送される住人がいたものの、幸いにしていずれも症状は軽いという。

■火元は真上の部屋

火元はやはり真上の部屋であった。その部屋は全焼したものの、ほかの部屋に燃え移るなどの被害はなかったという話だ。

ホッとして自宅の部屋に戻ろうとしたところ、「火元の下階など近隣の部屋の方は、消火活動による影響で部屋の中が水浸しになっている可能性があります。また明日、実況見分があると思いますので、本日はホテルなどでの宿泊をお願いします」との案内があった。

仕方なく吉井夫婦も、その日は近くのホテルに泊まることにした。

翌朝自宅を覗くと、部屋の中の家具や床材などが濡れており、壁紙にはシミのような跡がある。それに、天井とクロスの間には水が溜まっているようにも見える。洋服や新聞、雑誌に至ってはまったく悲惨な状態だ。家電や設備は、動くのかどうか心配である。

共用廊下には同様の被害に遭った隣人が呆然と立っていた。声をかけると、昨夜は近所の知人宅に泊まった、室内は水浸しで、窓を開けた状態で避難したため、ひどい状態だ……と問わず語りに言う。

■スマホの充電器が出火原因か

「これは簡単な掃除で復旧できるような状況ではないな……」と、夫婦で途方に暮れていたところ、火元になった上階の住人が、管理会社の担当者と謝罪に来た。「本当に申し訳ありません」と、何度も何度も丁寧に謝罪する。

内心怒りもあったが、今後のことも考えると、許すほかない。

あとで保険会社の鑑定人も来るという。管理会社の担当者からは、「吉井様も火災保険を掛けていらっしゃれば、事故報告をして欲しい」と促される。

警察と消防によると、スマホの充電器から火が出た可能性があるとみて、詳しく原因を調べているという。近年、同様の火災が増えており、おそらくホコリなどで充電コネクタが発熱したのが原因ではないかという話だ。

たとえば非純正品の充電器などは、「異常温度対策」という電力供給をストップする機能が搭載されていない機器も多く、発熱によって怪我や事故、火災が発生することがあるのだという。

■「損害賠償は請求できない」

そうこうしているうちに、火災保険の鑑定人がやって来た。

火災の消火活動による消火損害だが、「失火責任法」によって火元の上階には損害賠償は請求できないという。また、そうした際の補償に使える「類焼損害補償特約」も、上階の住人は付けていなかったという説明だ。

動揺成熟した夫は彼の妻とソファに座っています
写真=iStock.com/Andrii Zastrozhnov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Andrii Zastrozhnov

「このまま放置するとカビなどが発生するため、早急に対処が必要です」と鑑定人からは言われる。加えて、「被害写真を撮って、ご自身が掛けている火災保険会社に早急に事故報告をするように」と促されるだけだった。

■ジェットコースターのような日々

すぐにアドバイス通り、保険会社に連絡して事故報告をした吉井夫婦。後日、原状回復のためリフォーム業者に依頼し、見積もりを取得した。

床の張り替え、壁紙の張り替え、電気工事、家電を含む家財などの修繕費用にあたる約200万円が、掛けていた火災保険からの保険金として補償されることになった。電気工事が含まれているのは、上階からの水漏れで漏電が発生し、スイッチやコンセント、漏電ブレーカーなどの交換が必要になったからだ。

保険金で補償されるとわかり、ホッとする吉井夫婦。

だが、よくよく考えてみれば、「専有部分も共用部分も綺麗で快適。買い替えしてよかったね」と喜んだのはつい最近のことだ。短期間に立て続けに、マンションの売却、購入、フルリノベーション、引っ越し、一時金の徴収、大規模修繕、火災……といったことが起こり、2人はすっかり疲れてしまった。

■なぜかマンスリーマンションに仮住まいする羽目に

2人の生活は、なお落ち着かない。

大規模修繕を終えたばかりのマンションの共用部分についても、吉井夫婦のラインだけ、ふたたび足場がかけられ、補修工事が行われるという。火災で建物のタイルが焼けたり、スス汚れしたりしたため、修繕が必要になったのだ。

そのため吉井夫婦は現在、マンスリーマンションに仮住まいしている。

新居に住むためにはリフォームが必要だが、再度フルリノベーションを行うとなったら、保険金ではとうてい足りない。また、住めない部屋とはいえ、毎月管理費や修繕積立金、固定資産税などは支払わなくてはいけない……。

■「これから一体どうすれば」

保険金の使い道は自由だという。どうするのが「正解」なのか。

正直なところ、気力も体力も残っていない。買い替え時には、集合住宅は消火活動による水漏れ被害があるかもしれないということは頭の片隅にもなかった。

築浅マンションほど構造がしっかりしていて、水漏れ被害を防げることが多いそうだ。ならば、新築マンションや築浅マンションを選択すべきだったのだろうか。そもそも築古マンションでも、別のマンションを選んでいればよかったのか……。

「運が悪かった」と言えばそれまでだが、万全だと思った終の棲家は、ちっとも万全ではなかった。

「私たちはこれから一体どうしたらいいのだろう……」と悩む吉井夫妻である。

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日下部 理絵(くさかべ・りえ)
住宅ジャーナリスト
第1回マンション管理士試験に合格。新築などマンショントレンドのほか、数多くの実務経験、調査から既存マンションの実態に精通する。著書に『マイホームは価値ある中古マンションを買いなさい!』(ダイヤモンド社)、『60歳からのマンション学』(講談社+α新書)など多数。

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(住宅ジャーナリスト 日下部 理絵)

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