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「今日、ケンタッキーにしない?」のキャッチコピーがマーケティング的に最強な理由

プレジデントオンライン / 2022年7月1日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tadamichi

自社商品の独自性を確立し、消費者から愛され続けるにはどうすればよいのか。高千穂大学の永井竜之介准教授は「消費者の気づいていないニーズを新しく創り、それを満たすことがマーケティング的に最強だ」という――。

■ビジネスの存在意義は「不」の解消にあり

ビジネスの基本となるのは「不」の解消である。人や企業や環境の不便、不自由、不都合、不利益、不満、不幸といった「不」を解消することがビジネスの存在意義と言っていい。便利にする、自由にする、都合を良くする、利益を生み出す、満足させる、幸せにする。こうした「不」を解消して「マイナスの状態を0に戻す」、そして「0の状態からプラスに伸ばす」ためにビジネスはある。

「不」は、何かに満たされていない状態を意味し、「ニーズ」という言葉に置き換えられる。だから、ビジネスでは「誰のどんなニーズを満たすか」が重要になる。ニーズを満たす方法の1つは、相手が心の底で「もっとこうだったら良いのに」と感じている「何か」を見つけて満たすことだ(「セブンティーンアイス」は最初は自販機ではなかった…「17歳の女子高生向けアイス」が急に売れ出した秘密)。これは、相手がすでに気付いていたり、隠し持っていたりする「今のニーズ」を探すもので、インタビュー、アンケート、観察などのリサーチを通じて探されやすい。ただ、リサーチは似たような答えにたどり着きやすく、競合他社同士で、狙うニーズとニーズを満たすための商品が被ることも珍しくない。

■「ニーズを自ら創って自ら満たす」これがビジネスの最強パターン

ニーズを満たすもう1つの方法は、新しいニーズを提案して「たしかに、これは良い」と相手に気付かせ、その新しいニーズを満たすことだ。これは、相手が忘れていたり、気付いていなかったりする「未来のニーズ」を新たに提案するもので、リサーチでは発見することは難しい。「そんなモノ(使い方)があったんだ!」「すごい!」「面白い!」といった驚きと共に、相手の価値観を更新するような新しいニーズが提案できれば、ライバルと被らない、自社だけのオリジナルの市場を創ることができる。新しいニーズを自ら創って、そのニーズを自ら満たす。この自己完結型のビジネスができれば、マーケティング的に最強と言っていいだろう。その最強パターンを実現した3つの事例について紹介していこう。

■マーケティング最強事例① ケンタッキー・フライドチキン

ケンタッキーフライドチキン(以下、KFC)は「今日、ケンタッキーにしない?」のプロモーションと商品展開によって、消費者の「日常のニーズ」を取り戻して再成長を実現した。もともと、1970年の日本進出の当初、売上に苦戦していたKFCを軌道に乗せたのは「クリスマスにはフライドチキン」のキャンペーンだった。

KFCが「クリスマスにフライドチキンを食べる」という日本だけの習慣を創った背景には、こんな逸話がある。KFC1号店の店長が近くの幼稚園から「クリスマスにチキンを買ってパーティーをするのでサンタ役をやってほしい」と頼まれた。売り上げにつながるため、店長は喜んでサンタの衣装を着て、フライドチキンの箱を手に、幼稚園で踊りながら歩き回った。それが評判を呼び、あるとき、テレビのインタビューを受けることになった。そこで「アメリカではクリスマスにチキンを食べるのか?」と聞かれ、本当は「七面鳥を食べる」と知っていながら、つい「そうです!」と答えてしまった。これが、「クリスマスにはフライドチキン」が日本中に発信されるきっかけになったという。

ケンタッキー・フライド・チキンのバーレルと食卓
写真=iStock.com/pjohnson1
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pjohnson1

1974年から大々的にクリスマスキャンペーンを展開するようになり、クリスマスなどの特別な日にはKFCのチキンを大人数で食べることが定番化していった。この「特別な日のニーズ」はKFCの大きな強みになったが、同時に、特別な日以外のニーズをつかめずに伸び悩む原因にもなっていった。

■エブリディ・ブランドに導いた「今日、ケンタッキーにしない?」

KFCのイメージは「おいしいけど、ちょっと高い」「みんなで食べるもの」に定着していき、「ランチに気軽にチキンを食べたい」「1人で食べに行こう」といった日常のニーズは忘れられつつあったのだ。そうした固定観念を打ち破り、海外と同じように日本でも「エブリディ・ブランド」になるため、新しいニーズの提案に踏み切ったのが、2018年から実施された「今日、ケンタッキーにしない?」のプロモーションだった。

ターゲットは、「日常のニーズ」「若者のニーズ」「個食のニーズ」だ。特別な日だけじゃなく、家族連れだけじゃなく、いつでも誰でも気軽にKFCが食べたくなる。このニーズを新提案するため、「今日、ケンタッキーにしない?」のシリーズ広告が展開された。等身大の若者として俳優の高畑充希さんが起用され、気取らず、おいしそうに、大胆にチキンにかぶりつく姿が強調された。家族でも、友人グループでも、1人でも、平日の仕事の合間のランチでも、気軽に「日常使い」をする様子が描かれた。シリーズを通して、あえて音楽やフレーズを統一し、一貫性のあるパターンで広告を展開することで、消費者の心にメッセージを浸透させていった。

■「気軽にチキンを食べたい」を満たした500円のワンコインメニュー

広告を見て「今日、ケンタッキーにしてみよう」と思ってKFCに行った消費者が、「意外に安い!」「お得でおいしい!」と驚くように、新しいランチメニューも展開した。1人でも食べきりやすいメニューや500円のワンコインメニューを強化し、またランチの提供時間を10~16時に長く設定して、新しいKFCを体験してもらう機会づくりを徹底した。こうした仕掛けが実を結び、KFCに固定観念を持っていた消費者や、実は初めて利用する若者たちの価値観を更新することができた。

いつでも誰でも気軽に「チキンが食べたい」と思わせ、そのニーズを新メニューで満たす。まさに、新しいニーズを自ら創って、自ら満たす「最強パターン」である。満足した消費者はクチコミを広めるとともに、リピーター化していく。その好循環でKFCは売り上げを大きく向上させ、広告業界で「KFCのような広告がしたい」という声が続出するほどの成果と評判を得ることに成功した。

■マーケティング最強事例② ミツカン「味ぽん」

ミツカンのぽん酢「味ぽん」は、新しいニーズの提案を重ねることで成長を続けてきた成功事例だ。もともと、ぽん酢は柑橘類の果汁が酸化しやすく、家庭での取り扱いが難しかったため、料理店でしか味わえないものだった。そのぽん酢を家庭に広めた立役者で、ぽん酢の市場で圧倒的なシェアを握り続けているのが「味ぽん」だ。味ぽんの誕生は60年ほど前にさかのぼる。当時のミツカン社長が博多の料亭で口にした鶏肉鍋「水炊き」とぽん酢のあまりのおいしさに感激し、この味わいを全国の家庭に届けようと3年がかりで開発した。「ミツカン ぽん酢<味つけ>」を1964年から関西で試験販売し、その3年後に「ミツカン 味ぽん酢」に名前を変えて全国販売。1974年から「味ぽん」となった。

ガラス容器になみなみ注がれた醤油
写真=iStock.com/xamtiw
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/xamtiw

■水炊き鍋に馴染みがない関東で味ぽんが受け入れられたワケ

「専門店の味をご家庭に」というコピーと共に、水炊きをはじめとする鍋の専用調味料として売り出すと、水炊きに馴染みのある関西ではすぐにヒットした。しかし、鍋文化が異なり、醤油や味噌の味付け鍋が主流の関東ではなかなか受け入れられず、苦戦した。

そこで、「水炊きと味ぽん」という新しい鍋の楽しみ方を関東に浸透させるため、ミツカンは「朝売り」と呼ぶゲリラ作戦に出た。これは、荷台を屋台に改造した屋台カーで東京・築地の卸売市場へ出向き、土鍋とコンロで作った水炊きと味ぽんの試食販売を行うというものだ。舌の肥えた築地の食のプロたちに「水炊きと味ぽん」のセットの魅力を体験してもらい、お墨付きをもらって、クチコミで広めていく作戦だった。この作戦が功を奏し、スーパーの食品売り場での試食販売やテレビCMと合わせ、関東の鍋文化を更新して浸透していき、1970年代に売り上げを飛躍的に伸ばしていった。

■夏場に売れない「味ぽん」を家庭の常備調味料まで押し上げた秘策とは

鍋専用の調味料として全国に普及した味ぽんだったが、鍋のお供であるがゆえに、鍋のニーズが高まる冬場には売れるが、鍋を食べない夏場には売れないという課題に直面した。季節に関係なく、いつでも味ぽんを使ってもらうためには、新しいニーズの提案が必要となった。そこで、九州などの一部地域の家庭でいろいろなメニューに味ぽんが使われていた情報を基に、1980年代から鍋以外の用途の新提案を積極展開していった。大根おろしと味ぽんで焼き肉をさっぱり食べる「おろし焼肉」に始まり、餃子、焼き魚、カツオのたたきやサラダなどの「つけかけ調味料」として味ぽんを提案した。その結果、味ぽんの売り上げは再び向上し、いつでも食卓に置かれる調味料として浸透していった。

さらに、2013年からは、食卓で食べるときに使う調味料としてだけでなく、キッチンで作るときに使う調味料としての新提案を開始している。骨付き鶏肉を味ぽんで煮つける「さっぱり煮」、パスタや炒め物を味ぽんで炒める「さっぱり炒め」などの調理法と共に、活躍の場をますます拡大している。味ぽんは、もともと家庭になかった「0」の状態から、鍋のお供としての新提案、さまざまな料理のお供として常備してもらう新提案、そして食卓だけでなくキッチンで調理のお供にしてもらう新提案によって、独自のポジションを開拓し続けている。新しいニーズの提案によって消費者の価値観を変え、商品を広めることに成功したのだ。

■マーケティング最強事例③ ブラックサンダー

食べ応えのあるチョコバーとして人気を集める有楽製菓「ブラックサンダー」。2018年にはシリーズの年間販売数量を2億本突破したほどの大ヒット商品だ。しかし、発売開始後すぐにヒットしたわけではなかった。

1994年に発売開始すると、九州エリアでは好調だったものの、全体としては苦戦が続いた。鳴かず飛ばずのまま10年が経った頃、ブラックサンダーに思い入れのあった社員がデザイン変更を直訴すると、「売れてないから好きに変えていい」と一任された。そこで、子供にも読めるように名称をアルファベット表記からカタカナ表記へ変更、女性からの評判が良かったことを受け、「若い女性に大ヒット中!」のコピーをパッケージに採用するなどし、デザインが一新された。その後、大学生協での販売からじわじわクチコミで広がり、2006年に人気ブログで取り上げられたり、2008年に体操選手がインタビューで好物として答えたりしたことをきっかけに、人気に火が付いた。

■「義理チョコのニーズで大反響!」ブラックサンダーバレンタイン

ブラックサンダーの人気は一過性で終わらず、売り上げ好調が続いた。そこで、それまでは運に任せた部分があったが、2011年に社内にマーケティング部を新設し、さらに広めるための仕掛け作りが始められた。「王道ではなく、ちょっと枠からはみ出した面白さ」や「ブラックサンダーを消費者のコミュニケーションツールにしてもらう」という方針が消費者の心をつかみ、大きな成果を上げた。2013年の「ブラックサンダーバレンタイン」は、この方針で成功したキャンペーンの一つである。

バレンタインカード
写真=iStock.com/Olga Kurbatova
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Olga Kurbatova

チョコレートは2月のバレンタイン時期に売り上げが増加しやすいが、ブラックサンダーにはそれがなかった。しかし、本命チョコとして買われることは考えにくい。だったら、いっそのこと堂々と「義理チョコ」であることをアピールして、「ブラックサンダーらしく楽しんでもらう」ことを狙った。

それを形にしたのが、新宿駅の地下通路に「一目で義理とわかるチョコ」という強烈なコピーの広告を展開し、合わせて自動販売機「義理チョコマシーン」を設置するキャンペーンだった。特設サイトでユーザー登録をしてQRコードを取得し、それを義理チョコマシーンにかざすと、ブラックサンダー3個と「義理チョコのお作法」が入った「義理チョコの素」が無料でもらえるという仕組みで、期間は1週間、1日1000個限定で行われた。このキャンペーンはSNSで大きな反響を呼び、テレビ番組でも取り上げられ、連日、行列ができて1、2時間でなくなる盛況ぶりとなった。

このキャンペーンは、その斬新さから社内の理解を得るのに苦労したが、「ブラックサンダーの世界観を広げるため」と辛抱強く訴えて理解を得たという。翌年以降も、毎年異なる仕掛けを通じて、ブラックサンダーの「義理チョコとしてのニーズ」を新たに根付かせ、売り上げとブランドイメージを向上させた。

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永井 竜之介(ながい・りゅうのすけ)
高千穂大学商学部准教授
1986年生まれ。専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。産学官連携活動、企業団体支援、企業との共同研究および企業研修などのマーケティングとイノベーションに関わる幅広い活動に従事。主な著書に『マーケティングの鬼100則』(ASUKA BUSINESS)、『嫉妬を今すぐ行動力に変える科学的トレーニング』(秀和システム)、『リープ・マーケティング 中国ベンチャーに学ぶ新時代の「広め方」』(イースト・プレス)などがある。

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(高千穂大学商学部准教授 永井 竜之介)

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