「次の首相にふさわしい人」の常連だけど…自民党で冷遇される石破茂氏がそれでも離党しないと言い切るワケ
プレジデントオンライン / 2022年6月30日 10時15分
※本稿は、石破茂『異論正論』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
■「こうすれば一発解決」そんな政治家は信用できない
自著『異論正論』(新潮新書)で、国のグランドデザインのような大きな問題を政治は考えていかなければならない、そうしないと日本は立ち行かなくなる、といったことを書きました。
これはずっと私が訴え続けていることでもあります。ところが、こういう話をすると「そんなことはいいから、どうすれば解決できるのか。早く答えを言え」といった反応が必ずあります。あるいは「評論家じゃないんだから早く案を出せ」と。
しかし、ワンポイントの政策で解決できるような話ではないからこそ、ある意味仕方なく先送りされてきたともいえるのです。仮に日本が抱える諸問題について「こうすれば一発解決」式の話をする政治家がいるとすれば、私は信用できません。
たとえばすでに述べたように税制を変えることで好転することはあるでしょう。それによって個人の可処分所得を増やすことはできる。経済を好転させるきっかけにはなりえます。
また、近年私が取り組んできた地方創生も持続的な国づくりには欠かせない政策です。できることはすぐに実行に移すべきでしょうし、大臣でいる間に手をつけ実現させたことも数多くあります。
■魔法の杖のような政策は存在しない
しかし、これら個々の政策でグランドデザインを変えることはできません。一つの内閣だけでできるものでもありません。
そろそろ与野党関係なく、共通の地盤で議論をする必要があるのではないでしょうか。その場合には、共通の資料、認識が必要となります。
国のグランドデザインをどうすべきか、といったことは前述の通りあまり受けません。「そもそも論」のようなものは一般の国民にも好まれないのです。
しかもこの先、政治は「果実の分配」のような美味しい話だけではなく、むしろ「不利益の分配」について正直に国民に伝えなければなりません。
政治家も官僚もメディアも「そもそも論」を避け、また時には嘲笑し、「そういう話はまた今度」と先延ばしにし続けてきました。
その結果、少子高齢化に歯止めがかからず、経済も伸び悩み、格差の拡大に多くの人が不満をいだく状況が続いています。そしてコロナ禍によってより事態は深刻になっています。
もちろん急いで手を打つべき政策は多々ありますが、“そもそも”魔法の杖のような政策は存在しないということを直視すべきです。その上で、自公のみならず責任ある政党であれば共有できる問題意識はあるはずで、そこから大きな議論をすることが必要なのです。
■「憲法改正」に異論を唱えたワケ
第2次安倍政権下で、憲法9条の改正を優先させる改憲論議が進みかけたことがありました。自衛隊を明記する条項を加える、というものです。
この時、私は異論を唱えました。それまで自民党内で決めていた改憲案とはまったく別の思想によるものだったからです。そして、“そもそも”何のための改憲なのか、がかえってわからなくなってしまう懸念があったからです。
が、当時の私の意見はかなりのご批判を浴びました。「とにかく改憲するのが優先なのだ。お前のそもそも論なんて聞いていたら時間がかかって仕方がない」というところでしょうか。私は、憲法改正は最終目的ではなく手段であると考えているので、こうした考え方には賛成できませんでした。
しかし、コロナ禍で日本が直面した問題もまた、そもそも論を避けてきたツケなのではないでしょうか。コロナ対策のロックダウンに関連して、にわかに「緊急事態条項が必要だ」という議論が提起されましたが、“そもそも”緊急事態条項とは何か、ということを平時から冷静に考えてこないから、何かあった時に的を外した大騒ぎになるのです。
■日本の政治は「そもそも論」を放置してきた
以前、日本国憲法に緊急事態条項がないことについて持論を書いた私の文章を、以下に引用してみます。
(略)
国家そのものが危機に瀕したときに、その国家なるものを守る目的に限局して国民に義務を課し、国民の権利を制限する。これは当然のことです。国家がなくなってしまえば、個人の自由も権利も守られなくなるでしょう。このような意見に対しては、かならず感情的になって『それは国民を戦争に導く論理だ』、『国家よりも国民が大事だ』と叫ぶ人が現れます。けれども、ここで言っているのは、あくまでも戦争(有事)などの非常事態における対処として、期限を区切ってのことです。こうした条項は、どの国の憲法にも定められているものです。かつて我が国の大日本帝国憲法においては、非常大権を陛下がお持ちでした。ところが、今の日本国にはそのような権限はどこにもありません。日本国憲法にはそうした条文が存在しないのです。これが、一つ目の欠けているものです」
これは拙著『国難』の中の文章で、2012年、野党時代に書いたものです。
もしもこの当時から、国家の存亡にかかわるような事態における行政権への時限的委任について国民的な議論をしていれば、コロナ禍における私権制限についても、国民の間で一定の共通理解があったのではないでしょうか。
今に至るまでほとんどこれを議論してこなかったことが、コロナ対策の迷走の一つの背景にあったと思うのです。
このように考えると、「そもそも論」がとても大切だということも共感していただけるのではないでしょうか。与野党を問わず、大きな議論をする必要があるという認識を共有したいものだと思います。
■なぜ自民党を離党しないのか
あちこちで自分の考えを述べていると、さまざまな声をいただきます。ネット配信された際に寄せられるコメントにはなるべく目を通すようにしています。
その中で多いのは次の二つでしょうか。
「いっそ新党を作ればいいじゃないか」
「そんなに文句があるのなら自民党を出て行け。足を引っ張るな」
前者には期待を込めて書いてくださる方もいらっしゃるのでしょうが、後者については長い間、寄せられてきた批判です。
私は政治家になってから一貫して「自分が正しいと思うことを自由に述べられなければ、政治家になった意味がない」と考えています。また、自民党は多様な意見により強さを増す──言い換えれば国民の支持を得る──政党だと思っています。
ですから、異論に対して「足を引っ張るな」というのは的外れですし、そのような言説はむしろ「ひいきの引き倒し」になり、自民党を強くすることにはつながらないと思います。
「新党を作れ」という声については、一度党を出た経験があるからこそ、「青い鳥は外にいるわけではない」というのが実感です。少し昔話をさせてください。
■自民党を飛び出した29年前の苦い経験
1993年6月、宮澤喜一内閣に不信任案が提出されました。細かい経緯は省きますが、この時、自民党内に賛成に回った議員が多く出ます。私もその一人でした。
この直後に離党して新党を作ったのが小沢一郎氏や武村正義氏です。小沢氏は賛成してから離党、武村氏らは反対したのちに離党して行動を起こしています。
その後、私はしばらく離党はせず自民党に残っていたのですが、直後の総選挙では公認をもらえず無所属で出馬し、トップ当選というありがたい結果をいただきました。
その後、新党に参加することを決意したのは、河野洋平自民党総裁(当時)の下では、憲法改正論議を凍結する、という方針だったことが原因でした。
長年、憲法改正を党是としてきた自民党が下野したからといって、その旗を降ろすというのはまったく理屈に合いません。
他方、小沢氏率いる新生党は集団的自衛権の行使容認を政策として掲げ、憲法改正にも積極的だということで、私は「本来の保守は新生党になったんだ」と思い、入党することにしたのです。
ところが実際には、そうした政策論議が党内で行われることはほとんどなく、来る日も来る日も権力闘争が繰り返されているという有様でした。憲法改正や安全保障問題など私が重要だと思うようなことを、党内で議論しても、それが党としての政策に反映されることはなかったのです。
本格的な政策論議をするため、というお題目で小選挙区導入を推進したはずなのに、目にしたのはそんな理想とはほど遠い現実でした。
■変質していった新党
新生党はいくつかの新党と合従連衡したのちに新進党となりました。大きな党となり、自民党と対峙(たいじ)して二大政党制を確立する、その政治改革の夢が実現したかのように見えました。
しかし総選挙直前になってその新進党が打ち出したのは、「集団的自衛権は行使しない」「消費税はこれ以上上げない」等といった、それまでとはまったく異なる政策でした。
こうして、私が自民党を離党してまで取り組もうとした政策は、ここでもまた否定されました。
結局、次の総選挙では再度無所属として立候補し、当選を果たしたのち、私は自民党に復党します。
この一連の行動を批判的に見る方がいることは承知していますが、私自身の主張は初当選の時からさほど変わっていません。憲法改正、集団的自衛権の全面的行使を可能とすること、地方分権を推進すること。そして2世やタレントでなくても国会議員を目指せるような環境を実現すること。
その後、自民党は再び憲法改正を目指す姿勢を明確にしました。そして、その他の政策でももっとも私の主張と合致するのが自民党なのです。
また、イデオロギー政党ではなく実に日本的な存在である点も自民党の魅力の一つです。原理原則に縛られない、良く言えば融通無碍(ゆうずうむげ)な政党です。
イデオロギーを至上のものとしている人の目にはともすればいい加減に映るかもしれませんが、この自民党の現実的なところが多くの日本人の感性に合っているのではないか、と私は思っています。
そんなわけで「新党を作れ」や「党を出て行け」といったご意見に従うことはできないのです。
■今の自民党に足りないもの
私が復党した後、2009年になって、再び自民党は下野しました。麻生政権の時で、私自身も内閣の一員(農水大臣)でしたからその責任は感じています。
当時、民主党による新政権に業務を引き継ぐため、選挙の後に農林水産政策の細かい方向性などについて文書を作成していた時のことです。自民党内のかなりの重鎮の方々から、総裁選に出馬しないかというお話がありました。
しかしその時、私は谷垣禎一氏をおいてこの難局に適した総裁はいないと確信していました。
「国民が自民党に猛省を促した後の総裁として、谷垣総裁ほど適任だった方はいないと思います。特筆すべき誠実さ、人柄の良さ。それこそが、与党時代の自民党に欠けていると国民が思ったものでした」
これは当時、拙著(『国難』)に書いた文章です。
その谷垣総裁の下で私は政調会長を拝命しました。そこで自民党に欠けていると思われていたもう一つの要素、すなわち政策立案能力を高めるために、多数乱立していた部会をわかりやすく集約したり、年次にかかわらず政策的な能力や説明能力の高い議員を部会長に抜擢したり、といった改革をやらせていただきました。
そして伊吹文明先生にとりまとめをお願いし、党内で侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を重ね、2010年には新しい綱領を作っていただきました。
■「勇気を持って自由闊達に真実を語る」
共産党と比べると、自民党の綱領が話題になることは少ないのですが、この時の綱領はとても良くできていると今でも思います。いくつか抜粋してみましょう。
「多様な組織と対話・調整し、国会を公正に運営し、政府を謙虚に機能させる」
「努力するものが報われ、努力する機会と能力に恵まれぬものを皆で支える社会。その条件整備に力を注ぐ政府」
下野した際の反省を十分に生かしたこうした綱領を目にして、自民党は変われるかもしれない、その本質を取り戻すことができるかもしれない、という期待を抱いたものです。そう感じてくださった支持者の方もいたことでしょう。実際に、谷垣総裁時代に自民党はかなり生まれ変わったのだと思います。
最近、こうした期待を抱いてくださっていたはずの昔からの支持層の心が離れていっているように感じることが少なくありません。
綱領から言葉を引けば、勇気を持って自由闊達に真実を語り、政府を謙虚に機能させる、そうした姿勢がいま一度必要とされているのではないかと思います。
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衆議院議員
1957(昭和32)年生まれ、鳥取県出身。慶應義塾大学法学部卒。1986年衆議院議員に全国最年少で初当選。防衛大臣、農林水産大臣、地方創生・国家戦略特別区域担当大臣などを歴任。著書に『国防』『国難』『日本列島創生論』『政策至上主義』など。
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(衆議院議員 石破 茂)
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