常勝リーダーは、部員のどこをチェックするのか
プレジデントオンライン / 2012年5月28日 8時30分
■毎朝6時選手の手本となるべく練習場に立つ
指揮官のどんぐりマナコがゆるんでいる。冷たい雨粒がぱらつく中、小柄な52歳が花束を高々と掲げた。ファンの代表から贈られた日本代表の象徴、サクラの交じる花束だった。
日本の最高峰リーグ、トップリーグ決勝戦の表彰式である。これぞ監督の最高の瞬間か。エディー・ジョーンズは、常に勝つことのみ、その一点にフォーカスする。よき準備をする。
2月26日。秩父宮ラグビー場。サントリーは、自慢の「アタッキングラグビー」でパナソニック(旧三洋電機)を下した。エディーの指導力と選手の情熱が結実し、勝利となった。
サントリーには、強い組織づくりの理想像が透けて見える。エディーの顔がくしゃくしゃになっている。
「ヘッドコーチとして、喜びは2つ、ある。1つが勝ったとき。2つ目は、選手の成長をマヂカに見るときです」
では、つらいことは。
「これも2つ、ある。1つは負けたとき。でも、なぜ負けたのかを考える。修正し、正しい準備をしていけば結果はついてくる。2つ目が、選手に来シーズンは契約できませんと伝えるとき。試合のメンバーに入れませんと言うとき。このときはいつも心で泣いている」
文句なしの名将である。南半球のスーパーラグビーでブランビーズを優勝に導き、豪州代表監督として2003年ワールドカップ(W杯)準優勝、南アフリカ代表アドバイザーとして07年W杯優勝を遂げた。
情熱の人である。「365日ラグビー漬け」である。
シーズン中も、毎朝4時半、目を覚ました。5時。まだ暗い中、外苑前の自宅から府中のサントリーのグラウンドまで、自分の車を走らせる。
5時半には到着する。6時からの早朝練習に参加するためだ。社員選手たちが出勤前、ジムでトレーニングをする。エディーも運動をしながら、選手の動きをさりげなくチェックする。
「選手たちに“やろう”と言うのであれば、指導者はお手本にならなければならない。彼らのことを観察もしています。表情は必ず、見る。コンディションや性格もわかってきます」
ヘッドコーチのもっとも重要なスキルは「観察力」である。グッドコーチはグッド・オブザーバー(観察者)なのだ、とエディーは言い切る。
40代のときと比べ、コーチとしてどう変わったのかを聞くと、「トシをとるにつれて、観察力が鋭くなってきた」と分析する。重要なことは、周りで何が起きているのかを観察し、何をすればいいのかを考えることなのだ。
「とくに負けたときは何を見逃したのだろうと自分に問いかけることが多い」
そういえば、エディーと話をするときはまず、こちらが観察されている。
「左胸のバッジは何?」など聞いてくる。試合中、エディーは観客席ではなく、グラウンドのサイドラインのそばに立つ。小さな黒表紙の手帳を持って。
なぜ。
「選手のプレーやボディランゲージを観察するためです。選手のエネルギーのレベル、コミュニケーションもよくわかる。ポイントはすぐ、メモします。ははは。サラリーの査定のためではありません。勝つためです」
さて、肝心のチームビルディングである。強い組織をどう、つくっていくのか。まず「リーダーシップ」を明確にする。意思系統を整理し、意思疎通を図りやすくするのだ。
2年前の春、エディーは監督の座に就くと、3つのグループを設置した。
「キャプテンズ」と「ゲームリーダーズ」「ロッカーズ」だ。キャプテンズは主将、副主将らで編成され、練習の運営を担当する。ゲームリーダーズでは、FW、バックスのゲームリーダーなどが集まって、戦術を組み立てる。
ロッカーズは、グラウンド以外のチーム運営全般をカバーする。44人の選手を4つのグループに分け、更衣室や風呂場の掃除を振り分けたり、イベントで互いを競争させたりする。
1グループが11人。
「30人以上になると、意思疎通をコントロールしにくくなる。10人ぐらいだと、互いの意思がとりやすい。グループを競争させることで、プライドやレスペクト(敬意)が生まれ、より信頼関係が強くなるのです」
グループのメンバーは1年間、変わらない。長距離などフィットネス強化の練習でも、この4グループで競わせる。勝ったグループにはご褒美がつく。楽しみながら競い合い、信頼関係構築にもつながるというわけだ。
コーチングスタッフもまた、毎日、練習前後にはミーティングを開く。「役割分担」を明確にする。
「自分の仕事をしっかりやることが大事です。目標を設定し、情報を共有する場があれば、全員が一貫性を持って同じ方向に進むことができます」
その潤滑油、いいコミュニケーションを築くためには「ディシプリン(規律)」が重要となる。
「ミーティングでは必ず、議題と、何を達成したいかを明確にする。コーチミーティングは30分以上やらない」
企業をみると、長い会議がやたら目立つ。長時間の会議は?と聞けば、笑いながら、両手で「×」をつくった。
「ダメダメ。人の集中力はマックスで1時間でしょ。目的を決め、意識と集中力を持ちながらじゃないと、ミーティングの意味がない」
エディーは選手との1対1の面談を毎日のように開く。グラウンドでも気がつけば、その場で声をかけ、練習後にもう一度、個人面談を開く。
さらに強いチームには「カルチャー」がある。規律があり、プライドがあり、目指す方向が定まっている。
企業でも同じだろう。トヨタ自動車にはトヨタの、ユニクロにはユニクロのカルチャーがある。
「カルチャーがあれば、大事なことを守ってくれる。あいさつだったり、掃除だったり。試合でいえば、あきらめない、精度にこだわるプレーです」
そのカルチャーを根付かせるためには、常に強調し、常に意識させていくしかない。根気よく、同じことを言い続けるのだ。
こんなことがあった。ある若手プロップが練習でボールを前に落とした。セービングという、ミスをカバーする動作をとらなかった。同じミスを2回、やった。即、個人面談を開いた。半分ジョーク、半分本気で。
「手帳に彼の名前を書いて、ラスト・チャンスと言った。“同じことを練習でやったら、もう君はチームにはいられない。これからはずっと、社業に専念してもらうよ”って」
カルチャーでいえば、練習では「常に100%」もそうである。
監督に就任した日。「ラスト10分のランニングも100%で」と指示したのに、選手がひざに手をついてゼエゼエと呼吸しながら止まっていた。「ストップ!」。その場で練習を取りやめた。練習時間が長すぎるからだと判断し、翌日からメニューを改善した。
「ひざに手をつくのは、“負けた”というボディランゲージなのです。向上心がなくなれば練習の意味がない」
ハードワークと、長時間練習は違うのである。「規律」を維持しながら、考えさせる。練習のタイムマネジメントも厳しい。サントリーの場合、FWのユニット練習20分とすると、「スクラム3分、ラインアウト4分……」と分刻みでメニューを与える。
「練習もディシプリンがないとダメでしょ。練習はドラマみたいなもの。ドラマって、あっと終わると、次を見たい、と思うじゃないですか。練習も同じで、明日また、グラウンドに来たいと思わせるように終わらないといけない。カムバック、ネクストです」
つまりは向上心を刺激するということだろう。小生はラグビー部時代、ずっと練習が嫌いだった。たぶん、大多数の選手が同じではないか。
ついでにいえば、サントリーはチームラウンジで携帯電話の使用は禁止となっている。スタッフと選手がより会話を交わすためである。
じつは監督就任前のゼネラルマネジャーのとき、こんな体験があった。空港の待ち時間、選手たちがレストランにいた。若手5人は1つのテーブルに座り、無言で携帯ばかりを扱っていた。
「アン・ビリーバブル!」と思った。
「だって、コミュニケーションをとるために同じテーブルに座ってビールを飲むんじゃないの」
コミュニケーションでいえば、エディーはグラウンドで英語は使わない。ぎこちない日本語で選手に声をかける。
エディーが最初、サントリーでコーチを務めた1997年、選手との距離を縮めることができず、悩んだことがあった。言いたいことが伝わらない。通訳を通しているからじゃないのか、と反省した。そこで必死で日本語を勉強しはじめた。翌年から、グラウンドでは英語は使わない、と決めた。
エディーは選手のやる気を最大限に引き出す努力を怠らない。ユーモアあふれる言葉で選手を刺激し、緻密な準備を重ねていく。目的をはっきりさせ、結果を積み上げていく。
ベテランの日本代表、小野沢宏時にエディーの長所を聞くと、「コーチングが明確なこと。モチベーションを下げないよう声をかけてくれて、選手全員を同じ土俵に上げてくれる」。
■部員のやる気を最大限に引き出す良い方法とは
今季の目標は、トップリーグ制覇と日本選手権優勝である。二冠を達成したら、南半球の最高峰リーグのチームと戦うチャンスをつくる、と約束した。選手のやる気に火をつけたのだ。
そのための人材も集めた。南アフリカ代表や豪州代表の選手を獲得し、戦力の充実を図った。当然、チーム内の競争は激化し、レベルを押し上げた。
エディーの目指すラグビースタイルは一貫している。ボールがスピーディに動く攻撃的ラグビー。サッカーでいえば、「バルセロナ」である。才能あふれる選手たちが細かいパスでボールをつなぎ、全員で連動するように攻めていくスタイルである。
「ひとりに合わせ周りも音楽を奏でるクラシックミュージックみたいなスタイルが好きだ。今季はより幅が広がり、柔軟性を持ったチームになった。どんな相手にも対応できる」
すなわち、円熟の境地。エディーは、組織づくりのキーポイントとして5つ、挙げた。(1)リーダーシップ(2)人材(3)チームカラー(4)規律ある組織風土(5)新しいものを取り入れる、である。
エディーは豪州タスマニア島出身。父が豪州人で、母は日本人である。少年時代からラグビーに熱中し、豪州のニューサウスウェールズ代表にまでなった。ポジションがフッカー。
「いたずらっ子みたいなプレーヤーだった。小さかったので、頭と口を使わないとダメだった」
高校教師を経て指導者になった。成功は向上心と努力の成せる業である。
妻も日本人。日本のメンタリティを学ぶため、人気ドラマ「スクール☆ウォーズ」の録画DVDをすべて見た。昨夏は水泳で北島康介選手を育てた平井伯昌コーチに話を聞きにいった。日本人を育てるためには。
「規律を守らせ、小さな成功の積み重ねが重要だとわかった」
さて春には日本代表のヘッドコーチに就任する。日本ラグビーの「救世主」となるのか。
「まずはよいセレクション(選手選考)をすること。能力だけでなく、日本代表として適した人格かどうか、も見ます。日本代表に誇りを持っている人を集めていきたい」
もちろん代表チームとクラブチームは違う。とくに「時間」である。
「今までだれも見たことがないようなエキサイティングで攻撃的なラグビーをつくっていきたい。勝ちにこだわり、選手が100%出しきっていることが伝わるようなゲームをやっていきたい」
昨年のW杯で日本代表は一勝もできなかった。なぜなのか。「チームカラーがなかったからでしょう」。
では目指すチームカラーはと聞けば、「バルセロナみたいな」ときた。
「ムーブ。スマート。頭を使いながらボールをタフに動かしていく。そして闘争心。ほら、日本ではラグビーをかつて“トーキュー”って呼んでいたでしょ。ファイティングボールって」
トーキューとは「闘球」のことだった。目標が、15年W杯で「世界トップ10」、日本開催の19年W杯では
「ベスト8」である。極めて難しい。でもエディーが言うと、ひょっとして、とつい期待したくなる。夢は。
「満員の観客の国立で日本が世界の強豪に勝つこと。リーダーとして大事なことは自分を信じてやることです」
口もとだけで笑いながら目には覇気が漂っていた。いいぞ。いいぞ。エディーが日本ラグビーに光を当てる。
(ノンフィクションライター 松瀬 学 小倉和徳=撮影)
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