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「なぜウクライナのナチストの味方をするのか」ロシアの友人から届いた悲しすぎるメッセージの意味

プレジデントオンライン / 2022年7月5日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SbytovaMN

なぜ多くのロシア国民はプーチン大統領のウクライナ侵略を支持しているのか。神戸学院大学の岡部芳彦教授は「プーチンは、ロシアがナチスを倒したという『妄想の歴史観』に囚われている。普通の人々だったロシア国民も愛国教育やプロパガンダを信じ込み、熱心な愛国者に変わってしまった」という――。

※本稿は、岡部芳彦『本当のウクライナ 訪問35回以上、指導者たちと直接会ってわかったこと』(ワニブックスPLUS新書)の一部を再編集したものです。

■プーチンが国民の前でバカげた主張をする理由

2022年5月9日に赤の広場で行われた対独戦勝記念日の式典で、プーチン大統領は次のように述べました。

〈「キエフ」は核兵器取得の可能性を表明した。くわえてNATO加盟国は、わが国に隣接する地域の積極的な軍事開発を始めた。このようにして、われわれにとって絶対に受け入れがたい脅威が、計画的に、しかも国境の間近に作り出されたのだ。アメリカとそれを取り巻くネオナチ、バンデーラ主義者との衝突は避けられないと、あらゆることが示唆していたのだ〉

「バンデーラ主義者」が極右政党スヴォボーダ(自由)や、同じくマイダン革命に参加した極右勢力の右派セクターのことを指しているのであれば、ウクライナの中央政界に彼等の影響力は全くありません。

また、仮にその「バンデーラ主義者」よりもウクライナ社会全体が民族主義化したと主張したとしても(僕はそうは思いませんが)、原因はロシアによるクリミア占領、東ウクライナへの軍事介入にあるのは誰にでもわかります。では、なぜプーチン大統領はこのようなバカげた主張をするのでしょうか。僕は「妄想の歴史観」が原因ではないかと考えています。

■プーチンにとってウクライナは「国」ですらない

この演説では、ウクライナのことを「キエフ」と言いました。ウクライナの政権を指す場合に使われる言葉ではあるのですが、プーチン大統領にとって、ウクライナは「国」ですらないのかもしれません。

ロシア・東欧研究の第一人者として知られるティモシー・スナイダーは、近年、プーチン大統領が、20世紀前半のイヴァン・イリインなどの「ファシスト思想家」の本を読みふけって、陰謀史観にのめり込んでいると指摘しています。イリインは「ウクライナ人がロシアという有機体の外にある別個の存在であること」を否定しています。この思想の影響が、3カ月あまりのロシアやロシア軍の軍事行動の背景の一つと考えてもいいぐらいではないでしょうか。

真偽はわかりませんが、2008年4月のルーマニアのブカレストで開かれたNATO首脳会談で、プーチンはジョージ・W・ブッシュ米大統領(当時)に「ウクライナは本当の国ではない」と語ったと、ロシア・メディアで報じられたことがあります。その後も似た様な主張を繰り返しており、かなり早い段階から今のウクライナ観につながる考えを持っていたようです。

■クリミア占領から生まれた妄想の物語

もし一言で、今回なぜロシアがウクライナを侵略したのかを述べろと言われれば僕は「NATO加盟問題など国際政治の背景よりも、プーチンが〈妄想の歴史観〉を背景に、ただウクライナを自分のものにしたかっただけ」と答えています。

これは僕の以前からの持論で、2月24日直後からメディアでも一貫して話していて、今でもその考えは変わりません。またそれは、フィンランドとスウェーデンがNATOに加盟しようとしているのに、プーチン大統領やロシア政府が、対ウクライナのように軍事行動はとらず、ロシア西部に軍事基地を構築することを表明する程度であることからも、それは裏付けられます。

2014年のクリミア占領を通じた誤った成功体験が、東ウクライナへの軍事介入へとつながりました。一方、クリミア占領ほどはうまく進まず、ロシア国内への説明や自身の行動を正当化する手段として「東ウクライナのロシア語を話すロシア系住民に対するジェノサイド」が行われているというナラティブ(物語)が生まれ、今回の「ウクライナをナチスから解放する」との妄想へとつながっていったのです。

■戦争は普通の人々を熱狂的な愛国者に変える

そして今、そのプロパガンダが拡散した結果、誤った「正義」を信じ切った多くのロシア国民を前に、「ウクライナの非ナチ化」という偽りの金看板を外すことすらできず、国内を沈静化させる術を失いつつあるようにも見えます。

実は、2月24日以降、僕が国内外のメディアで発信している姿をSNSなどで見たロシアの複数の友人・知人から「なぜウクライナのナチストの味方をするのか?」というメッセージが来ました。中には「恥を知れ!」的な内容もありました。

スマートフォンを握った抗議のイメージ
写真=iStock.com/oxinoxi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/oxinoxi

悲しくなり「なぜナチスだと思うのか教えて」と返事すると決まってYouTubeにアップされたウクライナの極右勢力がナチス風の松明行進をしたり、暴れまわる様子が上手くまとめられたプロパガンダ動画のリンクが送られてきました。彼らは普段は極端なところは全くない「普通の人々」です。

この時、僕が子供のころ流行ったアニメ『機動戦士ガンダム』の中の「悲しいけど、これ戦争なのよね」というセリフを思い出しました。戦争は普通の人々を熱狂的な愛国者に変え「非友好国」民の言うことに聞く耳を持たないのも普通のことなのかもしれないなと感じました。

■過度に美化・英雄化されている「大祖国戦争」

一方、今回のロシアの侵略の背景には、近年の過度な「大祖国戦争」の美化・英雄化があるとも感じています。「大祖国戦争」は、ソ連やロシアの独ソ戦の呼称です。

実は、モスクワ大学に留学中の1997年5月9日、赤の広場での対独戦勝記念日のパレードに正式に招待されたことがあります。その前年、ある大阪の専門商社の社長さんが、「ロシア連邦友好勲章」を受章されました。当時、僕は、大学の馬術部の同級生と一緒に、元ニチイ(のちにマイカル)の副社長で当時、ジャパンメンテナンス会長だった福田博之さんの書生紛いのことをしていた関係で、その受章記念パーティに同行しました。

そこで勲章のプレゼンターとしてロシアからヴィクトル・クリコフソ連邦元帥が来ていました。クリコフ元帥は最後のワルシャワ条約機構軍の司令官です。その時に知り合いになっておくと留学中の何かに役立つだろうとご紹介いただき一緒に写真を撮りました。モスクワで元帥のお宅を訪問した際に、その写真を額に入れてプレゼントするとたいそう喜ばれました。

■平和を祈るイベントだった対独戦勝記念日

何か礼をしたいというので、最初は、TBSの「報道特集」でタイフーン級の原子力潜水艦を取材している番組を見たことがあったので乗せてほしいとお願いしました。ただ、「それは海軍で、自分は陸軍だからさすがに無理」とのお返事でした。すると元帥のほうから「5月の対独戦勝記念パレードの招待状はどうだ」と言われました。

正式に招待状をいただいたあとは、「あの日本からの留学生はパレードに招待されたらしい」と大学寮の職員さんの間で噂になるほどでした。パレードの前日のことです。高齢の寮母さんがバラを1本持って僕の部屋に来ました。そして「明日、私たちの代わりにこれを無名戦士の墓に供えて」と言いました。

そして、「戦争の話をしてあげよう。戦争が始まってすぐ、私の村にドイツ軍がやってきて……」と涙ながらに弟が殺されたことなどを話しました。この頃の戦勝記念日は今と違って、まだ「大祖国戦争」への従軍経験者も多くが存命で、赤の広場では退役軍人のみのパレードが行われていました。

亡くなった兵士や国民を悼み、二度と同じような戦争が起きてほしくないと平和を祈る意味合いが強かったようにも思います。

■択捉島の小学校まで戦争賛美が侵食していた

対独戦勝記念日は、プーチン政権が長期化するのと並行して、愛国心の発揚と軍事力を誇示する場と化していきます。従軍経験者が亡くなり退役軍人の行進も少なくなってきたため、戦没者を悼む純粋な目的で2012年に始まった「不滅の連隊」運動も2015年にはプーチンも参加し、政府の愛国運動に利用されるようになりました。

それに伴ってプーチンやそれを支持する層の間で、「先の大戦でナチスを倒したのはロシア」との誇りとゆがんだ愛国主義だけが強まっていったように思えます。

2016年に北方領土の択捉島で小学校を訪れたときのことです。廊下の壁は、独ソ戦で英雄の称号を受けた都市ごとの勇壮な説明パネルで覆いつくされていました。

しかも、ウクライナのセバストポリとオデーサのパネルには、同国では禁じられたロシアにおける大祖国戦争のシンボルであるオレンジ色と黒色の聖ゲオルギー・リボンが描かれていました。小学校の壁新聞が戦争についてばかりということ自体も、本当は尋常ではないはずです。

しかし、帰ってきて、そのことをあるベテランのロシア研究者の先生に言うと、「戦勝国だから当たり前のことじゃないか」と言われました。戦争賛美が小学校で行われていることのどこが「当たり前」でしょうか。また2014年に占領されロシアに強制編入されたクリミアのセバストポリ、今回の戦争で砲火にさらされたオデーサまでも、ロシアの都市のように扱うことが「当たり前」でしょうか。

■プーチンの「裸の王様」ぶりが明らかになった場面

ロシアに傾倒しすぎるあまり、あるいは過度にロシアを尊重しすぎるあまり、異様なまでの愛国教育の高揚とその異常性に気づくことができない、いや、気づいているにもかかわらず何も言えなくなってしまっていたのです。

プーチン政権が過度に強調する「ナチスを倒した」という言葉は、ロシアにおけるパワーワードとなり、それが今回の戦争の「非ナチ化」というスローガンに変わりました。ナチスを倒すためなら何をしてもいいという発想が、ブチャでの虐殺につながったとも言えるでしょう。

コロナ禍で、人と人があまり会えなかったことが原因なのか、別の理由があったかはわかりませんが、プーチンに意見できる人がいないことも、ウクライナ侵略の決定に影響したように思えます。

2つの人民共和国の独立承認の際、交渉での解決を提案したセルゲイ・ナルイシキン対外情報庁長官にプーチンが詰問する場面がありました。その場面は、プーチンが「裸の王様」だということを感じさせました。僕はナルイシキンには何度か会ったことがありますが、彼はロシア歴史協会の会長を務めており、主張に相当な偏りはあるものの、学者肌の印象があります。歴史に詳しい彼が即答できなかったのは、やはり「妄想の歴史観」を押し付けられたからではないでしょうか。

■変わるウクライナ、変わらないプーチン

マイダン革命が起きた2014年以降、ウクライナ社会は変化しましたが、変わらなかったのは、プーチン大統領、その政権幹部、保守層や高齢のロシア人のウクライナに対する考え方です。

ヘルソンやマリウポリなどロシア軍占領地域では、1945年にベルリンの国会議事堂に掲げられたソ連旗「勝利の旗」のレプリカが掲げられました。マリウポリでは、ソ連の旗を掲げた高齢のウクライナ人とされる女性が、ウクライナ兵によってその旗を足蹴にされると抗議する映像がロシア側から公開されました。

岡部芳彦『本当のウクライナ 訪問35回以上、指導者たちと直接会ってわかったこと』(ワニブックスPLUS新書)
岡部芳彦『本当のウクライナ 訪問35回以上、指導者たちと直接会ってわかったこと』(ワニブックスPLUS新書)

ウクライナ側は「ロシア軍に家を壊さないように頼むために表に出た」ハルキウに住む高齢女性であると主張しており、その真偽はわかりません。しかし、マリウポリでは、すでに銅像化され、ロシアでも「アーニャおばあさん」と呼ばれ、土産物屋にフィギュアが並び、今回の戦争を正当化するシンボルとして扱われています。

ただ、ソ連旗の掲揚や「ソ連の旗を掲げる老婆」の像は、クリミアや2つの人民共和国にくわえてヘルソンなどでも進められている「ロシア化」を超えて、「民族友好」のノスタルジーを利用した「ソ連化」と言ってもいいでしょう。また、ロシア占領地域では、再びレーニン像を設置する動きもあります。もしかするとプーチンの最終ゴールはソ連の復活なのではないかとさえ思えてしまいます。

本来は、国と国同士の友好や相互の理解を進めるのは、いいことに違いありません。一方、民族と民族の融和を極度に唱えすぎると、同化政策になってしまい、それはかえって他民族の抑圧につながることがあるのも、今回の戦争でよくわかりました。過度な主張をせず、それぞれの国の文化や歴史に、お互いに敬意を払う姿勢こそが、国と国、国民と国民の本当の友好につながるのではないでしょうか。

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岡部 芳彦(おかべ・よしひこ)
神戸学院大学経済学部教授/同国際交流センター所長
1973年9月9日、兵庫県生まれ。博士(歴史学・経済学)。ウクライナ国立農業科学アカデミー外国人会員。ウクライナ研究会(国際ウクライナ学会日本支部)会長。著書に『魂の叫び ゼレンスキー大統領100の言葉』(宝島社)、『本当のウクライナ 訪問35回以上、指導者たちと直接会ってわかったこと』(ワニブックスPLUS新書)がある。

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(神戸学院大学経済学部教授/同国際交流センター所長 岡部 芳彦)

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