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どれだけ繰り返しても展覧会は大盛況…なぜ日本人はゴッホの絵が異常に好きなのか

プレジデントオンライン / 2022年7月4日 13時15分

The Starry Night by Vincent van Gogh(写真=MoMA's collection online/Works by Van Gogh by Faille number/Wikimedia Commons)

日本人はゴッホの絵が大好きだ。世界的な画家ではあるが、日本では展覧会が開かれるたびに大勢の観客を集める。なぜ日本人はこれほどまでにゴッホに魅了されるのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんが解説する――。

■日本人が好きな画家はダ・ヴィンチ、ピカソ、そして…

「世界の有名画家」「世界で人気のある画家」といったワードで検索すると上位3人はだいたい決まっている。

レオナルド・ダ・ヴィンチ、パブロ・ピカソ、そして、フィンセント・ファン・ゴッホ。

この3人は美術の教科書に載る常連であり、また展覧会を開けば必ず観客を集める画家だ。

ダ・ヴィンチが知られているのは『モナリザ』を描いたから。そこに尽きる。

ピカソの場合は『ゲルニカ』をはじめ著名作品があるが、それよりも作品点数が多いからだろう。ピカソは生涯に3万点の作品を残したとされている。1年に300枚の絵を描いたとしても10年で3000枚。ピカソは不眠不休で絵を描いていたと思われる。作品点数が多いため、世界各地の美術館が収蔵している。各地で同時多発的に展覧会を開くこともできる。ピカソが知られているのは本物に触れた人が多いからだろう。

では、ゴッホの人気はどこからきているのか。1958年の「フィンセント・ファン・ゴッホ展」に始まり、今や日本のどこかで毎年のように大規模な展覧会が開かれている。2021年の「ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」(東京都美術館)では、感染対策で事前予約制だったにもかかわらず、30万7750人もの人々が押しかけた。

コロナ禍前の展覧会でも来場者は35万人程度だったというから、日本人のゴッホ愛は相当なものだ。

■挫折し、失恋し、絵は売れない不遇な人生

たしかに、『自画像』『ひまわり』『糸杉』『星月夜』と傑作は数多い。しかし、ゴッホの場合は作品よりもむしろ彼の人生に惹きつけられる人が多いのではないか。

ゴッホが生まれたのは1853年。父親は牧師だ。彼自身は美術商に勤めた後、教師、伝道師といった職業に就いた後、画家を志す。それが27歳の時だった。そして自殺に至ったのが37歳。創作活動の期間はわずか10年しかない。それでもゴッホはスケッチまで含めると作品約2100点を残している。

彼の人生は重い。当初は父と同じように信仰に生きようとするが挫折する。人づきあいが上手ではなかったこともあって、孤立する。好きな人もできたが、失恋する。画家として暮らしていこうとするのだが、作品は売れない。画家ゴーギャンとの友情が芽生えるが、不和となり、衝動的に耳を切る。晩年は入院し、療養の日々が続く。それでも彼は絵を描いた。絵を描くしかなかった。

■スーパースターではないからこそ愛される

そんなゴッホをただ1人、支え続けたのが弟のテオだった。

人は彼の絵に不遇な人生を重ね合わせて見つめる。

美術展へ行く人たちはごく普通の庶民だ。そして、庶民はゴッホほどではないけれど、自分の人生は不遇だと感じている。誰もが失恋し、孤立し、挫折し、自分は認められていないと感じたことがある。上司から怒られたり、客からクレームを付けられたり、株や競馬やパチンコで損をしたり……。不遇な庶民にとってゴッホは身近な存在であり、生きていたら支えてあげたい画家だ。

ゴッホはダ・ヴィンチやピカソのようなスーパースターではない。だから、みんなゴッホが好きだ。

■日本人を異常に惹きつけるゴッホの魅力

ゴッホの人気は世界中に及んでいるけれど、なかでも特別に愛情を持って作品に接しているのが日本人だろう。

整理してみると、日本人がゴッホを好きな理由が3つ考えられる。

ひとつはゴッホが多くのメディアに取り上げられていること。伝記、書簡集、評論、演劇、映画、ポップミュージック、広告……。さまざまなメディアがゴッホの作品と人生を取り上げている。

日本では明治時代に武者小路実篤ら白樺派の小説家、芸術家がゴッホを紹介した。次に西洋美術評論の泰斗、児島喜久雄が『ヴィンツェント・ヴァン・ゴォホの手紙』を翻訳した。その後、文芸評論家の小林秀雄が『ゴッホの手紙』(新潮文庫)を著し、時代は下るが、原田マハさんが『たゆたえども沈まず』『ゴッホのあしあと』(いずれも幻冬舎)で彼を描いている。

数多くのメディアのなかで日本人にゴッホのイメージを決定づけたのが、舞台『炎の人 ヴァン・ゴッホの生涯』だ。劇団民藝代表の滝沢修が生涯にわたって主役のゴッホを情熱的に演じた。

わたし自身は子どもの頃、テレビの劇場中継でこの演劇を見たことがある。滝沢修は「新劇の神様」とも呼ばれる人で後白河法皇を演じさせたら日本一との世評もある。NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で西田敏行がやった役だ。昭和の時代だからぼやけたブラウン管のテレビ画面だったけれど、それでも滝沢修の熱演は伝わってきた。わたし自身、ゴッホの顔を思い浮かべようとすると、苦悩にもがく滝沢修が出てくる。

■日本人は「日本を愛する外国人」が大好き

2番目の理由は、ゴッホが日本と日本美術と日本人を好きだったからだ。

一般に日本人は「日本を愛してくれる外国人が好き」なのである。戦国時代のフランシスコ・ザビエル、ルイス・フロイスから幕末のシーボルト、明治時代のラフカディオ・ハーン(小泉八雲)。そして現代のトム・クルーズ、レディー・ガガに至るまで、「日本はいい国」「日本人は素晴らしい」「日本の産物は最高だ」と言われると、無条件で受け入れ、崇拝してしまうところがある。

ゴッホにとって日本との出会いは浮世絵だった。カラフルな色使いと雨を描いたシーンに影響を受け、弟のテオと一緒に600点を超える浮世絵を収集している。そして、模写に励んだ。

歌川広重の浮世絵『名所江戸百景 亀戸梅屋舗』『名所江戸百景 大はしあたけの夕立』、渓斎英泉の美人画『雲龍打掛の花魁』など、彼が模写した作品は今も残っている。また、『タンギー爺さん』という肖像画の背景は富士山、花魁などすべてが浮世絵だ。

歌川広重「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」
歌川広重「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」(写真=Library of Congress/PD-Japan/Wikimedia Commons)

ゴッホにとって浮世絵は最高の美術作品で、日本は理想郷だった。そして、そこに暮らす日本人はつつましいけれど、知的な人たちに思えた。ヨーロッパにいる自分(ゴッホ)は不遇な人生を送っているけれど、理想郷の日本へ行きつくことができれば認めてもらえる、歓待してもらえると期待したのではないか。

■「不器用で誠実」な部分に惹かれるのではないか

3番目の理由はゴッホのキャラクターだ。ゴッホは器用な画家とは言いがたい。生き方もまた器用ではなかった。そして、日本人は不器用さのなかに誠実さ、一途な気持ちを感じてしまう。そこがまたゴッホが好かれる所以(ゆえん)だろう。

日本の庶民は器用な天才よりも、不器用な努力家を愛してしまうのだと思われる。

日本画家の千住博氏はこう言っている。

「ゴッホは実に不器用な男で、それも相当なものでした。『自分は不器用な男ですから』と高倉健のように言っていたかは別として、本当に人類史上最もつきあいにくい男だったらしいという面白い研究結果もあるにはあるようです」(『ニューヨーク美術案内』光文社新書)

■ゴッホより器用な画家はたくさんいるけれど

ゴッホの描いた作品を見ると、初期作品は別として、いずも特徴が見てとれる。絵の具が分厚く塗ってあり、空や星や樹木がうねうねとした曲線で描かれている。花でも風景でも自画像でも、ひと目見れば「ゴッホが描いた絵」だとわかる。

技巧派とか上手と思える絵ではない。美術の先生であればゴッホ以上に器用に絵を描く人は何万人といるだろう。だが、ゴッホの絵には不器用さと純情がある。

ゴッホは純情とひたむきな気持ちと切なさを絵のなかに表現することができた。それは大変なことではないか。好きにならずにいられない絵を描いたのがゴッホだった。詳しくは、旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)の連載「ゴッホを巡る旅」に書いたので、興味のある人はぜひ読んでもらいたい。

日本人がゴッホを好きな理由を考えていたら、本物を見に行きたくなった。幸い、日本には本物のゴッホの絵が20点以上もある。SOMPO美術館の『ひまわり』、国立西洋美術館の『ばら』のようにいつでも見に行ける作品も少なくない。

じゃあ、それを見に行こうじゃないか。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。7月13日に『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)を発売予定。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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