だから日本企業はおもちゃにされる…「再任取締役が即日辞任」という異常事態を生んだ東芝の機能不全
プレジデントオンライン / 2022年6月30日 15時15分
■「東芝ウオッチャー」も首をかしげる総会だった
メディア業界には「東芝ウオッチャー」と呼べるような人が少なからずいる。
東芝では2015年に粉飾決算が発覚し、その後、原子力発電所事業で巨額の減損処理を迫られた。資本が急激に不足したので増資が必要となったが、そこに手を挙げたのが多くのアクティビスト(物言う株主)だった。
経営を立て直すため外部から招聘(しょうへい)したCEO(最高経営責任者)は、大株主となったアクティビストと折り合いが悪く、2020年の株主総会で再任が否決されそうだったので、監督官庁の経済産業省が口を出し、おかげで首の皮一枚で続投。しかし経産省との裏工作が明るみに出たことで猛烈な批判を受け、窮余の一策でぶち上げたMBO(経営陣による買収)は尻すぼみとなった。
経営トップは替わったものの、執行部とアクティビストの足並みが揃(そろ)うことはなく、昨年11月以降、執行部が唱え続けた会社分割案は今年3月の臨時株主総会で否決された。残された道は非上場化しかない――。
2015年から7年間にこれだけのことが起きたのだから、あれやこれやと書き立てる「ウオッチャー」が出てくるのは半ば当然で、筆者もそのうちの1人かもしれない。
■注目は「2人のアクティビティスト幹部の選任案」だったが…
もっとも今年の東芝の株主総会が終わり、ほとんどのウオッチャーの関心は「それで誰が買うのか?」に移るのだろう。「ここにきて経済安全保障が取りざたされているから外資系ファンドは買収できない」「国内ファンドの最有力は産業革新投資機構だが、元手はもとはといえば税金。血税をつぎ込んでよいのか」。向こう数カ月、そんな記事がやたらと出るだろうが、それよりもむしろ「こんな株主総会で良いのか」ということを問題にすべきではないか。
6月28日午前10時から東芝の株主総会が開かれた。今回の見どころは取締役選任議案が可決されるかどうか。株主に判断を委ねられたのは13人で、このうち6人は再任。残る7人のうち2人は米ファラロン・キャピタル・マネジメントと米エリオット・マネジメントというアクティビストの幹部である。
日本企業では大概、株主総会に諮(はか)る取締役選任議案を現任取締役が全会一致で決める。ところが今回の東芝では社外取締役の1人で、元名古屋高裁長官の綿引万里子氏が議案に反対した。
■「秘密保持が同意書で徹底されているとは思えない」
6月6日の日本経済新聞電子版はその綿引氏のインタビューを載せているが、この中で同氏はこう発言している。
「取締役構成の多様性や公平性でバランスを欠いていると判断せざるを得なかった。東芝では2019年に投資ファンド推薦の社外取締役4人を迎えている。そこに株主から2人を新たに迎える。特定の株主に偏っていると批判されてしまう」
「東芝は株主間に利害対立がある会社だ。短期的利益を目的にする株主や長期保有の機関投資家、個人の株主など、それぞれの利害が全く違う。特定の株主を取締役に迎える以上、他の株主との利益相反を回避できるようにしないといけない。秘密保持を徹底することが不可欠だが、同意書で必ずしもその徹底が図られているとは言えない」
「たとえば、他の株主が接することができない非公開情報に、出身母体である株主が一定の条件下では取締役を介して接することができるようになっている。また例えば株式非公開化が進むときの再出資の禁止の条項でも、ほかの機関投資家との間で利益相反が生じかねない内容になっている」(日本経済新聞電子版6月6日)
■ドラフト会議で一部球団が当たりくじを知っているようなもの
株主総会で株主から説明を求められた綿引氏は同じことを主張している。
「多くの株主から、今回の取締役候補が多様性、公平性、バランスの良さが満たされているよう見えるのか、若干問題を感じた」
「(大株主の業務執行者を社外取締役の候補者に迎えるにあたって結んだ合意書について)情報管理、潜在的な利益相反の回避等の問題点について、不足があると考えた」(日本経済新聞電子版6月28日)
綿引氏が特に問題視したのは後者、大株主の業務執行者を社外取締役に迎えるのに東芝が結んだ合意書(ノミネーションアグリーメント)にあるといわれる。合意書そのものは回りくどい。だからここでは紹介しない。代わりに誤解を恐れず、氏の主張をごく分かりやすく例えるとこういうことだといえるだろう。
プロ野球のドラフト会議で有望選手との交渉権を複数の球団が争ったとする。当然、くじ引きは公平であるはずだが、特定の球団が「交渉権獲得」と書かれた紙が入った封筒がどれなのかを知るすべを持っている。
そんな球団はもとより、そんなプロ野球を認めてよいのか。綿引氏はそうした問題提起をしたわけだが、アクティビストの幹部2人を含む13人の取締役は賛成多数で選任され、綿引氏は取締役を辞任した。
■「こんな株主総会で良いのか」疑念はまだある
今年の東芝の株主総会が「こんなので良いのか」と思わざるを得ない点はもう一つある。
指名委員会等設置会社という言葉を耳にする機会が増えている。経営を執行と監督に分離し、監督役である取締役が株主の代表として経営を担う執行が正しく活動しているかをチェックする形態をとる企業を指す。
指名委員会等設置会社には指名委員会、監査委員会、報酬委員会が設置され、取締役が手分けして各委員会の委員に就く。中でも重要なのは指名委員会といわれる。取締役やCEOなどの選解任で大きな権限を持つからで、とりわけ指名委員長は場合によってはCEOよりも大きな権限を握っていると考えられなくもない。
東芝は指名委員会等設置会社で、指名委員長はレイモンド・ゼイジ氏。同氏は取締役として東芝の前執行部が検討していた会社分割案の議論に参加していたはずだが、その賛否を問うために3月に開かれた臨時株主総会で会社案に反対した。
さらにゼイジ氏は6月28日の株主総会で諮られた取締役選任議案を決めるにあたり、アクティビスト2人を加えるよう強く主張したとされる。このため当初は5月13日に予定されていた東芝の取締役候補発表は延期となった。
■これで日本企業はさらに世界の笑いものに
ゼイジ氏が取締役にしようと強く迫った2人のうちの1人は今井英次郎氏。同氏が所属するファラロンにゼイジ氏はいた。
指名委員会等設置会社は株式会社の経営を適正化するのに有効な仕組みといわれるが、欠点も指摘されている。
詳しくは拙著『決戦!株主総会 ドキュメント LIXIL死闘の8カ月』(文藝春秋)でも解説しているが、指名委員会は経営の暴走を食い止める大きな砦の役割を果たす。しかし、その指名委員会の暴走を食い止める装置は脆弱(ぜいじゃく)で、長らく問題視されてきた。今年の東芝の株主総会ではまさに指名委員会の暴走が起きたと言わざるを得ない。
確かに株主総会は終わった。決まったことが覆ることもないだろう。しかしこれを終わったことと簡単に片付け、「どこが東芝株を買い取るのか」に関心を寄せるようになってしまえば、日本株が割安な原因の一つとされる日本企業の未熟なコーポレートガバナンス(企業統治)はさらに嘲笑の対象になるだろう。
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ジャーナリスト
1966年、東京生まれ。日本経済新聞社で電機、商社、電力、ゼネコンなど企業社会を幅広く取材。編集委員、日経ビジネス副編集長などを経て独立。
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(ジャーナリスト 秋場 大輔)
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