いったいどこまで上がるのか…日本各地で「肉、野菜、卵の異常な値上がり」が起きている根本原因
プレジデントオンライン / 2022年7月4日 9時15分
2022年2月17日、レギュラーガソリン171円と書かれたガソリンスタンドの看板。経産省発表のレギュラーガソリン1L当たりの店頭価格(14日時点)は、全国平均で171円40銭と6週連続の値上がり。ウクライナ情勢の緊迫化で原油価格の高騰が続いた(東京都港区) - 写真=時事通信フォト
■世界全体で食糧危機が起きている
2022年5月、わが国の消費者物価指数は前月と同じく前年同月比で2.5%上昇した。その背景要因の一つとして、生鮮食品をはじめとする食品の価格上昇は大きい。複合的な要因によって穀物や食用油、葉物野菜など多くの食品の価格が上昇している。
世界全体で食料の供給が需要に追いついていない。事態はかなり深刻だ。一部の新興国では食糧危機の発生懸念が高まっている。パキスタンでは食料不足の深刻化に国民の怒りが高まり、政権交代が起きた。食料不足、食糧危機は世界的な問題だ。
今後の展開として、世界的に食料の価格はさらに上昇する可能性が高い。ウクライナ危機の長期化懸念はその要因の一つだ。穀物の供給が落ち込むことに加えて、肥料の不足も長期化する恐れが高まっている。異常気象によって農作物の生育停滞が深刻化するリスクも上昇している。世界全体で食料のサプライチェーンがどのように修復され、安定するかは見通しづらい。
その一方で、中国やインドなど多くの人口を抱える国は国民の安心できる生活のために穀物などの備蓄を拡大しなければならない。世界全体で食料品の価格はさらに上昇し、食料危機に直面する新興国は増える展開が懸念される。わが国の物価にはさらなる押し上げ圧力がかかるだろう。
■コストプッシュ圧力に耐えられず、価格転嫁が続出
わが国の物価が上昇している。物価を示す経済指標には、川上(企業間の取引)の価格の推移を示す企業物価指数と、川下(消費者が支払う)価格の推移を示す消費者物価指数の2つがある。
まず、企業物価の推移を確認すると、2020年12月の変化率は前年同月比でマイナス2.2%だった。その後、2021年6月に同プラス4.9%、2022年5月に同プラス9.1%と、企業物価指数は勢いよく上昇している。同じ月の消費者物価指数(総合)は同マイナス1.2%、マイナス0.5%、プラス2.5%だ。
昨年春の携帯電話通信料金の引き下げ効果が剝落したことに加えて、世界的なモノとサービスの価格上昇を反映し、徐々に消費者物価も上昇している。状況としては、コストプッシュ圧力に耐えられなくなった企業が急増し、価格転嫁が加速している。
■なぜエネルギーだけでなく食料も上がっているのか
その要因の一つとして、食料の価格上昇は大きい。日本銀行によると、豚肉、鶏卵、干のりなどの農林水産物や、総菜やマーガリンなどの飲食料品の価格上昇に直面する本邦企業が増えている。
また、総務省によると、世界的な資源価格の上昇による光熱・水道費の上昇も重なり、食料品価格が上昇し消費者物価指数を押し上げている。一見すると、ウクライナ危機などを背景とする原油や天然ガスなどエネルギー資源の価格上昇が大きいため、光熱・水道費の値上がりのインパクトが大きいとの見方が先行しやすい。ただし、エネルギー資源の価格と食料価格の上昇は密接に関係している。
例えば、多くの野菜の生産はビニールハウス内の温度や湿度などを適切に管理しなければならない。冬場であれば、灯油を用いてハウス内の温度を上げなければならない。畜産の現場でも光熱費は牛や豚などの育成状況に無視できない影響を与える。肥料や飼料の生産や運搬、野菜や穀物収穫時の農業機械の稼働にも多くのエネルギーが消費される。
世界的に食料の需給が逼迫(ひっぱく)し、それに加えてエネルギー資源の需給も急速にタイトになった結果として食料品の価格が急騰しているのである。その帰趨としてわが国の物価は上昇している。
■異常気象とコロナ禍でじわり上昇していたのが…
国内外での食料価格急騰の背景要因として、大きく3つが指摘できる。まず、世界的な異常気象だ。地球の温暖化によって、世界各地で熱波や洪水、旱魃(かんばつ)などが深刻化している。洪水によって農地が流される、高温によって作物の育成不良が発生する、家畜が死んでしまうといった問題が世界全体で増えている。その一方で人口大国である中国やインドなど新興国では食料需要が増え、世界全体で食料の供給が需要の伸びに追いつかなくなりつつある。
その上に、コロナ禍が発生し、食料不足が深刻化した。最大のポイントは動線の寸断だ。感染対策としての都市封鎖などによって人々の外出は制限された。その結果、農作物の収穫が減少した。例えば、食用油として使われるパーム油の主要な供給国であるマレーシアやインドネシアでは、2021年夏場のデルタ株による感染再拡大によって農場労働者が急減した。徐々に回復はしているものの、人手不足は解消されてはいない。
■食糧価格の高騰は大きな政変を招いてきた
言い換えれば、新型コロナウイルスのパンデミックは人々の防衛本能を高めた。世界全体で本能的に、命を守るために接触を避けようとする人が増えている。そのため、鈍化してはいるものの緩やかな景気回復を維持している米国でさえ労働参加率の回復が遅れている。農業現場の人手不足の解消には時間がかかり、食用油などの需給は逼迫した状況が続きやすい。
3つ目として、ウクライナ危機の発生が食料不足に拍車をかけた。一部の国や地域では、食糧危機の発生懸念が急速に高まっている。世界最大の小麦輸入国であるエジプトは、8割の輸入を頼ってきたウクライナとロシアからの小麦供給が急減し、パンの価格が急騰している。
リーマンショック後に中東地域に急速に広がった“アラブの春”と呼ばれる民主化運動の際、エジプトではムバラク政権(当時)が崩壊した。その引き金の一つとなったのが、パン価格の上昇だったと言われる。エジプト政府はパンの安定供給を目指してロシアやウクライナ以外の国や地域からの小麦輸入を増やそうと必死になっているが、事態は深刻だ。
■脱炭素で注目の「バイオ燃料」にも影響が
世界全体で食料不足は深刻化し、小麦などの穀物や野菜、果物、肉類、食用油などの価格は追加的に上昇するだろう。ピークアウトした後も高止まりが予想される。食料の供給はかなり不安定な状況が続く。異常気象などに加えて、農作物の利用方法が変化している。
例えば、ブラジルではバイオエタノール生産のためにより多くのサトウキビが使われるようになった。脱炭素のためにバイオ燃料需要が増えているのだ。それによって砂糖の供給は減少し価格に上昇圧力が加わりやすくなった。ウクライナ危機や中国のゼロコロナ政策の長期化懸念も大きい。黒海の封鎖によってウクライナからの小麦輸出がどうなるかは見通しづらい。ロシアからの原料供給の減少によって世界的に肥料価格も急騰している。
■物価は今後もまだまだ上がるだろう
中国のゼロコロナ政策は世界の供給制約を深刻化させるだろう。また、世界的な石炭不足などエネルギー資源の不足による電力供給不安も食料価格を押し上げる要因だ。
需要面では、中国やインドなどは国内の需要を満たすために食糧備蓄の積み増しを急ぐ。食料やエネルギー資源の不足が深刻化した結果、WFP国連世界食糧計画(国連WFP)はアフリカでの食糧支援を一部削減せざるを得なくなった。米国をはじめ主要先進国のリーダーシップによって世界各国が食料を融通し合うことはかつて経験したことがないほどに難しくなっている。
わが国では、食料価格をはじめ物価の上昇は避けられないだろう。内需が縮小均衡に向かい実質ベースでの経済成長率の停滞懸念が高まっているため、円の先安感は高まりやすい。
超緩和的な金融政策の正常化の遅れが加わることによって、米ドルなどに対する円の減価圧力は増幅される。資源価格上昇と円安圧力の掛け算によって輸入物価は押し上げられる。国内で事業を行っている企業はより強いコストプッシュ圧力に直面する。企業は生き残りをかけて雇用削減などのコストカットを実行しつつ、価格転嫁を進めなければならない。わが国の物価はさらに上昇し、多くの家計にとって生活の苦しさが増大する展開が懸念される。
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多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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