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「電力不足」は日本だけではない…脱原発と再エネ普及のやりすぎで苦しむドイツという反面教師

プレジデントオンライン / 2022年7月5日 15時15分

先進7カ国(G7)エネルギー相会合後に記者会見するドイツのハーベック経済・気候保護相=2022年3月28日、ドイツ・ベルリン - 写真=AFP/時事通信フォト

■「ガス発電を節約する」ためにぶち上げたのは…

「ガスは不足物資になった」。6月23日、ハーベック経済・気候保護相(緑の党)は苦渋に満ちた表情でそう宣言して、ガス非常警報のレベルを3段階の2に引き上げた。しかし実際問題として、ドイツはガスに多くを依存している。産業界はもちろん、世帯の半数はガス暖房だ。寒いドイツのこと、冬にガスが切れれば人命に関わる。

そう。だからこそ、貴重なガスを発電に使っている場合ではない。「ガス火力での発電は早急に縮小しなければならない」とハーベック氏。ガスは節約して、なるべく備蓄に回す。

え? では電気は? 原発は今年の終わりで1基もなくなるし、再生可能エネルギーはいざという時には役に立たない。冬に停電になれば、これまた人命に関わる。

そう。だから発電のためには「石炭火力を稼働させる」⁉

聞き間違いではない。待機させてあった石炭火力発電所を稼働させるとハーベック氏は言ったのだ。もちろん、ここには褐炭も含まれる。質が悪いため、石炭より多くCO2を排出するドイツの国産炭だ。ちなみにドイツはこれをたくさん燃やしているため、CO2の排出をなかなか減らせない。

■緑の党は「ロシアのせい」と責任転嫁するが…

昨年の総選挙を、緑の党は気候対策一本槍で戦い、大成功を収めた。その功績で今や与党の椅子に座り、しかも経済・気候保護相と外務相という、2大豪華キャストまで勝ちとった。その彼らが主張し続けていたドイツの最大の課題が、1日も早く石炭・褐炭火力をなくすことだった。

「もう、話し合っている暇などない」「今すぐにCO2を削減しなければ、取り返しがつかない」「私たちの地球が人の住めない惑星になってしまう」云々……。

だからこそ、前政権が決めた2038年で石炭火力停止という目標を8年も前倒しにし、新政権の連立協定にも盛り込んだ。何が何でも、2030年までに石炭・褐炭火力を無くす。緑の党にとって、それ以上の重要マターはないはずだった。ところが今、その脱石炭計画が延期され、「もちろんCO2は少々増える」とハーベック氏。あまりにもご都合主義である。

しかし、緑の党のご都合主義の最たるものは、これらすべてを戦争のせいにしていることだ。もちろん、ロシアがウクライナに侵攻したことは事実だが、今、エネルギーが逼迫(ひっぱく)し、サプライチェーンが乱れ、エネルギーを筆頭に食糧も消費物資も高騰し、ついにガスが足りなくなったのは、はたしてすべて戦争のせいなのか?

■急速なエネルギー転換を進めたからではないか

では、今、仮に戦争が終わり、それどころかロシアで政権交代が起こり、民主化された新しいロシアとドイツとの国交が正常化し、そのガスをドイツが再び輸入できるようになったなら、その時、現在の問題が解決されるのか?

いや、おそらくガスの調達先だけは多角化しているかもしれないが、しかし、電力事情は少なくとも戦争前、つまり2021年の夏ごろの状態に逆戻りするだけにすぎないのではないか。

ガスの逼迫、エネルギーや物価の上昇は、昨年初頭から始まっていた。サプライチェーンの混乱はコロナのせいも大きかったし、その他の資源不足も、やはり戦争勃発のはるか前から起こっている。根本的な問題は、戦争ではない。では何か?

それは、ドイツが原発と石炭火力の両方を同時に縮小し、その代わりに不安定な再エネを急激に増やし、それによって引き起こされていた多くの不都合を無視し、ロシアのガスにすべてを託し、「エネルギー転換」という砂上の楼閣に向かって突進していたからではないか。

だからこそ、すでに昨年、電力不足とブラックアウトの危険は囁かれていたのだ。

■石炭・褐炭発電所はしっかり待機させる周到ぶり

ただ、ドイツ政府は知っていた。2022年の終わりに本当に原発がすべて止まり、石炭火力を2030年に向けて減らしていき、一方で再エネが増え続ければ、ロシアのガスが潤沢にあったとしても需給バランスを保つことがだんだん難しくなり、電力供給が危うくなることを知っていた。もちろん、採算の取れる水素などは、まだまだ絵に描いた餅であることも。

だからこそ、政府は石炭や褐炭の火力発電所を停止させた後、それをリザーブとして待機させた。第3次メルケル政権で経済相を務めたガブリエル氏は、当時、ドイツの電力供給は「ベルトとズボン吊りを両方つけているぐらい安全だ」と嘯(うそぶ)いていた。

つまり、今、ハーベック氏が慌てて立ち上げようとしている石炭・褐炭火力は、どのみち破綻する可能性の高かったドイツのエネルギー供給を救済するために待機させてあった予備の発電所だ。待機のためには、当然、それを所有する電力会社に少なからぬ補償が支払われていた。そして、その補償を国民が知らずに負担していたのだ。すでにもう何年も。

■日本も真似しようとした「エネルギー転換」の末路

これを、「大金はかかったが、ベルトとズボン吊りがあってよかった」と考えるか、「なぜ、こんな無駄金を負担させられるのか」と考えるかは、人それぞれかもしれない。

ただ、事実として、ドイツが自慢し、日本が真似ようとしていた「エネルギー転換」政策は、巨大な負担を国民に強いた。再エネ業者の利益の多くは、「再エネ賦課金」という名で電気代に乗せられているので、隠れた税金のように、逃げ場のない全国民を直撃し、ドイツの電気代は今やEUで一番高くなった(ドイツでは、現在の急激な電気代の高騰を受け、消費者保護のため、再エネ賦課金を今月から停止する)。

風力発電所
写真=iStock.com/iantfoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/iantfoto

さらに最近ではそこに、SDGsという名の下で進んでいるさまざまな政策が加わり、EVを買う人への補助や、意味不明の「持続可能な経済活動」の原資が、国民の血税からどんどん持ち出されている。EVは、庶民には高嶺の花だが、それを買える金持ちの受け取る潤沢な補助金は、庶民が負担しているのである。

■ドイツも日本も国民はバカにされている

その挙句、いつの間にか国民は、ガスも電気も逼迫するという隘路に導かれ、ドイツでは、冷たい水で手を洗えとか、食洗機はいっぱいになるまで動かすなとか。ハーベック氏は、自分もシャワーを浴びる時間を短縮したと述べており、あたかも見習えと言わんばかりだ。ちなみに、これは日本も同じで、冷房の温度は下げすぎるな、でも、熱中症には気をつけろ。ドイツも日本も、国民はあまりにもバカにされているのではないか。

ドイツの多くの自治体は、シュタットヴェルケと呼ばれるガスの発電所を運営し、地域の電気や暖房を一括で賄っているが、政府は現在、いざという時に、そのガスを禁止し、石炭・褐炭に変えさせることのできる法律を策定中だという。しかし、そこまでしながらも、現在、動いている最後の3基の原発は、予定通り今年の終わりで停止するという。

ただ、もし、本当に国民のことを考えるなら、石炭・褐炭火力を全開にするよりも、まだ動いている原発の稼働延長に踏み切るべきではないか。3基の原発と、再エネと、石炭火力の組み合わせならば、ブラックアウトの危険は軽減するし、CO2削減目標もとりあえずは担保できるかもしれない。そうしながら、ガスの備蓄を増やす算段をすればいい。

ところが、ドイツ政府は原発の稼働延長というオプションを頑(かたく)なに拒み、国民に耐乏生活を強いるほうを選ぼうとしている。これではイデオロギーか、単なる意地だが、それが、国民の利便や産業の保護、それどころか命よりも優先されている。

■「冷却塔の爆破」に見るドイツ人の原発嫌い?

2020年5月14日、ドイツ南部にあったフィリップスブルク原発の冷却塔が計画的に爆破された。1984年から動いていた原発で、政府の脱原発の計画に基づき、2019年の大晦日に止められた。150mのコンクリートの塊が綺麗に崩れ落ちていく様子が、ドイツの経済紙「ハンデルスブラット」のYouTubeアカウントで見ることができる。

二度と再稼働ができないように爆破したわけでもなかろうが、なんとなくドイツ人のそんな執念を感じてしまった。ちなみにこの原発のあったバーデン・ヴュルテンベルク州は、ドイツで唯一、緑の党が政権を持つ州である。

ドイツが脱原発をした理由は、安全上の問題であると言われているが、ドイツの周りには数多くの原発が動いているのだから、それがドイツの国境の外か内かということと、ドイツの安全とは無関係だ。それどころか、ソ連時代のかなり老朽化した原発も動いていることを思えば、ドイツの原発のほうがかえって安全かもしれない。

なお、もし、戦争が起こらず、ノルドストリーム2が開通していたなら、ドイツの輸入するガスのロシアシェアは7割を超えていたところだった。現在、ロシアのガスが滞り始め、「プーチンは、ガスを武器に使っている」と憤慨しているドイツ政府だが、その罠に自発的に入っていったのは彼ら自身ではないか。

ドイツの「エネルギー転換」は、多くが欺瞞(ぎまん)である。ドイツは今も毎日、フランスの原発の電気や、ポーランドの石炭火力の電気を輸入している。そして、再エネの電気が出来すぎると、時にはお金をつけてまで、隣国に「輸出」している。

何度でも繰り返すが、日本は、エネルギー政策だけは、ドイツを手本にするべきではない。

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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

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(作家 川口 マーン 惠美)

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