「専業主婦をもつ夫は幸福度が高く、管理職の妻をもつ夫は幸福度が低い」女性活躍の不都合な真実
プレジデントオンライン / 2022年7月7日 11時15分
■管理職の妻をもつ夫は幸せなのか
日本では管理職として働く女性の割合が徐々に増加しています。具体的な数値を見ると、民間企業の課長級の役職者における女性割合は1990年では約2%でしたが、2019年には約11%にまで上昇しています(※1)。
このような女性管理職の増加は、社会の大きな流れとして今後も続くと予想されますが、管理職となることが女性またはその家族にどのような影響を及ぼすのかという点は、あまり検証されていません。
特に妻が管理職として働く場合、その配偶者である夫に及ぼす影響については、あまり語られてこなかったのではないでしょうか。
日本の場合、性別役割分業意識が強く、「男性=仕事、女性=家事・育児」という価値観が色濃く残っています。妻の管理職での就業は、この価値観から外れてしまうため、家庭内に不和をもたらす可能性もあり、その実態が気になるところです。
そこで、今回は妻の管理職での就業が夫の幸福度に及ぼす影響について検証した研究を紹介していきたいと思います。
(※1)https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r02/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-02-11.html
■妻が管理職として働くポジティブな影響
実際の検証結果に移る前に、妻の管理職での就業がもたらす影響について整理しておきましょう。
妻の管理職での就業には、ポジティブな影響とネガティブな影響が存在します。
まずポジティブな影響として挙げられるのは、世帯年収の増加です。夫だけでなく妻も働き、かつ妻が管理職につくことは世帯年収を底上げします。
このような世帯年収の増加は、生活に潤いをもたらすでしょう。もちろんその恩恵は夫にも行きわたり、住宅の購入や子どもの教育費用を支払ううえで重要な支えとなります。
また、もう一つのポジティブな影響として考えられるのが夫の所得低下や失業に対する保険です。
長期的な低経済成長に直面してきた日本では、予期せぬ形でボーナスが削減されて夫の所得が低下したり、失業する可能性があります。これらによる世帯所得の低下を補填する保険として、管理職で働く妻の稼ぎが機能すると考えられます。
■妻が管理職として働くネガティブな影響
次にネガティブな影響ですが、2つ考えられます。1つ目は、管理職になることで妻の労働時間が増え、そのしわ寄せが家族、特に夫に向かうというものです。
通常、多くの家庭では妻に家事労働が偏っています。この状態のままで妻が管理職で働くようになると、労働時間が増え、どうしても家事・育児に割ける時間が減ってしまうと予想されます。
これを補完するためにも、夫の家事労働の時間が増える可能性があるのです。
妻の状況を理解し、進んで家事・育児に参加する夫であれば問題ないのですが、夫自身も仕事で忙しく、余裕がなかった場合、家に帰ってから家事・育児もやらなければならないとなると、ストレスが増えてしまう恐れがあります。
また、妻が仕事で忙しくなることによって夫婦間ですれ違いが生じ、ストレスの多い家庭生活になってしまう可能性も考えられます。
![母をホーム作業](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/a/1200wm/img_8a5efd4f31b49a2ce9c93a95f2a53bf4961315.jpg)
■「男が大黒柱であるべき」という意識と現実とのギャップ
2つ目のネガティブな影響は、性別役割分業意識からの乖離です。他の先進国と比較して、日本では依然として「男性=仕事、女性=家事・育児」という価値観が強く残っています。
この価値観の中には「男は仕事第一で一家の大黒柱であるべき」という考えも含まれています。近年のワークライフバランスを重視する流れから「男は仕事第一」という考えはやや薄れてきていると予想されますが、男女間賃金格差が依然として存在する現状では、「男が一家の大黒柱であるべき」という考えは影響力があると言えるでしょう。
この考えを強く持つ夫の場合、妻が管理職で働き、その多くの時間を家庭外の仕事に割くことに肯定的な意見を持てないと考えられます。
また、もし妻の稼ぎが自分の稼ぎを上回るようになった場合、自分の持つ価値観と実態とのギャップからストレスを感じるようになるでしょう。
以上、妻の管理職での就業には、ポジティブな影響とネガティブな影響の両方が存在し、その相対的な大きさによって幸福度に及ぼす影響が決まってきます。
はたしてどちらの影響が大きいのでしょうか。
■妻が管理職の夫の幸福度は低い
図表1は妻の就業状態別の夫の幸福度の平均値を示しています。
![出典:佐藤一磨(2022)「管理職での就業は主観的厚生と健康にどのような影響を及ぼしたのか」PDRC Discussion Paper Series, DP2022-002,](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/5/1200wm/img_85876acfae14fa12e977b729985d0978143607.jpg)
ここでは、妻の就業状態を①管理職の正社員、②非管理職の正社員、③非正社員、④非就業の4つに分類しています。なお、夫婦ともに59歳以下の現役世代に限定しています。
図表1から明らかなように、夫の幸福度の平均値は妻が④非就業の時に最も高く、①管理職の正社員の時に最も低くなっていました。
この結果は、「妻が管理職の夫の幸福度は低い」ことを意味します。
ちなみにこの結果は、夫の年齢、学歴、子どもの有無や夫婦それぞれの年収、労働時間といった要因を統計的手法でコントロールしても、変わりませんでした。
■専業主婦を持つ男性の幸福度が最も高い
図表1の結果から、妻の管理職での就業のポジティブな影響とネガティブな影響のうち、ネガティブな影響の方が強かったと考えられます。
ネガティブな影響の原因として、夫の家事・育児負担や夫婦のすれ違いの増加、性別役割分業意識からの乖離といった要因が考えられますが、どの要因の影響力が強いのかは明確には判断できません。
ただし、図表1の結果が示すように、「妻が働いていない夫ほど幸福度が高い」という点を考慮すれば、性別役割分業意識の影響は無視できないと言えるでしょう。
■夫が働いていない妻の幸福度は低い
一方、妻の場合、幸福度の平均値は夫が①管理職の正社員、②非管理職の正社員、③非正社員、④非就業の順になっていました(図表2)。
![出典=佐藤一磨(2022)「管理職での就業は主観的厚生と健康にどのような影響を及ぼしたのか」PDRC Discussion Paper Series, DP2022-002,](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/5/1200wm/img_05c57f80f78e03718c42d9fe5a55be19132277.jpg)
夫が管理職だと妻の幸福度が高く、逆に夫が働いていないと幸福度が低くなるというこの結果は、直感的にも納得できます。
特に夫が非就業の場合の幸福度の落ち込みは大きく、「働いていない夫」を持つ妻の苦悩が読み取れます。
ちなみに、夫が働いていない妻の幸福度が低くなるという現象は欧米でも確認されています(※2) 。この点は洋の東西を問わず妻を悩ます種になっているようです。
(※2)
①Jolly, N.A. (2022). The effects of job displacement on spousal health. Review of Economics of the Household, 20, 123–152.
②Marcus, J. (2013). The effect of unemployment on mental health of sposues– evidence from plant closures in Germany. Journal of Health Economics, 32, 546–558.
③Mendolia, S. (2014). The impact of husband’s job loss on partners’ mental health. Review of Economics of the Household, 12(2), 277–294.
■女性活躍推進策が夫婦にもたらした影響
図表1の結果が示すように、妻が管理職の夫の幸福度は低くなっています。
日本では女性活躍推進策が進められ、徐々に管理職として働く妻も増加してきていますが、その陰で夫の幸福度低下という現象が起きていた可能性があります。
このような夫婦の一方の働き方がその配偶者に及ぼす影響に関しては、主に欧米で分析されてきました。欧米では主に夫婦いずれかの失業の影響が注目されてきました。
それらの分析では、失業の影響はもちろんそれを経験した本人において深刻ですが、家族にも及んでいる可能性があり、その影響を見落とすことは、失業の影響を過少に見積もっているのではないかという問題意識が持たれていました。
同じ議論は、女性活躍推進策による女性の管理職増加にも当てはまる可能性があります。
女性活躍推進策を進めることに注力するあまり、その負の側面が見落とされていたのではないでしょうか。
■必要なのは働き方改革と性別役割分業意識のアップデート
さて、夫の幸福度が低下するからといって、女性活躍推進策の歩みを止めるのはナンセンスです。
女性活躍推進策は今後の日本にとって必要な政策であり、課題に対処しながら進めていくことが重要でしょう。
このために必要となるのは、妻が管理職として働くようになったとしても家族にしわ寄せがいかないワークライフバランス施策です。
また、これに加えて、夫側の性別役割分業意識のアップデートが必須となるでしょう。
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拓殖大学政経学部准教授
1982年生まれ。慶応義塾大学商学部、同大学院商学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は労働経済学・家族の経済学。近年の主な研究成果として、(1)Relationship between marital status and body mass index in Japan. Rev Econ Household (2020). (2)Unhappy and Happy Obesity: A Comparative Study on the United States and China. J Happiness Stud 22, 1259–1285 (2021)、(3)Does marriage improve subjective health in Japan?. JER 71, 247–286 (2020)がある。
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(拓殖大学政経学部准教授 佐藤 一磨)
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