「激臭のゴミ山の上に布団」都内の高級住宅街に住む元教員の異様な暮らしぶり【2021編集部セレクション】
プレジデントオンライン / 2022年7月9日 15時15分
※本稿は、『サンデー毎日』(2021年6月20日号)の記事「ゴミ屋敷現場壮絶ルポ」を、加筆・再編集したものです。
■「先生」と呼ばれる人たちも、「ゴミ屋敷」に住んでいる
「ゴミ屋敷に住んでいる」というと、どんな人物を想像するだろうか。
生活保護や低収入の家もあるが、実は高学歴だったり、大手企業に勤めていて収入が高い人の家がゴミ部屋であることが少なくない。また医師や教員など“先生”と呼ばれる職種、つまり社会的地位の高い人の家が物にあふれているケースも、しばしばみられる。
早稲田大学の石田光規教授は「ゴミ屋敷にしてしまう人は“感情労働”が多いといわれる」と指摘する。感情労働とは、相手(顧客や患者)の精神を特別な状態に導くため、本来の感情を抑圧して業務の遂行を求められる労働のことだ。
「業務の対象が“人”であるため、感情を自分で作り上げるのです。医療従事者や先生と呼ばれる職種が代表的で、人と接する時に一定の役割を要求されます。そちらでがんばりすぎて消耗しきってしまい、家の中まで気が回らないという側面はあると思います」
私はこれまで生前・遺品整理会社「あんしんネット」の作業員として、さまざまなゴミ屋敷で整理清掃業を行いながら、そのような家に住む人に接してきた。同社事業部長で孤独死現場第一人者の石見良教さんによると、「新型コロナウイルスの発生からステイホームが推奨され、在宅時間が長くなったことでゴミ屋敷が増えている」という。
2021年5月、東京都内の高級住宅街にある戸建住宅を訪れた。
室内は“ひどいゴミ屋敷”と聞いていたが、外観からはそう感じられない。草木が茂った広い庭に囲まれて、まるで「となりのトトロ」に出てくるような佇まいだ。
■元教員「本当にゴミ部屋なんですけど……すみません」
ここの家主は、60代後半の独身男性。もともと男性の両親との3人暮らしだったが、近年両親を亡くしたという。この度、地元不動産会社がこの土地を買い取ることになった。すでに売主も決まっているのだが、不動産会社が室内のひどい状態に驚き、物の処分を「あんしんネット」に依頼したという。
家を取り壊す場合も、なかの物がそのままでは解体作業ができない。作業代は、この土地を売った代金から不動産会社が支払うようだ。
作業は全3日間行われることになり、初日は私を含め9人の作業員が集合した。
ブザーを鳴らすと、こざっぱりとした身なりの男性が門を開けてくれた。穏やかな笑みを浮かべている。「元教員」だというが、たしかに見た目はそのような“清潔感”がある。すでに男性は新居を見つけており、私たちが作業している間はここを離れるそうだ。
「本当にゴミ部屋なんですけど……すみません」
男性は申し訳なさそうに、現場チーフの溝上大輔さんに何度も頭を下げながら立ち去っていく。
■玄関周辺から出てきた約20台の「電動草刈り機」
残しておいてほしいといわれた家具3点を除き、室内の物はすべて処分することになった。
室内のゴミは、引っ越しに使うサイズのダンボールを組み立て、そこに投げ込んでいく。だが、なんでもまとめて処分すればいいわけではない。食品や液体類、ライター、ビデオ類、鉄が含まれたものなどは「処理困難物」として別の袋に仕分けする必要がある。仕分けルールを守らないと処分場で爆発し、火事などの事故につながる恐れがあるのだ。
玄関周辺には膝くらいまでゴミが積もっていた。ゴミの内容はチラシ類や郵便が多かったので、作業用の手袋をはめた両手でゴミをまとめてすくってダンボールに投げ込んでいたら、突然ゴミの中から電動草刈り機が出現した。いくつも、いくつも出てくる。玄関周辺から全部で約20台の電動草刈り機と40本近くの傘が出てきた。一歩間違えば凶器になり、自分が傷を負ってしまう。慎重にゴミをつかんだ。
封を切られていない小箱が出てきた。開けてみると、ある地方のジャムが6瓶入っている。宅急便の伝票つきで贈り物のようだが、数年前に賞味期限が切れている。
■紙類のゴミには、尿と灯油が染み込んでいた
下駄箱の横には灯油缶があった。フタをなくしてしまったのか、注入口があいたままで中にはまだ灯油が入っている。その周辺のゴミは灯油の臭いがした。バケツリレー形式でそれらのゴミを回すと、手渡した作業員が顔をしかめて言った。
「これ、灯油だけじゃないですよね」
鼻を近づけて臭いをかぎ、「尿……?」と私がつぶやくと、その作業員が黙ってうなずく。紙類のゴミには、尿と灯油が染み込んでいたのだった。ゴミ屋敷に家主の排泄物が落ちていることは珍しくない。トイレがゴミで埋もれて使えないためだ。ペットボトルに尿が入っていたり、大便が落ちていたりすることもある。
男性宅のトイレをのぞくと、ゴミが散乱して足の踏み場がない状態だった。便座には便がべっとりついたままで、異臭を放っている。
玄関のゴミをあらかた外に搬出し終えると、床にはたくさんの“小銭”が張り付いていた。下駄箱の中にも小銭が大量にある。小銭を使うのが面倒なのか、ゴミ屋敷には床に小銭が落ちていることがとても多い。
■脱衣室に落ちていた「木板」をひっくり返すと…
廊下を進むと、右手には和室、左手に浴室と脱衣室があった。浴室の浴槽もゴミで埋まっている。ふと脱衣室に落ちていた木板を手にした。ひっくり返すと、うにょうにょと動くシロアリがびっしり。小さな叫び声をあげて投げ捨ててしまう。ここで一人で作業をすることはできないと思い、廊下をさらに奥に進んだ。突き当たりにリビングと台所があって、作業員が3人で片付けを進めていたので参加させてもらうことにする。
台所のシンク周辺には食べかけのインスタントラーメンや、飲みかけのペットボトル、缶、瓶があふれている。それらを仕分けながら処分を進めていると、ゴミ山の中から消毒用品が出てきて思わず笑ってしまった。ギャグでしかない。
屋外には草木が多いためブヨや蚊が飛んでいる。だが、それらに刺されるよりも、屋内の不衛生さのほうが体に害を与えそうだった。
■他のゴミ屋敷にはない「底なしの暗さ」を感じた
「ねずみのフンが大量にありますよ」
ベテラン作業員に教えてもらった。小指第一関節くらいの黒い塊が部屋の隅に点々と落ちている。そばにあった穴あきの袋は、ネズミが食いちぎったものと聞いた。
これまで作業員として働いたなかで、人が亡くなったゴミ屋敷も見てきたし、ここよりも物量がずっと多い家もあったが、この元教員の家は他の家にはない“底なしの暗さ”を感じた。作業を続けるほど、また家の奥に進むほど、こちらの心が重く、どす黒くなっていくようだった。
作業2日目、私はこの家の2階で言葉を失った。
階段をのぼると左右に1部屋ずつあり、左側の部屋が男性が主に暮らしていた場所である。しかし、そこには数百、いやもしかすると数千にはなるかと思うようなペットボトルなどの飲料や食品の山があったのだ。
■ゴミ山の頂上には布団が敷かれていた
室内空間の半分はゴミで埋まり、同行してくれた写真家の今井一詞さんが「まるでゴミ埋立地だ……」とつぶやく。フタが開いて中身がだだもれしている飲料も、数多くあった。臭いも異様である。人と動物の排泄臭が混じった独特のくささが鼻をつく。そのゴミ山の頂上には布団が敷かれていた。男性は、ここで寝ていたのだろうか。
その時、パタパタパタと音がした。ゴミの中にインスタントの空き容器があり、なんとそこから大きなネズミがにゅっと顔を出していた。まるまる太った元気そうなネズミを一匹見かけ、このゴミ山の中には何匹いるのだろうと怖くなる。
作業員の数人がゴミ山にのぼる。そこからゴミの塊を落とす。私は部屋の入り口付近に立ち、処分ダンボールの中に、ベトベトに汚れたそれらのゴミの塊を投げ込んでいく。ゴミの中からはインスリンをうつ注射針が大量に出てきた。家主の男性は、糖尿病だったのだ。
■注射針の刺さるリスクと向き合いながらの作業に
人は飲食をすると、そこに含まれる糖質が分解されて血糖値(血液中のブドウ糖の濃度)が上昇する。通常ブドウ糖が多くなると、膵臓(すいぞう)からインスリンというホルモンが分泌され、血液中のブドウ糖を筋肉や肝臓などへ取り込み、血糖値を下げる。しかし、何らかの原因でインスリンが十分に分泌されなくなると、高血糖が続いてしまう。
男性が使用する注射はインスリンの働きを高め、血中に残っているブドウ糖を薬の力で体内に取り込むもの。だが注射をうちつつ、多量の糖分を含む清涼飲料水を飲むのだから、糖尿病が改善するはずもない。
この男性だけでなく、ゴミ屋敷に住む人は糖尿病を患っている人が多く、ゴミの中には大抵薬が埋もれている。つまりは服薬していない。最終的には合併症にかかったり、不衛生な環境で感染症を患い早逝してしまうのだ。ほかに室内のゴミ山から転落死することもあれば、夏季には熱中症で亡くなることもある。
私たち作業員も手袋をしているとはいえ、注射針が刺さったら病気になりかねない。ゴミ山を片付けながら背中を冷や汗がつたった。(【次回】「生きる意欲が感じられない」80代独居女性のゴミ屋敷にあった"灰黒色のカップ焼きそば")
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ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)など。新著に、『徳洲会 コロナと闘った800日』(飛鳥新社)がある。
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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)
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