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窓も開けられない異常な量…80代男性が「ネズミの糞尿まみれのゴミ屋敷」にしまっていた"あるもの"

プレジデントオンライン / 2022年7月8日 11時0分

キッチン - 撮影=笹井恵里子

これまで私は取材のため、生前・遺品整理会社「あんしんネット」の作業員として、多くのゴミ屋敷の片付けにあたってきた。どこも壮絶な現場だった。悪臭が漂い、大量のハエやゴキブリの発生、真っ黒に変色した食品、人の糞尿もあった。不衛生な現場であるために、切り傷から雑菌が混入して足切断となった作業員もいた。その一つひとつの現場を、この連載で取り上げ、著書『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)にまとめた。
そして最近、ゴミ屋敷に新たな傾向がみられるという。あんしんネット事業部長で孤独死現場の第一人者で整理コーディネーターの石見良教さんは「一人暮らしの高齢者宅が大変なことになっている」と説明する。
「地域で独居高齢者が取り残されています。コロナ禍の自粛生活によって居住者の身体機能・認知機能が衰え、居室内のゴミ部屋化の傾向が顕著に見られます。地域の包括支援センターの職員からも同様の指摘がされ、われわれにもそういった部屋の依頼が多く舞い込みます」
実際の様子を見たいと思い、今年5月下旬、私は1年ぶりにゴミ屋敷の片付けに参加した。高齢男性が住むその室内は、大量の物で埋め尽くされ、ねずみの糞尿にまみれていた――。(第21回)

■娘は「すべてのものを処分してほしい」と頼んだ

現場は、東京都内にある2階建ての木造アパート。階段をのぼって2階の、一番奥の部屋である。

室内の様子
室内の様子(撮影=笹井恵里子)

ドアを開けると目の前に台所、すぐ右に折れるとその先は想像以上に広く、ふた部屋が続いていた。玄関から部屋の奥まで人一人がかろうじて入れる程度の隙間がある。居住者は、妻と離婚した一人暮らしの80代男性。その娘が久々に訪ねると、なんと室内で男性が倒れていたという。まだ寒い時期だったが、大量の物によって室温が保たれたために、生き延びられたそうだ。

男性はすぐに病院に運ばれ、現在も入院中とのこと。父親がいない隙に娘は「室内のすべてのものを処分してほしい」と考え、あんしんネットに依頼してきたのだ。

「部屋の物は基本的にすべて処分です。依頼主の要望で、鍵を見つけたら保管するようにしてください」

この日のチーフである溝上大輔さんが説明する。

【連載】「こんな家に住んでいると、人は死にます」はこちら
【連載】「こんな家に住んでいると、人は死にます」はこちら

「物をすべて処分」と聞くと簡単そうに感じるかもしれないが、食品や液体類、ライター、ビデオ類、鉄類などは処理困難物として別の袋に仕分ける必要があり、これにかなりの手間がかかる。仕分けルールを守らなければ処分場で爆発し、火事などの事故につながってしまうのだ(ちなみに家庭ゴミとしてまとめて廃棄する悪徳業者もいる)。

作業員は私を含め7人。まずは玄関付近で物を大まかに仕分けする人、さらに細かく中をチェックする人、そして共用廊下から階段に運ぶ人、トラックに積む人などに分かれる。

■人の便や尿とは違う、独特の刺激臭が鼻をつく

私は最初、共用廊下で待機していた。

この日多かった物は、“鉄もの”だった。男性が仕事で使っていた工具系のものが玄関付近に大量に積まれている。

「お、お、重い……」

どれも見た目は40センチ四方の塊だが、それを持ち上げた途端、作業員の栗原翼さんがうめいた。栗原さんは10代から同社で働いていて作業には慣れている上に、体格のいい22歳の若者。玄関にあった鉄物を抱え、共用廊下を歩き、階段を下りて、トラックに積む。それを何往復かするうちに彼の顔は真っ赤になり、ハアハアと息が切れていた。「大丈夫ですか」と声をかけると、「どれも、40~50キロは、ありそう、です」と途切れ途切れに応える。

玄関前
撮影=笹井恵里子
玄関前 - 撮影=笹井恵里子

私が重いものを運ぶと動作がもたつき、かえって周囲に迷惑をかけるので、チーフの溝上さんに許可をもらって室内に入った。

中はねずみの糞だらけだった。棚の角、ダンボールの中の衣類の上、床に至るまでねずみの糞がびっしり。人の便や尿とは違う、独特の刺激臭が鼻をつく。

■仏壇の中にも物が詰まっていた

「これは、ねずみのおしっこの匂いですね」

溝上さんが教えてくれる。ねずみの尿には病原菌が多く含まれているという。

その時、一人の作業員が身を引いた。物と私たちの隙間をぴゅーっとねずみが駆けていく。

「うわっ」

突然のことだったので、ほかの作業員も次々にのけぞる。ねずみは、あっという間に外に飛び出していった。

仏壇の中にもゴミがあふれていた。
仏壇の中にもゴミがあふれていた。(撮影=笹井恵里子)

台所周辺の下方に埋もれている袋類に、かじられた形跡があった。菓子類はともかく、醤油やタレなどの液体類の袋までかじられている。当然ながらそのあたりはびしょびしょだ。台所のど真ん中の床には、20年前に賞味期限の切れた魚の缶詰が張り付いている。男性作業員が手をかけてもビクともせず、荷物を運び出すたびに皆がそれにつまずく。

台所から奥へ、6畳ほどの部屋に入り、私は処分作業を続けた。窓周辺がすべて物で埋まっているため、換気はできない。もちろんエアコンもない。汗がダラダラと頬を伝うがぬぐうこともできない。ふと視線を奥にやると、部屋の隅に仏壇がある。仏壇の周囲も、その中にも物が詰まっていた。

■男性はかつては「親切なおじいちゃん」だった

洋服類、書類をどかしていくと、下から女の子の写真が出てきた。ギザギザ円に形どられた黄色の画用紙の真ん中に写真が貼ってあり、その下に名前が書かれている。依頼主である女性(居住者男性の娘)と同じ名字であったため、おそらく「孫」だろう。その周辺には幼い子たちからの「感謝状」らしきものもある。

「孫」とみられる子供の写真
撮影=笹井恵里子
「孫」とみられる子供の写真 - 撮影=笹井恵里子
子供の絵とねずみの糞
撮影=笹井恵里子
子供の絵とねずみの糞 - 撮影=笹井恵里子

きっと居住者の男性はかつて“親切なおじいちゃん”だったのだ。物の山の下のほうにいくほど、整理整頓がされている。お金は1円、10円、100円と小分けされ、バッグにはタオルや小物類がきれいにおさまっていた。以前の“普通の生活”がうかがえた。

この居住者の男性をはじめ、人並みに暮らしていた独居高齢者が「異常な生活」に追い込まれるのはなぜだろう。

「物をため込む」心理に詳しい上越教育大学大学院心理臨床コースの五十嵐透子教授に、この家の写真を見せながら聞いた。

「いろいろな理由が考えられますが、一つに体の健康状態が非常に大きいと思います。物を処分するのは身体的にも大変です。そして日本人特有の精神として『人に迷惑をかけたくない』意識が強い。人に頼むくらいならこのままでいい、と思うのでしょう」

■「人はどんな環境にも慣れてしまうんです」

そして物をため込む行動のその背景には、「喪失体験」があることが多い。

「大事な人を亡くしたり離婚したり、失業、あるいは幼少期からのネグレクト(育児放棄)、トラウマなど、何かを失ったことに対する恐怖、安心できなかった生育環境が物へのため込み行動に結びつきやすいのです。もちろん、誰しも少なからず喪失体験は経験するものなので、喪失に対する脆弱(ぜいじゃく)性があるのかもしれません。物をため込む人は、人をあてにできないので、物に対する愛着が強く、『安心できる所有物』が取り除かれることへの恐怖感があります」

たとえ傍目にはゴミの山に見えても、本人には大切なものばかり。今回の部屋に住む男性にとって「孫の写真」は失いたくないメモリーということだ。しかしそうは言っても、この不衛生な環境で本当に“安心感”を抱けるのだろうか?

「慣れるんですよ」と五十嵐教授が続ける。

「コロナ禍での制約にとても負担を感じていたのが、やがて違和感がなくなるように、人はどんな環境にも慣れてしまうんです」

とはいえゴミ屋敷という環境は、ゴミ山から転落死することもあれば、夏には熱中症で死亡することもある。不衛生な環境で感染症にかかって死に至ることもある。「死ぬかもしれない」環境に慣れるのは、周囲から孤立し、生きることに投げやりになっているのかもしれない。

■スーツ姿の3人は「やべーよ、まじで!」と大騒ぎ

昼休憩中、私がトラックの荷台に腰かけながら弁当を食べていると、スーツ姿の男性が3人、そばにやってきた。

「このアパートを管理している不動産会社ですが」

片付けを進めることで通れるようになった
片付けを進めることで通れるようになった(撮影=笹井恵里子)

と、名刺を差し出す。チーフの溝上さんが彼らの前に立ち、挨拶をする。不動産会社の男性は、トラックに積まれた物の山と、溝上さんの顔を見比べながら「あの2階の奥の部屋ですよね? もう終わりました?」と尋ねる。溝上さんが黙って首を横に振り、「まだかなりの量が残っています」と応える。

すると男性たちは「えっ、これだけ運び出して、まだ終わらないんですか?」「どんだけ物があるんだよ」「ちょっと中見ていいですか?」と口々に言う。そして最後に「っていうか、あの人(居住者)、死んだ?」と聞く。溝上さんが「いえ、入院中です」と応えると、残念そうに肩を落とす。

不動産会社の男性たちが階段を上るのに続いて、私もこっそり後をつけた。

男性たちは部屋の中に足を踏み入れると、全員が絶句した。しばらくして、

「ウワッ、やべーよ、まじで!」
「キッチン、総入れ替えだろ」
「どれだけ金かかるんだろう」

蜂の巣をつついたような騒ぎになったのだった。

■「すべて終えるにはあと3日程度かかります」

昼休憩を終え、午後も7人全員で懸命に作業を続けた。2トントラックと、やや小さなトラック両方が部屋から運び込まれた物でいっぱいになった。

トラックはいっぱいになってしまった
トラックはいっぱいになってしまった(撮影=笹井恵里子)

しかし、まだ部屋には半分以上の荷物が残っている。夕方、駆けつけた依頼人の女性に、溝上さんが状況を説明した。

「処理困難物が多すぎて……。分類に時間がかかり、この作業をすべて終えるにはあと3日程度かかります」

女性が大きくため息をついた。

「私と娘しかいないんですが、昨日も二人で片付けたんです。すでに70リットルのゴミ袋で30袋は捨てているんですけど、みなさんが今日一日やっても終わらないんですね」

溝上さんがうなずき、再び状況を説明する。

結局、続きの作業を後日行うことになった。

■「ため込むことでしか生きられない」という苦しさ

「おつかれさまでした。ありがとうございます」

依頼人の女性が10本程度のペットボトル飲料が入った袋を差し出す。「みなさんで召し上がってください」と笑顔で言われ、「ありがとうございます」と私が受け取った。

モノであふれていて、窓を開けることもできない。
モノであふれていて、窓を開けることもできない。(撮影=笹井恵里子)

すると次の瞬間、隣にいた男性に向き直り、「まだあれで3分の1なんですって」と厳しい口調で言う。男性は、ゴミ屋敷の真下に住む人のようだった。彼もうんざりした表情で言う。

「この人たちが次に来るまで、俺も手伝うよ。もうあそこがねずみの巣になっているんだよな。風呂場の穴から下水を伝わって、うちにもねずみが入ってくる。ねずみ捕りを仕掛けてだいぶ獲ったけど、賢いからつかまらない奴もいるんだよね」

娘、同じアパートの住人、不動産会社の男性たちの気持ちもわかる。もし私が近隣に住んでいたら、自分が管理側だったら、やっぱり怒るかもしれない。けれども、もし自分が男性側だったら? 自分には「思い出」しかなくて、だから物が捨てられない。そうやってため込むことでしか生きられない自分に対して、皆が迷惑していたらと想像すると、胸が苦しくなった。

傘も大量にためこまれていた。
撮影=笹井恵里子
傘も大量にためこまれていた。 - 撮影=笹井恵里子

■重要なのは、その人の「存在を認める」ということ

地域にいわゆる「ゴミ屋敷」がある時、その近辺に住む人は自分を被害者だと思うだろう。けれどもそれが一掃されたら、ゴミ屋敷の住人も「被害者」とはいえないだろうか。彼らは大切な物を取り上げられたのだ。

五十嵐教授も、こう強調する。

「ゴミ屋敷という言葉自体に、本当は弊害があるんです。本人にとってはゴミではない。ゴミと言ってしまうことで、それは不要なもの、あなたは間違っていると、その人を否定することになる。それは支援ではありません。もし第三者の手によっていったん部屋がきれいになり、その状態が維持されているのであれば、家族は『今日もきれいにしてくれてありがとう』という態度で日々接してほしい。物が増えないことは当たり前だと思うかもしれませんが、その人なりにがんばっているんです。家族以外の場合は、難しいとは思いますが、その人と顔を合わせるたびにせめて挨拶をしてあげてほしい」

それはその人の「存在を認める」ということだ。

作業の翌日、私の顔に原因不明の湿疹ができた。

ゴミ屋敷に入り、ダニに刺されたらしいかゆみや赤みが背中や足に出ることはよくあったが、顔にできたのは初めてである。ストレスなのかもしれない、と感じた。汚い場所を掃除したストレスというより、片付けることが「居住者の安心」を壊してしまったのではないかという不安にかられたのだった。

誰かが部屋をきれいにしても、放置すれば、その人は再び物をため込む生活に戻りやすい。社会の、家族の一員として存在を認め、話し合いによって「共に暮らすルール」を築けるといいと思う。

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)など。新著に、『徳洲会 コロナと闘った800日』(飛鳥新社)がある。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)

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