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「織田信長や伊達政宗は英雄なんかではない」大河ドラマを監修した東大教授がそう語る"これだけの理由"

プレジデントオンライン / 2022年7月10日 11時15分

織田信長像〈狩野元秀筆〉(図版=東京大学史料編纂所/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)

大河ドラマに登場する織田信長や伊達政宗といった戦国大名は「英雄」として描かれているが、実際はどんな人物だったのか。東京大学史料編纂所の本郷和人教授は「歴史学者の視点では、英雄でも何でもない。彼らは必要以上に人を殺しすぎている」という。歴史を語る音声番組を続けている深井龍之介さん、音声メディア代表の野村高文さんと7つの学問分野におけるトップランナーたちとの対話をまとめた『視点という教養 世界の見方が変わる7つの対話』(イースト・プレス)から本郷教授との鼎談をお届けしよう――。

■歴史研究者と歴史好きの決定的な違い

【野村高文(Podcast Studio Chronicle代表)】今回のテーマは「歴史学」です。「COTEN RADIO」で歴史を語る深井さんが歴史学者と話すと、どういう対話が生まれるのか楽しみです。ゲストは、東京大学史料編纂所教授の本郷和人さんです。

【本郷和人(東京大学史料編纂所教授)】よろしくお願いします。

【深井龍之介(COTEN代表取締役)】歴史学は、当時の社会背景や人物の感情、利害関係を、限られた史料から読み解く学問だと僕は考えています。史料を読むだけでは、どうしてもわからない部分が出てくるはずです。それを、仮説を立てながら組み立てていく作業には、ものすごい想像力が必要なんだろうなと。実験してデータを集め、結論を出す理系の試みとは、また少し異なりますよね。

今日は本郷先生から具体的な研究方法などを伺って、その感覚を少しでもつかめればうれしいです。

【本郷】お伝えできるように頑張ります。学問として歴史学を専攻すると、とにかく膨大な史料を読みこなすことになります。ここが、歴史研究者と歴史が好きな人の線引きです。

【深井】そうですね。

【本郷】つまり史料を読めないと研究ができないので、僕が所属する東京大学史料編纂所の所員になるには、史料を読む試験があります。

【深井】テストでいい点数を取れなきゃいけないんですね。倍率はどれくらいなんですか。

【本郷】僕の時代は50倍くらいだったかな……。

【深井】50倍! すごい倍率ですね。どのように史料を読み解くんですか?

【本郷】いろいろありますが、もっとも大事なのは、その史料がどれだけ信頼できるかということ。つまり、書いた人の主観が入らないほうがいいわけです。たとえば鎌倉時代の歴史を語った『吾妻鏡(あづまかがみ)』は、北条氏を「よいしょ」した書物なんですね。でもこれがないと鎌倉時代の研究は成り立たないので、「北条氏よいしょ」のスタンスを、僕たちは常に念頭に置いて読み、かつ研究しています。

■「話を“盛っている”史料」を見抜いて読み解く

『平家物語』も同じです。琵琶を弾きながら聴衆の前で語るんですから、語る側のサービスが入りがちになってしまう。「100人対200人の合戦だとしょぼいから、1000人対2000人にしよう」とか。

【野村】話を盛ってしまうわけですね。

【本郷】だからこういう史料は、信頼性が低いと判断します。

【深井】その史料を書いた人の置かれた状況を把握して、バイアスのかかった部分を差し引いて見るということですね。

【本郷】その通りです。反対に貴族やお坊さんなど、いわゆるエリートが書いた日記や古文書(特定の相手に意思を伝える書類)は、信頼性が高いと考えます。

【深井】この姿勢こそ僕たちが、歴史学から学ぶべきポイントじゃないでしょうか。現代はネットをはじめ情報があふれていますから、発言者がどんな立場でどういう主義の人なのかを把握したうえで、どこを盛っているか、逆にどこを語っていないかを想像することが大切ですよね。

香川・高松市の冠纓(かんえい)神社で発見された、平安時代の天治元(1124)年に書写された万葉集の古写本「天治本」(香川・高松市)
香川・高松市の冠纓(かんえい)神社で発見された、平安時代の天治元(1124)年に書写された万葉集の古写本「天治本」(香川・高松市)

■「織田信長は理知的な人間だった」は正しいのか

【深井】個人的な興味なんですけど、研究者である本郷先生から見て、日本の中世史で「本当はこうなのに、世間に勘違いされてるよな」と感じる部分はありますか?

【本郷】たとえば、応仁の乱で京都が丸焼けになったといわれていますが、あれは嘘だと思うんです。だって、京都にあれだけ仏像やお経が残っているんですから。応仁の乱は、11年もだらだらやっていた戦争です。戦いが激しい時期もあったでしょうけど、緩まる時期もあったはずです。たしかに建物は焼けましたが、戦いをするときにはお寺さんに事前に告知したと思うんですよね。だから僧侶が、仏像やお経を担いで逃げたという話もあります。

【深井】なるほど。

【本郷】一方で、織田信長が焼き討ちにした比叡山は、本当に何も残っていない。ああいうのを「丸焼け」というんですよ。信長の比叡山焼き討ちは、ある日突然行われたわけではなく、一応手順を踏んでいます。

信長は比叡山に初め、「浅井長政と朝倉義景の味方をせずに織田につけ」、と言いました。比叡山はそれを断ったから、「じゃあせめて中立を保て」と。それも断ってきたので「じゃあ、焼いてしまうぞ」と言ったら、比叡山は「やれるもんならやってみろ」と言ったわけ。それで本当に焼いたんです。

このやりとりから「信長はまっとうに手順を踏んでいるから、理知的な人間であった」という学者もいます。でも僕は、それはおかしいと思う。いくら手順を踏んでも本当に丸焼きにするなんて、普通の人間がやることじゃない。「あなたを殺しますよ」と言って本当に殺しちゃったら、犯罪者ですよ。

■戦国大名は英雄ではない

【深井】現代と死生観が違っても、ですか。

【本郷】ええ。当時の人も神が実在するとは思ってなかっただろうと言いましたが、それでも、仏教の総本山の焼き討ちなんて罰当たりなこと、応仁の乱の例を考えても、普通はできません。それを「手順を踏んだから理知的だ」というのは、どうかと思うんです。

【深井】お話を伺うと、歴史のディテールに対する意識と想像力がすごいと感じます。プロセスを踏んでいるから、当時の人間としては外れていないだろうという考えがある。でも実際に、目の前で総本山が焼かれることを想像してみろと。机上の空論ではなく、人間としてどう思うかってことですよね。

【本郷】ええ。それでいうと、世間では戦国大名は英雄視されますが、僕たち歴史学者の感覚では、英雄でも何でもないんですよね。必要以上に人を殺し過ぎているから。伊達政宗なんて敵勢の城下のおんな子ども、犬や猫に至るまで皆殺しにしたといわれます。本当に優秀な戦国大名は、そこまでやりません。それをすると、占領後の政策がまとまらないからです。

だけど、この作戦をやめなかったのが信長なんです。そう考えると、「こいつら邪魔だから、みんな殺してしまえ」と考えていたのでは、と推測できます。まあ僕たち自身が、ドラマの時代考証でこうした世間の勘違いに加担しているんですけど。

■「実際の信長はやさしい人だった」と言うことはできるが…

【深井】そういうふうに歴史上の人物を想像するときは、人物を自分に乗り移らせるんですか? それとも自分が向こうに乗り移る感覚なんですか?

【本郷】乗り移るというか、「信長だったらどう考えるだろう」と、彼の精神構造を自分なりに復元していきます。

【深井】「復元」という感覚なんですね。

深井龍之介、野村高文『視点という教養 世界の見方が変わる7つの対話』(イースト・プレス)
深井龍之介、野村高文『視点という教養 世界の見方が変わる7つの対話』(イースト・プレス)

【本郷】この作業は本当にむずかしくて毎回本当に苦心します。たとえば「テレビだから」と割り切って、「信長はやさしい人だった」とひと言で言うのは簡単なんだけど、なるべくそうしないように心がけています。

【深井】そもそも、人間自体がひと言で語れないですからね……。「実は○○だ」と言うことに、ほとんど意味はないと思います。

【本郷】おっしゃる通りです。犬を見たら僕たちは「かわいい」と思うじゃないですか。だけど世の中には「おいしそう」と思う人もいるわけです。

【深井】そうですね。それに、いくら本人が後世に言葉を残しても、それが本心かどうかもわかりませんし。

【本郷】そう、そこ! そこなんです! さっき、日記や古文書は信頼性が高いと言いましたが、立場や状況から、あえて嘘を書く場合もあったはずです。

【深井】それに人間って、自分の気持ちがわからないこともありますもんね。

【本郷】ええ、まさにそうです。そうなると「史料を読むってどういうことなんだ?」という原点に帰ってきます。

【深井】うわ、めっちゃディープですね……。わからないことがたくさんある中で、限られたデータと状況から想像力をフルに働かせて歴史を復元するという感覚が、学びになりました。僕たちでいえば、Slackの連絡事項からその時代のすべてを想像するのと同じですからね。

【野村】そうやって考えると、すごいことですね。

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深井 龍之介(ふかい・りゅうのすけ)
COTEN代表
島根県出雲市出身。大学卒業後、大手電機メーカーや複数のベンチャー企業の取締役・社外取締役などを経て、2016年に株式会社COTENを設立。「メタ認知を高めるきっかけを提供する」をミッションに掲げ、3500年分の世界史情報を体系的に整理。数百冊の本を読んで初めて分かるような社会や人間の傾向・行動パターンを、誰もが抽出可能にする「世界史データベース」を開発中。COTENの広報活動として「歴史を面白く学ぶコテンラジオ(COTEN RADIO)」を配信。2019年には、「JAPAN PODCAST AWARDS2019」で大賞とSpotify賞をダブル受賞。Apple Podcast総合ランキング1位。

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野村 高文(のむら・たかふみ)
Podcast Studio Chronicle代表
音声プロデューサー・編集者。愛知県知立市出身。東京大学文学部卒。PHP研究所、ボストン・コンサルティング・グループを経て、2015年にNewsPicksに入社。NewsPicksアカデミア マネージャー、編集部デスク、音声事業プロデューサーなどを歴任。2022年に独立し、Podcastレーベル「Chronicle(クロニクル)」を立ち上げ。手掛けたPodcastに「News Connect あなたと経済をつなぐ5分間」「みんなのメンタールーム」「The Reading List 未来に残るビジネス名著」など。TBSラジオ「テンカイズ」に出演中。旅と柴犬とプロ野球が好き。

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本郷 和人(ほんごう・かずと)
東京大学史料編纂所 教授
1960年、東京都生まれ。文学博士。東京大学、同大学院で、石井進氏、五味文彦氏に師事。専門は、日本中世政治史、古文書学。『大日本史料 第五編』の編纂を担当。著書に『日本史のツボ』『承久の乱』(文春新書)、『軍事の日本史』(朝日新書)、『乱と変の日本史』(祥伝社新書)、『考える日本史』(河出新書)。監修に『東大教授がおしえる やばい日本史』(ダイヤモンド社)など多数。

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(COTEN代表 深井 龍之介、Podcast Studio Chronicle代表 野村 高文、東京大学史料編纂所 教授 本郷 和人)

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