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病院の待ち時間はなぜこんなに長いのか…その根本原因は「費用が同じなら、大病院を受診したい」にある

プレジデントオンライン / 2022年7月9日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

病院の待ち時間はなぜこんなに長いのか。医師・医学博士の奥真也さんは「『誰でも、どこの医療機関にでも自由にかかれる』という国は珍しい。個人の意思で医療機関を選択できるのはいいことだが、一方で病院からすれば『どんな患者が、いつくるかわからない』状態になっている」という――。

※本稿は、奥真也『医療貧国ニッポン』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■外来診療の医師の数が足りないから?

病院に対する患者さんの不満で最も多いのが、外来診療の待ち時間の長さです。皆さんも、待ち時間の長さにうんざりした経験がありませんか?

「体調が悪いなか、長時間も待たされるのはとてもしんどい」
「予約しているにもかかわらず、時間通りに診察室に入れたことがない。すべてがスピードアップしている世の中で、こんな時間のルーズさが許されているのは病院だけ」

病院側も、待ち時間の短縮や解消に向けてさまざまな対策を講じていて、ひと昔前に比べるとだいぶ改善されてきていますが、根本的な解決には至っていません。

そもそも、病院の外来が混み合って待ち時間が長くなる原因はどこにあるのでしょうか。医師の数が足りない? 病院そのものが少ない?

■日本のフリーアクセス制は医療先進国では珍しい

たしかに、医師不足や地域による病院の偏在は、いまの日本の医療体制の課題ではあります。しかし、外来の混雑を生んでいる問題の本質はそこではなく、「誰でも、どこの医療機関にでも自由にかかれる」という日本独特の医療の仕組みにあります。

患者さんが病院や診療所を自由に受診できることを「フリーアクセス」といいます。日本では当たり前のこととして行われていますが、医療制度の充実している国々でフリーアクセス制が採られている国はあまりありません。日本のような医者のかかり方はかなり珍しいのです。

個人の意思で医療機関を選択できるのはいいことのように思えますが、自由度が高いということは、デメリットも多いのです。

■病院にとっては「いつどんな患者がくるかわからない」

フリーアクセスの最大の問題は、受診者の予測がつかないことです。どういう症状の患者さんが、どのくらいやってくるかわからない。このことが待ち時間の長さのみならず、さまざまなかたちで医療の現場に混乱や疲弊をもたらす要因になっています。

医療サービスを受ける際、人が判断の基準にするのは「アクセス」「医療の質」「費用」です。利用しやすいか、質の高い納得いく医療が受けられるか、費用はどうか――。

日本の場合、医療行為の価格は診療報酬点数制で定められていて、全国一律、大病院でも小さなクリニックでも、やることが同じならば診療費は同額です。しかも、日本は国民皆保険で診療時に支払う自己負担額は原則3割(未就学児や70歳以上は1~3割以内)に抑えられています。入院・手術などで医療費が多額になった場合には、高額療養費制度による補償もありますから、費用面の心配はあまりありません。

患者の脈を取る医師
写真=iStock.com/byryo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/byryo

■「大病院志向」の患者が増えれば外来は混雑する

どんな医療機関にかかるのも自由で、原則として支払う額が同じ、その負担も大きくない、となると、「少しでも質の高い医療を受けたい」と考えたくなります。

例えば、「通いやすさでいえば近くのクリニックのほうが便利だけど、あそこは先生が一人しかいない。少し遠いけれど大病院に行けば、ちゃんとした検査もしてもらえるし、いろいろなスペシャリストの先生がいるから、大きな病院に行ったほうが安心だ」と考える人が多くなるわけです。いわゆる「大病院志向」です。

こうした発想から、ちょっとした不調やケガでも大病院を受診しようとする習慣の人が増えれば、外来が混み合ってしまうのは当然のなりゆきです。

フリーアクセスという日本の医療の仕組みによって、こうした「大病院志向」がもたらされ、外来が混み合ってしまっている側面もあるのです。

■病院はそもそも一般外来診療を行う施設ではない

本来、病院と診療所(クリニック、医院)では担っている役割が違います。どう区分されているか、ご存じですか?

医療法では、入院加療用の病床が20床以上ある施設は病院、19床以下の施設および入院施設を持たない施設は診療所、と定義されています。

病院については、専門的に取り組んでいる医療の内容に応じて、医師をはじめとするスタッフの人数や設備などの基準が、こと細かく定められています。病院とは、「入院を必要とする医療を施す」ための施設であって、そもそも一般外来診療を一義的に行うための施設ではないのです。

しかし日本では、病院と診療所の役割の違いが一般の人たちにきちんと認識されていないまま、フリーアクセス制が行われてきたというのが実状でした。

大病院には、高度医療のための設備が整えられ、専門知識とスキルを持った医師らがいます。そこに、専門的医療を必要としない軽微な症状の患者さんが集中することは非効率的です。端的にいえば「医療の無駄」――。本当に専門的医療が必要な患者さんに適切な対応ができなくなってしまうこともあります。

そこで、医療機関の機能の明確化を図るために、大病院にかかるためには「かかりつけ医」等の紹介状が要る、紹介状がない場合は診療費のほかに「選定療養費」として負担金が課される、という方法が採られるようになりました。紹介状なしの場合の選定療養費は、病院ごとに金額を決めていいことになっていますが、初診でだいたい5000円~8000円、高いところで1万2000円くらいです。

■負担金の値上げは「東大病院で診てもらいたい」の歯止めになるか

これによって、風邪を引いただけで気安く大病院を受診するような状況は減少したといわれていますが、人々に医療機関の機能分化を正しく認識してもらう目的としては、あまり役立っていないのではないか、と私は見ています。

負担金を思いきり高くする、例えばいまの10倍、10万円くらいになったら抑制効果はもっと違ってくるかもしれません。ただ、それでも「大病院で納得いく医療を受けたい」と希望する人たちの歯止めにはならないと考えられます。

「うちのような田舎には、いい医者がいない。東京の大学病院の先生のところできちんと診てもらいたい」という思いで地方からわざわざやってくる患者さんにとって、出費があと10万円増えたとしても、「納得のいく、よい医療を受けたい」という気持ちを変える材料にはならないと思えるからです。

人は、門が開かれていたら通りたくなるものです。制度として門戸が開かれていれば、そこを通ろうとする人がいて当たり前。だからこそ、医療の仕組み自体を工夫することが大事なのです。

■深夜2時に当直を呼び起こして「薬を出してほしい」

日本は、「誰でも、どこでも」自由に医療を受けられることと、自己負担額3割以下で医療機関にかかれる気安さとが相まって、医療のモラルハザード(人々の意思決定や行動に歪みが生じること)を生んでいる、と私は考えています。

休日や平日の夜間などに救急外来を受診する人がとても多いのも、その表れでしょう。救急外来とは、読んで字のごとく緊急性のある患者さんを救うための窓口です。ところが、緊急性のない症状であっても、「平日の昼間は仕事で来られないから」「日中、病院に行くと長く待たされるから」といった自分の都合を理由に、救急外来を訪れる。24時間オープンしているコンビニエンスストアに行くような感覚で受診することから、いつしか「コンビニ受診」と呼ぶようになりました。

病院の救急外来受付
写真=iStock.com/SAND555
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SAND555

「誰でも、どこでも」だけでなく、「いつでも」自由に医療サービスを受けられるのが当然のように思っている人が多いことをよく示している現象です。例えば、深夜2時ごろに救急外来の当直医師を呼び起こして、「アレルギー性鼻炎の薬を出してほしい」というような患者さんが実際にけっこういるのです。ハードな勤務の合間のわずかな休息時間をこんな理由で破られた医師にとって、その徒労感たるやありません。

■医師の応召義務を逆手にとるクレーマーも

しかし、医師は患者の求めを拒めない立場にあります。医師には「応召義務(2019年の厚労省通知では応招義務)」というものがあるからです。

医師法第19条に「診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではいけない」とあり、この一文をどう解釈するのか、医療の現場ではよく問題になります。

「つらい症状を訴えているのに、どうして診てくれないのか、医者には応召義務があるはずだろう?」トラブルメーカーになりやすいタイプの人が、この言葉を逆手にとってクレームをつけてくるようなこともままあります。

応召義務を、「医師は、いついかなる場合でも患者からの診療の求めに応じなければならない」と捉えると、たとえ緊急性のない症状であっても、時間外診療の求めには応じなければならない、ということになります。しかし、そうみなすと、医師の過重労働はよりいっそう深刻化することになります。

■医療者を喜ばせた厚労省の「クリスマスプレゼント」

2019年12月、応召義務に対して厚生労働省が一つの見解を示しました。医師の応召義務とは、患者に対して負っているものではなく、国家に対して負っているものであること、ゆえに時間外受診が「正当な事由」ではないとみなされるケースにおいては受診要求に応じなくてもよい、という内容の通知を出したのです。ちょうどクリスマスに発令されたので、「これは医療者にとってクリスマスプレゼントだ」と話題になりました。

現在では、緊急性の低い症状で時間外受診をした場合、医療機関は「時間外選定療養費」を徴収してよいことにもなっています。こうした対策によって「コンビニ受診」も一時よりは減りましたが、救急外来の状況がガラリと劇的に変わりました、といえるまでには至っていません。

■日本人の受診回数は世界トップクラスに多い

OECD加盟国における健康と医療の実績に関して、さまざまな角度からの国際比較データが発表されています。

【図表1】OECD加盟国 年間の医療機関受診回数
日本の年間の医療機関受診回数は世界トップクラス(出所=『医療貧国ニッポン』)

「年間の医療機関受診回数」を見ると、日本は年間12.5回。世界で1、2に受診回数が多いことがわかります(ちなみに、日本よりさらに多い韓国のデータには、漢方や鍼灸(しんきゅう)などの治療も含まれているため、一般的な医療機関の受診回数を表しているとはいえません)。

どうして日本では医療機関にかかる回数がこれほど多いのか。理由の第一として、医療費の個人負担が軽いこと、費用を心配せずに医師にかかれることが挙げられます。

二番目に、世界で最も高齢化が進んでいて、高齢者層の医療サービスを求める頻度が高くなりやすいことがあります。厚生労働省の資料によれば、75歳以上の後期高齢者になると、受診回数は年間30回以上と大幅に増加します。歳を重ねるとさまざまな不調は出てきやすいものですが、少子高齢化が著しく、今後若い世代にますます財政的負担がのしかかっていくことを考えると、このまま放置しておいていいはずがありません。

三番目に挙げたいのが、一人がいくつもの医療機関にかかるのが常態となっていることです。いま、あなたは医療機関の診察券を何枚持っていますか? 家には家族みんなで何枚の診察券がありますか?

内科に耳鼻科に皮膚科に歯科……お子さんのいる人は小児科があり、腰痛に悩んでいる人は整形外科があるでしょう。一人が複数枚の診察券を持っていて、あちこちの医療機関にかかっていれば、全体として受診回数は多くもなります。

■複数の医療機関を使い分ける「はしご受診」

診察券の枚数が表すように、日本では診療科ごとにいろいろな医療機関にかかることがごく普通のこととして習慣づいています。耳鼻科はこの医院、皮膚科はこのクリニックというように、複数の医療機関にかかる。そのこと自体に、あまり疑問を抱くことがありません。それだけに、「はしご受診」のようなことも起こりやすいのです。

「はしご受診」とは、一つの病気でいくつもの医療機関を転々と渡り歩くこと。「あの先生の言うことを聞いていても、ちっともよくならない。もっとよい治療法があるはずだ」「○○クリニックはとても評判がいいから、あっちの先生にも診てもらおう」というように、自己判断で受診を中断して別の医療機関にかかったり、重複受診したりすることです。

もちろん、一人のお医者さんの言うことだけを聞いていればいい、ということはありません。症状の判断が難しい病気や珍しい病気の場合などで、同じ専門科の別の医師や、同じ病気を扱っている別の診療科の医師の診察を受けて解決する場合は多くあります。

■医者のかかり方を冷静に考えてみたほうがいい

また、わかりやすい例として、がん治療におけるセカンドオピニオンもそうでしょう。自身の担当医の話がどこか納得できない、あるいは、別の治療の選択肢がないかどうかを知りたいとき、現在の担当医とは別の医師の意見を聞くことは、患者さんの権利として認められています。

奥真也『医療貧国ニッポン』(PHP新書)
奥真也『医療貧国ニッポン』(PHP新書)

しかし、セカンドオピニオンは、今後も現在の担当医のもとで治療することが前提になっていて、その他にも明確なルールがあります。決して患者さんが自己判断だけで行うものではありません。

一方、「はしご受診」では、当然ながら、新しいところにかかるたびに初診料がかかります。検査を重複して受ければその費用もかさみますし、それだけ身体にも負担がかかります。異なる薬を多重に服用することになれば、健康の回復どころか、逆に身体によくない影響を及ぼしてしまう怖れもあります。

あまり自覚のないまま、さまざまなかたちで医療の無駄遣いが行われている場合がある、それが日本の「一面の真理」です。

医療の仕組み改革の必要性があると同時に、日本人は自分のためにも、日本の未来のためにも、もっと「医者のかかり方」について冷静に考えてみたほうがいい、私はそう強く思っています。

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奥 真也(おく・しんや)
医師
1962年、大阪府生まれ。医師、医学博士。経営学修士(MBA)。大阪府立北野高校、東京大学医学部医学科卒。英レスター大学経営大学院修了。専門は、医療未来学、放射線医学、核医学、医療情報学。東京大学医学部22世紀医療センター准教授、会津大学教授などを歴任した後、製薬会社や薬事コンサルティング会社、医療機器企業に勤務。著書に『Die革命』(大和書房)、『未来の医療年表』(講談社現代新書)、『世界最先端の健康戦略』(KADOKAWA)、『人は死ねない』(晶文社)、『医療貧国ニッポン』(PHP新書)など。

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(医師 奥 真也)

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