風邪ぐらいで医者にかかるなんてとんでもない…アメリカと日本で医療に対する意識がまったく違うワケ
プレジデントオンライン / 2022年7月12日 12時15分
※本稿は、奥真也『医療貧国ニッポン』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■日本人に死をもたらすのはがんと生活習慣病
日本社会全体の疾病構造が大きく変化してきたいま、我々は病気や健康問題に対して主体的に向き合う必要があります。
戦後から1980年ごろまで、日本人の死因原因の1位は脳血管疾患(脳卒中)でした。ちなみに、戦前までは感染症でした。
脳卒中で病院に運ばれる患者さんを救うためには、脳卒中の救急医療体制やCTやMRIのような画像診断が必要です。その治療のカギを握っていたのは医療者でした。主体は医師の側にありましたから、患者さんとその家族はパターナリズムの強い医師にすべてお任せしていてよかったのです。
やがて降圧剤の開発や高血圧対策が効を奏して、脳卒中で亡くなる人は減少します。代わって、悪性新生物(がん)と、生活習慣病が原因と考えられる心筋梗塞などの心疾患が増加しました。
がんはさまざまな要因で発症すると考えられていますが、生活習慣や食習慣の影響を受けることが多いところから生活習慣病ということができる、という見解もあります。
■生活習慣病を治せるかどうかは患者次第
いまでは、がんは早期発見できれば治療できる病気になっていますが、生活習慣病というのは病気になる要因も患者さんにあれば、治療の成果も患者さんにあります。医療者側が教育入院で生活習慣の改善プログラムの指導を行っても、薬を出しても、患者さん自身が途中でやめてしまったらよくなっていきません。
そういう意味で、主体は患者さん側にあるのです。現代人に多い生活習慣病は、自分自身できちんと管理できるかどうか、セルフケア、セルフメディケーションの意識があるかどうかが大きい病気なのです。
なぜ途中で改善習慣や薬をやめてしまう患者さんが多いのかというと、検査で生活習慣病だとわかっても、その時点では症状がほぼないからです。つらい症状がなく、困ったり苦しんだりしていないから、切迫感がなく、油断してしまう。本気で取り組めないのです。
自覚症状を感じはじめたときには、病気がかなり進行しています。生活習慣病が怖いのは、自覚症状が出るようになってから元に戻すような治療法はまだない、というところにあります。
つまり、油断しがちな状況のときに、強い意識で自己管理をして予防に努めなければ未来に暗雲が垂れ込めてしまう病気です。それこそ「自分の健康は自分で守る」という意識を持って行動しなければいけないわけです。
■日本で「予防」がなかなか普及しない理由
予防医学が進んでいるのはアメリカです。それにはいくつか理由がありますが、一番大きいのは医療費が猛烈に高いということです。風邪でクリニックにかかるだけで数万円かかりますし、病院で手術するようなことになったら100万単位の金額になります。薬代もとても高い。
下手をすると高額な医療費で破産してしまう社会なので、自分の健康を守るには自分で動くしかない。「困ることになる」度合いが強いから、予防に熱心にならざるを得ないわけです。たとえばアメリカの医療保険においては、「ディジーズ・マネジメント」といって、民間の保険会社主導で疾病予防のための働きかけを積極的にやっています。
一方、日本は優れた国民皆保険制度を有しています。万人がそれほど高くない負担額で、一定の医療サービスを受けられる。そのこと自体は素晴らしいことです。
ただ、この制度が、日本で予防医療が普及しない一因になっている側面もあります。たとえ糖尿病になってしまっても、自分が負担する医療費は3割で済む。さらに収入に応じた上限額もあります。「日本はちゃんと国が面倒見てくれるから大丈夫でしょ、保険があってよかったな」という意識がみんなどこかにあるのです。予防は大事、重症化するのをいまからきちんと予防しようといっても、アメリカのように危機感を持っていないのです。
■健康への意識が低い人ほどリスクが高い
もう一つ、日本で予防に対してインセンティブが働かないのは、「予防はまだ病気ではない」という位置づけのため、そのほとんどが医療保険の対象にならない、ということもあります。
つまり、予防に対しては全額自腹を切らなくてはいけない。「病気はかかる前に防ぐべし」といわれても、医療保険の対象にならないことを積極的にやろうという気になりにくいのです。
そもそも健康への意識が高い人は生活習慣病にあまりかかりません。日ごろ自己節制の利かないタイプの人ほどリスクが高い。これが現在の日本の状況です。「日本人は医療リテラシーが低い」というのは、こうした現状から見てもよくわかります。
■医療の役割は「治す」、あと2つは…
医療の役割とは「治す」ことだけではありません。私は、今後、医療の役割が3つに大別されるようになっていくと考えます。
②「支える」……病気を抱えた状態でも苦痛なく生活できる、療養できるように支える。かかりつけ医や看護師が中心となる
③「防ぐ」……病気にかからないように未然に予防する。医療者の指導を受けながら個人が意識的、主体的に行う
いまは皆さん、「治したい、治したい」という思いで病院に行ったり、クリニックに行ったり、そこの境目が混然一体としています。病院は「治す」治療をするところ。クリニック、診療所、医院などは患者さんの生活を「支える」医療をするところと考えると、役割分担がはっきりすると思うのです。
さらに、主体的に病気の治癒や健康維持に関わっていく意識を持って、病気になってから「治す」のではなく、病気になるのを未然に「防ぐ」。病気になる前に予兆を発見する。それ以前に、そういう病気にかかるリスクを遠ざける。
■予防にお金をかけることが普通になるといい
「防ぐ」医療の将来的イメージとして、予防専門の診療科、健康増進科のようなものができるようになると思います。歯医者さんに「予防歯科」という治療方針があるように、身体の「予防医科」が一つの医療のかたちとして認識されるようになるといい。いまは医療機関に行くのは病気になった人ですが、そこは病気ではない人たちが予防のために行く場所になります。
日本の医療財政がここまで逼迫(ひっぱく)している状況から考えて、予防が保険適用になる可能性はきわめて低い。だから、そこは自由診療です。健康を維持するために自分でお金をかける。フィットネスクラブにお金を払うのと同じように、予防するために自分で積極的にお金をかけることになるでしょう。
また、集積されたビッグデータは、どういう行動や生活習慣がどういう病気を招くリスクを高めるといったデータを、いまよりもっと細かく、正確にはじき出して教えてくれることになるはずです。
一人ひとりが、セルフケアの力を高める努力をしていく。それが、生活習慣病の予防や改善、重症化予防、健康の維持になっていきます。予防は健康の長期戦略なのです。
■2040年、日本の国民皆保険制度は存続しているか
老後にどれだけの資金がいるか、2000万円問題が話題になりました。しかし、あの2000万円というのは、死ぬまで医療保険をいまの条件で使用できるという前提です。万一、財政破綻によって国民皆保険制度がなくなったとしたら、4000万円でも済まなくなるでしょう。
国民皆保険の開始は1961年です。高度経済成長の始まりのころに制度設計しているので、働く人も増えて、日本のGDPが上がっていくことを前提にした制度になっています。日本経済が右肩上がりに伸びていた時代にはそれでよかったのですが、いまの日本の状況とはまるっきり違います。
さらに医療費とは別に、2000年からは介護費も入ってきて、国の社会保障費はどんどん増えています。年金、医療、福祉をまとめたグラフはとんでもない右肩上がりです。いまは完全に日本経済の衰退期に突入しているというのに、制度として修正が効いていません。そこも大きな問題です。
2021年度の社会保障給付費は129.6兆円。国の歳出の約3分の1を占め、過去最高。もう待ったなしの状況です。社会保障費が、財政を圧迫している。もし社会保障制度が瓦解(がかい)したら、医療、介護のみならず、年金や福祉の保障もなくなり、国民が安心して生活していくためのセーフティーネットが機能しなくなることを意味しています。
■いまのままでは日本の医療制度は破綻する
20年後、はたして国民皆保険制度、日本の医療制度は存続しているでしょうか。いまのままのようなことをやっていたのでは、間違いなく破綻します。
日本の医療制度は問題だらけです。問題だらけではありますが、社会保険制度がしっかり構築されていてすべての人が公的医療保険に加入していて、医療費の心配をしなくても必要な医療サービスが受けられるのは、やはりよい制度だというべきだとも思っています。
この制度を今後も長く継続させていくためには、国民一人ひとりが医療に対する意識変革をして、模索していくしかないのではないでしょうか。
■自己負担が5割、7割と上がっていく可能性がある
例えば、自己負担の割合は今後上がっていくでしょう。いまは年齢による区別以外、自己負担額は一律ですが、今後は疾病によって保険適用比率が変わってくる、といったこともあるかもしれません。
命に関わるような病気には手厚くするけれど、軽度な病気の場合は自己負担を5割にするとか、7割にするとかいったことが起きる可能性もあります。そうすれば、風邪を引いたくらいで簡単に医者に行こうとしなくなるからです。
さらには、保険適用外の医療行為が増えていくということも考えられます。保険医療でできることと、そうでないことがはっきり分かれる。歯科はすでにそうなっています。
レジ袋が店頭で無料配布されなくなったとき、さまざまな批判が渦巻きました。いろいろ批判はいまもってありますが、レジ袋はもらえるのが当たり前という意識は明らかに変わり、それぞれがエコバッグを用意して買い物に出かけるようになりました。
レジ袋をやめたことが、はたして本当にゴミの削減に効果があるか、環境問題に効果があるかどうかはともかくとして、人々の意識が変わったことは事実です。
人々の意識を変えていくには、ときに果断な施策を打ち出すことも必要だと思います。医療もいま、そういった強い施策によってパラダイムシフトしていくことが必要なのではないでしょうか。
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医師
1962年、大阪府生まれ。医師、医学博士。経営学修士(MBA)。大阪府立北野高校、東京大学医学部医学科卒。英レスター大学経営大学院修了。専門は、医療未来学、放射線医学、核医学、医療情報学。東京大学医学部22世紀医療センター准教授、会津大学教授などを歴任した後、製薬会社や薬事コンサルティング会社、医療機器企業に勤務。著書に『Die革命』(大和書房)、『未来の医療年表』(講談社現代新書)、『世界最先端の健康戦略』(KADOKAWA)、『人は死ねない』(晶文社)、『医療貧国ニッポン』(PHP新書)など。
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(医師 奥 真也)
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