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「クルマを捨てて、馬に乗り換える」がブームに…アメリカ全土が苦しむ「ガソリン価格の高騰」の異常さ

プレジデントオンライン / 2022年7月6日 18時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/peeterv

■賃金も上昇しているが、物価高に追いつかない

このところ物価上昇の話題が耳目を集めている。主要電力各社が値上げを発表した電気代に加え、天井知らずのガソリン価格や、食品の価格を保ちながらも内容量を減らす「サイレント値上げ」など、各方面からの値上げが家計を直撃している。

長いデフレにあった日本でも資源高を背景に価格高騰が鮮明になってきた。だが、世界では日本以上に状況は深刻だ。アメリカではより深刻なインフレが家計を襲っている。米消費者物価指数は5月までの1年間で8.6%上昇し、40年来の伸びとなった。賃金も上昇してはいるが、物価高に追いついていない状況だ。

燃料や食品など、ほとんど切り詰めようのない生活必需品が数多く値上がりしており、卵は1年で30%以上も値上がりしている。自分の食事を削って子に与えているという親も少なくない。車社会のアメリカにおいては、ガソリン高騰も深刻な問題だ。低所得者が通勤すらためらう一方、全米のガソリンスタンドで燃料を抜き取る窃盗団が暗躍しはじめた。

急激な物価上昇で消費者が財布のひもを固くすれば、景気の下振れも懸念される。今後12カ月以内の景気後退を見込む米アナリストは半数弱に達し、リーマンショック直前を上回る状況となった。

■1000万回も再生された「馬に乗り換える動画」

最近、米国ではTikTokである動画に人気が集まった。ガソリンが高いのでガールフレンドの車を売り、そして馬に乗り替えた――という荒唐無稽な内容だ。

動画は人気TikTokerのジャスティス・アレクサンダー氏(@lgndfrvr)が投稿したもので、現在までに110万回の「いいね」が寄せられている。米ニューヨーク・タイムズ紙は、1000万再生を記録した動画として取り上げた。

この動画は、アメリカの郊外とみられる街の車道で撮影されたものだ。馬に乗って悠々と登場したアレクサンダー氏が、路上で待っていたガールフレンドに「ディナーに行こう」と声をかける。彼女は「私の車は?」とあっけにとられた様子だ。

「ガソリンが高いから売ったよ」と返す氏に、彼女は「新車だったのに⁉」と動揺を隠せない。一方の氏は、「だってガソリンの値段は跳ねるように上がっている。……馬だけにね」としたり顔だ。最終的に女性が諦め、レストランに馬で向かうことを決心した。

■ジョークが真実味を帯びて大流行

車を手放して馬に乗り換えるとは奇抜なアイデアだが、あまりにかさむガソリン代を考えれば、本当に馬に乗り替えた方が安くつくのではないかとの思いさえ頭をよぎる。インフレの不安をユーモラスに表現した点で視聴者の琴線に触れたのだろう。

視聴者からは、「同じことを考えていたよ。馬を買いたいとね」とのジョーク交じりのコメントや、「確かにこれしか方法はないかも」といった反応が寄せられた。

芝居がかった口調からも明らかだが、アレクサンダー氏は米ニューヨーク・タイムズ紙の取材に対し、動画の内容はあくまでもフィクションだと念を押している。舞台裏を明かせば、馬はInstagramのフォロワーから借りたものであり、彼女の車を勝手に売ったりはしていないとのことだ。

多くの視聴者もフィクションだと承知で「いいね」を送ったとみられるが、こんなジョークが得もいわれぬ真実味を帯びて大流行するほど、いまのアメリカの物価上昇は異常なレベルに達しているともいえるだろう。

■給料がガソリン代に消える、あるウエートレスの苦境

ガソリン価格はTikTokの世界にとどまらず、車移動が基本のアメリカ郊外の生活に打撃を与えている。米ルイジアナ州の地方紙「アドボケート」は、イリノイ州でウエートレスとして働く25歳女性の声を紹介している。彼女はガソリン高に悩む市民のひとりだ。

彼女は仕事のため30分ほど先のレストランまで車を走らせなければならないが、決して収入の高くない職業柄、ガソリン代は手痛い出費なのだという。

少しでも節約しようと、彼女はアプリを駆使して近隣の3つのガソリンスタンドを比較し、価格に特典を加味した最安値を吟味している。さらに、通勤ルート上にある田舎の小さなスタンドにも寄り、アプリでは表示されない価格もチェックするという念の入れようだ。涙ぐましい努力により節減できる金額は、1回あたり約80ドル(約1万円)かかる給油のうち、わずか2ドル30セントほどだ。

より多くの実入りがあるようにと、最近は長時間勤務のシフトを増やしているという。ガソリン代を大きく減らせないなら、1通勤あたりの稼ぎを上げようという戦略だ。体力的にはつらい長時間労働だが、なりふり構っていられない。

好きだったソフトボールの練習は、グラウンドまで1時間ほど車を飛ばさなければならないことから、最近は諦めた。「いつ出かけようか思い悩むようになりました」とアドボケート紙の取材に答えている。

■アメリカ全土で「ガソリン窃盗団」が横行

クルマ社会のアメリカにおいて、ガソリン価格の高騰は切実な問題だ。全米自動車協会によると、レギュラーガソリンの価格は、最高値のカリフォルニア州では1ガロンあたり6.244ドル(7月3日時点)。これは日本円に換算すると、1リットルあたり221円になる。

なお昨年6月の平均価格は1ガロン約3ドル、1リットルあたり107円だった。日常的に長距離を移動するアメリカにおいて、こうしたガソリン価格の高騰は切実な問題だ。

燃料高騰を受け、ガソリンは「盗む価値のあるもの」とみなされるようになった。米CNNは、全国で大掛かりなガソリンの窃盗が相次いでいると報じている。一度に大量のガソリンを抜き取り、ブラックマーケットで販売しているという。

11月下旬の深夜、霧のかかった人けのないガソリンスタンド
写真=iStock.com/Willowpix
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Willowpix

東はバージニア州から西はネバダ州に至るまで全国的に、給油ポンプから不正にガソリンを排出させる機器を利用し、ガソリンを盗む手口が横行している。ネバダ州ラスベガスの例では「高度に改造された車両」が投入され、数千ドル相当のガソリンが抜き取られた。窃盗団はその後逮捕されている。

■食品価格は過去43年で最大の上昇率

燃料だけでなく、日々口にする食品もかつてないほどの値上がりをみせている。米労働省・労働統計局の発表によると、5月の消費者物価指数が前年比で8.6%上昇した。なかでも食品価格は12%の上昇となり、これは過去43年で最大の上げ幅となった。

デトロイト最大の地方紙「デトロイト・フリー・プレス」は、育ち盛りの子供たちに満足な食事を与えようと、自ら食べる量を切り詰める親を紹介した。

毎日の料理に欠かせない卵は、1年間で32%という高い上げ幅を記録した。10個入りのパックを買えていたお金で、いまでは7個までしか買えない計算だ。消えた3個を貯蓄で補えない家庭では、両親が空腹に甘んじるなどして子供の食事を捻出している。

ベーコンや牛肉なども軒並み13%以上の価格上昇となっており、もはや高い商品だけを避けて節約するという方法も通用しなくなってきている状況だ。

■「子育て世帯のほぼ半数が十分な食料を買えなくなった」

急激な物価上昇は、経済的に弱い立場にある人たちに深刻な影響を及ぼしている。アドボケート紙は、「肉を買うのに(住宅ローンに次ぐ)2つ目のローンがいるくらいですよ」と窮状を訴える高齢者の声を報じた。

コロナ禍の支援策が終了したことも、家計へのさらなる打撃となった。

バイデン政権は子育て世帯を対象に大幅な税額控除を設定した。しかしこの措置は、2021年12月で終了している。米CNBCは、「子供税額控除の終了から5カ月が経ち、子育て世帯のほぼ半数が十分な食料を買えなくなった」と報じている。

子供2人を育てるあるシングルマザーは、以前であれば月あたり計500ドルの支援を受け取っていた。給付終了に物価上昇が追い討ちをかけるいま、鶏肉や新鮮な野菜などを買い物かごに入れる機会はめっきり減ったという。いまでは自分の食事を抜き、限られた食材をできる限り子供たちに与えているという。

スーパーマーケットで買い物をする女性のかごの中身は少ない
写真=iStock.com/recep-bg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/recep-bg

■スーパー店長「これまでで最悪のインフレ」

生活に欠かせない商品ほど値上がりの傾向が大きく、牛肉、豚肉、鶏肉、卵、牛乳、そして食用油などで上げ幅は顕著だ。大手安売りスーパーの店長を務める男性はアドボケート紙に、現在のインフレは「生まれてからこれまでで目にしたなかでも最悪です」と語る。

以前であれば消費者は、商品棚を巡りながら気の向くままに趣向品をカゴに入れることが多かったという。業界で「インクリメンタル・バイイング(だんだんと増える購入)」と呼ばれている行動であり、客単価向上の重要な要素だ。

しかし、最近ではこうした行動が店内でみられなくなったという。棚を入念に巡っている客がいるとすれば、それは少しでも安い商品を入念に比較している客なのだ。

店側としても、価格を維持し買い物客を引きつけるため、仕入れ価格の値上がりの一部を負担している。だが、別の大手チェーンによると、小売業界の平均利益率はすでに2%を切っているという。

さらに、商品によっては毎週のように値上げされているため、店内の値札を変えて回るだけでもフルタイムに近い人手が必要となってきている。値上げによる客離れのリスクが迫るなか、本来無用な人件費も発生している手痛い状態だ。

■「悪いインフレ」による景気後退のリスク

冒頭で紹介したTikTok動画は、生活を脅かすインフレを笑いに変えようという試みだったのだろう。ガソリン高に苦しむ多くの人々の共感を得て拡散された。しかし、現状では笑えないレベルにまでインフレが進んでいる。

ブルームバーグは6月、ニューヨークの家賃の中央値が2750ドル(約37万2000円)に達したと報じた。

家賃を手取りの3割程度に抑えるとの前提に立った場合、この価格に耐えることができるのは、フルタイムで働くニューヨーカーのなかでも23%しかいない計算だという。マンハッタンでは上昇率がことさら深刻であり、家賃の中央値は前年比25%増の4000ドル(約54万1000円)という目を見張る数字となった。

ガソリン価格、食料品、そして住居と、身の回りの価格が上がり続け人々の生活を圧迫している。こうしたインフレは、日本の生活と決して無関係ではない。アメリカやイギリスなどで起きているいわゆる「悪いインフレ」により、世界的なリセッション(景気後退)が大きな懸念事項となってきた。

株式市場のグラフとテクニカル分析株式
写真=iStock.com/primeimages
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■アナリストの「悲観率」はリーマンショック以上に

米ウォール・ストリート・ジャーナル紙はアメリカのエコノミストたちを対象に、今後12カ月間で景気後退に至る可能性があるか否かの見解を、継続的にアンケート調査している。

12カ月以内の後退を見込むアナリストの割合は今年1月時点で18%だったが、4月に入ると28%に上昇し、同紙が6月19日の記事で紹介した最新の数字では44%にまで上昇した。アナリストの実に半数弱が、今後1年以内の景気後退を見込んでいることになる。

2008年のリーマンショック時は、発生の9カ月前に38%を記録している。現在の数字はこれよりも悲観的なものだ。同紙によると、2005年の調査開始以来、44%ほどの高水準が記録されながらも実際の景気後退に至らなかったという例は、ほぼないという。

国内でも肌で感じるようになってきたインフレだが、その先に待ち受ける世界的な景気後退局面は回避可能なのだろうか。今後の景気動向が注視される。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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