4歳児が「5歳にはなれない」と悟ったとき…難病を生きた青木一馬くんが大好きな人たちに伝えたこと
プレジデントオンライン / 2022年7月9日 11時15分
※本稿は、萬田緑平『家で死のう! 緩和ケア医による「死に方」の教科書』(三五館シンシャ)の一部を再編集したものです。
■なぜ「難病」は治すことができないのか
若いころから発症する病気について、「それは老化です」といわれたら、気分が悪くなる人もいるでしょう。
言葉の定義の問題になりますが、若くして病気になるということは、なんらかの理由で、その臓器や体のシステムの老化の速度が速かったということです。そのような病気は「難病」と呼ばれます。
比較的若い時期に発症する難病として「リウマチ」があります。リウマチは関節が炎症を起こすことで起きます。なぜ炎症が起きるかというと、自分の体を守る仕組みである「免疫システム」が異常をきたすからです。なぜ、免疫システムが異常をきたすのかは、本当の意味で医学では解明されていません。だから、リウマチを「治す」ことはできないのです。
リウマチの治療は、苦痛をやわらげる、病状の進行を緩やかにする、元の体に戻ったかのように錯覚させる、程度のことしかできません。ほかの病気も同じですが、医師がいう「治る」と、一般の人が考える「治る」は、意味合いがかなり異なるので注意する必要があります。
貧血(再生不良貧血)も「難病」に指定されています。ひと口に貧血といっても、症状の大小はありますが、貧血とは血液の生産能力が低いことを指します。血液は、体の中で作られています。血液の原料になる細胞が体のさまざまなところに蓄えられていて、その原料細胞にいくつかのシステムが働き、白血球や赤血球、血小板などが作り出されているのです。
その仕組みは一部しか解明されていませんが、多くの人は70~80年で血液の生産能力が低下していきます。
■難病は「難しい病」ではなく「お手上げ病」
また、臓器寿命が人それぞれであるように、血液の生産能力も人それぞれです。100歳まで生産能力がある人もいれば、3歳で血液が作れなくなる子どももいます。3歳で病になるのは老化ではないだろうと思うかもしれませんが、恐るべき速さで老化が進行したともいえます。なぜなら、生まれたときは大丈夫だったからです。
血液を生産する細胞が早く老化するのかもしれないし、老化するスイッチに関わる遺伝子が早く劣化するのかもしれません。あるいは、老化を防ぐための遺伝子が早く劣化するのかもしれません。いずれにしろ、医学や生命科学は体のほとんどのことがわかっていないのです。わからない病気は、「難病」として扱われます。
難病すなわち「難しい病」というわけですが、そもそも体のことがわかっていないのに、その病気が難しいも何もないだろうと思います。わかるわけがないのです。難病と聞くと、「難題」を解くように、努力すればなんとか治せそうな印象があります。が、それは人間の思い上がりではないでしょうか。素直に「お手上げ病」というべきです。
ほとんどの「特殊な病名」「難治性疾患」「難病」は、若くして老化が急速に進んで起こる状態を指します。若くして超高齢者の臓器のように老化してしまったということです。だから、治りません。こう話すと、「医師のくせにひどいことをいう」と感情的になる人がいます。わからないものはわからない、治らないものは治らない、きちんとお伝えすることが誠実さだと私は思います。
そして、残された短い人生を、ずっと入院生活に費やすのではなく、本人の希望に沿って「生きる」のも選択肢の一つではないでしょうか。少なくとも、私が見てきた「難病」の子どもたちはそうでした。
■3歳で白血病を発症し、懸命に生き抜いた青木一馬くん
家族に愛されながらウルトラマンになった少年~青木一馬くん
「ウルトラマンカズマ」こと青木一馬は、「難病」を患いながらも、残された短い人生を幸せに、懸命に生き抜いた一人です。
一馬は、2015年1月26日に群馬県に生を享(う)けました。ヤンチャで走り回ってばかりいる活発な男の子で、戦隊ヒーローや仮面ライダー、そして何よりもウルトラマンが大好きでした。2018年11月、一馬は急性リンパ性白血病を発症。一度は寛解(かんかい)したものの2019年4月に再発。東京の病院に入院し、抗がん剤治療を開始するも徐々に効かなくなり、医師チームは両親に「余命半年」と告げました。
腎臓にも病変があり、骨髄移植は困難という状況。両親は、葛藤と悲しみの中、なんとかして一馬を救いたいと、できる限りの治療を続けました。しかし、根治は不可能なのが現実でした。そしてついに医師から「数日の命かもしれない。会わせたい人に会わせてください」と告げられます。
両親は難病と闘っている子どもたちの夢を叶える「メイク・ア・ウィッシュ」というボランティア団体を通して、円谷プロに連絡。円谷プロは即に対応してくれ、一馬は念願かなって、病室でウルトラマンとウルトラマンティガに会えたそうです。
■大好きな人たちに「お別れ」のあいさつを始めた
突然のウルトラマンの登場に、一馬は「ウルトラマンだ! ティガだ! うわああ!」と大喜び。翌日になっても、「夢にウルトラマンが出てきた」と嬉しそうに話します。両親の中で、「残された時間、一馬の好きなことをさせてあげたい」と思う出来事だったようです。
2019年10月、両親は萬田診療所へ面談に来ました。私は、まだ抗がん剤治療を続けて、一馬の死を受け入れることに迷いが残っていた両親に、「本人に愛と感謝をこれでもかと伝えて、一馬の好きなことを全部叶えてあげましょう」と提案しました。
両親が病院に帰って一馬の意思を聞くと、一馬は「退院する! もう病院には来ない!」と言いました。こうして一馬は自宅に戻りました。自宅に戻った一馬は、妹のユリナとおもちゃで遊んだり、レゴを作ったり、動画を観たり、ユリナが歌を歌うのを笑ったりと、楽しそうにすごしました。
自宅生活の10日目のことです。
一馬は誰に言われるでもなく、大好きな人たちに「お別れ」のあいさつを始めました。まずは、遊びに来ていた従兄弟のホノちゃんを呼びます。「ホノちゃん、大好きだよ!」と一馬が言うと、ホノちゃんはキョトンとします。「だから、大好きだよ!」とかぶせます。周囲の大人がビックリする中、ホノちゃんも一馬に後押しされて「大好きだよ」と答えます。
「次はレイナ!」と従兄弟のレイナちゃんが呼ばれます。「レイナ、大好きだよ! さっきは怒ったけど、好きなの!」と一馬。レイナも答えます。「大好きだよ」。そこへ妹のユリナも割り込んできます。「ユリナのことは大好き?」「大好きだよ。だって一人は寂しいじゃん!」と一馬。大人たちは涙を流します。そして気づきます。そう、これはやはりお別れのあいさつなんだ……。
■たとえ何歳でも、人は自分の死期がわかる
一馬はその日、「もう、ダメだ」と繰り返していました。自分が亡くなることを悟っていたのです。その言い方はまるで大人のようでした。大人以上に大人のようでした。
大人から見ると、4歳児が「死を受け入れる」ことなどできるはずがないと思います。死さえ何かもわからないのに、と。でも、そんなことはないんです。たとえ何歳でも、人は自分の死期がわかる、そして死を受け入れた人間は、誰に教わったわけでもないのに、大切な人たちに、さよなら、ありがとうのあいさつをするのだと教えられました。
2019年10月11日、一馬は天国へ旅立ちました。自宅に戻ってからの11日間、一馬は家族や親戚にたくさん愛され、たくさん笑って、たくさん抱きしめられて、たくさん褒められて、たくさんチューされて、亡くなりました。
■「そうですね。地球の名前でお願いします」
人の死は悲しい。大好きな人と、もう会えなくなってしまうのは誰だってつらいです。たくさんの死を見つめてきた私でも、長くつきあってきた患者さんが亡くなると、泣きそうになります。でも、そこにあるのは絶望の悲しみではありません。最期までかっこよく生き抜いた患者さん、それを全力で支える家族の姿は、いつも私に深い感動を与えてくれます。
生まれてきたとき「おめでとう」と迎えるのなら、亡くなるときも「おめでとう」と送ってあげたい。心からそう思います。その思いは、患者さんが一馬のような「難病」の子どもたちでも変わりません。残された短い人生を、延命治療に費やすのではなく、家族と充実した時間をすごすために使ってほしい。そうしたほうが笑顔で天国に旅立つことができるから……。
私は一馬の父親にこう聞きました。
「死亡診断書は青木一馬でいいですか?」
父親は少し迷ってから、「そうですね。地球の名前でお願いします」と微笑みました。《死亡診断書名 青木一馬カルテ名 ウルトラマンカズマに変更(変身)》
※青木一馬君についてはご家族の了承を得て、実名で記載しています。
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医師
1964年生まれ。群馬大学医学部卒業後、群馬大学附属病院第一外科に勤務。手術、抗がん剤治療、胃ろう造設などを行なう中で、医療のあり方に疑問を持つ。2008年から9年にわたり緩和ケア診療所に勤務し、在宅緩和ケア医として2000人の看取りに関わる。現在は、自ら開設した「緩和ケア 萬田診療所」の院長を務めながら、「最期まで精一杯生きる」と題した講演活動を日本全国で年間50回以上行なっている。著書に『家で死のう! 緩和ケア医による「死に方」の教科書』(三五館シンシャ)などがある。
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(医師 萬田 緑平)
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