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「SASUKE」が五輪種目に急浮上…日本のバラエティ番組のコンテンツ力を過小評価してはいけない

プレジデントオンライン / 2022年7月6日 18時15分

そり立つ壁をモチーフにしたヨーロッパ版のセット - 写真提供=UIPM World Pentathlon/Augustas Didžgalvis

TBSのスポーツバラエティ番組「SASUKE」が、五輪競技である近代五種の候補に選ばれた。テレビ業界ジャーナリストの長谷川朋子さんは「『SASUKE』は世界的な人気のあるコンテンツで、IOCが目を付けるのも納得できる。また、ほかの参加者を蹴落とすのではなく、純粋にコースの完全制覇を目指すというコンセプトは、時代を先取りするものだった」という――。

■五輪競技候補に挙がった「SASUKE」

TBSの「SASUKE」が五輪競技候補として発表されたのは6月27日・28日にトルコの首都・アンカラで行われた近代五種ワールドカップ・ファイナル後のテスト大会直前だった。国際近代五種連合が今年5月に2024年のパリ五輪後から近代五種の1つである「馬術」を外し、新たな競技として「障害物レース」を試験導入する方針を固めたことから、その障害物レースとして「SASUKE」が候補に挙がったのだ。

最初のテスト大会であるトルコの地ではフランスやポーランドなど、ヨーロッパ現地版収録で使われている番組セットが実際に使われ、一気に五輪競技化が現実味を帯びた。

テスト大会で使用されたヨーロッパ版の番組セット
写真提供=UIPM World Pentathlon/Augustas Didžgalvis
テスト大会で使用されたヨーロッパ版の番組セット - 写真提供=UIPM World Pentathlon/Augustas Didžgalvis

今後、アンカラ大会を含めて複数回行われるテストを経て、今年12月に開催されるIOC理事会で正式競技として採択されれば、2028年ロス五輪から「SASUKE」がオリンピック競技となる。

明るい知らせであることは間違いないが、同時になぜ「SASUKE」なのかという素朴な疑問が生まれる。「SASUKE」が五輪競技候補に挙がったのは、大きく分けて3つの理由が考えられる。1つ目の理由としては、160以上の国と地域で放送されている大ヒット番組として、これまで地道に積み上げてきた世界的な人気が挙げられる。

■20カ国以上で現地版が放送されている

そもそも「SASUKE」は、1997年にTBSの看板番組だった「筋肉番付」の特別番組として始まった。以降、緑山スタジオに番組を象徴するファイナルステージなどの巨大セットが組まれ、現在も不定期で放送が続いている長寿番組だ。今年で25年目を迎え、第40回記念大会の開催を予定している。

2005年からは香港での放送が開始され、海外展開が進められていった。2006年にはアメリカで「ニンジャ・ウォリアー」の番組タイトルで放送がスタートし、人気番組になっていく。2011年には日本発の実写番組で史上初めて米4大ネットワークNBCのプライムタイムに昇格し、高視聴率を獲得するNBCの看板番組の1つとして現在も続いている。

アメリカに参加した日本人選手
写真提供=©️NBC
アメリカ現地版に参加した又地諒選手 - 写真提供=©️NBC

さらに、アメリカでの成功によって、各国でも現地版が作られるようになっていく。20カ国以上で実績を作り、イギリスやドイツ、オーストラリアやイスラエルなどでも超ヒット番組として成功している。

■女性選手の完全制覇がきっかけで全世代に愛される番組に

「SASUKE」はスポーツバラエティ番組の先駆け的存在だ。だが、単なるヒット番組に終わらず、海外では社会現象となっていった。子どもから大人まで、男女問わず人気を集め、ブランド価値を生み出している。いわば、ディズニー式の展開で成功したのだ。これが五輪競技候補へと導いた2つ目の理由だ。

女性として初めて完全制覇を達成したケイシー・カタンザロ選手
女性として初めて完全制覇を達成したケイシー・カタンザロ選手(写真提供=©️NBC)

潮目が変わったのは、女性選手の活躍にあるだろう。2014年にアメリカでケイシー・カタンザロ選手が女性として初めて予選を完全制覇した。この出来事はたちまち話題となり、SNSで一気に“バズった”のだ。今でこそSNSを活用したマーケティング手法は当たり前だが、当時はSNSから一気に番組人気へ火が付くことはまだ珍しかった。

「SASUKE」を放送するNBCも盛り上げ、ライバルのABCやCNNなどアメリカの各メディアがこぞって取り上げていったという。

これをきっかけに、好循環サイクルが加速する。女性の参加者そのものも増え、ジェシー・グラフ選手など新たなスターが番組から次々と誕生し、女性ファンも増やす。また子どもからの支持も集まるようにった。日本ではM1層(男20〜34歳)やF1層(女20〜34歳)と比べると、C層(4~12歳)の視聴率は弱いが、アメリカでは全年齢区分で高視聴率を獲得する。家族で安心して視聴できる番組として認識されている。

ついにはキッズ版「ニンジャ・ウォリアー・ジュニア」まで作られている。TBSが現地で聞いた話によると、幼稚園では園児の多くが「将来の夢は“ニンジャ”になりたい」と答えたほどの人気ぶりだ。

■「SASUKE」をモチーフにしたテーマパークが続々とオープン

ディズニー作品がヒットすると、グッズも売れるように、「SASUKE」もグッズにゲーム、出版物へと商品化が広がっていった。世界的企業やハリウッド映画とのタイアップ事例も多い。さらに健康志向の高まりでフィットネス人口が増えていることが後押し、SASUKEブランドのアスレチックジム施設まで建設された。

あらゆる年齢層の誰もが楽しめるコンセプトで「ニンジャ・ウォリアー・アドベンチャー・パーク」として展開し、イギリスやイスラエルなど世界15カ所以上で続々とオープンしている。新型コロナウイルスの流行が収束に向かうなか、番組の世界観を楽しみながら運動できるパークの需要はますます高まっているという。

海外の放送や商品化で得た「SASUKE」の海外売上は、海外ビジネスセンター(海外事業)部門が計上する年間約30億円に含まれる。TBSホールディングス全体売上の約3500億円からみると微々たる数字にすぎないが、「SASUKE」は海外売上全体の重要な柱の1つとして位置づけられている。

「SASUKE」の海外売上についてTBSに取材したところ「20年近くにわたり収益を確保し続ける番組のひとつ」と回答があった。積み重ねたその売上規模は相当なものだろう。

エンターテインメント産業の本場であるアメリカで成功し、世界でも展開され、ブランド化も進む。アニメ作品では決して珍しいことではないが、日本の実写番組としては数えるほどしかない。

■勝者を決めるではなく、挑戦者を応援する番組コンセプト

最後の3つ目の理由は、結果的に時代を先取りした番組コンセプトにある。今は価値観が多様化する時代。他人を蹴落とし、トップになることだけに重きが置かれていない。「SASUKE」はまさにこのコンセプトをもとに、当初から変わらずに脈々と続いている。

実際にコースをクリアする選手だけが注目されるわけではない。25年続く日本でも完全制覇者と言われるファイナルステージをクリアした人数は、約4000人いる挑戦者のうちたった4人だ。つまり、出場する選手一人ひとりが主役として成り立っている。挑戦することそのものに意味を見いだし、選手同士が助け合い、ファンも応援し、人気を博す。世界各国でも人気を集める要素はこれに尽きる。

勝者ひとりを決める勝ち抜きスタイルが一般的な海外では、挑戦者が完全制覇を目指すコンセプトの番組はユニークに映っただろう。ただ、それ以上にスポーツそのものに対して新たなイメージも作り上げたことも注目すべきポイントだ。

■選手を身近に感じられるからこそ人気番組に成長できた

以前、アメリカ版の司会者を務めるアクバル・グバハビアミラ氏が来日した際に、アメリカでの人気ぶりの理由を聞くと「選手に親近感を抱かせることが『SASUKE』の人気の理由の1つにある」という答えが返ってきた。グバハビアミラ氏のこの持論は、自身がナショナル・フットボール・リーグ(NFL)での選手生活を経て、スポーツキャスターに転身したことから実感するものでもあった。

挑戦中のケイシー・カタンザロ選手
挑戦中のケイシー・カタンザロ選手(写真提供=©️NBC)

「スポーツは人を夢中にさせ、素晴らしい成績を残すことで感動を与えるが、プロのスポーツ選手は視聴者の日常の生活とはかけ離れた遠い存在にも映る。スポーツ選手がセレブリティ化しているからだ。それに対して『SASUKE』は老若男女が参加できるスポーツ番組として発展し、視聴者とも近い存在にある。だからこそ、人気があるのだと思う」と、グバハビアミラ氏は説明する。

言うなれば、「SASUKE」は参加者も視聴者も国境を超えて共感性を生むスポーツ文化を創り出しているということだ。スポーツを通じて、多文化、多国籍の参加者と視聴者が共感し合えることは今の時代のニーズにもマッチする。「SASUKE」がスポーツ界最高峰の世界の舞台で展開される可能性が出てきた今、日本のバラエティ番組が生んだ価値に改めて気づかされるのはないか。

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長谷川 朋子(はせがわ・ともこ)
テレビ業界ジャーナリスト
コラムニスト、放送ジャーナル社取締役。1975年生まれ。ドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、国内外の映像コンテンツビジネスの仕組みなどの分野で記事を執筆。東洋経済オンラインやForbesなどで連載をもつ。仏カンヌの番組見本市MIP取材を約10年続け、ATP賞テレビグランプリの総務大臣賞審査員や業界セミナー講師、行政支援プロジェクトのファシリテーターも務める。著書に『NETFLIX 戦略と流儀』(中公新書ラクレ)などがある。

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(テレビ業界ジャーナリスト 長谷川 朋子)

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