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今年の野球はノーヒットノーランが多すぎる…その理由は「情報武装で投手が有利になっている」からだ

プレジデントオンライン / 2022年7月9日 15時15分

完全試合を達成し、ウイニングボールを手に喜ぶロッテの佐々木朗希=2022年4月10日、千葉・ZOZOマリンスタジアム - 写真=時事通信フォト

今シーズン、プロ野球では4人のノーヒットノーラン達成者が生まれている。これは戦後の記録では一番多い。スポーツライターの広尾晃さんは「各球団が『トラックマン』などの弾道測定器を導入した影響だろう。球の回転数や軌道などを詳細に分析できるようになり、投手は次々と新しい投げ方を習得できるようになった」という――。

■プロ野球始まって以来の「異例の事態」

毎年、プロ野球では「異例の記録」がいくつか飛び出すが、今シーズンは「ノーヒットノーランの大量発生」が一番だろう。すでに4例生まれている。

4月10日 佐々木朗希(ロッテ)オリックス戦※完全試合
5月11日 東浜巨(ソフトバンク)西武戦
6月7日 今永昇太(DeNA)日本ハム戦
6月18日 山本由伸(オリックス)西武戦

ノーヒットノーランは、投手が無安打、無失点で勝利した試合。無安打、無失点だけでなく、無四死球、無失策で勝利した試合は「完全試合」となる。両記録共に一般的には単独投手の記録を言うが、複数の投手による達成も「参考記録」となる。

ノーヒットノーランはこれまで86人が97回達成している。今年でプロ野球が始まって86年だから年に1回出る程度の頻度だ。

しかし、今季はすでに4回。それも佐々木の完全試合をはじめ、東浜は2与四球残塁なし、今永と山本は1与四球の準完全試合とすべてハイレベルだ。

さらに佐々木は4月17日の日本ハム戦では8回までパーフェクトを記録。中日の大野雄大は5月6日の阪神戦で9回パーフェクトながら味方の援護がなく延長10回に安打を打たれ、大記録を逃している。

シーズン4回のノーヒットノーランは1940年の5回に次いで、1943年とともに2位タイだが、2つの先例は戦前の話。戦争前後は物資不足で、中古ボールも使っていたためボールが飛ばず、極端な「投高打低」だった。

当時とは比較にならない恵まれた環境の今、なぜ投手が打者を圧倒する大記録が続々と生まれているのか?

■コロナ禍だけでは説明がつかない

一つには、コロナ禍によって、各球団に陽性者が集団で発生し、満足に打線を組めなかったことがある。打者は春季キャンプから体を作り、バットを振り込んでコンディションを上げていく。また通常、チームは打線を固定させて「役割」を各打者が自覚して打席に立つことで得点力を上げていく。

陽性者が続出したことで練習不足に加え、満足に打線が組めなかったことが「打低」につながったという。

確かにそれも一因ではあろうが、それだけでこの現象を説明することはできない。今回の極端な「投高」の背景には、ここ数年に起こった「投のイノベーション」があったことは間違いない。

■投手より打者の方が有利だったワケ

「投手は投げ込んで精度を上げるしかないけど、打者はバッティングマシンで何百球でも打ち込むことができるから、絶対有利だよね」

昭和の時代、投手はよく口にしたものだ。

1970年代以降、長く続いた「打高投低」時代の背景に、速球だけでなく数種の変化球も投げることができるバッティングマシンの導入があったのは間違いない。打者は打法を会得するまで何球でも打ち込むことができたのだ。

これに対し、投手はブルペンで投げ込むことでコントロールをつけ、変化球を磨く。しかし投げ込むことは故障のリスクが高まることでもある。事実、投球過多で肘の靱帯(じんたい)を損傷、断裂したり、肩関節を痛めたりして戦線離脱する投手はたくさんいた。

精度を上げるためには球数を投げるべきだが、投げ過ぎると故障のリスクが高まる。投手にはそのジレンマがついて回ったのだ。

■トラックマンの導入という革命

2005年ごろからMLBでは投球や打球を計測するトラッキングシステムが導入された。

もともと米軍のレーダーによる弾道捕捉技術を応用したもので、ゴルフで使われ始めたが、これが野球にも転用されたのだ。

代表的な製品はトラックマン社製の弾道測定器「トラックマン」。投球、打球の回転数、回転速度、球の軌道、投球角度などをオンタイムで表示する。この新兵器が、特に投手の練習法に大きな進化をもたらした。

トラックマンの実物
筆者撮影
練習施設向けの小型トラックマン - 筆者撮影

実はMLBで進行中の、本塁打を狙って打つ「フライボール革命」も2015年ごろ、トラッキングシステムの打球解析によって生まれたが、三振が増え、打率が下がるなど、投手のイノベーションに比べれば負の部分も大きかった。

トラッキングシステムは球場据え付け型の場合1000万円ほど。簡易的なポータブルタイプでも1基当たり数十万円が必要で、ランニングコストもかかる。小さな投資ではない。

■自分の投球をデザインする時代に

MLBのシンシナティ・レッズでサイ・ヤング賞(その年に最も活躍した投手が選出される賞)を受賞したトレバー・バウアー(現ドジャース)は、2019年オフ、法政大学で行われた「野球科学研究会第7回大会」にゲストで登壇し、自らの投球のトラッキングシステムのデータを示しながら「来年は回転数を何%向上させ、回転軸を何度傾けて、こういう軌道の球を投げたい」と説明した。彼は、こうした機器を駆使して「自分の投球をデザイン」しているのだ。

同じ球速でも回転数が多ければ打者からはホップしている(浮き上がる)ように見え打ちにくくなる。また回転軸の角度によって投球はシュート(投手の利き腕方向に変化)したりスライド(投手の利き腕と逆方向に変化)したり、さまざまな動きをする。さらに投球の軌道によって、打ちにくい球になる。

投球しようとしている若い投手
写真=iStock.com/PeopleImages
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PeopleImages

データを駆使すれば、激しい投げ込みは必要ではない。手先と身体全体が感覚として新しい球種を覚えれば、あとは実戦で試すことで会得できるのだ。ダルビッシュ有や大谷翔平を含め、一線級の投手はこういう形でカットボールやチェンジアップなど新しい球種を手に入れ、進化し続けているのだ。

■データによって大きく変化したこと

遅ればせながらNPBでも2015年ごろから「トラックマン」の導入が進んだ。

トラックマンは球場に設置し、試合での両軍選手の投球、打球をオンタイムで数値化する。当初はデータを見ても評価できる専門家がおらず、十分に活用できなかったが、各球団は次第にこのデータを使いこなすようになった。

導入から1年経った頃から、投手は降板後、トラックマンのオペレーターに自分の投球のデータについて聞きに来るようになった。自分が打ち取った球、打たれた球がどんな回転数、回転軸で、どういう軌道を描いていたかを知りたがるようになったのだ。

球団もデータ専門のアナリストを雇用するようになる。

ある球団のブルペンコーチは話す。

「昔はフォームや配球などを投手に手取り足取り指導したが、今はアナリストと一緒に考えるようになった。コーチの主な仕事は投手の動作から故障のリスクを見つけたり、メンタル面の不安を取り除いたりすることになった」

そういう形で、ゆっくりではあるがNPBの投手たちも「情報武装」するようになったのだ。

今年、ノーヒットノーランを達成した4人の投手はいずれもチームのエース級だ。彼らはトラックマンをはじめとするデータを駆使して自らの投球をチェックし、打者ごとの攻略法も組み立てている。そうした情報武装にコンディションがシンクロすれば、ノーヒットノーランのようなスーパーピッチが可能になるのだ。

■今後もノーヒットノーランが連発する

相変わらずバットを振ることが主体で、投手ごとの対策は配球を読むくらいしかない打者との格差は開く一方だと言えよう。

ソフトバンクのエース、千賀滉大は最近「このままいけば3割打者が存在しなくなる」と語っている。(西日本スポーツ5月3日オンライン記事)。

投手が勉強し、情報を入れ、トレーニングに生かす環境が整っている一方で、打者は打つ、走る、守るといった感じでこなす必要のある練習量が単純に多いので、急速に進化を遂げる投手に対応するのは容易ではないというのだ。

エースは、現在のNPBの投打のパワーバランスの変化を、日々、身をもって実感しているのだ。

7月3日にもソフトバンクの石川柊太が西武戦で1安打完封を記録した。打者はもちろん「せめて1安打」と抵抗するだろうが、ノーヒットノーランがさらに出る可能性は高い。投高打低の傾向は続くだろう。

■投げ込み、走り込みは昭和の遺物に

日本のトラッキングシステム導入は「トラックマン」が先鞭(せんべん)をつけたが、ソニーのグループ会社ホークアイ・イノベーションズ社が提供する「ホークアイ」が売り込みをかけている。現在、ヤクルトと広島が導入している。

トラックマンがレーダーによるデータが基本なのに対し、ホークアイは画像がベース。データで数値化するだけでなく、画像によって選手の動きやポジショニングも捕捉できるのが売りで、選手の動作解析(バイオメカニクス)にも役立てられることから、打撃や守備面での活用も期待される。

さらに練習用に使われる簡易型の弾道計測器「ラプソード」(ラプソード社)もほぼ各球団で導入されている。

その一方で、いまだに「投手は走り込み、投げ込んでこそエースになれる」と言う解説者がいる。勉強不足も甚だしいが、現実のNPBは、昭和の野球人の想像をはるかに超えたレベルに至りつつあるのだ。

■データを使いこなせる球団とそうでない球団に生まれる差

MLBには相当後れを取ったが、このようにNPBでも「情報化」は進展している。

結果として、佐々木朗希のロッテ、山本由伸のオリックス、千賀滉大のソフトバンクなどは、データを十分に活用し、ノーヒットノーランという結果を得た。

一方で、ただトラッキングシステムを導入し、アナリストを雇用しても、それを十分に活用できていないNPBの球団もある。

筆者はあるチームのアナリストが「球団のパソコンの修理やアプリのインストールが主な仕事になってしまっている」と嘆くのを聞いた。球団によって情報格差があるのも事実だ。

情報化は、目先の勝利と言うより、選手価値の長期的な維持、向上に資する部分が大きい。

今年のノーヒットノーランの頻出は日本プロ野球進化のメルクマールの一つとみるべきではないだろうか。

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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。

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(スポーツライター 広尾 晃)

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