1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

「無謀な命令を繰り返し、部下を無駄死にさせる"乃木希典"のような上司」をスマートにかわす最良の対処法

プレジデントオンライン / 2022年7月9日 7時15分

佐藤優氏(写真提供=中央公論新社)

会社員にとって、どんな上司のもとに配属されるかは最重要事項だ。もしも、無謀な計画を精神論で推し進め、ハッスルしているような上司にあたってしまったら、どうすればいいのか。池上彰さんと佐藤優さんが最良の対象法を伝授する――。

※本稿は、池上彰・佐藤優『組織で生き延びる45の秘策』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

■正面突破に固執して多数の犠牲者を出す…中でも「白襷隊」は悲惨

【佐藤】最初の質問は、「業績悪化で会社が傾き、上司が精神論で乗り切ろうとします。どうやっても合理的ではないのですが、どうやって対処すればいいですか」。

【池上】なるほど。日本全国の組織にありそうなことです。

【佐藤】はたから見れば合理性のかけらもないことが、どうしてもやめられない。それはなぜなのか? そういうことを解明するうえで、乃木希典(のぎまれすけ)の行動様式を勉強することには、大きな意味があるのではないでしょうか。

【池上】乃木希典は日露戦争で第三軍司令官として難攻不落の旅順(りょじゅん)要塞を陥落させ、戦前においては、日本海海戦でバルチック艦隊に壊滅的な打撃を与えた海軍大将の東郷平八郎と並び称された人物ですね。

【佐藤】日露戦争を振り返ってみましょう。ロシア軍が陣を置く旅順要塞の攻防戦で、あくまで「正面突破」に固執した乃木だったのですが、三度白兵戦に臨んだ部隊が、ことごとく全滅に近いことになってしまいます。

【池上】日本の初期の頃のコロナ対策でもさんざん批判された、戦力の逐次投入による失敗です。

【佐藤】しかし、それにも懲りずに、「最後の手段」とばかりに組織したのが「白襷隊(しろだすきたい)」でした。

【池上】史料によれば、3100名余りからなる「要塞切り込み隊」で、夜間にロシア軍の砲台を奇襲するという作戦でした。なぜ「白襷」かというと、暗闇で見方を識別するために、兵士たちが白い襷をかけていたからなんですね。ところが、これが見事に逆効果で、ロシア軍の探照灯に照らされて、敵にも目立ってしまった。結果、集中砲火を浴びて、あえなく退散する羽目になりました。事ここに至り、乃木は要塞正面からの攻撃をようやく諦め、その西に位置する二〇三高地の攻略に方針転換するのです。

乃木は、白襷隊の出撃に際して、将兵たちに「諸子ガ一死君国ニ殉ズベキハ実ニ今日ニ在焉」と自ら言葉をかけ、激励したそう。そう言われても、事実上無駄死にした兵士たちは、たまったものではありません。

■とんでもない命の無駄遣いも、ある意味「合理的」だった

【佐藤】では、乃木はどうして相手に返り討ちに遭うのが明白な、無謀な攻撃を繰り返すような指揮を執ったのか? 実は彼には、効率的に敵を攻撃できる「弾」がありませんでした。だからといって、旅順攻略の命を受けた以上、指をくわえて見ているわけにはいかない。そうした状況に置かれたリーダーには、「肉弾で突っ込む」という結論しかなかったのです。

乃木希典(のぎまれすけ)(1849-1912)。1904年、日露戦争で大将に昇格し、軍司令官として旅順を攻略する。明治天皇崩御後、大葬の日に東京の自宅で夫人静子とともに殉死した。
写真=De Agostini/時事通信フォト
乃木希典(のぎまれすけ)(1849-1912)。1904年、日露戦争で大将に昇格し、軍司令官として旅順を攻略する。明治天皇崩御後、大葬の日に東京の自宅で夫人静子とともに殉死した。 - 写真=De Agostini/時事通信フォト

【池上】相手が堅牢な要塞に籠っているわけですから、こちらから動かなければ、それはそれで味方の消耗が大きくなってしまう。

【佐藤】今ある資源、残された時間という制約の中で、何としても敵の要塞を落とさなくてはならない。そう考えると、白襷隊という戦法は、決して突拍子もないものではありません。人間は、情報や手立てが限られた中でも、「合理的に」行動しようとします。そういう「限定合理性」が支配する下では、乃木の判断は選択肢として正しかったとさえ言えるでしょう。

【池上】大局的に見れば、とんでもない命の無駄遣いなんだけれども、それとは異なる合理性がルールの現場では、愚かと切って捨てられて終わり、という行動ではなかった。重要な視点だと思います。

【佐藤】しかも、これは、いったん始めると止めるのが難しい。撤退すれば、今までの屍がそれこそ全部無駄になってしまいますから。

【池上】投資したけれど回収できないサンクコスト(埋没費用)になってしまう。

【佐藤】幸か不幸か、とあえて言いますが、日露戦争では白兵攻撃を続けた結果、最終的に日本は大国ロシアに勝利するわけです。だから、結局サンクコストは発生しませんでした。

■マンパワーで摑んだ日露戦争の勝利が、成功体験となって太平洋戦争に

【池上】「幸か不幸か」とおっしゃいましたが、日露戦争に劇的勝利を収めたことが日本を「誤解」させたのは事実です。

【佐藤】太平洋戦争のマレー戦では、爆破された橋などを修復するのが任務の工兵隊が、自分たちが川に入って肩に丸太を担いで「橋」になるようなことまでやりました。イギリス人やアメリカ人が考えもしないようなマンパワーを発揮して、シンガポールを陥落させたわけです。

その後、飛行場の奪還を目指したガダルカナル島の戦いで手痛い敗戦を喫し、戦況が変わっていくのですが、あれも限定合理性の視座を置くと、日本軍の行動は「理解」できるのです。大本営もメンツがあるから、退けなどとは口が裂けても言えない。現場も進撃あるのみだ、という雰囲気になっている。さりとて、一斉攻撃を仕掛けたら、即座に全滅の可能性がある。そこで、「逐次戦力投入」で、戦力を小出しにしながら状況の打開を図ったんですね。

【池上】大量の餓死者まで出すような消耗戦を繰り広げたのですが、結局は圧倒的な戦力を誇るアメリカの前に、なす術(すべ)もなかった。

【佐藤】でも、そういう犠牲を重ねたからこそ、「転進」の大義名分が生まれたのも事実なのです。

【池上】最初からそこまでシナリオを描いたのではないでしょうけど、当時の軍部にとっては、十分「合理的な」行動だったことになります。裏を返すと、限定合理性に則って判断し行動することが、時にどんなに恐ろしい結果をもたらすか、ということを如実に示しています。

■「気合いで頑張れ」現代の日本企業でも白兵戦は強いられる

【池上】佐藤さんは、乃木希典からくみ取るべき教訓は、リーダーシップ論、組織論だとおっしゃいました。つまり、今を生きる我々は、旅順要塞と対峙した乃木大将を克服してはいない。乃木希典や、彼に限定合理性のルールを強いた組織、社会を笑うことはできない現実があるんだ、ということですね。

【佐藤】そうです。日露戦争から100年経ちますが、「ここが勝負」となると、決まって白襷隊になってしまう。今乃木希典を論じることが大事だと思うのは、企業にしろ学校にしろ、日本のあらゆるところで「二〇三高地化」がますます進行しているのではないか、という危機を実感するからにほかなりません。

池上彰氏
池上彰氏(写真提供=中央公論新社)

【池上】現代の白襷隊の典型と言えるのが、新型コロナに立ち向かった医療従事者ではないでしょうか。新規の感染症への対策を本気で取り組める医療現場の体制づくりを考えないまま、それこそ「弾」が不足しているのに、「頑張れ、頑張れ」の一点張り。あげくコロナで他の患者が減って経営的に苦しいからと、看護師のボーナスが出せなくなった病院が出てしまう。冗談じゃないと辞めようとすれば、医療や看護に携わる人間が非常時に敵前逃亡するのか、みたいに叩かれる。当時はワクチン接種も始まっていませんでしたからね。現場の人たちは、文字通りの白兵戦を強いられたわけです。

【佐藤】戦力というのは、「客観的な資源や武器×士気」である。前者が足りなければ、後者で補え。そこに「大和魂」という変数を置けば、戦力は無限大にできるではないか――。冗談抜きで、その伝統が社会に連綿と生き続けているのです。さらに困ったことに、無理に無理を重ねて何とか乗り切ると、それが成功体験になって受け継がれていくんですね。

【池上】日本を代表する企業でありながら、限定合理性に従って粛々と事を進めたために「転進」を余儀なくされたのが、東芝です。とにかく上から営業成績を上げろ、数字を何とかしろと言われて、実際に「何とかして」しまった。決算の改竄までやって上の負託には応えたのだけど、結局稼ぎ頭の半導体事業を売却したり、会社自体が二分割されそうになったり、という憂き目を見ることになってしまいました。

■絶対に負ける戦に巻き込まれたら…「お腹が痛い」と言って逃げろ

【池上】佐藤さんご指摘のように、「現代の二〇三高地」は他人事ではないと思います。組織に属していれば、大なり小なりそうした状況に巻き込まれる可能性がある。そういう時にどう行動すべきなのかについて、最後に論じておきましょう。

【佐藤】言わずもがなのことですが、危うい現場には極力近づかないことです。「この案件を上手に処理してくれたら、昇進を考えるよ」というような誘いがあった時に、意気に感じて乗るか、一歩引いて「自分にこのような依頼をするというのは、会社は相当まずい状態にあるのではないのか」と俯瞰して考えられるか。

【池上】実際、さきほどの東芝の例では、実行した社員の前には、取締役のポストという餌がぶら下がっていたわけです。

【佐藤】サラリーマンなどの場合には、否も応もなく泥船の乗組員にされてしまうこともあります。そういう時は、とにかく冷静になって考えましょう。

例えば、会社の業績が悪化した結果、やたら上司が精神論を説き出したら、もう手持ちのリソースが枯渇したんだなと悟る。そうである以上、運が悪かったと観念して、当面は上司の信じる限定合理性に従って行動するしかありません。

【池上】会社を辞めない限り。

【佐藤】ただし、絶対に負ける戦を一生懸命やらない。ガダルカナルに行っても、お腹が痛いとか何とか言って突撃隊には加わらず、時を待つのです。そうすれば、駆逐艦に乗って帰れる可能性がありますから。

池上彰・佐藤優『組織で生き延びる45の秘策』(中央公論新社)
池上彰・佐藤優『組織で生き延びる45の秘策』(中央公論新社)

【池上】へたに突撃隊に加わると、戦犯として後で責任を追及される可能性もありますからね。

「冷静に」と言われましたが、とにかく自分が今巻き込まれているのは限定合理性の渦(うず)で、客観的に見たら決して合理的な行動ではないんだ、ということをしっかり自覚するのが重要です。そのうえで、被害を最小限に止めることを考えるべきでしょう。

【佐藤】そう。「天命を信じ、全軍突撃(玉砕)せよ」という号令に粛々と従うのは避ける。命じられるまま仕事をやっているふりをしながら、逃げ出す機会をうかがうのが、最も賢い戦術と言えます。

----------

池上 彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京工業大学特命教授など。計9大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』『これが日本の正体! 池上彰への42の質問』など著書多数。

----------

----------

佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。

----------

(ジャーナリスト 池上 彰、作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください