NHK党「質の悪い子供を増やすな」発言で物議…"選挙は金儲け"と公言する集団に一票投じる人の心理
プレジデントオンライン / 2022年7月8日 13時15分
■NHK党首「質の悪い子供を増やしてはダメです」
選挙を間近に控えた今月3日――NHKの『日曜討論』で、なにか騒ぎがあったようだ。波紋の中心となっていたのは「NHKから国民を守る党」改め「NHK党」の党首である立花孝志氏が、「子育てにまつわる社会保障」のテーマで語った持論である。
立花氏は、子育て支援や教育予算の実現に関する具体策について司会者から問われると、「まず子供を増やせばいいというものじゃなくて、子供の質の問題です。いわゆる賢い親の子供をしっかりと産んでいく。サラブレッドでもそうです、速い馬の子供は速い。プロ野球選手の子供も普通プロ野球は上手いわけです」と持論を展開した。(中略)
その上で、立花氏は「社会保障というのは、結局は質の悪い子供を増やしてはダメです。将来納税してくれる優秀な子供をたくさん増やしていくことが国力の低下を防ぎ、最終的に弱者を守れるというふうに考えています」と畳み掛けた。納税するか否かで優劣を判断する趣旨の立花氏の発言に、「優生思想だ」などの声が相次いでいる。
〔ハフポスト日本版「『質の悪い子供を増やしてはダメ』NHK党の立花孝志党首が日曜討論で発言」(2022年7月3日)より引用〕
「質の悪い子供を増やしてはダメ」「優秀な子供を増やしていくことが国力の低下を防ぐ」――といった主旨の発言が、まるでナチスを彷彿とさせる優生思想的な発想であるとして、大きな批判を呼んでいた。
しかしながら、世間にしばしば出現する「優生思想」的な言説に対して断固として否定的態度を示す人びとも、実際には優生思想と無縁ではない。
たとえば現代人は、ルッキズムや学歴主義に対して批判しながら、個人としてはマッチングアプリを活用し、イケメンだのハイスぺだのと「高品質」な人間を、自分の性的パートナーにするべく選り好みしている。
「底辺職ランキング」に激しい非難の声をあげる一方、自分の子供はなるべく高偏差値の難関校に通わせ、激務で薄給な「底辺の仕事」につかせないようにする。
人間関係では、能力の高い人を歓迎し、無能な人間を排除する。コミュニケーション能力の高さで人間の価値を決める。卓越した実績を残すスポーツ選手に子供がいないと「優秀な遺伝子がもったいない」という。有名大学を卒業した高知能の男性や、金髪青眼の白人男性の精子を保存する精子バンクには、世界中の女性からの注文が殺到する。
■支持率がついに伝統ある社民党を超えたNHK党
それらはみな「優生思想」という名前を直截的には冠していないだけで、論理構造自体は「マイルドな優生思想」にほかならない。
人間の能力や形質にきわめて大きな遺伝的要因がかかわっていることが明らかになっている現代社会で、私たちが他者に対して行う「個人的な選択」は、どうあがいても「社会的な淘汰」の成分を捨象できない。
強いて違いを挙げるとするならば「無能は殺処分しろ」という考えのもとで実際にジェノサイドにおよんだナチスのような「積極的優生思想」と、いわゆるハイスぺやエリートを好むことで結果論的に“無能者”を淘汰する現代の「消極的優生思想」の違いがあるだけだ。
私たちはナチスドイツや中国共産党政府が行っているような「積極的優生思想」に対しては激しく非難の声をあげるが、幸福追求権やパートナーシップ選択の自由といったリベラリズムの美徳でコーティングされた「消極的優生思想」についてはひじょうに寛大にふるまう。これを非難するどころか、むしろ賞賛し肯定すらしている。
立花氏の「質の悪い子供を増やしてはダメ」という言説は、公共電波を使って口にするべきかどうかという問題はあるものの、自分たちがふだん口に出さないだけで、実質的にやっていることにほかならない。
これをいちいち道徳的に非難して見せることになにか意味があるようには思えない。それどころか「立花氏の言動は、自分たちの考え方とは根本的に相容れない、度し難い暴言である」と、道徳的に非難して突き放すことで、人びとから自身の平時のふるまいに含まれている優生思想的な側面を省みる機会を失わせているようにさえ見える。
いくらSNS上で立花氏の評判が悪化しようが、NHK党は最新の調査でまた支持を拡大している。支持率はNHK党が0.5%なのに対し、社民党は0.3%だった(ちなみに自民党35.6%、立憲民主党5.8%、公明党4.8%、日本維新の会5.4%、国民民主党1.4%、共産党4.0%、れいわ新選組0.5%)、ついに社民党よりも支持率が高くなり、ひょっとすると議席をひとつくらい得てしまうのではないか、という水準にまで来ている。
いまの私の関心は、立花氏の「優生思想的発言の是非」云々ではなく、「NHK党」という勢力が持つエネルギーの根源がなんであるかに向けられている。
■これまで棄権していた人たちを、投票所に向かわせた
SNSではすっかり「ならず者の党」ということで評価は定着しているが、NHK党はもはやそのような扱いで片づけられるほどのネタ政党では済まなくなっている。
今回、全国に13ある複数人区のうち、東京を除く12で改選数と同数の公認候補を立てた。改選4の大阪選挙区には4人、といった具合。従来の政党の選挙の戦い方とはかけ離れているが、N党の選挙戦略に基づけば、非合理とは言い切れない。立花氏の狙いは大きくいってふたつある。
ひとつは「金もうけ」。そう堂々と言ってのける。「僕は元パチプロなので負けるギャンブルはしない。選挙はお金もうけができます」。候補者の選挙ポスターには「私の当選は無理です。しかし、あなたの1票で約250円、選挙区と比例区の2票で約500円の政党助成金がNHK党に交付されます」などと記される。同党の浜田聡・参院議員(45)は、「あなたの1票は死に票ではない」というメッセージだと説明する。
年間総額315億円にのぼる政党交付金の半額は、当落と関係なく、選挙で党が得た票数に応じて配分される。地縁血縁の薄い都市部の複数人区にたくさん候補を出せば、「浮動票」が積み上がって交付額が増えるうえ、比例票の積み増しも期待できる。広告効果も計り知れない――。勝算や収支を表計算ソフトですべてはじきだし、自民党と同じ最多82人の候補者を擁立した。
〔朝日新聞デジタル「選挙は『金もうけ』 自民と同数候補を擁立、NHK党・立花氏の真意」(2022年7月1日)より引用〕
NHK党が選挙に勝つ気があるのかと問われれば「ない」というほかない。
しかし断っておくが、あくまでそれは「勝つ」という言葉を「選挙で当選して議席を得る」と定義すればの話である。そうではなくて、「日本が定める選挙制度を“ハック”してカネを稼ぎ、なおかつ大衆社会に実効的な存在感と影響力を獲得する」ということを「勝つ」と定義するならば、NHK党はまさしく大勝利を収めている。
NHK党からすれば選挙で得られる議席など、自分たちの「勝利」に付属してくるかもしれない「もらえたらラッキーなオマケ」程度のものでしかないだろう。かれらは「議席を取る」ためではなく、これまでどの政党からも掬(すく)いあげられなかった不満を燻(くす)ぶらせたまま声を出せずにいた「取り残された者たち」のために活動している。
世に不満を持ちながら、その不満が既存の政党や政治家からまったくといってよいほど相手にされないがゆえに、この政治ひいては社会全体に対する「基本的信頼感」を喪失してしまった者たちを呼び戻すことにNHK党は成功している。
日本の選挙制度を「ハック」して見せること、そしてその「ハック」で得た利益を、この社会に得も言われぬ不満を持つ人のために還元する(という演出)を行うことによって求心力をさらに拡大する――これこそ、ポピュリズムの令和最新アップデート版だ。
政見放送で度肝を抜く暴言放言を連発したかと思えば、議会制度を「金儲けの手段」と平然と言い放つなど、あらゆる意味で政治制度を挑発的に利用する。既存のルールや社会的合意を嘲笑(あざわら)うかのようなスタンスは、以前なら「もう自分は政治になんかなにも期待していないから」と棄権していた人びとに投票所へと向かう動機を与える。
立花氏が率いるNHK党は、「取り残された者たち」にとって、自身に与えられた一票が議会民主制に対する信任投票ではなくて、むしろ逆に「混ぜっ返し」あるいは「意趣返し」に使えるという筋道を与えてくれたのだ。
■「前提」を共有しない者
自民党や立憲民主党や共産党や社民党や維新の会などは、言うまでもなくそれぞれ政治的スタンスも打ちだす政策も異なる。しかしながら「日本の社会秩序や政治制度自体はすばらしいものである」という基本的な前提では各党とも一致している。かれらはときに激しく対立するが、基本的な前提を全員が共有しているなかで、「よりすばらしい線引きや枠組みをどうするか」を巡って議論を戦わせているにすぎない。
だが、NHK党は違う。かれらは、そんな前提をまったく共有していない。いや、共有していないどころか「なにを必死になってんだお前ら」と嘲笑ってすらいる。
NHK党は、自民党や立憲民主党などが共有している前提に「同意できない人」のために活動している。政党や政治家が議論を行う前にすでに同意されている基本前提がそもそも受け入れられないと考えている人びとに「私たちは、かれらのくだらない茶番になど付き合わない。私たちは私たちで、かれらの茶番劇のために用意されたシステムをせいぜい利用させてもらいましょう!」と呼びかけている。
NHK党の政見放送を見てみると、「NHK受信料を支払わなくてもいい」というお馴染みのメッセージだけではなく、統一教会とCIAのつながりを主張する陰謀説や、有名な俳優の性的スキャンダル、ついには他の政党の党首と同姓同名の人物が悪びれもせず登場するなど、まさに「野放図」とでもいうべき光景が、さまざまな候補者によって展開されている。
これを見てほとんどの人は呆れてものが言えなくなるはずだ。むろん私もそうだ。だが、かれらはたんに公共の電波を利用して笑いを取りたいとか、ふざけて目立ちたいとか、YouTuberとして再生数を稼ぎたいとか、そういう動機でやっているのではない。この社会の「既存のシステム」の穴を衝き、これに一泡吹かせるという明確な目的意識をもって実行している。世間一般の人からすれば、社会や政治を舐め切っているとしか思えない言動は、しかしこの社会への信頼を失った人びとへにとっては、ある種の暗号のようなものとして届けられている。
選挙は金もうけ、政見放送はYouTubeチャンネルの宣伝――民主社会がつくってきた「政治システム」を徹底的にハックして小ばかにして見せるNHK党は、「この平和で安全で安心で快適で便利で秩序ある社会はすばらしいものだから、さらにすばらしくするための議論をしよう」という、どの党の政治家でもそれについては異口同音に賛意を示す基本的前提から取り残された人びとがすでにこの社会には大勢いるからこそ、ここまでの存在感を持つようになったのである。
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文筆家・ラジオパーソナリティー
会社員として働くかたわら、「テラケイ」「白饅頭」名義でインターネットを中心に、家族・労働・人間関係などをはじめとする広範な社会問題についての言論活動を行う。「SYNODOS(シノドス)」などに寄稿。「note」での連載をまとめた初の著作『矛盾社会序説』(イースト・プレス)を2018年11月に刊行。近著に『ただしさに殺されないために』(大和書房)。Twitter:@terrakei07。「白饅頭note」はこちら。
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(文筆家・ラジオパーソナリティー 御田寺 圭)
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