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フタを開ければ「週末は満室」の大成功…星野リゾートが「大阪のヤバいエリア」の出店を決断できたワケ

プレジデントオンライン / 2022年7月15日 18時15分

筆者撮影

星野リゾートは、今年4月、「OMO7(おもせぶん) 大阪 by 星野リゾート」を開業した。なぜ定評のある梅田や難波ではなく、日本最大のドヤ街のあるエリアにホテルを建てたのか。国内外のホテルを取材しているノンフィクション作家の山口由美さんがリポートする――。

■ドヤ街と通天閣に挟まれた星野リゾートの新ホテル

JR新今宮駅のホームに降り立つと、視界に飛び込んでくるのが広々とした緑の丘陵地と白亜のホテルだ。2022年4月に開業した「OMO7 大阪 by 星野リゾート」(大阪府大阪市浪速区)である。

OMO7大阪の後ろ(北側)には大阪の象徴、通天閣がそびえ、「新世界」という繁華街が続く。巨大な看板にビリケンさん、雑多でにぎやかで、大阪らしさの凝集したディープなエリアでもある。

線路を挟んで反対(南)側には、日雇い労働者が集まる日本最大のドヤ街が広がっている。「西成のあいりん地区」や「釜ヶ崎」などと呼ばれ、1960年代以降、何度となく暴動がおきた。「西成暴動」である。それゆえ、ホテルがある一帯は、親子連れや女性はあまり近寄らない場所だった。

星野リゾートの星野佳路代表は「長野の会社だから、よくわからなくて進出したんだろうと思ったかもしれませんね」と笑う。

軽井沢を本拠地にラグジュアリーホテルを展開してきた星野リゾート。大阪における初出店が、このOMO7大阪なのだ。

OMOは星野リゾートが展開する都市ホテルブランド。数字は提供するサービスの幅を表している。「7」はフルサービスホテルを意味し、一つの都市に1軒のみ。つまり星野リゾートの都市ホテルは今後、梅田や難波には開業しないことを意味している。宿泊代はシーズンや空き状況によって変化するが、1宿1室で6万1000円~となっている。

■西成とニューヨークSOHOの共通点

星野代表は、開発を決断した理由のひとつが若い頃に過ごしたアメリカのニューヨークやシカゴからの発想だったと語る。

治安の良くない場所は家賃が安い。そこに若者やアーティストが集まり、イノベーティブなショップやレストランが開業し、街が活性化していく。

例えばニューヨークにはSOHOを筆頭に、そうして発展したところが多くある。サンフランシスコやオーストラリアのシドニーでも、治安の悪かった倉庫街がおしゃれなエリアに変貌した例がある。

実際、コロナ禍以前のインバウンドブームの頃、西成は外国人旅行者からすでに注目されていた。ドヤ街の簡易宿泊所は1泊1000~2000円程度の手頃な安宿として重宝されていた。彼らの需要を見込んで、こぎれいなゲストハウスやビジネスホテルに建て替えるところもあった。変化の兆しがあったところに星野リゾートが開業したのだ。

新世界には串カツをはじめとして、安くておいしい飲食店も多く、外国人が目をつけた理由は容易に理解できる。

■外様だからこそ発見できた魅力

私がOMO7大阪の立地から思い出したのは、南アフリカのヨハネスブルグ郊外にある旧黒人居住区、ソウェトに滞在した時の興奮と感動だった。

西成暴動ならぬソウェト蜂起で知られる反アパルトヘイトの聖地は、日本のガイドブックには「治安が悪い」と強調されているだけで、若き日のネルソン・マンデラの自邸やワールドカップが開催された競技場があることなど、重要な情報は一切記載されていなかった。

だが、実際のソウェトは、たった1軒ながら立派なホテルが建ち、ガイドツアーもたくさんある。旅行者に人気の場所だった。

負の歴史を背負った土地ながら、同時に底抜けの明るさとパワーに満ちていて、南アフリカの真実を理解できた気がした。

ソウェトのシンボルである旧発電所は、塔の上からバンジージャンプが楽しめる。
筆者撮影
ソウェトのシンボルである旧発電所は、塔の上からバンジージャンプが楽しめる。 - 筆者撮影

その経験から感じたのは、日本人は危険の香りがするものに対して過剰に拒否反応を示すということだ。だからガイドブックにはネガティブなことしか書いていない。OMO7大阪に対する反応もその延長線上にある。

そう考えると、外国人旅行者が西成を「発見」したことは納得がいくし、星野リゾートの挑戦もグローバルスタンダードからすれば、十分勝算があると私は確信する。

■利便性が抜群にいいのに土地が安い

そもそも現在の西成は、労働者の高齢化もあり、10年以上暴動はおきていない。統計的に犯罪件数がとびぬけて高いこともない(大阪市の刑法犯認知件数トップは中央区の4261件、浪速区は1769件 令和2年度大阪府警調べ)。ソウェトや星野代表の原風景にある80年代のニューヨークやシカゴに比べるまでもなく、本当に治安が悪いわけではない。ただ、昼間から路上で飲んでいるおっちゃんがいたり、なんとなくヤバそうな雰囲気があるだけなのだ。

それでいながら、世界のヤバいエリアに共通する長所を持つ。つまり土地が安い。これが星野リゾートが進出を決断したもうひとつの理由である。

新今宮駅は4路線(JR大阪環状線、JR関西本線、南海本線、南海高野線)が乗り入れ、大阪メトロ御堂筋線「動物園前駅」が隣接するターミナル駅であり、利便性は東京であれば新宿駅や渋谷駅に匹敵する。関西国際空港へのアクセスは抜群にいいし、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンにも行きやすい。それなのに土地が安い。

約1万4000平方メートルのホテルの敷地には、中山太陽堂(現クラブコスメチックス)の「クラブ洗粉」などを製造する工場があった。1976(昭和51)年に撤退した後、土地は大阪市の所有になった。市は、ここを地域活性の場として活用する企業を長年募集してきた。

そこに手を挙げたのが星野リゾートだった。土地の取得金額は18億1111万1111円と、大阪の繁華街と比べて、かなりの格安だった。

■星野リゾートが大阪市民に仕掛けた“ある作戦”

広い敷地を安く手に入れた結果、星野リゾートは土地利用にゆとりをもたせることができた。

都市のど真ん中でありながら、リゾートのような土地の使い方。それが「みやぐりん」(新今宮のみやとグリーンの造語)と呼ぶガーデンエリアである。新今宮駅のホームからよく見えるこのスペースが、夜になると光景が一変する。

あちこちにカラフルなネオンアートが輝き、浴衣姿にビール片手でそぞろ歩く人の姿が見える。OMOで初めて導入した浴衣と敷地内にある湯屋(温浴棟)が温泉リゾートのようなリラックス感を演出する。

22時近くにはホテルの外装壁面を利用したユニークな花火「PIKA PIKA ファイアワークス」が始まり、夢の夜はフィナーレになる。

大阪市民は、楽園のようなリゾートの世界を通勤電車の窓から見ることになる。

華やかな仕掛けのめくるめく風景が、多くの人たちにとって「降りてはいけない」と長年すり込まれてきた新今宮である事実は、衝撃的なインパクトがある。

ホテルの外壁膜を利用したユニークな花火「PIKA PIKA ファイアワークス」
画像提供=OMO7大阪

これこそが地域の活性化を望んでいた大阪市の要請に応えた星野リゾートの戦略だ。敷地それ自体を新今宮エリアの広告塔にしたのである。

まずは驚かせ、そして新今宮駅で降車させる。駅からどのように見えるか、周到に計算したと星野代表は言う。

この作戦は成功したと言っていいだろう。開業後、地元からの注目度は絶大だった。在阪TV局全局が取材に訪れ、開業後の数カ月は宿泊客の約7割を地元大阪のゲストが占めた。西成という挑戦的な立地と電車の窓から見える風景への憧憬。「いっぺんみてこよか」となったに違いない。

ちなみに、開業から3カ月ほどたった現在でも、週末は満室になることがほとんどで、地元客の利用が多いという。

■星野リゾートらしいエッジの効いた作戦

星野リゾートはラグジュアリーリゾートのイメージが強いが、本質的な強みは従来の日本のホテルや旅館の常識を破ってきたことにあると私は考える。

先に話した電車から見えるOMO7大阪の景観は、本来の星野リゾートらしい、エッジの効いた作戦で攻めてきたな、という印象を持った。

トマムと並ぶ大規模施設の再生案件だった「星野リゾート 青森屋」のキラーコンテンツ、「みちのく祭りや」(祭りで使用したねぶたを受け入れ、通年で県内の4つの祭りを再現。スタッフ自らが踊り、笛や太鼓を奏でるショー施設)を初めて見た時の驚きを彷彿とさせた。

大企業としての星野リゾートではなく、地方の中小企業が事業継承し大胆な企業再生で注目されていた頃の勢いとやんちゃさがOMO7大阪ではじけている。

■「トマムに挑戦した時よりはリスクは少ない」

もちろんリスクがないわけではない。

インバウンドには間違いなく面白がられると思うが、大阪以外の日本人にどこまで評価されるか。また物珍しさで来館した大阪の人たちが今後もリピートするのか。そして何より、客室数436室。単体ホテルでは星野リゾートで最大というスケールである。

星野代表は「もちろんリスクはあるが」と前置きしながら「トマムに挑戦した時よりはリスクは少ない」ときっぱり言った。

トマムは再生が成功するまでに10年余りの年月がかかっている。

1000ヘクタールという超巨大施設の再生ゆえ、当初は客室数にレストランの席数が見合わず、従業員は客によく怒られたという。敷地が広すぎて社員同士の連携がとりにくかったり、冬以外の閑散期対策など課題は山積していた。全社員が参加する会議から生まれた「雲海テラス」というキラーコンテンツが生まれるまでは、長い試行錯誤があったのだ。

星野代表の発言は、そんなバブルの遺産ともいうべき北海道のスキーリゾートであるトマムの再生より、OMO7大阪は目指すゴールが近いという意味だろう。

2025年の大阪万博に向けて、ホテルがある西成周辺を大阪観光の目玉にするコンテンツも、トマムの雲海より、周辺にいくらでもあることが明確にわかっている。

それはOMOブランドの名物ともいえる、ホテルスタッフが案内する「ご近所アクティビティ」が教えてくれる。

筆者撮影
「ほないこか、ツアーに出発!」 - 筆者撮影

一見では入りづらい串カツ屋を巡るものや、近所にある大阪木津卸売市場、大阪文化を学ぶツアーなどある。そのうちの「ほないこか、ツウな新世界さんぽ」というツアーに参加した。

新世界を歩くのは初体験。通天閣を見上げ、「西成モーニング」(朝から酒が飲めるモーニングセット)を出す店をのぞき、ヒョウ柄専門店で「ガオーッ」とポーズをとる。もちろん治安ははるかに良いけれど、ソウェトを歩いた時の興奮を思い出した。

大阪のおばちゃんといえば、虎柄! ヒョウ柄!
筆者撮影
大阪のおばちゃんといえば、虎柄! ヒョウ柄! - 筆者撮影

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山口 由美(やまぐち・ゆみ)
ノンフィクション作家
1962年神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。海外旅行とホテルの業界誌紙のフリーランス記者を経て作家活動に入る。『アマン伝説 アジアンリゾート誕生秘話』(光文社)、『考える旅人 世界のホテルをめぐって』(産業編集センター)、『昭和の品格 クラシックホテルの秘密』(新潮社)、『日本旅館進化論 星野リゾートと挑戦者たち』(光文社)、『箱根富士屋ホテル物語』(小学館)など著書多数。

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(ノンフィクション作家 山口 由美)

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