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「BEV軽自動車『日産サクラ』だけがバカ売れ」という現実が示す日本に電気自動車が普及しない根本原因

プレジデントオンライン / 2022年7月16日 12時15分

日産自動車は、「日産サクラ」が5月20日の発表から約3週間で受注1万1429台に達した(6月13日時点、日産調べ)と発表した。 - 写真提供=日産自動車

6月16日に発売が開始されたBEV軽自動車の「日産サクラ」が売れている。自動車業界に詳しいマーケティング/ブランディングコンサルタントの山崎明氏は「この現象は、日本のBEVの使用環境の特徴と、マーケットが本当に求めているものを端的に表している」と指摘する──。

■発売3週間で1万1000台のヒット

軽のBEV(電気自動車)、「日産サクラ」が発売され、発表後3週間で1万1000台超と受注は非常に好調だ。サクラの販売担当者によれば、年間5万台くらいを狙っているという。

昨年の日本国内のBEV販売台数は輸入車も含めて2万台程度ということだから、サクラは爆発的な売れ行きといっていいだろう。

一方、日産が2年前に発表し、1年前から予約を開始しているミドルクラスSUVサイズのBEV「日産アリア」は、この1年間の予約数が6800台と、サクラに比べるとかなり見劣りしている。

もちろん、サクラとアリアでは価格が大きく異なる。安価なサクラのほうが販売台数が多いのは当然だが、この差を生む要因に、現在の日本におけるBEVの使用環境もあると考えられる。

どういうことか。

日産サクラ(右)と日産アリア。
写真提供=日産自動車
日産サクラ(右)と日産アリア。 - 写真提供=日産自動車

■航続距離が半分以下のBEVのほうが売れている

サクラは軽自動車で航続距離は180km。アリアは3ナンバーサイズのSUVで2種類のバッテリーサイズがあり、小さいほうが470km、大きいほうが580kmだ。

サクラでは遠出することは難しいが(安心して出かけられるのは片道50km程度だろう)、アリアであれば通常のガソリン車と同じように使えるように思える。

しかし現実ははるかに厳しい。アリアであれば東京―静岡(片道約180km)程度であれば途中充電なしで帰ってくることができるだろう。だが、たとえば名古屋(片道約350km)まで出かけようとするなら、どこかで充電しなければ帰ることができない。

「高速道路のサービスエリアなどに設置されている急速充電器を使えばいい」とBEVに乗った経験がない人は思うだろう。確かにそうなのだが、そこに大きな問題が潜んでいるのだ。

■高出力対応の急速充電器が全然ない

現在、多くのサービスエリアやパーキングエリアには急速充電器が設置されている。しかしそのほとんどが出力40~50kW程度の充電器なのである。

最近は90kW級の充電器も設置されているが、新東名高速道路では上り下り各1カ所、東名高速道路では海老名サービスエリア(上り下り)のみで、名神高速道路も草津パーキングエリア(上り下り)にしかない。それ以外には、首都高速道路大黒パーキングエリアにあるのみだ。

つまり、中央道にも東北道にも関越道にも山陽道にもひとつもないのである(正確を期せば、充電器そのものは高出力対応のものが設置されているところは何カ所かあるが、どれも出力を56kWに制限している)。サービスエリア・パーキングエリア以外の充電器もほとんど(おそらく99%以上)は50kW以下の充電器である。

テスラに限っていえば、120kW級(一部250kW)という独自の強力なスーパーチャージャー網が使えるが、全国に49カ所(2022年7月1日現在)しかないうえに、利用するにはいったん高速道路を降りなければならないし、高速のインターチェンジ近くにあるのはごく一部だ。

■1回あたり100km分程度の充電しかできていない高速道路の充電器

ではなぜ、40~50kWの充電器では不十分なのか。

現在、急速充電器の利用は1回30分に限定されている。充電待ちの車が発生する可能性があるので、1台が長時間占有しないようにするためだ。

50kWの充電器は1時間で50kWhの充電が理論的には可能で、30分では最大25kWhとなる。私の経験では、充電器・車載バッテリーの保護回路が働いたりして20kWhくらい入れば御の字、というのが現実である。

BEVはガソリン車とは反対に、市街地では電費がいいが高速道路では電費が悪くなる傾向にある。電費はガソリン車同様車種によって異なるが、高速道路では1kWhあたり5km程度が標準的なようだ。

つまり、50kWの充電器で30分充電しても100km分くらいしか充電できないのである。40kWの充電器なら80km程度だ。

1リットルあたり20km走るガソリン車にたとえるなら、30分かけても4~5リットルのガソリンしか給油できない、という状況だ。仮に90kWの充電器を使っても10リットル程度しか入らないのと同じだ。

■充電待ちに1時間…

これは車のバッテリー容量がどんなに大きくても一緒で、最初の満タン分の電気を使い果たしたら、どのBEVでもこのように小刻みな充電でつないでいくしかない。宿泊を伴う旅行でも、宿泊先にごく一般的な普通充電器しかなければ、1時間あたり約3kWhしか充電できない。8時間充電しても24kWh、120km分しか充電できないのだ。

さらに問題はあって、多くの充電スポットは充電器がひとつしかない。先客がいた場合、30分待ったうえ、充電に30分かかるので、1時間そのスポットで過ごさなければならないのだ。

私もBEVでドライブ中、この「無意味な1時間待ち」をさせられた苦い経験がある。BEV先進国のノルウェーでも、バカンス時期にはかなりの「充電渋滞」が発生しているらしい。

このような状況ゆえ、BEVでの長距離ドライブは非常にハードルが高い。充電待ちがなくても1時間ごとに30分充電しなければならないのだから。相当時間にゆとりがあり、充電の待ち時間が苦にならないという性格の人でなければ耐えられないだろう。

■生活圏での使用に便利な日産サクラ

反面、片道1時間程度の短距離にしか使わないのであれば、就寝時の自宅での充電だけで済み、ガソリンスタンドに行く必要もない。電気にはガソリンのような高額な税金が課されていない(ガソリンは1リットルあたり53.8円が税金)ので、ランニングコストも安い。

充電中のEVの車体に映るのは渋滞中の車列
写真=iStock.com/choochart choochaikupt
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/choochart choochaikupt

近所でしか使わないセカンドカーやサードカーならBEVは非常に便利かつ経済的だ。さらに、高速道路を使わなければ電費もよくなる。

軽自動車であるサクラだけが突出して売れるのは、非常に理解できる現象だ。

サクラを予約した人は2台以上車を保有している人、あるいは高齢者が多いということだが、まさにそのような使い方を想定しての購入だろう。

高齢者はロングドライブには行かないだろうから、自宅に充電設備さえ整えられればとても便利な車となる。充電器の設置は5万~10万円程度で可能で、サクラであれば3kW級の普通充電器でも約8時間でフル充電にできる。

■中大型BEVが「テスラしか売れない」特殊要因

一方、アリアは高価でサイズも大きいので、セカンドカーや高齢者の需要とはマッチしない。

また、家庭で満充電にするためには高価な高出力充電器を設置する必要がある(3kWの充電器では小さいほうのバッテリーを搭載したモデルでもフル充電に25.5時間もかかる)。そして遠距離ドライブには上記の困難が待っている。

だから売れないのである。

BEVを実際に買おうとしている人は、BEVの現実をわかったうえで購入しているのである。中大型BEVではテスラが売れているが、これもスーパーチャージャー網の存在という実用上の理由がある。

■「低圧受電」か「高圧受電」か、それが問題だ

それではなぜ、日本で高出力の充電器の設置が進まないのか。その最大の要因は電力会社との契約形態にある。おおよそ50kWを境に、契約のあり方が根本的に変わるのである。

50kW未満であれば低圧受電契約となり、通常の200Vでの受電となる。しかし50kWを超えると高圧受電契約となって6600Vでの受電となり、それを目的に応じて適切な電圧に変圧するためのキュービクルという設備が必要となる。そのため、50kWの充電器であれば約500万円で設置できるのに対し、100kW級を設置しようとすれば約2500万円もかかるのだ。

設置費用だけでなく、受電の基本契約料も高圧受電のほうが高く、またキュービクルには定期的な保守点検が必要になるためメンテナンス専門業者と契約しなければならない。

年間のランニングコストは、50kWであれば60万円程度だが、100kWでは250万円程度かかるという。このことから、日本の充電スポットの多くが50kW以下で、かつ1基しか設置されていないところが多いという状況になっているのである。

加えて、このように運営側の設置およびランニングコストがかかるので、急速充電にかかるコストは一般家庭で充電するよりもかなり割高だ。

■電力逼迫が足を引っ張る

今後この状況は改善されていくだろうか。

50kWの充電器がフル稼働しているときの電力はエアコンの100台分に相当する(8畳用のエアコンで冷房時の消費電力を平均で500Wと想定した場合)。これが100kWなら200台分、最近欧州で設置が始まっている350kWなら700台分だ。

これだけの電力を1基の充電器で消費するのである。

現在、日本の電力は逼迫(ひっぱく)しており、電力会社としては大量の電力を必要とする大出力充電器の大量設置は避けてほしいところだろう。家庭での夜間充電あれば需要も少ない時間帯であり、出力も低いので問題はないが、急速充電は昼間の場合が多いだろうから電力需要の多い時間帯に大量の電気を必要とするのだ。

BEV普及のために、電力会社が高出力充電器のための優遇策を導入することは考えにくい。

周りをガソリン車に囲まれたグリーンなEV車
写真=iStock.com/Ridofranz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ridofranz

■日本での普及はBEV軽自動車からでいい

政府は電力逼迫にもかかわらず、なぜか高出力充電器設置に補助金を出している。高速道路のサービスエリア・パーキングエリアの設置に対してはかなりの金額を出しているものの、その他の場所への設置にはまったく不十分な額でしかない。

多額の投資をして設置しても回収が難しいなら、設置しようとする事業者などほとんどいないだろう。テスラやポルシェといった高性能・高価格BEVを販売しているメーカー・インポーターの独自網以外で高出力充電器の設置が進むとは考えにくいのが現状だ。

電力状況を考えると、日本のBEVは当分の間、高齢者やセカンドカー・サードカー需要を満たす軽自動車を中心に進んでいくだろう。そしてファーストカー需要はハイブリッド車がメインであり続けるだろう。

しかし、それが結果的に日本のエンジン搭載車のさらなる燃費向上(=CO2削減)につながり、BEVも最小限のバッテリー搭載で製造時のCO2排出を最小限にとどめ(バッテリーは製造時に大量のCO2を排出する)、日本が自動車分野におけるCO2削減のリーダーであり続けることにつながるかもしれない。

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山崎 明(やまざき・あきら)
マーケティング/ブランディングコンサルタント
1960年、東京・新橋生まれ。1984年慶應義塾大学経済学部卒業、同年電通入社。戦略プランナーとして30年以上にわたってトヨタ、レクサス、ソニー、BMW、MINIのマーケティング戦略やコミュニケーション戦略などに深く関わる。1988~89年、スイスのIMI(現IMD)のMBAコースに留学。フロンテッジ(ソニーと電通の合弁会社)出向を経て2017年独立。プライベートでは生粋の自動車マニアであり、保有した車は30台以上で、ドイツ車とフランス車が大半を占める。40代から子供の頃から憧れだったポルシェオーナーになり、911カレラ3.2からボクスターGTSまで保有した。しかしながら最近は、マツダのパワーに頼らずに運転の楽しさを追求する車作りに共感し、マツダオーナーに転じる。現在は最新のマツダ・ロードスターと旧型BMW 118dを愛用中。著書には『マツダがBMWを超える日』(講談社+α新書)がある。日本自動車ジャーナリスト協会会員。

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(マーケティング/ブランディングコンサルタント 山崎 明)

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