「売れない本を置いている本屋が選ばれる」ベテラン書店員がたどり着いた"棚づくり"の極意
プレジデントオンライン / 2022年7月12日 15時15分
※本稿は、三砂慶明編『本屋という仕事』(世界思想社)の一部を再編集したものです。
■本に囲まれる生活は幸せだが、結局は「売れてなんぼ」
斜陽産業といわれる書店業界で働く人の多くは「本好き」がその理由だろう。かく言う私もそうであり、さらに独占禁止法の例外規定である再販売価格維持制度により、どこで買っても同じ価格の「本」を少しでも安く購入したいという不純な動機もあった。
実際に書店に立ってみると自分が好きな本など、巨大な本の海の中ではそのほんの一部でしかないことに気付く。殆どの本は何の興味も湧かないものなのだ。それでも本に囲まれ、本を触って一日の大半を過ごすことは気分の良いものである。
しかし書店は営利事業であり、本は商品である。自分の好きな本を並べて悦に入りたければ自らの部屋の本棚ですればよく、書店の本は「売ってなんぼ」「売れてなんぼ」なのである。
■棚を背にする書店員と、棚に向かう書店員
書店の最も大事な商売道具は棚である。書店員には2つのタイプがあるという。棚を背にして仕事をする者と、棚に向かって仕事をする者である。どちらも棚に何を揃えるかには熱心だが、前者はその品揃えをバックに直接読者(顧客)や著者に働きかけることを好み、後者は棚を通して来店客に自らの思いを伝えようとする。
丸善&ジュンク堂書店梅田店の福嶋聡(あきら)などが前者の好例であり、私は人見知りのため後者であらざるを得なかった。後者の方が言葉で伝えられない分、棚づくりにはこだわりが強くなりがちである。
私がジュンク堂書店に入社したのは同社が店舗を拡大してゆく前で、入社1年後に同社が専門書を重視するきっかけとなった専門書専門店サンパル店(当時)が開店し、その法経書(同社では社会科学という)担当として初めて棚を持った。
私自身の専門は日本中世史であり、法経書など縁もゆかりもなかったが、以後丸10年白紙の状態から法経書を売り続けることで、専門書を売るということについて自覚的になったように思う。その後転勤や人文書への異動を繰り返しながら、退職するまで大型店の専門書担当であり続けた。以下はあくまでもその立場からの棚論である。
■書店員による「棚づくり」は死語になったか
ある人によると、棚づくりという言葉が死語になりつつあるらしい。棚番・棚コードというものを作ったのは、昨日入ったアルバイトが棚入れしても「当たらずといえども遠からず」の場所に入れることができるようにとのことだったのだが、多くの書店員が棚番を頼るようになり、棚番を使うのではなく棚番に使われるようになった。
そして、POSシステムで多店舗の販売データのリアルタイムでの集積が可能となり、売れている本をその棚番に指示される通り置くのが書店員の仕事になったというのである。
そういう傾向はあるかもしれないが、旧知の書店員と話していてもそこまで酷くはないと思う。「棚づくり」という言葉もなくならないことを願っている。
■「この店わかっていないなあ」と信頼感を失う棚
書店は商品である本を作る訳ではない。本を作るのは言うまでもなく出版社(業界内では版元と称する)である。その商品を並べる棚をつくるとはどういうことか、それは個々の本の並べ方を工夫して、ある本とある本、あるいは本とその周辺を可視化することにより、書店特有の新たな価値を創造し、その一冊一冊の魅力をより一層引き出して購入されやすくすることだと思っている。
仮に私が本を買いにいく時を考えてみよう。後北条氏の本を探していたら、日本中世史の戦国時代の棚に行くに違いない。そして武田氏や今川氏の本があったら「近い」と思うだろう。ところがその周辺にはなく鎌倉時代の棚にあったら、見つけにくい上「この店わかってないなあ」と思うだろう。ちゃんと戦国時代の棚にあり、その隣もそのまた隣も後北条氏の本ならば、あれもこれも欲しくなるかもしれない。
あるべきところにないことは棚や店への信頼感を失う結果となる。同じ「中世史」の中にあってもそう思うのだから、まったく違う棚にあればなおのことである。在庫データで1冊有となっていても、あるべきところになければないのと同然なのだ。
■「プロ」を満足させることが売り上げにつながる
書籍『本屋という仕事』では棚づくりの基本を3つ挙げているが、本稿ではそのうちの1つを紹介する。
棚の大きな利点は、ある分野の本を探している時、複数の本の比較検討を実物を見比べながらできることである。何冊もある本の中から、お客自身が検討の上で選んだという自己満足を付加価値として、書店は本を売っているのである。
そのためには、書店が揃えた選択肢がお客にとって妥当なものでなければならない。専門書の顧客はたとえ初学者であっても書店員よりははるかに「プロ」である。またそこには買切だとか常備外(常備寄託という契約により版元が書店に出荷するセットに入っていない本であること)だとかいう書店の都合は関係がない。学説上重要な本、これはある程度行き渡っているので書店にとっては回転の悪い本かもしれないが、これが選択肢に入っていない棚に満足できるプロはいない。
「この本が抜けている」→「他にも抜けている本があるに違いない」→「今ある本より良い本があるかもしれない」→「他店を探そう」となり、棚の売上につながらない。つまり顧客の棚に対する信頼感が専門書を売るためには何より大事なのだ。その分野で重要な本は単体としてはそれほど売れなくとも、その棚で売上を立てるためには必要な本なのである。「これもある、あれもある、ここまで揃っているのならここから選ぼう」と思わせたいのだ。
■棚に顧客がついているのを実感できた瞬間
最近は事故短冊(出版社または取次が、品切等の理由を記入して書店に戻す発注書)を不要とする書店が増えてきたと聞く。いちいち見ている暇がなく、システムやネットで調べればわかるとの理由らしい。
版元によって様々ではあるが、大概在庫が1桁になれば客注でもない限り、品切扱いにして出荷しないことが多い。しかし電話等で直接問い合わせると1冊なら出せるということも少なからずある。何でもかんでもという訳にはいかないが、重要と思われる本は表向き品切でも棚に結構入れていた。そうするために事故短冊はとても便利なのだ。
また取次が扱わない学会関連の直販の本も、交渉して置かせてもらえるものは仕入れていた。顧客同士の会話で「ここはよそでは絶対見かけない本が普通に並んでいる」と話すのを聞いた時は嬉しかったものだ。それはそういったことをわかってもらえたからではなく、棚に顧客がついているのを実感できたからである。
■立体的な学問領域を平面世界に落とし込むコツ
学問領域は立体的であり、三次元・四次元の世界である。それを棚という平面=二次元に落とし込むのだからかなりの無理はある。それなのに最近は棚番の並び通りの直線=一次元で考える書店員が増えたように思う。しかしそれでは売りたい本を効果的に展示できない。目の高さには必ずその棚で最もよく売れる本を置きたいが、そのためには平面パズル的思考が必要である。また棚は各々で完結させたい。そもそもお客の目は、最下段右端の次は隣の棚の最上段左端には行かないからだ。
線ではなく、せめて面で考えたい。抽象的な話では何のことやらわかりにくいと思い、できるだけ具体例を挙げていたら冗長になってしまった。以下、説明を省いて実例のみをいくつか挙げていく。なぜそうしたのかは各々考えてみてほしい。
・考古学の棚はつくるが、そこには考古学の本全てをまとめる訳ではない。
・戦国大名の並べ順は、九州から中国・四国・近畿・中部・関東、最後に東北である。
・中世環境史と身分論は近くに置く。
・『日本鉱山史の研究』や『日本灌漑水利慣行の史的研究』は通史的な研究書だが近世史に置く。
・川岡勉と西尾和美は並べて置く。
・黒田俊雄の次には平雅行・田中文英を置く。
・同じ民俗学者でも、小松和彦は妖怪の棚でよいが宮田登はそうではない。
etc.
■棚づくりは読者と本の出会いの演出
こうしてその時々には考えてつくった棚であっても、学術は日々新しい研究が生まれ少し遅れて本も出る。その中には既存の枠組に再考を迫るものもある。また担当者の経験値が増えるとともに今まで見えていなかった本のつながりが見えてくることもある。そういった時はそれまでの考え方や並べ方にこだわらず、躊躇なく棚の枠組を組み替えなければならない。
棚づくりは担当者の思い込みと自己否定の繰り返しであり、棚は生きているのだ。そしてそれは丁寧に生かしてやらないとすぐに陳腐化してしまう厄介な生き物なのである。棚番等によってがんじがらめに縛られた棚はさしずめ「標本」といったところだろう。
書店には単品の目的買いのお客も多いが、必要だったり興味のある分野の本を「見に」来るお客も多い。棚は読者と本の出会いの場であり、棚づくりとはその出会いの演出に他ならない。
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書店員
1981年、ジュンク堂書店入社。その後、サンパル店社会科学担当、三宮店人文科学担当。大分店では、店長兼社会科学・人文科学担当、千日前店・池袋本店・天満橋店・大阪本店などで副店長兼社会科学または人文科学担当。2017年、丸善ジュンク堂書店退職。同年、法務図書センター入社、大阪高裁内ブックセンター勤務。著書に『人文書担当者のための日本史概説(中世史中心)』がある。
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(書店員 岡村 正純)
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