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「8分遅刻しただけで昇進が消えた」"うっかり寝坊した駅員"を待ち受ける大きな代償

プレジデントオンライン / 2022年7月13日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

日本の鉄道は時間に正確だと言われる。駅員が遅刻をしてしまったらどうなるのか。元JR職員の綿貫渉さんは「鉄道業界では、安全以上に時間管理が厳しく求められている。私は8分遅刻をした結果、ほぼ全員が合格する昇進試験に落ちてしまった」という――。

※本稿は、綿貫渉『怒鳴られ駅員のメンタル非常ボタン 小さな事件は通常運転です』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■駅の仕事で一番大切なこと

駅に配属になった初日。助役からこんな質問をされた。

「駅の仕事で一番大切なことは何だと思う?」
「えっと、何よりも安全を大事にすることですか?」

鉄道の仕事は安全第一。研修中も口酸っぱく叩きこまれたので正解だろう。

「そうだな、それもそうだが、まず時間通りに朝9時に出勤すること。そして泊まり勤務の朝も時間通りに起きることだ。それ以外のミスは大抵何とかなる」

なんと、時間管理だった。

もちろん安全を軽視して良いということではない。駅員が乗客の安全に直接関わるのは駅のホームで作業をするときがメインである。ホーム上で何か異常を認め、列車の運行に少しでも支障があると判断したら列車を止める手配をする。

しかし、小規模な駅だとホーム上で列車の看視は行わないため、「安全を守る」という場面はどうしても少ない。そうなると、安全以外の項目で一番大切なことは時間管理なのだと教わった。

交代制の勤務なので、遅刻すると前任者が帰ることができない。それだけなら前任者が残業すれば良いが、泊まり勤務で初電担当の日に起きれないとどうなるか。

「駅員 寝坊」で検索してほしい。「駅員が寝坊して駅のシャッターが閉まりっぱなしに。乗客○○名が始発電車に乗れず」という記事が何件も出てくるだろう。

そう、寝坊しただけで報道されてしまい、その不名誉な記録はいつまでもネットの海に残るのである。

会社員の場合、故意に犯罪行為をするくらいのことをしないと報道されないだろう。ただ、寝坊に関しては故意ではなく過失である。

■寝坊が全国ニュースになる

ちょっとのうっかりで全国ニュースになるかどうか紙一重というプレッシャー。これを感じながら毎晩駅員は眠りについている。すると、こんな疑問が湧いてくる。

「でも早朝は無人の駅が最近は多いのでは? 何でそこは大丈夫なの?」

その通りである。早朝に無人の駅は、大抵タイマーでシャッターが自動で開くように設定されている。または、シャッター自体が設置されていない駅もある。だったら有人駅のシャッターもタイマーで開くようにすればいいのではないか。

上司に聞くと、「本当にギリギリになればタイマーで開くよ。でもそんなギリギリまでシャッターを開けないと苦情になるから試すなよ」とのことであった。

とりあえず自分の駅に関しては、ニュース沙汰は避けられるようだ。技術的に可能であるのにタイマーを使わない駅がある理由は、コスト削減・社員に緊張感をもたせるため・シャッターが動作している際は人が見張るべきという方針によるようだ。

そしてもう一点、万が一遅刻や寝坊をすると社内での処分が大変厳しいのである。

日本の鉄道は時間に正確とよく言われている。もちろん時刻通りに運行するための様々な仕組みが上手く機能しているのも確かだが、時間に関わるミスが発生した際の処分の厳しさも、時間の正確さに大いに関係している。

早朝の駅
写真=iStock.com/Alexander Pyatenko
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Alexander Pyatenko

■うっかり寝坊した駅員の末路

どのくらい処分が厳しいのか。入社直後に、同期からこんな噂を聞いた。

「B駅のあいつ、駅に配属になって即遅刻したらしいぞ! やばいよな!」
「初っ端から遅刻するとイメージは下がるだろうし、払拭しにくいかもね」
「違う違う、1回遅刻すると昇進が1年遅れるんだよ!」

そこで私は、初めて処分の厳しさを知った。前職のバス会社では、遅刻に対してそこまで厳しい処分は行われていなかった。それが鉄道会社ではこの厳しさである。

出世する気がないなら痛くも痒くもないかもしれないが、1年昇進が遅れると、上がっていたはずの給料が上がらないのでダメージは大きい。また、一定以上の役職でないとできない仕事もあるため、出世のプランも狂ってしまう。

もちろん就業規則にそんなことは明文化されていないが、昇進試験(*)の合否は普段の勤務態度も評価の対象なので、内申点が大幅に下がる仕組みになっているのだろう。遅刻や寝坊はゼロが理想ではあるが、人間なので予期せぬミスは発生する。

*筆者註:昇進試験……私が勤めていた会社では筆記および面接の試験で昇進が決まる方式だった。ただし合否には普段の勤務態度が含まれるとのことで、試験だけできてもダメ。

私もうっかりやってしまった人を何人も見てきた。彼らがどうなったか見ていると、確かに昇進試験で不合格となっていたので、大幅に減点されるのは間違いなさそうだ。代償は他の業界よりも大きい……。

私は、もともと朝が強い方ではない。学生時代のアルバイトでは何度か寝坊して遅刻したことがある。幸い寛容な会社であったため、遅刻した時間分、退勤を後にずらすとか、遅刻した分の給料が差し引かれるとか、その程度で済んでいた。

しかし鉄道員になったからにはそんな甘い考えは許されない。

遅刻と寝坊には細心の注意を払って駅員生活を送ろうと心に強く決めた。

■膨らむ布団「定刻起床装置」の威力

駅員にとって寝坊は厳禁だということはお分かりいただけたと思う。では、どのようにして寝坊を防ぐのか。友人からこう言われたことがある。

「駅員って時間になると膨らむ布団で寝てるんでしょ? あれなら絶対寝坊しないじゃん! テレビで見たことある!」

それはそうなのだが、それでも寝坊は発生している。

まず膨らむ布団であるが、「定刻起床装置(*)」(以下、起床装置)という名称で、ネット通販でも買うことができる。10万円ほどするので、気軽に手が出る価格ではないが……。

この起床装置、意外と仕組みは単純で、大きい風船のようなものと空気を送り込むポンプが一体になっており、敷布団の下にこの風船を挟んで寝る。

そして時間になると空気が送り込まれ、風船が膨らんでいく(頑丈なので割れることはない)。その結果、その上で寝ている人の体を押し上げて起きることができる、という仕組みだ。それなら確実に起きられそうだ。私もそう思っていた。

*筆者註:定刻起床装置……この起床装置を使っているのは一部の鉄道会社のみ。使っていない会社も多い。

駅に配属になり、初の泊まり勤務で無事に終電の対応を終え、就寝の時間になった。先輩に寝室の説明を受ける。

「これが起床装置。目覚まし時計みたいに時間をセットするとその時間に膨らむから。まあ俺はこれ苦手だから携帯のアラーム(*)で起きるけど」

*筆者註:携帯のアラーム……携帯のアラームで起きる場合、音を出すと周りの同僚を起こしてしまうため、音量は最少にしてバイブの振動音で起きるのが慣習。

え、そうなの⁉ 夢が壊れたような、現実の世界を知ってしまった感覚に陥った。そうか、確かにこれを使わなくても良いのか。新しい発見である。

■寝ようと思っても全然寝れない…

とはいっても、起床装置は寝る前に必ずセットするルールになっている。

そのため、起床装置が苦手な人は携帯のアラームを5分ほど前にセットしておき、万が一起きれなかった場合には起床装置が動作してそちらで起きる、という流れだ。

私もそうすべきなのか迷っていると、「最初だから起床装置使って起きてみれば?」という先輩の助言もあり、初日は起床装置を活用してみることにした。タイマーをセットして眠りにつく。

ちなみに泊まり勤務の睡眠時間はどのくらい確保されているのだろうか。

私の勤めていた駅では終電が午前1時頃、初電は午前5時頃であった。都心部の路線だと大体このくらいのことが多いだろう。この場合、電車が走っていない時間は4時間だけ。寝る時間が短いなら、少しでも多く寝ようとすぐ布団に入って目を閉じる。

ガタンゴトン……ガタンゴトン……。

そう。駅で寝るということは、寝室は線路のすぐそば。終電が終わったからといって、電車が全く走らない訳ではない。回送列車や保守用車(*)が走っている。そしてここは閑静な住宅街ではなく、駅である。深夜駅前の道路に、不意に物凄い排気音で走り屋の車やバイクが駆け抜けていく。

*筆者註:保守用車……夜間に線路のメンテナンスをする列車。

周りが静かなだけあって余計に音が響く。そんな環境なので、寝ようと思っても全然寝れないのだ。結局眠りについたのは3時をまわった頃であった。

■「もう起きてるから。分かってるって!」

ウィーーーン……。

何の音だろうと思った矢先、体を強烈な違和感が襲う。起床装置が作動したのだ。

体が下から押し上げられる。この不快感は一度体験したらよく分かるだろう。しかも人を持ち上げるくらいに風船を膨らませるためには、物凄い勢いで空気を送り込まなくてはいけない。

掃除機をイメージしてもらえば分かりやすいだろう。スイッチを入れると物凄い音とともに勢いよく空気を吸い込む。それと同じようなことが布団の下で起こっているのだ。

動作音はなるべく小さく設定されているが、プレッシャーの中で寝ている駅員を起こすには十分な音量だ。

しかし、目覚めてもスイッチを止める前に体が押し上げられる。「もう起きてるから。分かってるって!」と機械にツッコミたくなる。1回で起床装置を極力使いたくない気持ちがよく分かった。これ以降、私も携帯のアラームで起きる派になった。

さて、こんな状況でもなぜ駅員の寝坊は発生するのだろうか。

最大の原因は二度寝である。

私も半年に1回ほど二度寝してしまい、起床装置のお世話になることがあった。やっぱり不快であるものの、寝坊を防ぐ最後の砦として活躍してくれて、大変感謝した。起床装置は寝た姿勢のままオフにできないようベッドから離れた所にスイッチが設置されている。

しかし、起床装置を早目にセットしたが裏目に出て、止めたもののあと5分……と二度寝し、寝坊となってしまうパターンが多い。駅員である限り、「短時間睡眠+寝坊したらアウト」という状況が出勤するたびにあると思うと、しんどいのは間違いないだろう。

あなたの身近な駅で働いている駅員も、毎日この戦いに打ち勝っているのだ。

■睡眠時間を確保するために引っ越した

鉄道会社は時間に厳しく、遅刻や寝坊をしてしまうとその後の出世に影響が大きい。

私自身、寝坊や遅刻だけはしないように工夫して過ごしてきた。職場で寝るときは周囲の騒音がうるさくてなかなか寝付けないので、耳栓をして寝ていた。

職場で耳栓をする派の人は全然おらず、「耳栓なんてしてたらアラームに気付かないだろう」とよく言われたが、意外とアラームの振動ですぐに起きることができた。

また、万が一携帯のアラームに気づかなかったとしても、定刻起床装置という強制的に起こしてくれる装置がある。二度寝をしないようにあえてギリギリの時間に起きるようにもしていた。

また、実家から通っていたのを、通勤時間が長かったため職場の近くに引っ越した。これにより家での睡眠時間を長く取ることができる。

仕事の前日には夜更かしはせず、0時には寝るようにした。8時に起きれば間に合うので8時間睡眠できる。

そして朝も、一応7時台に携帯のアラームはセットしておくが、目覚まし時計は8時にセット、二度寝できないギリギリの時間に設定するという手法を自宅でも行った。また、ベッドからかなり離れたところに目覚まし時計を配置した。これも駅の寝室で行われているのと同じ対策である。

スマートフォンのアラームで目を覚ます男性
写真=iStock.com/Kayoko Hayashi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kayoko Hayashi

■始業2分前に起床、遅刻が確定した日

しかし、ここまでしても危ない場面は何度かあった。

仕事の前日に夜遅くに帰ってきて、疲れからかそのまま寝てしまい、朝7時過ぎにふと目を覚ましたらアラームをセットしていなかった。その当時は「危なかった、セーフ」としか思っていなかった。

2018年6月。サッカーワールドカップがあった。私は日本代表の試合を夜遅くまでテレビで観戦していた。決勝トーナメントに進出した日本代表の熱い戦いを見終わった末に、何かを忘れたまま、部屋の電気もつけたまま、私は眠りについてしまった。

ふと目を覚ます。太陽の光がカーテンの隙間から差し込んでくる。今日はよく寝たな。ふと手元の携帯で時刻を確認する。8時58分。始業は9時である。職場までは15分くらいで行けるが、もう瞬間移動しないと無理である。

1分で着替えて駅までダッシュする。走りながら職場に電話をかける。

「すみません寝坊してしまって……。今向かってます」

これから私はどうなってしまうのだろうか。駅で2年以上働くと車掌になるための試験を受けられる。寝坊した日の翌日が車掌試験の合格発表であった。

ここ数年は車掌が不足しているため、出来が悪くてもほぼ全員が受かるという、かなり合格率が高い試験であった。しかし寝坊したとなると話は変わってくる。

■8分の遅刻で犯罪者のような扱いに…

「寝坊すると1年昇進しない」新入社員の頃によく聞いた噂が頭をよぎる。

でも明日が合格発表なら結果はもう決まってるんじゃないのか? そもそも数分の遅刻くらいなら遅刻にカウントされないのではないか? など、様々な思いが頭の中を駆け巡る。

綿貫渉『怒鳴られ駅員のメンタル非常ボタン 小さな事件は通常運転です』(KADOKAWA)
綿貫渉『怒鳴られ駅員のメンタル非常ボタン 小さな事件は通常運転です』(KADOKAWA)

「申し訳ありません。大変遅くなりました」

無事に職場に着いた。時刻は9時08分。8分の遅刻である。正面から上司に謝罪する。起きたら8時58分だった時点で言い訳のしようがない。

「おい綿貫、お前は何てことしてくれるんだ」

謝っても怒られる。上司としても、部下が遅刻することで、会社からの評価が下がったり、報告書の作成で余計な仕事も増える。特に、この駅では何年も遅刻した人はいなかったので、顔に泥を塗られた気分だろう。

私は犯罪者のような扱いになってしまった。

さすがに8分遅刻で犯罪者扱いはやりすぎじゃないかとも思うものの、それがルールと定められているのは私も分かっていた。世の中の犯罪が法律に基づいて厳正に裁かれるように、社内での不祥事も賞罰規定に基づいて厳正に裁かれる。これが結局公平なのだ。

■ほぼ全員合格する車掌試験に落ちた

遅刻して怒られるのは良い。給料もその分だけ減るようだ。後で給料明細を見たら200円くらい引かれていた。しかし重要なのは車掌試験の結果だ。

車掌試験の内容は筆記試験と面接だ。十分対策をして臨んだので万全の出来であるという自信がある。筆記と面接だけで判断してくれるのであれば、受かっているはずだ。そんなことを考えながら、泊まり勤務をこなす。

翌日の朝9時過ぎ。同僚と交代し、複雑な思いを抱えながら24時間の勤務が終わった。駅長に呼ばれる。どうやら車掌試験の合格発表があるようだ。

「綿貫君の車掌試験の結果が先ほど届いたんだけど、残念ながら不合格だよ」

8分の遅刻により、もう1年駅員をやることが確定した。

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綿貫 渉(わたぬき・わたる)
元鉄道員、YouTuber
元鉄道員でチャンネル登録者数8万人超の交通系YouTuber。大学卒業後、バス会社勤務を経て、JRで2021年まで鉄道員として働く。2015年にYouTubeチャンネルを開設、2017年に動画投稿を本格的に開始。鉄道プレスが選ぶ、鉄道系YouTuberチャンネル登録数ランキングではトップ10にランクイン。著書に『怒鳴られ駅員のメンタル非常ボタン 小さな事件は通常運転です』(KADOKAWA)がある。

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(元鉄道員、YouTuber 綿貫 渉)

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