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1匹いたら100匹いる、人めがけて飛ぶ、死ぬ直前に卵を産む…ゴキブリを愛する男が、都市伝説の誤解を解く

プレジデントオンライン / 2022年7月15日 15時15分

愛するゴキブリの巨大模型を持つ筆者 - 写真提供=イースト・プレス

なぜゴキブリは嫌われるのか。ゴキブリ研究家の柳澤静磨さんは「『不気味な害虫』というイメージが強いが、ゴキブリは決して怖い虫ではなく、愛嬌のあるかわいい生き物だ。嫌悪感をもたれるために、さまざまな都市伝説があるが、その多くは誤解に基づく」という――。

※本稿は、柳澤静磨『ゴキブリ研究はじめました』(イースト・プレス)の一部を再編集したものです。

■ゴキブリを愛する研究者が考えた、ゴキブリが嫌われる理由

「ゴキブリはなぜ嫌われるんですか?」

あるとき、昆虫館を訪れた方から質問を受けて、私は「うーん」とうなり声を上げました。この質問は、ゴキブリに関する活動をしている中で最もよく聞かれるものです。ゴキブリの講演会をしても、ゴキブリの展示をしても、ゴキブリの取材を受けても、非常に多くの方がこの質問をしてくれます。

はじめのころは、聞かれるたび不思議に思っていました。ゴキブリのことが大好きで大好きで仕方ないという人が「こんなに素晴らしい生き物なのに、なぜみんなは嫌うんだ!」という意図で質問されるのならば、「たしかにそうですね」と同意するのみです。

しかし実際は、この質問をする方のほとんどはゴキブリのことが嫌いでした。ゴキブリを嫌っているのはまさに自分自身なのだから、「なぜ嫌われるのか」なんて今さら質問することではないのでは、と思っていたのです。

ただ、ゴキブリについての活動を続けるうちに、ゴキブリに対する嫌悪感はそう単純なものではないのだとわかってきました。

ゴキブリが嫌われる原因として、まず、ゴキブリ自体の「性質」があります。

「黒くてツヤツヤしている」「予測不可能な動きをする」などなど。とくに大きいのが、「家に入ってくる」という性質です。自宅という安らげる場所に見知らぬ虫が我が物顔で歩いていれば、やはり気持ちが良いものではありません。

家の中に入ってくる虫はたくさんいますが、その中でも体が大きいというのが、ゴキブリが飛び抜けて嫌われている理由でしょう。しかし、ゴキブリの性質だけが問題かというと、そうではないように思われるのです。

■子供でも気持ち悪い虫と判断する

昆虫館のイベントで、マダガスカルゴキブリに触れるコーナーを設けたときのこと。

ふれあいに参加した男の子が、ゴキブリを手に乗せながら「これなに?」と尋ねてきました。マダガスカルゴキブリは翅がなく、動きも鈍く、家に出るゴキブリとはあまり似ていません。

そのため、なんの虫だかわからずに触っていたのです。私が「マダガスカルゴキブリだよ」と教えると、その子は「わ!」と悲鳴を上げてゴキブリを手から放しました。さっきまではそうでなかったのに、ゴキブリだとわかったとたんに気持ち悪く感じたようです。

もし「カブトムシだよ」とでも教えていれば、そのまま触り続けていたかもしれません。いわゆる「ゴキブリ」の見た目や動き方をしておらず、家で出会ったわけでもないのに、ゴキブリというだけで嫌がる。マダガスカルゴキブリへのこうした反応を見ると、ゴキブリは、彼らの性質以上に嫌われてしまっていることがわかります。

私たちは子どものころから、大人がゴキブリを怖がったり、気持ち悪がったりしている姿を目にします。周囲の反応を見るうちに、ゴキブリをよく知らないうちから嫌なものだと感じるようになった人も多いのではないでしょうか。

また、ゴキブリ対策用品のパッケージやCMなどでも、ゴキブリは不気味な害虫として表現されます。もちろん害虫対策は欠かせませんが、頻繁に目にしていれば、「ゴキブリ=悪いもの」と思うのは当然かもしれません。こうした環境の中で、ゴキブリへの恐ろしいイメージはどんどん育っていきます。

新種のゴキブリを求め石垣島を調査する
写真提供=イースト・プレス
新種のゴキブリを求め与那国島を調査する - 写真提供=イースト・プレス

■「頭を落としても死なないんですよね?」

普通の生き物とかけ離れた能力があると思っている人も多いようで、「ゴキブリは人間が絶滅した後も生き残るって本当ですか?」「ゴキブリって頭を落としても死なないんですよね?」といった質問もよく受けます。

人類絶滅後に生き残るかどうかはどんな生き物も条件によるでしょうし、ゴキブリだって頭を落とせばそのうち死んでしまいます。(体の仕組みが人間と違うため、頭を切っても動きます。ただ、ほかの虫も動くので、ゴキブリに限った話ではありません)

ゴキブリはなぜ嫌われるのか。その答えは、簡単には出せません。純粋にゴキブリの性質が嫌われているのではなく、「誰もが嫌がるもの」「害虫」「恐ろしいもの」というイメージが絡み合って、大きな嫌悪感となっているからです。

だからこそ、嫌っている人自身も「嫌い」という感情がどこかはっきりせず、「ゴキブリはなぜ嫌われるのか」なんて疑問を抱くのでしょう。

もしゴキブリのことが苦手なのであれば、ぜひとも「なぜ嫌いなのか」を考えてみてほしいと思います。

頭の中で、実際以上に嫌悪感を膨らませてはいないでしょうか?

イメージの中のゴキブリではない、ありのままのゴキブリを見つめてみると、彼らと付き合っていく光明が見えるかもしれません。

■ゴキブリにまつわる都市伝説の真実

ゴキブリは死ぬ直前に卵を産む。
ゴキブリは1匹いたら100匹いる。
ゴキブリは人めがけて飛ぶ。

恐怖感からか、ゴキブリに対する都市伝説めいた話は数多く存在します。しかし、どの噂も少し怖がりすぎ・誇張しすぎのように思います。ゴキブリへの理解を深めるために、一つずつ見ていきましょう。

まず、「ゴキブリは死ぬ直前に卵を産む」です。ゴキブリの生命力を感じるこの都市伝説。絶妙な気持ち悪さがあって、クセになる良い都市伝説だなと個人的には思っているのですが、事実とは少し異なります。

ゴキブリは複数の卵を卵鞘(らんしょう)というお財布状の入れ物にまとめて、ゆっくりと産み出します。産卵は時間をかけて行われるため、死ぬ直前になってすぐに産み出すということはありません。

■なぜ「死ぬ直前に卵を産む」という噂ができたのか

では、なぜ「死ぬ直前に卵を産む」なんて言われるようになったのでしょうか?

推測ですが、これには、ゴキブリの「卵鞘を持ち運ぶ」という生態が絡んでいると考えられます。クロゴキブリは、産み出した卵鞘を少しの間おしりにくっつけたまま持ち運び、適したところを見つけると産みつけます。

また、チャバネゴキブリの場合は孵化する少し前まで卵鞘を持ち運びます(彼らは「卵生」ですが、中には卵鞘を産み出した後に腹部にしまい直し、お腹の中で孵化させてから幼虫を産み出す「卵胎生」のゴキブリや、お腹の中で栄養を与えて少し大きくしてから産み出す「胎生」のゴキブリもいます)。

卵鞘を持ち運んでいるゴキブリをスリッパなどで叩いたり、殺虫剤をかけたりすると、卵鞘が腹部から外れて、あたかも今、卵を産み出したかのように見えます。それで、この「ゴキブリは死ぬ直前に卵を産む」という噂ができたのではないかと思われます。

■「ゴキブリは1匹いたら100匹いる」は本当か

つぎに、「ゴキブリは1匹いたら100匹いる」です。

苦手な人からすれば、1匹でさえ見たくないのに、その背後にもっとたくさんのゴキブリがいると思ったら背筋が凍ることでしょう。家に出たとなれば、即座に引っ越したくなるかもしれません。この都市伝説については「そうとも限らない」というのが答えです。

たしかに屋内で繁殖している場合は、100匹以上いる可能性もあります。頻繁に見る場合は、駆除業者に連絡するのがいいでしょう。しかし、ゴキブリは居心地の良い場所やエサを求めてさまざまな場所を動き回るので、たまたま1匹だけ屋内に侵入することも少なくありません。

最後に、「ゴキブリは人めがけて飛ぶ」について。ゴキブリは、種によっては飛翔能力を持ちます(翅がない種、翅が短すぎて飛べない種もいます。またチャバネゴキブリのように、翅があっても飛べない種もいます)。おなじみのクロゴキブリも、成虫になると立派な翅を持ちます。そして、湿度や温度などの条件が良く、活発な状態であれば飛翔します。

「飛ぶのが下手で、滑空しかできない」と言われることもありますが、上に向かって飛ぶことや、方向転換しながら飛ぶことも可能です。

では、人に向かって飛ぶのか? 事実はゴキブリに聞かないとわかりません。

ただ、ゴキブリはハチや毛虫のような毒針を持っておらず、敵を前にしたときは、攻撃するよりも逃げたり防御したり隠れたりしてやりすごしています。わざわざ危険を冒して人間を狙うというのは考えづらいでしょう。

向かってきたとすれば、人を「ちょうどいい高さの着地点」と見なしてのことだと思われます。襲いかかってきているわけではないのです。

■「ゴキブリはかわいい」

私は昆虫館でさまざまな生き物の飼育をしてきましたが、飼育を通して生き物と関わっていると、どんな種にもかわいらしさを感じます。

もちろん、ゴキブリも例外ではありません。こういうことを言うと気味悪がられてしまうのですが、はっきりと言いましょう。「ゴキブリはかわいい」のです。

ゴキブリを飼育する筆者
写真提供=イースト・プレス
ゴキブリを飼育する筆者 - 写真提供=イースト・プレス

まず、エサをあげたときにワラワラと集まってくるのはとても魅力的です。飼育において、生き物と関わるタイミングはそこまで多くありません。

ずっと触れ合っていれば生き物が疲れてしまいますし、弱って死んでしまうこともあります。そんな中で、エサやりというのは、私たち飼育者が生き物にアプローチできる貴重なイベントです。エサに良い反応をしてくれると大きなやりがいがあるものですが、ゴキブリはこの点でとても秀でています。

エサを入れるためにフタを開けると、ゴキブリたちは慌てふためき、こぞって隠れてしまいます。しかし、エサを設置して少し様子を見ると、隠れ家から触角を出して揺らしながら、だんだんと外へ出てきます。そして、今度は我先にとエサを食べ始めるのです。

「おやおや、ゆっくり食べなさい」と、お腹が減った子どもたちにご飯をごちそうする田舎のおじさんになった気分になります。こちらの行動に対して大きな反応をしてくれるのはとてもおもしろく、かわいらしく見えます。

■ブラックパールのような美しい複眼

柳澤静磨『ゴキブリ研究はじめました』(イースト・プレス)
柳澤静磨『ゴキブリ研究はじめました』(イースト・プレス)

もう一つのかわいいポイントは、「おめめ」です。ゴキブリは上から見ると頭部が前胸背板という楯のようなものに隠れてしまい、頭の位置や目(複眼)の位置がわかりません。

「顔が見えない」というこの特徴もゴキブリの不気味なイメージを際立たせている一因でしょう。とくにクロゴキブリなどの黒っぽいゴキブリはどこが複眼かわかりにくいのですが、横からじっと見てみると、ブラックパールのような美しい複眼に気がつきます。

大きく、愛嬌のある複眼です。今度ゴキブリと出会う機会があったら、ぜひ横から見て、おめめを探してみてください。あまりのかわいさに、心打たれてしまうかもしれません。

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柳澤 静磨(やなぎさわ・しずま)
磐田市竜洋昆虫自然観察公園職員
1995年生まれ、東京都出身。幼いころから生き物が好きで、専門学校卒業後は静岡県の昆虫館・磐田市竜洋昆虫自然観察公園に入職。ゴキブリの魅力に気づいた後は同園で『ゴキブリ展』を企画・運営し、「GKB総選挙」などのユニークな催しで注目を集める。2020年、所属する研究チームとともに、35年ぶりとなる日本産ゴキブリの新種2種を発表。企画展示、講演会、SNSやブログを通じ、ゴキブリの魅力、生物保全の重要性について発信を行っている。

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(磐田市竜洋昆虫自然観察公園職員 柳澤 静磨)

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