「次は桜と紅葉の株を増やす」20年がかりで"死ぬまでに行きたい絶景"を作った副住職が描く"花の名所"計画
プレジデントオンライン / 2022年7月11日 17時15分
■「死ぬまでに行きたい絶景」でフォトウエディング
前回の本コラムで紹介した秋田・男鹿半島の「青のあじさい寺(雲昌寺)」の記事が、大きな反響をいただいている。記事の内容は、「副住職が青のあじさいの株分けを20年間継続した末に、『死ぬまでに行きたい絶景』をつくり上げた。その経済波及効果は大きく、寺と地域全体が活性化し始めた」――というもの。筆者はさらに副住職に取材し、現状の課題や最新の取り組み、地域の人口減少の現実などを聞いた。
筆者が雲昌寺を訪れたのは、あじさいの青色が濃くなり始めた先月中旬のこと。ひと組のカップルが応接間に入ってきた。続いて、大きな衣装ケースが運び込まれてきた。「雲海のような青あじさい」を背景にして、「フォトウエディング」をしようというのだ。副住職の古仲宗雲さん(52)はいう。
「フォトウエディングは4年前から始めました。当初2年間の成約はワンシーズンに数組程度でしたが、コロナ禍になってぐっと需要が拡大しました。人を集めて宴会場で結婚式ができない状態のなか、カップルたちが満足できる結婚式を、とプランを探し回った末に、雲昌寺のフォトウエディングに行き着いたというわけです」
確かに、絶景のみえる広い屋外でふたりだけのセレモニーができるのは魅力的だ。2021年シーズンは21組。今年も、すでに20組近くの予約が入っているという。
イギリスの童謡『マザーグース』には、「結婚式でサムシング・フォー(something four=何か4つのアイテム)を身につけると幸せな結婚生活が送れる」との一節がある。
「Something old, something new, something borrowed, something blue, and a sixpence in her shoe」
(何か古いもの、何か新しいもの、何か借りたもの、何か青いもの、そして靴の中には6ペンス銀貨を入れて)
こうしたストーリーにのせて、ジューンブライドシーズンにおける雲昌寺の青あじさいの情景がシンクロする。「古いもの=お寺、新しいもの=あじさいの生花ブーケ、借りたもの=境内、青いもの=あじさい」である。
そこにコロナ禍による“逆張り”のニーズが相まって人気が高まっているというわけだ。確かに、「死ぬまでに行きたい絶景」の中で結婚写真が撮れるとあって、予約が殺到するのも頷ける。
価格は貸切料(夕方の1時間半)、衣装代、美容代、写真代がセットで29万7000円(税込)~という。このように、青に特化したあじさい寺、雲昌寺は多くの「副産物」を生んでいるようだ。
■青のあじさい寺をつくった52歳副住職はどんな人物か
斬新なアイデアが次々と具現化しているのは、古仲副住職の情熱と行動力があってこそだ。雲昌寺に生まれた古仲さんは高校を卒業後に上京。曹洞宗の宗門大学である駒澤大学に学び、卒業後は総本山永平寺に修行に入る。
学生時代はある企業からのスカウトもあったが「仏飯で育てられた恩に報いたい」と故郷に戻ることを決意。それが、オウム真理教事件が起きた1995年のことだった。
その頃の雲昌寺は、一家を養うのが精一杯の経済力だった。それどころか、年々檀家は減っていく一方。このままでは古仲さんが寺を継いだとしても、いずれは護持ができなくなってしまう。古仲さんの次の世代には、無住寺院になってしまうことが危ぶまれるような状態だ。
男鹿市にある曹洞宗寺院は20カ寺。うち2つの寺が無住だ。その2カ寺とも雲昌寺が兼務している。兼務する側の雲昌寺ですら、あじさいで有名になった今でも檀家離れに歯止めがかかっていない。
青のあじさいで境内を埋め尽くす計画は、古仲さんの寺の存続をかけた起死回生の試みだったといえる。2002年以降、境内に1株1株、地道に株分けしていく作業が続いた。
その苦労は尋常ではなかっただろうと推測する。
「植物の作業なので時期ごとにする作業が決まっているのですが、その時期たまたま檀家務が忙しく、日中時間が取れないときなどは夜中の3時くらいまでヘッドライトをつけて一人作業していました。土壌の悪いところの土を入れ替える作業では、重機が入れない場所は4トントラック1台分の土を一輪車とバケツで運んだりしました。それでも夢を描いてやっていたので、苦労したとは思っていませんでした。むしろ、人が集まり出した今が一番、大変かもしれません。あじさいによって地元経済を回し始めたのは確かですが、別のところで迷惑をかけているのも事実です」
■駅や空港も……「秋田全体」があじさい県化しつつある
古仲さんが頭を悩ませているのは、駐車場の問題だ。参拝客が集まるようになって120台ほどは停められるように整備した駐車場もすぐに手狭になった。近隣からの苦情も寄せられるように。少なくともあと100台ほど停められる駐車場は必要だ。
「お寺と地元の誰もがあじさいの恩恵を受け、不幸にならない体制に早くもっていきたい」(古仲さん)
あじさいのシーズン中、雲昌寺はキッチンカーや出店で賑わう。秋田名物のババヘラアイス(氷菓)の青色バージョン、プリザーブドフラワーの技術でつくられたあじさいのグッズや、レモン汁を入れると青く変化するあじさいティーなどを販売する。また、ひとつとして同じ柄がない「あじさいお守り」や「あじさい御朱印」も人気を博している。
こうした販売にかかわる労働力は、地元の人の雇用によって賄われている。シーズン中の人件費は300万円ほどになるが、「収益も大事だけれど、過疎地にあって雇用を生むことはもっと大事」と、古仲さんは考えている。
近年は近隣の高齢者施設に頼んで、入居者に株分けや、お守りの中にあじさいの花びらを入れる作業を手伝ってもらっている。男鹿半島には子供は少ないが、高齢者は多い。
入居者によって株分けされたあじさいは、1シーズンで300~500株にもなる。春になってしっかりと根付いた株を、寺に戻してもらうようにしている。高齢者は花を育てることで喜びや充足感を得られることはもちろんのこと、施設には株分けの対価が支払われるという仕組みだ。
こうした地元を巻き込み、今も株分けされ続けているあじさいは、雲昌寺の外でも花開き始めている。昨年3月に新駅ができたJR奥羽線泉外旭川駅の駅前花壇には、地元の子供らと一緒にあじさいの植樹がなされた。
また、JR秋田駅や地元小中学校の校庭でも雲昌寺のあじさいが咲くほか、秋田空港でも来春に植樹が計画されている。県内各地に、青あじさいが拡大し続けているのだ。
■「春は桜、夏はあじさい、秋は紅葉、の花の名所に!」
「青いあじさいの花の近くのお墓で眠りたい」
そんな要望を受け、雲昌寺では今夏、あじさいの花に包まれた合祀墓の募集を始めた。価格は5万5000円/1柱と、県内でも「格安」の合祀墓だ。
都会に出た人が、故郷の墓をたたんでビル型の永代供養墓などに移す「改葬」が増えている。先祖代々の墓が完全に「墓じまい」され、遺骨が都会に移動してしまうと、もう二度と寺や故郷には戻ってこなくなる。墓じまいは、人口減少の種を生んでいると言っても過言ではない。
いかに、故郷の菩提寺にお墓を持ち続けてもらえるか。それが寺にとっても地方にとっても死活問題なのだ。古仲さんは、花のお墓と価格の安さで墓じまいによって長年住んだ土地との縁が切れてしまうのを食い止めようとしている。
雲昌寺は今後、どうなっていくのか。古仲さんにはさらなる夢がある。
実は境内に植えられているのはあじさいだけではない。古仲さんは、春は桜、夏はあじさい、秋は紅葉の、季節ごとの花の名所にしようという計画を描いている。いま枝垂れ桜とイロハモミジの株を、あじさいと同じように少しずつ増やし続けている。
「桜と紅葉は京都から取り寄せています。あじさいもそうですが、闇雲に植えてもダメ。境内を彩る植物は品種の見極めがとても大事なのです」
桜や紅葉は、あじさいとは異なり、大木になって寺が「名所」となるには数十年の時間軸が必要だ。しかし、古仲さんは次代のためにそれを続ける。持続可能な寺と地域づくりのために。
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浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)
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