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所得の割に食にこだわる「エンゲル係数の高い県民」が不思議と好む、米でも麺でもない割高な"粉もの料理"

プレジデントオンライン / 2022年7月12日 11時15分

家計の消費支出に占める食費の割合=エンゲル係数が高い地域はどこなのか。各都道府県のエンゲル係数と所得水準の相関と合わせて調べた統計データ分析家の本川裕さんは「東京や大阪など大都市圏は特に食へのこだわりが強く、所得水準の割に食費をかけている。そして、こうした“食い倒れ”エリアの共通点は、米や麺ではなくパンを好むことだ」という――。

■世界中でエンゲル係数は反転上昇の動き

エンゲル係数とは家計の消費支出に占める食費の割合のことである。

2020~21年にはコロナ禍でレジャーや旅行などの外出消費が控えられため、また直近では、食料価格が高騰してエンゲル係数が上昇した点に関心が集まっているが、少し前は貧窮世帯の増加の表れとしてそれがさかんに取り上げられた。

今回は、一時期、日本が貧乏国に転落しつつあることの証拠と見なされていたエンゲル係数の上昇が本当にそういうことを意味しているのか、また、食へのこだわりが大きいためにエンゲル係数が通常より高くなっている地域がないか、分析をしてみよう。

日本において経済成長とともに戦後を通じ長らく低下し続けていたエンゲル係数が、2005年ごろを境に、反転上昇していることが明らかになった時、日本のメディアや有識者は、政府が改善に向け真剣に取り組まないため顕在化した格差拡大のせいだと何の疑問もなく報じたり論じたりした。

私は、日本の動きだけが取り上げられ、エンゲル係数の動きについて国際比較したデータがなぜ参照されないのかが不思議でならなかった。世界共通の現象なら、わが国の局所的な社会現象の観点からではなく、もっと広い視野からそれが示す課題を明らかにできるはずだからである。

そうした気持ちから、その時作成し、さらに現時点で更新した統計グラフを図表1(※)に掲げた。

(※)わが国以外では家計調査は本格的・継続的に行われてはおらず、行われているとしても基準が同一とは限らないため、諸外国の家計調査は使えない。そこで、作成基準が統一されているGDP統計(SNA)の国内最終家計消費の内訳から算出したエンゲル係数で各国の動きを比較した。

■日本、イタリア、フランスのエンゲル係数が上昇

コロナ禍が襲った2020年にレジャーや旅行など外出関連の消費支出が落ち込んだのに食費支出は巣ごもり消費で比較的堅調だったため日本のエンゲル係数は、前年の25.7%から27.5%へと急上昇した。

2020年のデータが得られる国のうち、日本、イタリア、フランス、スウェーデン、米国では同様の動きが見られた(外食費が大きく落ち込んだ英国では20年はむしろ低下したが21年には上昇している)。

2021年に入ると日本はやや低下、フランスは大きく低下し、通常年に向かう動きが見られる。2020~21年の動きはコロナの影響でやや特殊なので、それを除いて、エンゲル係数の動きをたどってみると以下のようにとらえられる。

まず、エンゲル係数の各国の相対レベルは、あまり変わっていない。かねてより、米国が特別低く、日本、イタリア、フランスで高くなっている。スウェーデン、英国、ドイツは、両者の中間のレベルである。

料理や食文化にそれぞれ特徴のある日本、イタリア、フランスで高く、ファストフードの米国で特別低くなっている点が印象的である。料理が名物とされているかのランキングとエンゲル係数の高さがほぼ一致しているのが興味深い。

2009年6月、パリのファーマーズマーケットで売られているバゲット
写真=iStock.com/Stieglitz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Stieglitz

すなわち、先進国だけ取ってみると、エンゲル係数は所得水準の差と言うよりは、各国の国民が食べ物にだけこだわるかの指標の側面が大きいといえよう。この点については後にさらに詳しく触れる。

欧米主要国の動きを見る限り、米国を除いて、反転の時期は異なるが、日本と同様に、下がり続けていたエンゲル係数が最近になって上昇に転じている。明確に反転とは言えない米国も横ばいか微増には転じている。

ただし、反転上昇のカーブについて日本がもっとも鋭角的だとは言えよう。

エンゲル係数の反転上昇の動きがこのように世界共通であるということは、日本のエンゲル係数の上昇が意味するものとして指摘されることが多い生活苦の拡大というよりは、先進国でおこっている共通の社会の構造変化を想定する必要がある。

■高齢化、共働き世帯増、食料価格高騰で「反転上昇」

エコノミストらの分析を参考にすると、エンゲル係数の反転上昇の要因としては、主として以下の3つが想定される。

まず、世界の中でも突出した高齢化である。先進国では高齢化に伴って、退職後の高齢世帯やひとり暮らし高齢世帯が増加している。食費以外の教育費などの負担が減る高齢世帯や食べ残しが多かったりするため食費が割高になりがちなひとり暮らし高齢世帯ではエンゲル係数が高くなるという特徴がある。

従って、高齢世帯の割合が増えればエンゲル係数を押し上げる効果が働くのである。また、高齢化に伴って生産年齢人口が減れば経済成長率が低下するのでエンゲル係数の下落を遅らせる効果もあろう。

白ワインで乾杯
写真=iStock.com/kokouu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kokouu

次に、女性の社会進出や女性就業率の上昇に伴って、ますます共働き家庭が増え、各国で食費に占める調理食品や外食の割合が増えている。調理食品や外食は加工やサービスの費用が加わっているので、同じ栄養価を得るための費用は家庭内で調理する場合に比べると高くなるはずであり、食費を全体として拡大させる要因となっているのは間違いなかろう。

第3に、食料価格の高騰が挙げられる。図表1を見ると、2009年には、日本、ドイツ以外の国でエンゲル係数が短期的に跳ね上がっているが、これは、2008年の穀物価格の急上昇の影響と見られよう。日本がその時期にエンゲル係数に大きな変化が見られなかったのは円高傾向が相殺要因として働いていたからである。

その後も国際的な穀物価格は以前と比較して高値を続けており、これが各国の食料価格を上昇させ、結果としてエンゲル係数を押し上げる要因となっている。

日本の場合は円安傾向や消費税引き上げがこれに拍車をかけている。2015~16年の円安は日本のエンゲル係数を特異に上昇させる要因となった。また、2014年4月に消費税率が5%から8%に引き上げられた影響も加わっている。医療費や学校の授業料など非課税品目を含む消費全体に対して消費税が引き上げられた食料品価格は相対的に上昇したのである。

■円安による食料品の価格上昇もエンゲル係数に関連

報道によれば「総務省が2014~16年のエンゲル係数の上昇要因を分析したところ、上昇幅1.8ポイントのうち、円安進行などを受けた食料品の価格上昇が半分の0.9ポイント分を占めた」という(毎日新聞2017.2.18)。

こうした高齢化、共働き世帯の拡大、食料価格上昇という3つの要因が世界の中でも特に日本で大きく作用していることが、エンゲル係数の反転上昇カーブが特に日本で鋭角であることに結び付いていると考えられよう。

さらに私はもう1つの要因がエンゲル係数の反転上昇を目立たせる方向に作用したと考えている。

日本で情報通信革命が通信費を上昇させた1995~2005年の時期には、生活水準が上昇していなかったにもかかわらず、エンゲルの法則に反して、エンゲル係数が低下した。世界的に情報通信革命が進展していた同時期に、米国と英国を含めて、すべての国でエンゲル係数が下がり続けていた状況が認められる。

すなわち、日本と同様に情報通信革命が大きく進行した時期にエンゲル係数が下方シフトし、それが落ち着いてきて、上記3要因によるエンゲル係数の上昇傾向が目立つようになったというのが、先進国共通の動きだと推測できよう。こうした点に興味がある方は、筆者が執筆・運営するサイト「社会実情データ図録」の図録2355を参照されたい。

エンゲル係数の今後の見通しについては、世界の潮流として、高齢化や共働き世帯の増加は、なお続くであろうし、世界的な食料価格の上昇も地球規模で極貧人口、飢餓人口が大きく増加しているのに伴う食料需要の増加の表れだとも考えられるので、なお解消していく可能性は低い。

食糧危機を知らせる標識
写真=iStock.com/Tetiana Strilchuk
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tetiana Strilchuk

そうだとすると、エンゲル係数の上昇という先進国共通の動きは今後も、すなわちコロナの流行が収まったとしてもなお続くと考えられよう。否、むしろ、コロナの流行下で経験した家庭内で食事や料理を楽しむ生活態度が今後も定着し、エンゲル係数を高止まりさせる可能性さえあろう。

■食費支出が過当に少ない英語圏諸国

次に、図表1で取り上げた主要国だけでなく、多くのOECD諸国を対象に、本当に所得水準とエンゲル係数とが相関しているかを確かめてみよう。

図表2には、OECD諸国のエンゲル係数と所得水準の相関を示す散布図を掲げた。

米国をはじめとする英語圏諸国は所得の割にエンゲル係数が低い

所得水準の値がかなり外れ値であるルクセンブルクとアイルランドを除いて相関を確かめると、ほぼ、所得水準の高い国ほどエンゲル係数が低いという古くから知られているエンゲルの法則が成り立っていることが分かる。

ただし、所得の割にエンゲル係数が高い国、低い国があることも図表2からうかがわれる。

だいだい色で示した回帰線より下に外れ、所得の割にエンゲル係数が低い国、すなわち所得の高さ以上に食費にお金をかけない国としては、所得に低いほうから、コスタリカ、ポーランド、スロベニア、英国、カナダ、オーストラリア、ドイツ、米国などが目立っている。

このうち、所得の高いほうの国は、ドイツを除くとすべて英語圏諸国であり、歴史的には英国植民地だった国である。

こうした国では、食費にお金をかけない気質があると考えざるをえない。共通しているのは、ファストフードがさかん、美食の国ではない、食事に時間をかけない、食料価格が低い、といった特徴で、先進国の中でもやや特殊な食文化グループを形成しているといえよう。

主要国におけるエンゲル係数の時系列変化を追った図表1では、日本、フランス、イタリアのエンゲル係数の高さが目立っていたが、図表2をみると、これらの国はむしろ普通の所得水準対比のエンゲル係数であることが分かる。

先進国の中で、所得水準対比でエンゲル係数が高い国、いわば「食い倒れの国」としては、スペイン、チェコ、アイスランド、オーストリア、ノルウェーなどがむしろ目立っていると言えよう。スペイン、オーストリアは外食費が大きいという特徴があり、そうした要因も影響している可能性がある。

■大阪は今でも「食い倒れ」の都

このように、国ごとの比較で、エンゲル係数の高さは所得水準との相関で見ると、通常より高い国や低い国があることが分かったが、こうした食への傾倒度の違いは国内の各地域でも見られる。

今回は紙面の関係で取り上げられなかったが、中国では、同じように所得水準の高い沿海部地域であっても、中国南部の福建省や広東省のほうが同等の所得水準を示す中国北部の遼寧省や江蘇省よりずっとエンゲル係数が高くなっており、まさに「食は広州にあり」といった傾向を示している(興味のある方は、「社会実情データ図録」の図録8520をご覧ください)。

日本でも、江戸時代から、大阪は「食い倒れ」、京は「着倒れ」、江戸は「呑み倒れ」と言い、家計が破綻しかねないほど食・衣服・アルコールに傾倒する地域人気風を表す言葉として知られている。

こうした特徴が今でも存在しているかを確かめるため、各都道府県のエンゲル係数と所得水準の相関を示す図を図表3に描いた(※)

(※)各都道府県は県庁所在市の値で示し、所得水準については、代理変数として消費水準に替えて表している。また、コロナ禍の影響を避けた時期を選び、2015年から19年にかけての5カ年平均値を採用している。

消費水準の割にエンゲル係数が高い「食い倒れ地域」

エンゲル係数が最も高いのは大阪の29.1%であり、次いで京都28.8%、兵庫28.2%、青森27.8%となっている。最もエンゲル係数が低いのは、香川22.5%であり、山口23.4%がこれに次いでいる。

消費支出との相関は、エンゲルの法則どおり、負の相関となっているが、相関の程度を示すR2値は0.2636とそれほど大きくない。

例えば、大阪は家計の消費額が少ないからエンゲル係数が高いという側面より、「食」への傾斜度が所得水準の割に大きいという側面が目立っている。京都や兵庫、東京、神奈川などもそうした側面が大きい。これらはいわば「食い倒れ地域」なのである。1次回帰式の直線をオレンジ色で示しているが、この直線より上に離れれば離れるほど「食い倒れ度」が高いといえる。

逆の方向に、すなわち「食に淡泊」なほうに片寄っていることで目立つのは大分、鹿児島、香川などである。エンゲル係数が最低なのは香川であるが、「うどん県」であることが影響している可能性があろう。どんなに凝ったうどん食でも費用面では少なく済んでしまうので、食費割合も低くならざるを得ないわけである。

食費だけではない全体の消費支出の水準は大阪、京都、兵庫という大阪圏では低く、東京、神奈川という東京圏では高いという大きな差異があるが、消費水準の割にエンゲル係数が高いという面では両地域は共通である。

ただし、大阪圏、東京圏といった大都市圏では食料品価格が高いからエンゲル係数が高くなっているだけかもしれないという疑問が生じるであろう。

この点を確認してみると、確かに、東京、横浜などは、全国平均より3%前後食料品価格が高いので、そういう面も無視できない。しかし、大阪、京都、神戸などは、割高とはいっても1%以下であり、そうした面からの高エンゲル係数とはいえない。価格水準を考慮した実質食費でエンゲル係数を算出して同様の相関図を描いても状況はあまり変化がないのである。

■「食い倒れ地域」は「パン好き地域」

さて、こうした「食い倒れ地域」には、大都市圏だという点以外に、何か共通の「食」の特徴はないかと探してみると、興味深い分布が食い倒れ地域と重なっていることが判明したので紹介しよう。

われわれが食べる炭水化物の3大食品は「米」と「パン」と「麺」である。家計調査のデータから好きな炭水化物食品の地域分布を図表4で探ってみた。この図は、この3品目について、支出額の県庁所在市ランキングが最も高い品目を、それぞれの食品を好んでいる地域として色分けしたものである。支出額の多いトップ10地域の表も付加しておいた。

米好き、パン好き、麺好きの地域分布

描いた統計地図を見ると、東日本(北海道を除く)では「麺」、東京大都市圏と西日本では「パン」を好んでいるという大きな地域分布が明確である。米どころとして知られる東北や新潟がむしろ麺好き地帯であるのはやや意外である。東日本の西端は富山、長野、愛知のラインとなっている。

一方、「米」は、北海道、沖縄という日本列島の両極、および西北陸、そして静岡から和歌山、高知、南九州に続く西南暖地で好まれている。

もっとも、飛び地がある。西日本の中でも讃岐うどんの香川と出雲そばの島根は「麺」に区分される。また、東日本の中でも群馬は「米」に区分される。

パンはもともと横浜や神戸といった国際港湾都市や東京などの大都市、および岡山、広島といった西日本で多かったが、その後、食生活の洋風化とともに全国にパン食が拡大した後もこうした地域性が保たれている。

そして、図表3の「食い倒れ地域」に属する地域は、パン好き地域と重なっている。パンの消費支出額上位6位までの地域は岡山を除くとすべて「食い倒れ地域」なのである。日常食の食パン、おやつにもなる総菜パンに加え、最近は、二斤サイズで1000円前後する高級食パンや、会社員がランチなどで利用するカフェでは凝った新レシピの1個数百円のパンが続々登場している。そう考えると、パンは米や麺に比べ、総じてコストが高くなってエンゲル係数を押し上げているのかもしれない。

「米」好き地域については、かつては全国的に米中心だった状況から、パン好き、麺好き地域が明確になる中で、遠隔地ではかつての特色をなお残しているともとらえられよう。西南暖地とも言うべき地域がなお米好きということからは、気象上の米栽培の適地だという要因も作用している可能性もある。

なお、麺といっても、うどん、そば、ラーメンなどと種々である。東日本の麺好きは何によっているかをうかがうために麺類に属する各品目の支出額を調べてみると、「パスタ」や「即席麺」は東京圏や西日本で多いが、「中華麺」や「カップ麺」では東北諸県や新潟が上位を独占しており、東北を中心とした東日本の麺好きは主としてラーメン好きであるためと考えられる。

米好きや麺好きな地域は、結果として、食費にあまりお金をかけずに済んでいると言えよう。

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本川 裕(ほんかわ・ゆたか)
統計探偵/統計データ分析家
東京大学農学部卒。国民経済研究協会研究部長、常務理事を経て現在、アルファ社会科学主席研究員。暮らしから国際問題まで幅広いデータ満載のサイト「社会実情データ図録」を運営しながらネット連載や書籍を執筆。近著は『なぜ、男子は突然、草食化したのか』(日本経済新聞出版社)。

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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)

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