「自民も嫌だが立憲も嫌という層を取り込む」維新が必死になる"どぶ板と空中戦"の中身
プレジデントオンライン / 2022年7月14日 12時15分
※本稿は、蔵前勝久『自民党の魔力 権力と執念のキメラ』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
※役職名は当時のものです。
■大阪は「維新」「自民」の二大政党制
いつでも政権を担いうる二つの政党、もしくは二つの政党ブロックが存在し、片方の側が政権運営で失敗を重ねれば、次の選挙でもう片方の側が政権につく――小選挙区の前提には、そんな政権交代のサイクルがあるはずだった。そのサイクルが実現すれば、政権にある側には「いつ滑り落ちるか分からない」という緊張感が生まれ、より良い政治が行われるという理屈だったが、全国を見渡せば「自民1強」状態で、理想とした「政権交代可能な二大政党制」とはほど遠い状況である。
しかし、大阪は二大政党が競い合う状況である。大阪限定のこの現象の発端は、大阪府知事だった橋下徹氏が掲げた「都構想」をめぐる大阪自民の分裂だった。
2010年秋、橋下知事が代表を務める地域政党「大阪維新の会」に参加するため、自民党大阪府連所属の府議や大阪市議ら45人が離党。その数は、自民党所属の府議や大阪・堺両市議のおよそ半数を占めた。大阪維新の会の幹事長は、自民を離党した松井一郎府議だった。後の大阪府知事、大阪市長である。維新は11年府議選(定数109)のうち過半数の57議席を獲得し、自民の13人を大きく上回った。大阪市議選(定数86)では維新は33人。過半数には届かなかったが、17人だった自民のほぼ倍の議席を得て「市議会第一党」となった。後に日本維新の会の共同代表を務めることになる馬場伸幸氏は、この時の堺市議選で、自民市議から維新に転じて6選し、市議会議長に就いた。
大阪に維新、自民の二大政党が生じた経緯は、93年の自民分裂の結果、自民党と新進党の二大政党が生まれた状況に似ている。このことを考えれば、やはり自民党分裂でしか、二大政党にはたどり着けないのだろうか、とも思えてしまう。
■大阪ダブル選で「維新」が掲げた「大阪都構想」への再挑戦
自民党と維新との関係を考える上で、興味深かったのは、大阪府知事と大阪市長の2015年のダブル選である。
![選挙中に投票する人のイメージ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/8/1200wm/img_d84fba89c2269b91c42af6e4a6726e7b317650.jpg)
大阪で「与党」の維新に、自民が挑戦した構図だが、「現代自民」と「伝統自民」の戦いだったように見えた。この年のダブル選は、松井知事と橋下市長の任期満了に伴う選挙で、維新は知事選で松井氏、市長選では政界引退を表明した橋下氏の後継として維新の党衆院議員の吉村洋文氏を擁立した。松井、吉村両氏は、同年5月の住民投票で廃案になった「大阪都構想」への再挑戦を掲げた。
■「都構想」に対抗して掲げた「自民」の「近畿メガリージョン構想」
一方、知事選、市長選でいずれも新顔を立てた自民側が「都構想」に対抗して掲げたのは、「近畿メガリージョン構想」だった。大阪から北陸などを新幹線でつなぎ、近畿を首都圏に匹敵する都市圏に発展させるという構想だ。同年11月22日投開票のダブル選を前に、竹本直一自民党大阪府連会長は、所属する自民党岸田派の会合でこう呼びかけた。
「大阪は東京に次ぐ第2の都市とは言うが、人口1人当たりの所得は全国で14位まで下がっている。滋賀県よりもはるかに下、おそらく富山県より下がっている。橋下徹さんが知事になったのが8年前。この時は、まだ5位。何でこんなに下がったのか。『都構想』という一つの考え方に対して、ボクシングばかりやっているから、やるべき経済対策に手が打てていなかった」
「自民党の候補は、大阪の経済の浮揚を目指して『近畿メガリージョン』という近畿の交通ネットワークを完成させて、東京と並ぶ高速鉄道網の整備を図ることを念頭に置きながら、関西の復権を図る経済対策中心に訴えていく」
「関西に元気がなければ東京一極集中はますます進む。是正する意味でも、リニアを早く大阪まで持って行くことも含め、『国土構造の均衡ある発展』を図るために、どうしても必要だ」
「国土」「均衡ある発展」。こうした言葉を聞き、ある年代以上の国民が頭に思い浮かべるのは田中角栄元首相だろう。田中氏は、全国に高速鉄道や高速道路を張りめぐらせることで、「国土の均衡ある発展」を訴えたからだ。ダブル選に出馬した自民候補を全面的に応援した自民党幹部が、二階俊博総務会長だったことも、田中氏を思い起こさせる。田中氏を師事する二階氏は、移動中の車中で田中氏の演説を聴いていると、番記者に明かしたことがあるほどだ。
■角栄を受け継ぐ「伝統自民」と、安倍・菅氏に通じる「現代自民」
一方、安倍晋三首相や菅義偉官房長官は維新との関係が良好だった。クリスマスのころには毎年のように、安倍、菅、橋下、松井の4氏で会食する仲で、安倍、菅両氏はダブル選で「中立」を貫いた。心情的には維新を応援していたのだろう。
そこで「伝統自民」と「現代自民」の読み解きである。公共事業によって地域を発展させる角栄モデルを受け継ぐような「近畿メガリージョン構想」を掲げた大阪自民党は「伝統自民」であり、改革志向が強く、憲法改正にも積極的、そして国土の均衡ある発展よりは都市住民に向けた政策を好む維新は、安倍、菅両氏に通じる「現代自民」ではないか、ということである。
■維新議員が徹底的にこなす“どぶ板”と“空中戦”
先に記した通り、松井氏ら維新の結党メンバーは、自民党を離党した地方議員であり、橋下氏も知事選に初めて出馬する際は自民党が擁立した。自民党本部で知事選を取り仕切ったのは、古賀誠選挙対策委員長であり、菅義偉選対副委員長だった。
![忍者の戦いのイラスト](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/1/1200wm/img_3132d68083811ac5a549f85293dbde93259320.jpg)
維新の出自は、自民党にある。だからこそ、大阪で与党の立場にある維新の議員たちは、自民党の地方議員と同じように、御用聞きのような徹底的な「どぶ板」をこなし、地盤を固めている。知事も市長も押さえることで、与党議員として行政へのパイプも強調できる。維新の地方議員が増えるのは、大阪での与党構造のあり方として必然である。
一方、維新が大阪以外で支持を集めるためにやっていることは、どぶ板ではなく、空中戦である。政権党である自民党、そして野党第1党の立憲民主党をSNSやテレビで批判し、「自民も嫌だが、立憲も嫌」という層を取り込もうとする。新規参入の地域には、地方議員もおらず、足場がない。もちろん行政側へのパイプもない。空中戦を仕掛けるしかない事情もあるのだろうが、敵と味方を峻別し、相手を殲滅(せんめつ)させようとする政治手法は、安倍氏にそっくりである。そういう意味でも、維新は「現代自民」と言えるのではないか。
■「安倍さんが負けたら離党するしかない…」横浜市議が覚悟した自民離党
「菅さんから何も言われなかったが、ニュースを見て、安倍さんが負けたら、『もう自民党を離党するしかない』『横浜から自民党はなくなるんだなあ』と、あの時は覚悟したよ」そう振り返るのは、自民党所属のベテラン横浜市議である。「あの時」とは2012年秋の自民党総裁選のことだ。
![蔵前勝久『自民党の魔力 権力と執念のキメラ』(朝日新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/7/1200wm/img_672e591186a39275f044af904eaca9b8281222.jpg)
維新幹部の松井一郎大阪府知事は12年2月の教育シンポジウムで、野党自民党で無役だった安倍晋三氏と対談。これを機に、安倍氏と、そして同じく無役だった菅義偉氏との親交を深めていった。松井氏は安倍氏に自民を離党してもらい、安倍氏を党首とした「ドリームチーム」で衆院選を戦う構想だったが、安倍氏は「総裁経験者が離党することはない」と断った。ただ、安倍氏も連携には意欲を示し、同年8月には朝日新聞の取材に「維新は日本を大きく変えるパワーがある。政策でも一致点を探した方が早い。松井知事とは様々な場面で意見交換をしている」と語っていた。自民を脅かしかねない維新との良好な関係をテコに自民党内の待望論を高めた安倍氏は同9月の総裁選に出馬し、自民党のトップに返り咲いた。
松井氏に語った通り、安倍氏は、たとえ総裁選に敗れていたとしても離党はしなかっただろう。しかし、先述の横浜市議は言う。「菅さんは総裁選で安倍さんが負ければ、自民を離党し、維新入りしていたはずだ。自民党の横浜市議は菅さんに付き従って、維新入りしたと思う」。横浜自民党が消失したかどうかはともかく、少なくとも菅氏に同調して離党する市議がいて、分裂を強いられたことは間違いなかっただろう。
(朝日新聞論説委員 蔵前 勝久)
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