日米同盟を守るにはこれしかない…安倍元首相が批判承知で「トランプ大統領とのゴルフ」を繰り返したワケ
プレジデントオンライン / 2022年7月12日 13時15分
■世界中の国々が外交儀礼を超えて追悼している
安倍元首相の衝撃的な最期に、国内だけでなく各国からも驚きの声が伝わるとともに、その死を悼む各国政府や首脳からのメッセージが寄せられている。同盟国のアメリカだけでなく、中国や韓国など、外交的に対立する場面もあった国々も、だ。
中でも、ウクライナ侵攻中で日本の対ロ姿勢を強硬に批判していたプーチン大統領の対応は素早かった。安倍元首相の死に対しては、「晋三」とファーストネームで呼んだ弔電のほか、母の洋子さんや妻の昭恵さん宛にも「息子であり、夫である安倍晋三氏のご逝去にお悔やみを申し上げます」とする弔電を送ったと報じられている。
外交儀礼上、功績をたたえるのは当然であるとはいえ、ここまで安倍元首相の外交姿勢や国家間の友好に対する貢献を評価する声が寄せられているのは驚くべきことだ。しかも多くの国が「喪に服す」として半旗を掲げたり、自国の政治的モニュメントに追悼のライトアップを行ったりしているのは、前代未聞のことと言える。
もちろん、首相の職を退いているとはいえ、現職の国会議員の「暗殺」だ。しかも、長期政権となったことで、短期の政権では回り切れない国々も多数訪問している。安倍政権期の外交姿勢は「地球儀を俯瞰する外交」と呼ばれ、訪問国・地域は実に80にも上る。
だが、弔意の表明が相次いでいる理由は、これだけではなさそうだ。
「外交の安倍」とも言われた安倍元首相は、在任中の外交の場面でどんなことを考えていたのか。何に気を払っていたのか。筆者が取材と構成を担当した首相退任後の雑誌『プレジデント』掲載の安倍元首相へのインタビュー記事(2021年7月16日号、同10月15日号)を中心に、その一端を解き明かしてみたい。
■国益を背負う者同士にしかわからない重圧
安倍元首相は、首相在任時の外交の場面でとりわけ気を付けていたことがあるという。一つは、「相手の立場を知ること」だ。
「それぞれのリーダーが自国や地域の利益を最優先に考えていることは大前提ですが、首脳個人との関係においては、外交関係の域を超えた人間関係の構築も重要です。その際に私が気を付けていたのは、相手の立場を深く知り、慮って、胸襟を開いて接する姿勢です。各国首脳は、それぞれに国益を背負い、国内の様々な利害や声を背景に持っています。そのため、『お互い、大変ですよね』『私も同じですよ』と伝えることで、相手との距離が縮まり、相手もこちらを理解してくれるような関係を築くことを心がけていました」(10月15日号)
筆者からの「お互いの国益がぶつかる場面では、ピリピリするものではないのですか。そういう時はドライに接するものなのですか」という質問に、安倍元首相は明確に「逆です」と否定し、「気持ちが触れ合うようにして、相手の立場を重んじつつ、こちらの立場も伝えていく」と述べていた。
国益を背負うもの同士にしかわからない重圧を、「お互い、大変だよね」とねぎらうことで共通項を見つけ、相手の胸襟を開くことから始めていたのだ。
■どうしてあんなにトランプ大統領と仲良くできたのか
共通項という点では、トランプ前大統領との初対面時の有名なエピソードも挙げられる。
「(トランプ大統領との)初対面時には、まずトランプさんとの孫娘であるアラベラちゃんがピコ太郎の『PPAP』を歌う動画の話を切り出したことで、一気に場の空気が和らぎました。そのうえで『あなたはCNNやニューヨーク・タイムズに批判されている。私はニューヨーク・タイムズと提携している日本のメディア(朝日新聞)からさんざん叩かれたが、再び総理大臣になることができた』と言ったところ、彼はとても喜び、一気に距離が縮まりました」(7月16日号)
安倍元首相の、トランプ前大統領との関係は「蜜月」と言われ、他国の首脳からも「どうしてあんなにトランプさんと仲良くできるの」と言わんばかりの質問を受けたことがあるという。
トランプ前大統領との関係について、妻の安倍昭恵さんからこんな話を聞いたことがある。「気が合う、ウマが合うと言われているけれど、実際はトランプさんとの関係を壊さないために、相当の努力をしていたんですよ」
言われてみれば当たり前なのだが、なるほどそうだったのかと思ったものだ。ゴルフ場を経営し、自身もゴルフをプレーするのが大好きなトランプ大統領のために、初対面の席にゴルフクラブを持って行ったのは有名な話だ。
安倍元首相は、初対面の席で「一緒にゴルフをプレーすることを約束する」ことも事前に決めていたという。トランプ大統領はその申し出を歓迎した。
「そうはいっても、食事の約束もそうであるように社交辞令で終わることも多いですよね。でもトランプ大統領は、初対面の後に行われた最初の電話会談の時に『で、ゴルフはいつやるんだ』と聞いてきた。それで最初のゴルフ対談に至りました(笑)」(取材時の文字起こしより)
二人の在任中、ゴルフ会談は4回を数えた。
共にゴルフを楽しんだというだけではなく、自分の好みを理解して約束を申し出てくれたこと、リーダーとして認めてくれたことに対する感謝もあったのか、安倍元総理に対する、トランプ前大統領の思いは深い。訃報を受けて、自身が立ち上げたSNSに、こう綴っている。
「安倍晋三がどれほど偉大なリーダーだったかを知る者は少ないが、歴史が語ることになるだろう。類いまれなまとめ役であり、何より日本という立派な国を愛していた」
「世界にとって悪いニュースだ。彼のような人は二度と現れない」
■「トランプと仲がいい」と皮肉られた時の鮮やかな回答
「シンゾー、ドナルド」関係は時に「行き過ぎでは」と批判されることもあった。例えば国際投資家のジョージ・ソロスから「あなたとトランプ大統領との間に信頼関係があることは、あなたの評判に繋がらない」と面と向かって言われたことがあるという。
その時、安倍元首相はこう切り返したという。
「トランプ大統領を選んだのは私ではありません。あなたを含めたアメリカ国民が大統領に選んだのです。そして米国は日本にとって唯一の同盟国です。その国の大統領と信頼関係を構築するのは、日本の首相にとっての義務です」(10月15日号)
実は筆者もひそかに「いくら何でもトランプにへりくだりすぎでは」と思わないでもなかった。だが、EUの首脳から「トランプと仲がいい」ことを皮肉られた時の、安倍元首相の返答を聞き、考えを変えざるを得なかった。
「あなた方の国はNATOの一員だ。共同防衛義務があり、相互に自衛権を行使する。例えば北朝鮮には、『日本に武力行使を行えば、必ず日本が報復する』と思わせなければならない。私とトランプ大統領との関係において『私が頼めば、彼は必ず報復する』と北朝鮮が判断すれば、日本への攻撃を思いとどまる。その姿を、国際社会と国民に見せる義務が、私にはある」(7月16日号)
これを聞いて、外交を分かった気になっていたことを恥じるほかなかった。「ゴルフやセルフィーなどで親密な外交関係を内外に示したのも、そのため」と続けた安倍元首相は、他の誰でもない、日本国民のために、あのトランプ大統領との関係を保つ最大限の努力をしていたことを思い知ったのだ。
■どんな小さな国でも、自ら挨拶にまわった
外交の舞台で安倍元首相が評価されたもう一つの理由は、「細やかな気遣い」ではなかったかと思う。取材時、安倍元首相はこんな「秘訣」を明かした。
「(外交的な)会議の合間の時間というのは非常に貴重な機会で、私はどんなに短い時間でも、なるべく多くの首脳と顔を合わせ、会話を交わすようにしていました。
日本はGDPで世界3位の大国ですから、その国のトップリーダーから声を掛けられれば、気持ちを向けてくれます。逆の立場で考えてもそうじゃないでしょうか。もし私が円卓に座っている時に、アメリカの大統領が自ら近づいてきて声をかけてくれれば、当然、悪い気はしません。何より、各国の人たちはそうした様子を見てもいます。『やはり日本のリーダーは、アメリカのトップから直に声を掛けられるんだな』と感じ、日本のプレゼンスそのものが強まるのです」(10月15日号)
国内でも、「人たらし」で知られる安倍元首相だ。「中には自分から立ち上がって他国の首脳に声を掛けに行くことは一切しないリーダーもいた」(同)中で、自ら誰にでも話しかける安倍元首相の振る舞いは、特に小国のリーダーの心に響いたのだろう。だからこそ、各国から、日本のほうが驚くほどの悲しみと国際社会に及ぼした貢献に対する評価や感謝の意が発せられているのではないか。
■なぜトランプ大統領は安倍首相には耳を傾けたのか
そして、G7の取りまとめや民主主義という価値観を重んじるその働きが、国際社会で評価されたことは言うまでもない。これに関して安倍元首相がインタビューで明かしたエピソードの一つに、前ドイツ首相のアンゲラ・メルケルとのやり取りがある。
「日本はこれまで、自ら高々と主張を掲げるのではなく、多国間協議のまとめ役を担うと同時に、各国からそうした役割を期待されていました。
私にも経験があります。例えば14年にベルギーのブリュッセルで行われたG7サミットは、この年にロシアがクリミアに侵攻したことへの対処を検討しなければならない場でした。議長はドイツのメルケル首相。各国首脳はロシアへの対処で意見が分かれたのですが、メルケル首相は会議の雰囲気が悪くなると、必ず私を指して『安倍さん、どうですか』と話を振るのです。
そこで私が『共通項はこれです』『大切なことは、ここでG7が足並みをそろえて統一したメッセージを出すこと』と発言することで、会議が前向きな方向に修正されていき、G7首脳の共同声明を出すに至りました」(10月15日号)
事実として、トランプ前大統領とメルケル前首相は相性が悪かったとも言われる。2018年6月にカナダで開催されたG7で、トランプとメルケルの間に安倍元首相が腕組みをして立っている写真は、あまりに有名だ。「安倍さん、トランプをどうにかして」という彼女の声が聞こえてきそうな臨場感だが、実際、トランプ前大統領は欧州との同盟・外交関係の深化に熱心ではなかった。
一方で、トランプ前大統領は安倍元首相の話にはよく耳を傾けていたという。
「一般的なイメージからは意外かもしれませんが、トランプ大統領はこちらの理屈が通っていれば自論を引っ込めることもありますし、リーダーとして先輩である私の話をまず聞こう、という丁寧な態度を崩しませんでした」
いくら「リーダーとして先輩」でもメルケル首相の言うことは聞かなかったのがトランプ大統領であり、同時にトランプ大統領が耳を傾け、メルケル首相が助けを求めたのが安倍元首相だったということなのだろう。
■なぜ周囲は「安倍総理」を熱烈に応援していたのか
国内的には第1次政権の挫折を経験し、「政治家としての自身や誇りも砕け散った」と述べていた安倍元首相。多くの仲間に支えられたからこそ、もう一度カムバックすることができた、と述べている。
「私が彼ら(官邸スタッフや秘書官)を心から信頼したからこそ、彼らも私を支えてくれたのでしょう」
「どうして皆さんがそこまで熱心に総理を熱烈に応援し、支持してくれるのか、ご本人としてはどうお考えですか」と少々失礼な質問もぶつけたが、嫌な顔をするどころか柔らかい表情で、こう答えている。取材時の肉声に近い形で再現してみたい。
「……私が『足りない』からでしょうね。それを補ってくれる優秀な人たちが仲間になって、助けてくれる。安倍さんを支えなきゃ、補ってあげなきゃ、と思ってくれるんでしょう(笑)」
総理の職から降りた後ではあるが、自分の弱さに自ら言及した安倍元首相の言葉に、すっかり驚いてしまった。
■選挙中は「安倍晋三です、お願いします」を300件以上やる
最後に、妻・昭恵さんから聞いた話を再度ご紹介したい。筆者が「選挙中って、政治家の方はやっぱりアドレナリンが出るものなんでしょうね」と尋ねたところ、選挙中の夫の様子についてこう述べていた。
「それはもう、猛烈ですよ。街頭演説や選挙区回りの合間の移動の最中も、途切れることなく電話をかけ続けるんです。『安倍晋三です、誰々さんをお願いします』。で、即、次の人に電話。『安倍晋三です、お願いします』……これを200件も300件もやるんです、嫌な顔一つせずに」
総理まで務めても、そんな地道な選挙運動をするのかと驚いたが、確かに総理からの電話があれば、集票にはこれ以上ない強力な後押しになる。外交の場面では相手への「理解」や「気持ちのふれあい」を重視していた安倍元首相だが、選挙の場面ではこれ以上ない闘争心を燃やしていたに違いない。
政治家として、「戦う姿勢を忘れてはいけない」と述べ、若手にも「もっと戦え」とハッパをかけていた安倍元首相。選挙という戦いのさなか、凶弾に倒れられたことが無念でならない。
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ライター・編集者
1980年埼玉県生まれ、中央大学卒業。IT企業勤務の後、月刊『WiLL』、月刊『Hanada』編集部を経て現在はフリー。雑誌やウェブサイトへの寄稿のほか、書籍編集などを手掛ける。
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(ライター・編集者 梶原 麻衣子)
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