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「この会社、危ないかも」プロが秒で安全性を見極める貸借対照表の"重要項目"…コロナ直撃の旅行業界の場合

プレジデントオンライン / 2022年7月13日 12時15分

夏休みのバカンスシーズンの折も折、活気が戻りつつあった旅行業界に新型コロナ「第7波」襲来が取りざたされ、厳しい状況に。経営コンサルタントの小宮一慶さんが業界大手の近畿日本ツーリストとHISの最新の賃借対照表(バランスシート)をチェックしてみると――。

■旅行業界は復活するのか…近ツリ、HISの現状分析

ウィズコロナの状態が続いていますが、東京などでは「コロナ慣れ」で以前ほどの緊張感がなくなったのは明らかで、それに加えて新規感染者数が増えており、「第7波」が取りざたされています。

そうした中、少しずつ活気が戻りつつあった百貨店や飲食、旅行業界への影響が心配です。特に私が不安視しているのが旅行業界です。

今回取り上げるKNT-CTホールディングス(以下、KNT-CT:近畿日本ツーリストやクラブツーリズムなどが傘下)と、HISは以前に比べれば明るさも見えるものの、業績的にはまだまだ厳しいものがあります。

■増資で債務超過を脱却したKNT-CT

まず、KNT-CTを見ていきましょう。2022年3月期の通年の決算を中心に説明します。

図表1にあるように、KNT-CTは1年前の2021年3月末では自己資本比率がマイナス15.4%と、債務超過の状態でした。貸借対照表にあまり詳しくない方のために、簡単に説明しておくと、会社の財産である「資産」よりも、将来に返済が必要な「負債」のほうが多い状態を債務超過と言います。

業績がよければ、「資産」よりも「負債」のほうが小さく、その差額部分(「純資産」)が帳簿上は会社の価値となるわけですが、それがマイナスというわけです。

債務超過となると、通常、銀行は貸出しを渋ります。後述するHISでは、かろうじて債務超過を回避できていますが、債務超過となれば、常識的にはかなり深刻な状況と言えます。

純資産を増やす方法は、大きく分けて2つ。ひとつは、発行する株式などをだれかに買ってもらう「増資」により資金を調達する方法。もうひとつは、利益を稼ぐことです。

経営が安定している状態なら、利益を稼ぐことで純資産を増やすことができますが、コロナにおける旅行業などの場合には、これがなかなか難しい。

そういう場合には、増資に頼ることとなりますが、KNT-CTの場合には、親会社である近鉄グループホールディングスなどから400億円の資金調達をすると発表しました。これにより、債務超過を解消し、図表1にあるように、純資産の中核となる株主資本は225億円のプラスとなり、自己資本比率もマイナスの状態から23.7%まで回復しました。

今後は、業績の向上により利益を生めるかどうかが焦点です。2023年3月期の営業利益は約77億円の赤字、(親会社株主に帰属する)当期純利益は57億円強の赤字です。2021年3月期の284億円の赤字に比べればだいぶ改善していますが、それでも大きな赤字です。純利益の赤字分は、純資産(自己資本)のマイナスに直結するので、この先の赤字額にも注意が必要です。

■有利子負債のないKNT-CT

親会社の近鉄ホールディングスも、純利益が2021年3月期の約602億円の赤字から、2022年3月期には427億円の黒字に回復していますが、営業利益は38億円程度しかなく、差額はホテルの売却などで得た特別利益が大半です。

鉄道や流通事業を中核とする親会社もそれほど楽な状態ではないので、KNT-CTとしては旅行事業の回復が待たれるところですが、コロナの第7波の到来など、不確実な要因もあります。

会社の安全性を見る場合には、先ほど述べた「自己資本比率」(=純資産÷総資産×100)は中長期的な安定性を表しますが、短期の安定性は別の指標で見ます。とくに業績がかんばしくない時に私が注意して見るのは、現預金などすぐに使える資金(=手元流動性=現金+預金+1年以内に換金可能な短期有価証券)です。

どう判断するかというと、手元流動性が月商に対して何カ月分あるかを見るのです。

KNT-CTの場合、売上高は前期で1399億円ですから、月商は約116億円です。それに対し、現預金は135憶円あります。大企業の場合だと月商の約1カ月分あれば、安全圏と言えるので問題ないと考えます。

また、KNT-CTでは、有利子負債がありません。債務超過だったこともあり、銀行からの借り入れに頼るよりは、親会社を中心としたCMS(キャッシュ・マネジメント・サービス)により、資金の過不足を調整しているのではないかと考えられます。いずれにしても、旅行需要の回復による利益の回復が同社や近鉄グループ復活のカギです。

■自己資本比率がさらに低下したHIS

次にHISを分析しましょう。HISは10月決算なので、2021年11月から2022年4月までの6カ月間の業績を見てみます。

HISの賃借対照表

図表2にあるように売上高は、684億9100万円です。前年同期より35億円の増加ですが、前年同期はコロナの影響がなかったもう1年前に比べて81%の減少ですから、コロナ前には全く戻っていない状態です。

そのため、営業利益が281億円の赤字です。前年同期の316億円の赤字に比べれば、赤字額は減りましたが、大きな赤字です。

コロナにより大きく業績を落としていますが、HISの場合、セグメント情報を見ると、旅行・ホテルは赤字で、この期にはハウステンボスなどのテーマパーク事業は、わずかですが黒字に転換しました。しかし、読者の皆さんには意外かもしれませんが、HISは電力小売りを中心としたエネルギー事業も行っており、こちらは94億円の赤字です。旅行業の147億円の赤字に次ぐ赤字額です。

親会社株主に帰属する当期純利益も269億円の赤字と、こちらは前年同期よりも赤字幅が増加しています。

純利益の赤字が増えた分、株主資本は減少していますが、75億円ほどの増資を行ったために減少分は少しやわらいでいます。しかし、会社の中長期の安定性を表す自己資本比率は、昨年4月の段階では15.1%を確保していた自己資本比率ですが、昨年10月には9.9%と危険ラインと私が判断する10%をわずかですが割り込みました。そして2022年4月末ではさらにそれが下がり、5.5%となっているのは気がかりです。

■特筆すべきは現預金の多さ

HISの場合、特筆すべきはその現預金額の多さです。通常、HIS程度の会社の場合ですと、KNT-CTのところでも述べたように月商の1カ月程度の現預金を持っていればほぼ問題はありません。しかし、緊急時には、さらに多くの現預金を持つか、金融機関からの借入枠を設定しておく必要があります。いざというときに役立つのは、自身でコントロールできる資金だけだからです。

HISの2022年4月末の現預金は、約1017億円あります。この半年の売り上げは、先に述べたように684億円ほどですから、月商は114憶円です。その9カ月分程度の現預金を保有しています。今後も、危機が続く可能性を見越して多めに現預金を確保していると考えられます。

一方、有利子負債(借り入れ、社債等、リース債務)などは、長短合わせて2760億円あります。借り換えなどに対する銀行などの資金提供者の対応が今後のカギを握りますが、それには業績の改善が必要なことは言うまでもありません。

6月より訪日客の上限が2万人に引き上げられるなど、ウィズコロナの次のステップに進みつつありますが、訪日客がピークだった2019年の3188万人に比べれば、格段に少ない状況です。同様に海外への渡航客も増えつつありますが、今後のコロナの拡大や政府の対応次第で、まだまだ予断を許さない状況です。

スーツケースと航空券、ハット、サングラス、カメラに不織布マスク
写真=iStock.com/onurdongel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/onurdongel

もうひとつ、HISでの懸念材料は、先ほども少し触れたエネルギー事業です。電力小売りを行っているのですが、電力卸からの仕入れ価格が高騰しており、なかなか利益を出せる状況にはありません。

先ほども見たように、現預金は今のところは十分には確保していますが、転換社債型新株予約権付社債の転換状況や銀行のスタンスに当面は注意する必要があるでしょう。当面の旅行需要が回復する中において、5.8%にまで落ちた自己資本比率をこれ以上下げずに、債務超過を回避できるかが焦点です。

これから夏休みの旅行シーズンだというのに、新型コロナの7波もひたひたと近寄ってきています。元通りになるのは、もっとずっと先のことになってしまうかもしれません。

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小宮 一慶(こみや・かずよし)
小宮コンサルタンツ会長CEO
京都大学法学部卒業。米国ダートマス大学タック経営大学院留学、東京銀行などを経て独立。『小宮一慶の「日経新聞」深読み講座2020年版』など著書多数。

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(小宮コンサルタンツ会長CEO 小宮 一慶)

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