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ウクライナ侵攻で大暴落したはずなのに…ロシア通貨ルーブルが「V字回復」している本当の理由

プレジデントオンライン / 2022年7月13日 17時15分

出所=ロシア中央銀行

■経済・金融制裁で一時は大暴落したが…

ロシアがウクライナに侵攻してすでに5カ月近くの月日が経過した。この間、欧米を中心とする国際社会はロシアに対して経済・金融制裁を矢継ぎ早に強化した。この事態を受けてロシアの通貨ルーブルは一時大暴落となったが、現在では「V字回復」を果たし、対ドルレートは侵攻前の水準よりも高くなっている(図表1)。

対円レートでは、この春に急速に進んだ円安のため、ルーブルは対ドルレート以上に水準を切り上げた。一時、ルーブルよりも弱い円というフレーズがウェブメディアで盛んに叫ばれていたが、その解釈には慎重を期する必要があるものの、ルーブルの対円レートがウクライナ侵攻前に比べるとかなり高くなったことは確かである。

ロシアルーブルの束
写真=iStock.com/JeKh
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JeKh

とはいえ、ロシア当局が発表する経済データからは、ロシアの景気が急速に悪化している様相がうかがえる。最新5月の月次の実質GDP(国内総生産)は前年比▲4.3%と、前月(同▲2.8%)から減少幅が拡大した。同月の製造業生産も同▲3.2%と2カ月連続で減少幅が拡大、とりわけ厳しいのが自動車産業である。

具体的に、5月の自動車の生産は前年比▲64.0%と前月(同▲61.5%)から減少幅が一段と拡大した。ロシアの自動車産業は、原材料や部品の多くを欧米からの輸入に頼ってきた。そうした原材料や部品が、欧米からの経済制裁を受けてロシアに輸出されなくなり、ロシアでの自動車の生産が急減することになった模様だ。

■ロシア経済は急速に悪化している

ロシアは1月分を最後に貿易統計の公表を中止しているため、ロシア側の統計から貿易の実像に迫ることはできない。そのため相手国側の貿易から推察するしかないが、これまでロシアの輸入の約半分を占めていたヨーロッパからの輸入が急減していることが、欧州連合(EU)統計局(ユーロスタット)の統計から確認できる(図表2)。

EUからロシア向けの輸出数量
出所=欧州連合統計局

一方で、石油やガスの輸出は堅調なようだ。主な輸出先は経済・金融制裁に加わっていない新興国であり、ロシアはそうした国々に国際価格よりも3割程度安い金額で原油を輸出していると言われている。事実、インド通関データを確認すると、ロシアからの米ドル建て輸入額は3月から5月の間に前年比で219.4%増えている。

つまるところ現在のロシアは、新興国向けに石油やガスが輸出できても、欧米から消費財を輸入することができない状況に陥っていると整理できる。その結果、貿易黒字が拡大し、それがこの間のルーブルの「V字回復」の大きな推進力になったと考えられるが、一方で国内のモノ不足はかなり深刻な状態にあると想像される。

モスクワの中心部にある美しい建物
写真=iStock.com/maxim4e4ek
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maxim4e4ek

■ルーブル高はロシアに不都合

またルーブルが急回復するうえで、欧米からの制裁の対象から外れたガスプロムバンクは大きな役割を果たしたと考えられる。ロシアはウクライナに侵攻した後、ヨーロッパ各国に対して、ロシア最大のガス会社であるガスプロムから天然ガスを購入する場合、同社の金融子会社ガスプロムバンクに口座を開設し、決済を行うよう要求した。

ドイツやイタリアのエネルギー大手は、このロシア政府の要求に従いガスプロムバンクに口座を開設、ユーロや米ドルで送金を行った。そのガスプロムバンクが外貨売りルーブル買いを行ったことが、ルーブルの「V字回復」に貢献した。経済・金融制裁のためにルーブル相場が薄商いだったことも「V字回復」を促したはずだ。

とはいえ、ルーブル高は今のロシアにとって必ずしも福音にはならない。ルーブル安のほうが国内の資源企業は利益が稼げるため、政府の税収も増える。しかしルーブル高になれば利益が減少するため、税収も減ることになる。一方、欧米との関係が悪化したため、ルーブル高でもヨーロッパからの輸入が増えることにはつながらない。

ヨーロッパから輸入していたものを新興国から輸入できれば良いのだろうが、そうは簡単にはいかない。7月5日にロシアのシルアノフ財務相がルーブル売り介入の可能性に言及、ルーブル相場が急落した。シルアノフ財務相の発言は、高過ぎるルーブルがロシア経済にとって必ずしも好ましくはないという事実を物語るものだった。

ルーブルは安過ぎても輸入インフレ圧力を生むし、高過ぎても輸出と財政に逆風となる。少なくとも、「V字回復」をもってロシア経済は強いとは評価しえない。

■増大する軍事費、予備費を取り崩す現状

ところで、ウクライナとの戦闘が長期化する中で、増大する軍事費がロシアの国庫を圧迫していると推察される。しかし現在、ロシア財務省のサイトは日本からアクセスを遮断しているため、財政収支の状況を直接確認することができない。そこで民間の経済研究所Economic Expert Groupや露メディア・コメルサントのサイトから確認したい。

Economic Expert Groupによると、今年1〜3月期の財政収支は1兆1445億ルーブルの黒字だったが、4月は1038億ルーブルの赤字になった。ウクライナとの戦闘に伴う軍事費の増加や景気の急速な悪化に伴う税収の減少などを受けたものと考えられる。しかし5月以降は、資源企業からの税収増などから黒字に転換したかもしれない。

一方で中銀によると、この間の政府の国内投資家向け国債発行残高は増えていない。つまり2021年11月1日時点の17.1兆ルーブルが直近のピークだが、最新5月1日時点でも17.0兆ルーブルにとどまっている。なお6月に債務不履行に陥ったのは外国人投資家を対象とする外貨建て国債であり、ルーブル建て債券は支払いが継続されている。

反面で、予備費である国民福祉基金(NWF)は7月1日時点でGDP比8.1%と、ウクライナ侵攻直後の3月1日時点(9.8%)から減少が続く。つまりロシア政府は、予備費を取り崩してはいるが、国債の発行にはあくまで慎重なスタンスである。中銀やNWFが国債を買い支えることもできるが、通貨暴落やインフレを警戒しているのだろう。

モスクワ、ロシア
写真=iStock.com/Valery Bocman
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Valery Bocman

■「V字回復」はロシアの実勢を反映していない

原油高とルーブル安が共存し、安定的な利益が確保できるなら、ロシアの財政は健全な状態が保(たも)てるかもしれない。しかし政策的経費である軍事費が税収を上回るペースで増大すれば、一般的経費が圧迫されることになり、国民の不満が高まることになりかねない。国民の支持こそが命綱であるため、政府は軍事費をできるだけ抑制したいだろう。

それに財政が健全なら、国民の支持をつなぎ留めるための景気刺激策が打てるはずだ。しかしモノ不足が定着している環境の下では、景気刺激策は十分な効果を持たない。むしろモノ不足の中で需要が刺激されることによって、インフレがさらに促され、景気の停滞につながるという悪循環に陥ることになりかねない。

このように、税収があっても積極財政に転換できないもどかしさを、ロシア政府は抱えているわけだ。

そもそも資源の輸出で得た収益は、本来なら国の経済成長、経済発展に充当されるものであり、軍事費の拡大に費やされること自体、まさに浪費である。こうした環境にもかかわらず、ルーブルが上昇している。

つまるところ、ロシア経済特有の産油国としての構造から実現したルーブルの「V字回復」は、経済の実勢を正確には反映していない、矛盾した現象といえよう。

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)

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