1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

なぜ日本の大企業はKDDIのような記者会見ができないのか…「社長の能力の優劣」ではない本当の理由

プレジデントオンライン / 2022年7月15日 10時15分

通信障害に関して説明するKDDIの高橋誠社長=2022年7月3日、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

■大規模な通信障害を起こしたのにネットでは大絶賛

災いを転じて福となす、とはまさしくこのことだろう。大規模通信障害を起こして、日本全国に混乱をもたらしたKDDIの「好感度」が爆上がりしているのだ。

理由は、高橋誠社長の謝罪会見だ。

これは通信障害発覚後、情報開示の姿勢に「顧客目線」が欠けていると、官邸や監督官庁から指摘され、慌てて催したもので、いわば完全に「後手」に回った社長会見だった。それにもかかわらず、ネットでは大絶賛されている。例えば、以下のような感じだ。

《この社長すごい。1人で説明し、質疑応答している。日本の企業でこれだけできる社長は、どれほどいるのだろうか》

《技術者の端くれとしてKDDIの会見を見ていたが、KDDIに対する好感度がかなり上がった。幹部があらゆる質問を打ち返せているし(なにより驚いたのは社長がiOSとAndroidの仕様差分に言及した点)、慌てふためいたり助けを求めたりするシーンがまるでない》

巨大企業のトップであるにもかかわらず、社長をはじめとした幹部社員が技術を把握してスラスラと解説できるということが、技術者を中心に称賛されていて、「こんな優秀なトップが仕切っている会社ならばおかしなことをしないだろ」とKDDIのイメージまで上がっているのだ。

■日本企業の謝罪会見でよく見る残念な光景

さて、こういう聞くと、「なぜ他の会社はKDDIのような会見ができないのだろうか」と首をかしげる人も多いのではないか。

これまで日本の不祥事企業の社長会見といえば、ペーパーを棒読みして、奥歯にものがつまったようなもの言いの連発で聞いている人たちをイラつかせて大炎上というのが定番となっている。また、技術的な話になると、担当幹部に丸投げしたり、こそこそと耳打ちをされたりしながら、ただたどしく回答をしているような社長もいて、「本当に現場のことわかっているのか?」という感じで、見ている人たちを不安にさせたものだ。

そういう「ダメ社長会見をする企業」とKDDIの明暗を分けた差とは何か。本当に「社長の優秀さ」が違うだろうのか。

■「叩き上げパターン」が多い日本企業の社長

結論から言ってしまうと、実はそこまで大きな差はない。筆者は報道対策アドバイザーとして、さまざまな企業の危機管理を手伝ってきた過程で、いろいろな業種の社長に会ってきたがその多くは、高橋社長のように優秀な人たちだった。

この「優秀な社長」というのは、高橋社長のような理系出身で開発部門という技術系に強い人ばかりではない。いわゆる、日本の大企業の「ゼネラリスト育成」的なキャリアを積んできた、経営企画や購買部など管理部門から社長になった方も含まれる。

ご存じのように、日本は欧米のように「経営のプロ」がいきなりやってきて、社長に就任のようなパターンは少なく、プロパーから社長になるという「叩き上げパターン」が多い。みなそれぞれの組織で厳しい競争を勝ち抜いた人なので、自分たちの会社の現場や技術に対する知識も深く、コミュニケーションのスキルもかなりしっかりとしたものがある。自分の会社のことなのに、そんなことしか言えないのかと呆気にとられたり、何を言っているのかよくわからない、という社長は2割に満たなかった。

あくまで肌感覚ではあるが、日本のそれなりの大企業の社長の大半は、高橋社長のような対応ができるくらいのスキルは持ち合わせている印象だ。

■「守り」に徹した姿勢がダメ社長会見を生む

では、なぜ「優秀な社長」が多いのに、アウトプットがあんな「炎上会見」ばかりになってしまうのかというと、実は社長個人のスキルよりも、その組織が「企業危機管理」というものに対して根本的な誤解をしていることが大きい。

それは一言で言えば、「危機発生時は社長に余計なことをしゃべらせないのが正解」という誤解だ。

企業の危機管理は「会社を守る=トップを守る」という考えに基づいているので、社長会見で最も避けるのは社長がおかしな失言をして、メディアや世間からボロカスに叩かれないということが最大の目標になる。そこで、筆者のような外部のコンサルタントに相談をしたりして、自社の過去の会見、さらには他社や他業種の危機管理ケースを参考にして、社長が批判されないような「安全な回答」を作り込む。

会見にのぞむ社長には、この「安全な回答」通りに対応をしてください、とお願いをして事前に練習もする。ここから逸脱したことを言わなければ、失言はないということなので、とりあえず会見は成功というわけだ。

このような流れが、危機発生時におこなう社長会見の一般的な対応なのが、実はこのように「守り」に過剰に徹した姿勢が、「ダメ社長会見」の遠因になってしまうという、なんとも皮肉な現実があるのだ。

■優秀な経営幹部+完璧な資料=ひどい会見になる謎

わかりやすい例を出そう。昔、ある大企業の経営幹部の謝罪会見トレーニングをしたことがある。この経営幹部の方は、高橋社長のように長く開発部門を歩まれて、専門知識も豊富。しかも、お話も非常に上手で、ちょっと雑談をしただけでも、「ああ、すごく頭の回転のいい人だな」と感じた。

一方、サポート体制も完璧だった。かなりしっかりとした企業なので、広報チームも経験豊富な方が多く、現実的なシナリオを組み立て、この経営幹部に何を言ってもらうのかというメッセージも明確だった。想定質問も万全の用意で、あらゆる方向からの質問も答えるようにできていた。

優秀な経営幹部、完璧な手持ち資料、しかしいざ模擬の記者会見を始めてみると、ひどい内容だった。社長は手元のペーパーを棒読みで、専門的な話もつっかえながら説明して、キレ者感ゼロだ。しかも、記者役から厳しい質問を投げかけられると、見るからに動揺して、手元の資料を目で追いながら、自信なさげに語るなど、「現場をよく把握できていないダメ社長」の典型的な姿に見えた。

そこで筆者は、「もう一回、模擬記者会見をやるので今度はペーパー通りに正確に言うのではなく、ご自分の言葉で、好きなように答えてみてください」とお願いした。

■自分の言葉でプレゼンしたほうが良い結果が出る

すると、今度は人が変わったように、会社のメッセージから専門的な話まで、非常にわかりやすく説明して、記者役からの厳しい質問に対して、動揺をすることなく、相手の目をみながら落ち着いて、言葉を選んでしっかりと打ち返したのだ。同一人物とは思えないほど劇的に変化したのだ。

説明するビジネスマン
写真=iStock.com/kuppa_rock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

これは皆さんも自分に置き換えていただければわかりやすいかもしれない。例えば、営業マンの方が得意先にプレゼンする時、直前に上司がつくった資料とセリフを渡されて、「この通りにやれよ」と言われたらどうか。自分の言葉で、自分の表現で、自分のアピールポイントで、プレゼンをしたほうがよっぽどやりやすいし、そちらのほうが「良い結果」が出ないだろうか。

ここまで言えば、筆者が何を言わんとしているのかお分かりだろう。日本企業の危機発生時の社長会見が「ダメ」なのは、登壇する社長個人が無能だからではなく、「社長の言うことをこちらで決めて、あまり余計なことをしゃべらせない」という過剰な「守り」の姿勢によって、社長の本来持つ知識やコミュニケーション力を発揮させず、不自然な立ち振る舞いをさせているからなのだ。

■企業にトラウマを植え付けた雪印乳業の社長会見

では、なぜ日本企業は、自分のところの社長の良さを潰すような真似をわざわざしているのかというと、ある強烈なトラウマのせいだ。

2000年6月、多数の食中毒被害者を出した雪印乳業本社で開かれた会見で、石川哲郎社長(当時)がマスコミからつめ寄られて「私は寝てないんだよ!」と怒り気味に発言して、逃げるように会場を後にしたことがあった。これをきっかけに雪印への激しいバッシングが始まり商品はスーパーなどから撤去され、石川社長は引責辞任。「雪印ブランド」の信頼は地に堕ちた。

この「歴史的ダメ会見」が社会に与えたインパクトはすさまじく、特に日本の危機管理のその後のあり方を決定づけた。そのひとつが、「社長にアドリブで喋らせないように事前にセリフや回答が決めてそれを読んでもらう」という「守り」を徹底する現在のスタイルだ。

機密
写真=iStock.com/Stefan_Redel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Stefan_Redel

今回、「ダメ会見」の典型のように語られた、「隣にいる顧問弁護士や側近に聞きながらしゃべる」ということを徹底するようになったのも、すべては「社長にアドリブにしゃべらせて失言させない」という「守り」スタイルゆえのことなのだ。

もちろん、これが実際にうまく機能することもあるが、ほとんどは社長個人の良さを消してしまう方向に働くことが多い。

■三菱自動車社長も「お飾りの社長みたい」に

わかりやすい例が、三菱自動車の燃費不正問題を受けた社長謝罪会見だ。この時、相川哲郎社長兼最高執行責任者(当時)が登壇したが、会見中に多くの時間を割いて説明したのは、隣にいた品質統括部門長開発担当の中尾龍吾副社長だった。この会見の中継をみていた人々は相川社長に対して、「お飾りの社長みたい」「現場のことを何も知らんのだな」という辛辣な反応も多かった。まさしく、今回のKDDI高橋社長と真逆の結果となってしまったのである。

だが、実はこの相川社長、高橋社長とそれほど変わらない。同じく工学部出身で、開発部門を長く歩み、「ekワゴン」の開発に携わったバリバリの技術系。しかも、不正が行われた車種が開発されていた期間に開発責任者を務めていた。つまり、燃費不正という問題について自分の言葉で語れるだけの知識も経験もあって、不正が行われた時の現場のことも誰よりもよく理解している立場なのだ。

にもかかわらず、会見では副社長や開発本部長に詳細な説明を譲っている。これは相川社長が控え目な性格だからなどではなく、シンプルに三菱自動車が「謝罪や会社としてのスタンスは社長、現場や技術のことは担当幹部と役割分担をすることで、なるべく社長の失言を減らす」という、雪印事件によって生まれた「危機管理のセオリー」に従っただけの話なのだ。

さて、ここまで「ダメ社長会見」が次々と量産されてしまう、日本の企業の構造的な問題について解説をしてきたが、最後に皆さんの中でひとつの疑問が浮かぶのではないか。

だったらなぜKDDIは、このような失敗パターンに陥ることなく、社長会見を成功に導くことができたのか、ということだ。

■KDDI社長会見が成功した最大のポイント

あれだけの大規模通信障害を受けた社長会見なのだから、「社長に失言させない」という意識が働いて、ガチガチに作り込んだメッセージや回答で、高橋社長に1人でさまざまな説明をさせるという対応をしないはずだが、現実は高橋社長がかなり自由に、そして自分の言葉で対応をしていた印象だ。

なぜこんなことができたのかというと、「今回のような会見は前例がなく初めてだった」ということが大きい。

メディアでほとんど語られることはないが、筆者は実はこれこそがKDDIの社長会見が成功した最大のポイントだと思っている。

高橋社長も自身も会見で明かしたが、実はこれまで通信業界ではこのような通信障害が起きた場合でも、すぐに会見をしなかった。会社としては復旧を第一に考えて、ある程度その目処がついて原因も判明したところで、会見をするというのが「通信業界における危機管理のセオリー」だった。

しかし、今回は総務省から尻を叩かれて、かなりイレギュラー的に会見を開くこととなった。KDDIの危機管理担当者は困惑したはずだ。先ほども触れたが、基本的に危機管理は「前例主義」で、過去に似たような危機に直面した時の自社のケースや、他社の対応などを参考にして、このようにやっておけばダメージを最低限に抑えられるだろうと考えていくのが「定石」だ。しかし、今回は「前例」がない。つまり、社長が何をどこまで言うべきか、言わないべきか、という作戦を立てる際に参考とすべき、「ベンチマーク」がないのだ。

■「危機発生時の理想のトップ」の前例がつくられた

となれば、あとはもう出たとこ勝負しかない。高橋社長と幹部など登壇者に現時点での情報を渡して、あとは「真摯に説明して、真摯に質問に答える」ということを期待するしかないのだ。

ただ、これがよかった。ガチガチにつくり込んだシナリオも、前例を踏襲する当たり障りのない回答分もつくれなかった。すべてが「初めての経験」ということで、高橋社長たちは自然体で会見にのぞむことができ、ヘンに芝居ががった対応をすることなく、いつもの自分たちの力を発揮することができたのだ。

つまり、実はKDDI“賞賛”会見は、「さまざまな幸運が重なった結果」でもあるのだ。

その逆に不幸なのが競合他社の社長だ。「前例主義」の企業危機管理の世界では、高橋社長が賞賛されたことを受けて、「あれが危機発生時の理想のトップの姿です」なんてことを言い出している人が既に現れている。

それはつまり、ドコモやソフトバンクがもし同様の大規模通信障害を起こした時、それらの会社のトップたちは、高橋社長と同じくらいのタイミングで公の場に現れて、同じくらいのうまく1人で説明できなければ、「(KDDIに比べて)対応が悪すぎる」と批判されて、最悪、「無能」のレッテルを貼られてしまう恐れもある。

「こんな優秀な人に辞任してほしくない」「こういう人がいなくなったら通信業界にとって大損失だ」とネット上で褒め讃えられる高橋社長だが、同業他社の中には「余計なことしやがって」と憎々しげに思っている人もいるかもしれない。

----------

窪田 順生(くぼた・まさき)
ノンフィクションライター
1974年生。テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者等を経て現職。報道対策アドバイザーとしても活動。数多くの広報コンサルティングや取材対応トレーニングを行っている。著書に『スピンドクター“モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)、『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)など。

----------

(ノンフィクションライター 窪田 順生)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください