「甲子園の伝統」を破壊して本当によかった…佐々木朗希の完全試合の裏にある"球児たちの涙"をご存じか
プレジデントオンライン / 2022年7月17日 12時15分
■「日本野球の大きな転換点になった」
4月10日、20歳のロッテ、佐々木朗希がオリックス戦で完全試合を達成した。しかもNPBタイ記録となる19奪三振、13連続奪三振という空前の大記録だ。このとき一部の野球指導者や研究者たちは「日本野球の大きな転換点になった」という感慨を漏らした。
佐々木朗希は2019年、岩手県立大船渡高校3年生の春に、高校日本代表候補による研修合宿の紅白戦で高校生最速の163km/hを記録。このニュースはNHKの全国放送でも流され一躍注目されることとなった。
佐々木朗希はこの夏の甲子園の「目玉」の一つとなった。選手権岩手大会、佐々木は、7月21日の4回戦で延長12回、194球を投げた。翌22日の準々決勝は2番手投手が投げて勝ったが、24日の準決勝では佐々木が先発し129球で完封した。
そして翌25日の決勝戦は大谷翔平などを輩出した私学の花巻東との対戦になったが、大船渡の國保(こくぼ)陽平監督は佐々木の登板を回避、大船渡は2対12で花巻東に大敗し、1984年以来35年ぶりの夏の甲子園出場はならなかった。
■「なぜ連投させないのか」という批判の声
國保監督は大会前、佐々木郎希の詳細なメディカルチェックを行った。佐々木を診たスポーツドクターによれば、佐々木は骨の成長を示す「骨端(こつたん)線」がまだ残っていて骨格が成長途上だった。この状態で過度の投球をすれば、骨が変形したり靱帯(じんたい)などの損傷に結び付きかねない。
ドクターは「すごい素材だけに慎重に育成すべき」というアドバイスをした。たまたま筆者はその現場に居合わせたが、診察室から出てきた佐々木は長身のわりにかなり華奢な印象を受けた。
他の専門家のアドバイスも受けて、國保監督は佐々木の起用には慎重になっていたのだ。決勝戦後、國保監督は「私が投げさせないと判断しました。痛みとかはないが、筋肉のはりがある。故障を防ぐためで、今朝の練習で佐々木に伝えました」とコメントした。
しかし「なぜ佐々木を投げさせなかった」という声が全国から起こった。とりわけ地元では監督の責任を問う声が噴出した。
■負傷者続出のサバイバルゲーム
佐々木をめぐる論争は、今の高校野球が抱える問題を象徴している。
筆者は強豪高校の野球部を取材するが、関係者から「今のうちのエースは○○ですが、本当はあいつと同じクラスの投手が2人いたんです。でも潰れてしまいましてね」みたいな話をたびたび聞く。
甲子園に出場するような有力校には、少年硬式野球などで活躍した有望な投手が入学する。監督は「これは」と思う投手をエース候補に据えて、特別のトレーニングを課して育成する。
少し前まで「投手の育成」といえば「走り込み」と「投げ込み」だった。下半身を安定させるためには「走り込み」が不可欠。そして制球力とスタミナをつけるためには「投げ込み」が必要。こうして育成されたエースが厳しいトーナメント戦を勝ち抜いて「栄冠」を手にするというサクセスストーリーが定着していた。
しかし過度の投げ込みや試合での投球過多は肩、肘、腰などの故障、怪我を誘発する。エース候補と目された投手の中には、肘の靱帯を断裂したり肩関節を負傷したりして投手を断念する例が後を絶たなかった。
特に近年は中学以下の段階で、投球過多などでOCD(離断性骨軟骨炎=いわゆる野球肘)を発症するなど既往症を持っている選手も多い。そういう投手は高校でさらに投げ込むことで症状を悪化させがちだ。
しかし指導者はそれでも投手に投げ込みをさせた。
2年半の高校時代に甲子園に出場して勝たなければいけないからだ。端的にいえば、甲子園で活躍する投手は「過酷な練習、投球」というサバイバルゲームの「勝者」だった。そして甲子園でも故障せずに済んだ投手が、鳴り物入りでプロ野球に進んできたのだ。
■右腕が不自然な方向にねじれている
100年を超す甲子園の歴史を振り返ると「悲惨なドラマ」をいくつも見ることができる。
1991年の夏の甲子園、沖縄水産のエース大野倫は粗削りながら恵まれた体躯から繰り出す剛速球を武器に沖縄県大会を勝ち抜き、甲子園に進出した。前年秋に新チームのエースになってから、ほぼ毎日200~300球を投げ込んだ大野は、5月の練習試合で右ひじ靱帯を損傷し、予選では痛み止めの注射を打って投げた。甲子園でもなんとか決勝まで勝ち進んだが、大阪桐蔭に8対13で敗退した。
![右ひじを気にする高校時代の大野。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/b/1200wm/img_1bd1c84d1aa9ddc4878306405c1cbbb5392566.jpg)
沖縄に帰って閉会式のビデオを見ていたチームメイトは、球場を行進する大野倫の右腕が不自然な方向にねじれていることに気が付いた。靱帯の断裂に加え、肘関節を剝離(はくり)骨折していたのだ。大野は手術を受けたが、投手を断念せざるを得なくなった。のちに九州共立大で外野手に転向。巨人、ダイエーを経て引退している。
■メディカルチェックでは根本的な解決にならない
大野倫の悲劇は大きなニュースとなり、これを問題視した当時の日本高野連、牧野直隆会長は、甲子園に出場する投手のメディカルチェックの導入を決めた。
1994年度から甲子園に出場する選手は、整形外科医、理学療法士による肘、肩の検診を受けることが義務付けられた。
このことは一歩前進ではあったが、担当する医師は「大会期間中に怪我をするリスクがあるかどうか」だけをチェックするにとどまり、検診で既往症が見つかっても問題視しないことが多い。ある医師は筆者に「選手の将来がかかる大試合が控えているのに、肘に古傷があるから投げるなとは言えない」と語った。
大会前のメディカルチェックでドクターストップがかかったのは、今治西高の藤井秀悟(のちヤクルト、巨人など)など数人にすぎない。
メディカルチェックは投手の肩ひじを守る方策としては不十分で、以後も、甲子園や予選で投げまくった揚げ句に投手を断念したり、野球そのものを辞めてしまう選手がたくさん出た。
![阪神甲子園球場](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/3/1200wm/img_43d867ae11b9e0cdbaf38ca7640cacee1000166.jpg)
■以前より投手のケガのリスクは高まっている
近年、臨床医学の進歩とともに、投球障害のメカニズムが明らかになってきた。
日本を代表するスポーツドクターの1人、馬見塚尚孝(まみづか・なおたか)氏は投球障害の要因として以下の5つを挙げる。
■個体差
■投球動作(フォーム)
■コンディショニング(疲労度)
■投球強度(球速)
■投球回数(球数)
馬見塚氏はこれを「投球障害リスクのペンタゴン」と命名した(『新版 「野球医学」の教科書』(ベースボール・マガジン社)より)。これらの要因がからまりあって投手は故障するのだ。
さらに、近年、投手のリスクは以前よりも高まっているといわれる。それは投手の球速が高まっているからだ。バイオメカニクス(生体力学)の進歩、トラッキングシステムの導入などによって「速い球を投げる技術」が現場に落とし込まれるようになった。選手の体位が向上したこともあり、かつては140km/hを出せば「超高校級」といわれたが、今では有力校のエース級は普通に150km/hを出すようになった。
しかし、大口径の大砲が砲弾を発射すれば反作用で砲身が大きく後退するように、剛速球を投げた反動は肩、肘に大きな負荷となる。「ペンタゴン」でいえば投球強度が大幅に増すことで、リスクは高まっているのだ。
■甲子園よりも将来を選択した佐々木
2018年夏の甲子園で、金足農業高校の吉田輝星が予選から決勝戦の途中まで1人で投げぬいたことがきっかけとなって「球数制限」の議論が起こり、翌年日本高野連は「投手の障害予防に関する有識者会議」を諮問、2020年から「1週間で500球以内」という「球数制限」が導入された。
「投手の肩肘を守るべき」という指導者から「緩すぎる、実質的に投げ放題ではないか」という声が上がった一方、各地の高野連の幹部からは「甲子園、日本野球の伝統を壊す」「複数の投手を用意できない公立校が不利になる」など囂々(ごうごう)たる非難が上がった。
「有識者会議」のメンバーだった整形外科医は、口々に反対意見を述べる各県高野連の代表者を前に「うちの病院に、毎日どれくらいの選手が、肩や肘の痛みを訴えて来院しているか、知っているのか?」と一喝した。場内は静まり返ったという。
佐々木朗希はこの議論の最中に登場した天才だった。そして甲子園で活躍することよりも、野球選手としての「将来」を選択した最初の投手になった。
佐々木を指名したロッテは、吉井理人投手コーチ(現ピッチングコーディネーター)の下、佐々木を慎重に育成した。1年目は試合で投げさせずチームに帯同、2年目後半から登板間隔をあけて起用し、3年目の今年、完全試合という空前の結果を残すことで、3年前の國保監督、佐々木自身の決断が間違っていなかったことを身をもって証明した。
それは「選手の未来ファースト」の考え方が「甲子園至上主義」に打ち勝った瞬間でもあった。
ちなみに國保監督、吉井理人コーチは、ともに筑波大学の川村卓准教授(筑波大野球部監督)の下で学んだ同窓だ。
■まだまだ佐々木は成長できる
6月3日、佐々木は東京ドームで行われた巨人との交流戦の前に、長嶋茂雄終身名誉監督を表敬訪問した。ミスターに「背は何センチあるの?」と聞かれた佐々木は「192cmです」と言った。公式発表では190cmのはずだ。佐々木朗希は20歳になった今も背が伸び続けているのではないか?
先日、ある会合で顔を合わせた元ホークスのエース、斉藤和巳さんにそのことを話すと「僕も22歳まで背が伸びていましたよ。佐々木もそれくらいまで伸びるんと違うかなあ」とのことだった。
だとすればロッテ球団は佐々木朗希を今後も大切に起用し、さらなる進化を促すに違いない。佐々木朗希の「最終形態」はどんなものになるのか、期待感がますます高まるところだ。
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スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)
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