NATOとロシアの直接対決は実弾とは限らない…海外メディアが報じる「第三次世界大戦」の現実シナリオ
プレジデントオンライン / 2022年7月14日 14時15分
■サイバー攻撃を発端に、NATOが反撃に出る恐れ
プーチンによるウクライナ侵攻は、いまや世界的な安全保障上の脅威となりつつある。2月にはじまった衝突は、ロシア・ウクライナの2国間の紛争を超え、北大西洋条約機構(NATO)を巻き込んだ数十カ国間の対立に発展した。
そこで懸念されているのが、欧州全域ひいては世界の広大な地域が焦土と化す「第3次世界大戦」の勃発だ。無数の犠牲者を生むであろう戦禍が回避されることを願うばかりだが、現実問題として、世界レベルで緊張は高まりつつある。
ロシアはこれまでのところ、ウクライナ以外への実弾戦は展開していない。だが、戦場が欧州に拡大しないことを意味するわけではない。見過ごされがちなシナリオのひとつに、サイバー攻撃を発端とした世界大戦への発展がある。
NATOは条約第5条で集団防衛を定めている。いかなる加盟国への武力攻撃も、NATO全体への攻撃とみなすという内容だ。注目すべきは、ここでいう「武力攻撃」に、サイバー空間での攻撃も含まれるとNATOが表明している点だ。
プーチンお得意のサイバー攻撃を発端として、NATOが総力を挙げて反撃に出る――。このような展開が第3次世界大戦の引き金になるのではないかと、海外紙が懸念を表明している。
■NATOの集団自衛権を発動させる法的根拠
改めて条約5条を抜粋すると、次のようになる。全訳ではなく、筆者による抄訳である点をご承知おきいただきたい。
「加盟国は、欧州または北アメリカの一つまたはそれ以上の加盟国に対する武力攻撃を、NATO加盟国全体に対する攻撃とみなすことに同意する。また、これにより、当該の武力攻撃が発生した際に各加盟国は、必要とみなされる場合は速やかに、個別あるいはその他の加盟国と協調する形で、国連憲章51条に規定する個別的あるいは集団的自衛権の行使により、一つまたは複数の当事者国を支援することに同意する。これには、北大西洋地域を復旧し安全を保つ目的での武装兵力の使用を含む」
単なる攻撃ではなく「武力攻撃(armed attack)」と限定していることから、条約の制定当時は専ら実弾戦を想定していたのだろう。NATOが12カ国間で結成された1949年当時、サイバー空間での戦争は想定外だったと考えるのが自然だ。
しかし、今日ではサイバー攻撃は、敵対国を疲弊させる主な手段のひとつになっている。3月以降、ウクライナ侵攻は、現実世界とサイバー空間の2カ所で同時進行する「ハイブリッド戦争」だとの指摘が多く報じられるようになってきた。
NATOとしても、高まるサイバー攻撃の比重に手をこまねいているわけではない。近年NATOは、サイバー攻撃をもって集団的自衛権を発動し得るとする姿勢を積極的に示している。
■サイバー攻撃はロシアのお家芸
NATOはマドリード会議後の6月29日、2022年の戦略コンセプトを発表した。第25項においてNATOは、サイバー空間での悪意ある攻撃は「武力攻撃(とみなされる)レベルに達する可能性があり、NATOは条約第5条を発動するに至る可能性がある」と明言している。
サイバー攻撃はロシアのお家芸だ。NATOの戦略コンセプトは、仮にロシアがサイバー攻撃を通じてウクライナへの支援活動を妨害するようなことがあれば、NATOは物理戦・サイバー戦を併せた総攻撃で反撃する可能性がある、という強烈なメッセージだ。
![マドリードで開かれた北大西洋条約機構(NATO)首脳会議の集合写真(スペイン・マドリード)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/c/1200wm/img_1cc4d9afdf73c30c6a030861417b3fcf431253.jpg)
NATOは6月にこの姿勢を強調する以前にも、サイバー攻撃が条約5条の発動要因になり得るという一貫した立場を示してきた。ロイターは3月の時点で、NATO当局者による発言として、「加盟国はまた、重大かつ悪意あるサイバー攻撃が繰り返し発生した場合、状況によっては、武力攻撃とみなす可能性がある」との見解を報じている。
■「水道から毒水が出た」生活インフラを破壊する攻撃事例
サイバー攻撃の影響は、決して仮想世界の出来事にとどまらない。被害国の国民生活を破壊するおそれがある、重大な攻撃だ。プーチンが欧州への攻撃を決断すれば、電子世界を通じて生活インフラを破壊することも不可能ではない。
英シンクタンクのヨーロピアン・リーダーシップ・ネットワークは、サイバー攻撃を通じて水道水が汚染された他国の事例を取り上げている。2020年の夏、イランはイスラエルの水処理施設をハッキングし、一般家庭に供給される水道水に過剰な塩素を投入した。記事は「蛇口を毒薬の注ぎ口へと変えた」事例だと表現している。
サイバー攻撃は、ウクライナ侵攻に関連しても発生している。2月の侵攻直前にロシアは、欧州ユーテルサット社が所有し米ヴィアサット社が運用する「KA-SAT」衛星通信網に攻撃を加え、欧州での衛星通信を一部遮断した。
衛星自体は攻撃を免れたが、各家庭や受信施設で使用する受信装置に不正なアップデートが仕掛けられ、再起動不能となった。独シンクタンクのGISは、この影響でドイツの風力発電所5800基の稼働状況が一時監視不能に陥ったと報じている。
同記事は「侵略以降、ロシアの攻撃はより頻繁かつ破壊的になってきている」と述べ、国家が支援するハッカー集団による長期にわたる計画的な犯行であると指摘している。
■ウクライナ侵攻は「世界初の全面的なサイバー戦争」
ロシアは地上戦において、民間人への意図的な攻撃を禁じた国際法を無視し、病院を含む民間施設への砲撃を続けている。同様にサイバー空間でも、民間施設が攻撃の標的となっている。
米シンクタンクのアトランティック・カウンシルはウクライナにおいて、電力施設やその他インフラなど、公共性の高い施設がサイバー攻撃を受けていると報じている。病院や救助隊などがサイバー攻撃の影響を受け、活動が困難になっているという。こうしたことから記事は、ウクライナ侵攻が「世界初の全面的なサイバー戦争」であるとも指摘している。
![グローバルネットワークとコンピュータウイルスのイメージ画像](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/c/1200wm/img_5c41c9263dcb7d4a226cf845f6e33ad2491761.jpg)
特に送電インフラへの攻撃は深刻な問題であり、被害はあらゆる産業に及ぶ。セキュリティ情報を報じる「ウィー・リブ・セキュリティ」は今年6月、過去に起きたキーウでの停電を検証する記事を掲載している。2016年に発生したサイバー攻撃により、キーウの広い範囲で全電源が1時間にわたり遮断された。
記事によるとこの攻撃は、電力インフラをターゲットとしたマルウェア(有害なプログラム)の攻撃によるものだったという。インターネットを通じて変電所に侵入し、産業用ネットワークを通じて広域の変電設備に感染するよう設計されていた。2020年にアメリカは、この攻撃がロシアの軍事情報機関GRUに所属する6人の将校によって仕組まれたものであることを特定している。
電力網の安全確保は急務だ。ロイターが報じるところでは、ウクライナは侵攻以降、ロシアに依存していた電力網を独立系へと切り替えている。侵攻当時はくしくも、国内単独での需給バランスを確認する「アイランド・モード」の試験運用中だった。数日間を予定していたテスト後もロシア網への再接続は行わず、欧州側の電力網への緊急接続を行う方針となった。
■海外メディアが報じる「第3次世界大戦のシナリオ」
仮想空間の攻撃から大戦に発展するというシナリオについて、海外メディアが現実の脅威として捉えつつある。英エクスプレス紙は、欧州サイバー紛争研究所のマックス・スミーツ所長の発言として、「サイバー攻撃は事実、NATO第5条の発動を誘発する可能性があります。混乱や破壊が重大であれば、戦争行為と呼ぶことができるのです」と報じている。
スミーツ氏は、些細(ささい)な攻撃であれば戦争行為とまではいえないものの、積み重なって全体としてみた場合、第5条の発動要因を満たし得ると指摘している。この発言を受けて同記事は、「ロシアによる西側へのサイバー戦争を前に、NATOは第3次世界大戦の瀬戸際にある」と報じた。
政治専門サイトの「ポリティコ」欧州版は、マドリード会議を経てNATOは「より危険な時代に足を踏み入れ」ており、「ロシアと対立の瀬戸際」にあると報じた。ウクライナ紛争ではサイバー戦争や情報戦など新たな要因が観察されるようになっており、「かつてないほど高度に不確実なリスク」となっているという。
ロシアと国境を接するエストニアのカヤ・カッラス首相は、通常の戦闘とサイバー攻撃の2軸で展開するハイブリッド戦争を念頭に、「安全保障は30年間で最も危険な状態」だと表明した。また、ポリティコの記事は中国とロシアの連携も脅威だと指摘し、「火を吐く龍とうなる熊」だと形容している。
![欧州連合(EU)加盟国の国旗を円形に並べたもの](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/a/1200wm/img_5adab12112e035f647390511eaacda85511085.jpg)
■サイバー空間が「ヨーロッパの火薬庫」になる恐れ
2月からの短期決戦を目論(もくろ)んだプーチンの思惑は見事にはずれ、実弾戦は泥沼化の様相を呈している。かえってNATOの結束の強化と北欧2カ国の新規加盟へのうねりを呼び、ロシアを包囲する国際社会の波風はいっそう高くなるばかりだ。
同様にサイバー世界の攻防も、プーチンに不利な兆候を示している。ロシアのお家芸であったはずのサイバー攻撃だが、ウクライナ侵攻当時の電力網への攻撃以降、顕著なものは確認されていない。
NATOは電子空間での攻撃が集団的自衛権の発動事由になり得ることを繰り返し強調しており、プーチンがこれを警戒している可能性があるだろう。そうでなければ、ただでさえ兵力不足がささやかれるロシアにとって、サイバー攻撃を積極的に繰り出さない理由はないはずだ。
一方、ウクライナ支援を妨害する目的で、ロシアが欧州へのサイバー攻撃に出るおそれも十分に残されている。
国家的な諜報部隊による攻撃のほか、義憤に駆られた個人やハッカー集団がロシアやウクライナへのサイバー攻撃を仕掛ける例は実際に発生しており、国家による謀略との線引きは困難だ。これが国家単位の攻撃とみなされたならば、意図せずNATO対ロシアの火蓋(ひぶた)が切って落とされるおそれも否定できない。
地上戦のみならず、サイバー空間での火種が第3次世界大戦を誘発する危険性が各所で指摘されている。サイバー空間が新たな「ヨーロッパの火薬庫」になる恐れがあるのだ。多くの犠牲を生んだ過去の戦禍が繰り返されることのないよう願うばかりだ。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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