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「アフリカではパンの価格が突如2倍に」食料を輸入に依存する日本に降りかかる値上げ以上に恐ろしい事態

プレジデントオンライン / 2022年7月19日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tomazl

ロシアのウクライナ侵攻によって穀物の供給が世界的に不安定になっている。農業ジャーナリストの松平尚也さんは「ウクライナ危機は、穀物を特定の国に依存する危険性を明らかにした。日本でも食べ手側が国産の食品を選択し、徐々に輸入依存から脱却することが必要だ」という――。

■ウクライナに食料を依存していた国で食料不足が深刻化

世界の食料貿易を支えてきたウクライナの穀物輸出が停滞し、加えてロシアへの経済制裁によりロシア穀物の輸出も不安定化したことで、国際的な穀物価格高騰が起こっています。国連食糧農業機関(以下、FAO)によると、世界有数の小麦やトウモロコシの輸出国であるウクライナでは、穀物輸出の主要ルートであった黒海が封鎖され、約2200万トンの穀物が国内に滞留しているということです。また食料の保管倉庫の破壊も相次いでおり、穀物が劣化・腐敗し始めていると言われています。

ウクライナやロシアに食料輸入を依存してきた中東やアフリカ諸国の一部では、すでに食料不足が深刻化しています。FAOは、3月に両国に穀物を依存してきた国々を公表しました(図表1)。その報告では、中東やアフリカの25カ国が自国の小麦の3分の1以上を両国から輸入しており、そのうち15カ国は半分以上を依存していることが明らかになっています。こうした国々では、先進国のように輸入先を多様化することは困難で、飢餓や栄養失調が深刻化する恐れが出てきています。

ウクライナ・ロシアへの小麦輸入依存率
出典=Info Note Ukraine Russian Federation

国際社会では、5月頃から国連や各国が仲介しウクライナ穀物問題解決のために代替輸送ルートの確保などを提案してきました。欧州委員会は5月、ウクライナからの穀物輸出支援でだけでなく、人道支援物資や生産資材も通行できるよう「連帯レーン」確立のための行動計画を発表しました。またドイツや英国ら複数の国々は、ポーランドやルーマニアの鉄道を利用した陸路やドナウ川など河川での穀物輸送に向けた取り組みを進めています。

ウクライナの最大の支援国である米国は、欧州と協力してポーランドなどのウクライナ国境地帯に一時貯蔵施設を建設することを明らかにしています。

■ウクライナ侵攻は世界の飢餓水準を劇的に悪化させた

こうした中で6月26日~28日にドイツ南部エルマウで先進7カ国首脳会議(G7サミット)が開催され、ウクライナの穀物問題も食料安全保障の分野で主要議題として議論されました。最終日の28日には、首脳声明とは別に、食料安全保障に関する声明(以下、声明)が特別に採択され、飢餓に直面する人々を守るために45億ドル(約6100億円)を追加で拠出することが決定しました。

声明では、「ロシアのウクライナに対する侵略戦争は、飢餓の水準を劇的に悪化させた」と非難し、ロシアによるウクライナの穀物輸出の阻止を直ちに停止することが要請されました。また対ロ制裁で食料を標的としないことも表明されています。G7の食料安保に関する資金提供はこの追加拠出を含めると総額140億7500万ドル(約1兆9000億円)に上るということです。

声明の内容は、拠出金の追加の他には、ウクライナ農産物輸出再開や代替ルート確保のための協力の方向性が示されました。特徴的なのが追加拠出のうち、半分以上(27.6億ドル)を米国が拠出したことです。米国は、新たに発表した27.6億ドルの人道的・経済的追加支援のうち、20億ドルは緊急介入による人命救助に、7億6000万ドルは食料、肥料、燃料の高騰の影響を受けた脆弱な国における貧困、飢餓、栄養不良のさらなる増加を緩和するための持続的な短期食料支援に充てる予定としています。

日本政府も2億ドル(270億円)を拠出し、食料不足に直面し始めている中東、アフリカ諸国への食料供給や、生産能力の強化を支援するということです。具体的には、WFP(国連世界食糧計画)を通じた緊急食料支援などに6800万ドル、2国間の食料生産能力強化の支援などにおよそ4710万ドルが充てられるということです。また、ウクライナが穀物の輸出を再開できるよう、貯蔵施設の整備を後押しし穀物輸出促進支援を行うとしています。

船への小麦の積み込み
写真=iStock.com/ygrek
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ygrek

■G7では食料不足への踏み込んだ具体策は示されなかった

しかしG7における食料安全保障分野への巨額な拠出決定にも関わらず、残念ながらその取り組みは、各国ごとの支援額の積み増しに留まり、ウクライナ穀物の輸出再開については、G7としては新たな代替案を提示しませんでした。ウクライナやロシアに食料輸入を依存してきた中東やアフリカの一部では、食料危機がすでに進行しているだけに、海外メディアでは踏み込んだ具体策が期待されていましたが、その期待は裏切られた格好です。

ウクライナ政府は、輸出できない穀物の量が秋までに3000万~6000万トンに拡大する可能性があり、輸出の安全確保を訴えています。世界の穀物貿易量は約4.7億トン(2021/2022年・FAO)であることを考えると、秋には単純にその貿易量が約6~12%減少し、食料危機が世界でさらに本格化することも予想されます。

一方でEUやドイツが提案している陸路や鉄道、河川での輸送は、港湾を経由した輸出に比べるとインフラが確立されておらず、すぐに大量の穀物を運ぶことは困難という意見もあります。またたとえ海運ルート再開の合意がなされても、紛争地帯を航行するには高額の保険と護衛の費用を払って船団を手配する必要があり、その準備だけでも数週間が必要と言われています。穀物の代替輸送ルートの確保は単純な問題ではないのです。

世界的な食料危機を巡っては、「情報戦」とも呼ばれる国家間の言い争いも激しくなっています。ロシアは、欧米の制裁が食料危機の要因だと主張し続けています。対して欧州連合(EU)はプロパガンダだと反論していますが、危機の影響が大きいアフリカからはロシアの意見に同調する声も出ており、議論が錯綜している現状があります。

■「世界の穀倉地帯」からの脱却を目指す世界の流れ

ウクライナの穀物の問題は、代替輸送だけにとどまりません。今年秋以降の作付けが減少する見通しであるというのです。激しい戦闘が続いているウクライナ東部は穀物の産地でもあります。

ウクライナの州別小麦生産量割合
出典=Ukraine, Moldova and Belarus - Crop Production Maps,USDA

ウクライナ農業食料省によると、戦争による作付けの遅れや肥料等の生産資材の不足により今年のウクライナ穀物の収穫は、25%~50%減少するということです。図表2のようにウクライナの小麦の生産は、東部の割合も多いためたとえ代替ルートが確保されても今後のウクライナの穀物生産は、不安定化することが予想されています。実際、南東部ザポリージャ地方にロシアが樹立した政権は7月始め、中東などに穀物を売却することで合意したと表明しています。

今回のロシアによるウクライナ侵攻に絡む食料問題で最も特筆すべきは、「世界の穀倉地帯」ともされるウクライナやロシアの穀物へ依存する食料システム自体を見直すという議論が世界全体で巻き起こっていることです。

ウクライナやロシアは冷戦終結した1990年代以降、グローバル化の中で穀物輸出を増やしてきました。両国が穀物輸出を増やした背景には、肥沃な国土地帯が分布していること、その大地に欧米から国際的アグリビジネスが参入し、最新の農業技術や農業機械が導入され、農業生産量が安定的に増加したこと等がありました。

2010年代になると両国は世界の穀物市場において新興の穀物輸出国として認知されるようになり、わずか数十年で小麦の世界の輸出量の約3割、トウモロコシの2割のシェアを誇るまで急成長しました。ウクライナの穀物輸出も急拡大し、2010年の1400万トンから、2020年には5200万トンまで急増しました。両国の穀物価格は、既存の輸出国である米国や豪州産に比べて安く、裏を返せばその安い穀物に依存する国々を増やしてきた訳でもあります。

■スーダンではパンの値段が倍になって貧困家庭を直撃

両国に穀物を依存してきた国々では、食料価格が上昇し貧しい家庭を直撃し始めています。

すでにアフリカのスーダンではパンの価格は2倍になり、レバノンでは70%上昇しています。また中東諸国では、小麦輸入を国家が補助しており、価格高騰で財政を圧迫している状況もあります。所得の60%を食料に費やす最貧困層には、少しの価格上昇が壊滅的な影響を及ぼしてしまうのです。

幸いにして、日本は小麦の大部分をアメリカやオーストラリアから輸入しているので、現在のところ小麦製品がいきなりスーパーの棚から消えるといったことは起きていません。しかし日本の穀物輸入量は世界の穀物貿易量の約1割を占めており、じわじわと穀物価格高騰の影響を受け始めています。また中東やアフリカ諸国もこれまで割高なため購入してこなかったアメリカやオーストラリアの小麦の買い付けを始めており、今後日本はこれまでのように穀物を安定的に輸入できない可能性が高いと言えます。

■持続可能な食料システム構築のためには

ウクライナの穀物問題を発端として、世界の穀物を巡る矛盾をここまで見てきました。その中で短期的には、ウクライナ穀物輸送をなんとか再開し、穀物貿易を回復させ世界の食料システムを安定化させる必要があります。しかし中長期的には、ウクライナ危機をきっかけに世界の食料貿易を見直し、今後のより持続可能な食料システムを構築していく必要があると言えます。

では持続可能な食料システムへの道のりを私たちはどのように達成していくことができるのでしょうか。最後にその道のりへの提言をまとめたいと思います。

1.まずウクライナ危機以前から存在していた世界の食の格差を考える必要があります。

穀物価格が高騰していても、食料危機は世界全体には広がっていません。世界では9億人が餓える一方で6億人が肥満の状況にあり食の格差が存在しています。こうした格差をまず是正する必要があると言えます。

2.次に必要なのは、脆弱で過度に中央集権的な世界の食料システムの是正です。

小麦やトウモロコシはコメとともに、世界で消費されるカロリーの半分を占め世界3大穀物と呼ばれます。しかしこれらの穀物の輸出は少数の国に集中し、ほんの一握りの商社によって世界中に出荷されています。

さらに機能不全に陥った小麦などの一次産品市場の問題もあります。金融投機家が商品投資に飛びつき、食料価格の上昇を引き起こしているという批判があるのです。一方、世界の穀物取引の大部分を支配する穀物メジャーは、大量の穀物備蓄を保有していますが、それを公的に報告しないため、世界の食料備蓄を明確に把握できず、食料価格高騰の要因となっていると批判されています。

■日本はこの状況下でも輸入依存の姿勢を大きく変えていない

3.そして真に必要なのは、食の多様化や市場の透明化に加え、食の流通の寡占や集中を下げる措置です。

上述の問題の上に、紛争、気候変動、貧困の悪循環が重なり、食料危機が深刻化する可能性があります。現在の食料システムは、規模の経済や利潤を生む効率性はあっても、その一部に混乱が生じた場合、連鎖的な影響を及ぼし特に弱い立場の人々にとっては、安定的でないのです。

こうした世界の食料システム欠陥は、2007-2008年の食料価格危機の際にすでに指摘されていました。しかし企業関係者のロビー活動の圧力に屈し、各国はそれらに適切に対処できてきませんでした。食料システムを安定化させるには、過剰な商品投機の規制と、市場の透明性を高め、流通における集中度を下げる措置が必要と言えるのです。

最後に重要なのは、こうした現在の食料システムを多様化させしていくことと言えます。多様性は、代替の選択肢を提供し、リスクを分散させます。この視点を日本の食料・農業政策に当てはめるとどうなるでしょうか。

日本政府は6月下旬、農林水産業・地域の活力創造本部を開き、今後の農政の方向として、食料安全保障を柱に位置付け肥料など生産資材の価格上昇の対策への支援、食料の安定供給の確保に向けた対策を総合的に検討するとその骨格を示しました。その内容は4月にまとめた物価高対策と、中長期的に資材の安定確保、輸入に依存する小麦や大豆などの増産となっており、これまでの農政の方向性を一定程度転換するものとなっています。

しかし食料や農業資材を輸入に依存する方向性は抜本的には変えておらず、食料価格高騰の長期化が見通される中で不十分な対応であり、日本の食卓に大きな影響を与える可能性があります。

■食べ手側が食卓を多様化させることが重要

一方で、小麦価格高騰から、国産小麦や米粉を見直す動きも出ており、消費や流通現場からの多様化は少しずつ進んでいると言えます。

ここで大切なのは、食べ手の側がこうした多様化の背景を毎日の食卓の中で考えていくことです。これまで通りの食文化にこだわることが食料危機を深刻化させてしまう可能性があります。危機をきっかけに食卓の向こう側を知って、輸入に依存してきた食材から国産への転換を行っていくことが選択肢として求められるのです。

パン食を例にとると、これまでは輸入小麦を中心としたパンが主流を占め、日本人はふっくらとした柔らかいパンに慣れ親しんできました。国産小麦はタンパク質が少なく、米粉はグルテンが含まれないため、パンにすると輸入小麦のような食感が出せないのです。

ですが、最近では小麦の品種改良が重ねられ、パン用の強力粉に向く硬質小麦の品種の生産も増えてきています。また米粉は、パン向けには独特のもっちり感が出るため消費は伸びてきませんでしたが、グルテンを追加してパン用米粉として販売したり、逆にグルテンフリーの需要が増えたことから販売額を伸ばしています。その結果、外国産小麦高騰の中で米粉を導入するパンメーカーも増えています。

食べ手はそうした時代の転換を食卓から対応していくことが必要になっていると感じます。歴史の時計は元に戻せない中で、現在の世界の食料事情から毎日の食卓を考えることが今まで以上に重要になっているといえるでしょう。

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松平 尚也(まつだいら・なおや)
農業ジャーナリスト
1974年生まれ。近畿大学非常勤講師。京都大学農学研究科に在籍し国内外の農業や食料について研究している。農場「耕し歌ふぁーむ」では地域の風土に育まれてきた伝統野菜の宅配を行ってきた。ヤフーニュースでは、農業経験から農や食について語る。NPO法人AMネットではグローバルな農業問題や市民社会論について分析している。

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(農業ジャーナリスト 松平 尚也)

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