「汗と泥にまみれた高校球児がオシャレに」BEAMSのデザイン改革が全国的に進行中
プレジデントオンライン / 2022年7月15日 11時15分
■夏の予選真っ最中、高校球児にBEAMSが人気のワケ
パンチパーマに金のネックレス、手にするのはセカンドバッグ、愛車はベンツ……。1980年代までのプロ野球選手はユニフォームを脱ぐと、そんないでたちで街を闊歩していた印象だが、それに比べ最近の選手はずいぶんオシャレになった。
![ZETT by BEAMS DESIGNのTシャツ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/a/1200wm/img_2a90a919eccab4942e4f05f4e3efc025121224.jpg)
洗練されてきたのは、私服だけではない。トレーニングウエアもそうだ。それもプロだけでなく、アマチュア野球界にもそのムーブメントは浸透してきている。
例えば、今春のセンバツ甲子園では埼玉の浦和学院のスタッフが、大手セレクトショップビームスの事業「ビームス デザイン」と、野球用品メーカーのゼットが協業した「ZETT by BEAMS DESIGN」のウエアを着ていたことがコアなファンのなかで話題になった。
あのビームスがなぜまったくの畑違いの野球業界に足を突っ込んだのか。
高校野球の世界は旧態依然だ。球児は今も丸刈りが主流で、ユニフォームも純白。“古き良き”時代のものを継承しているイメージが強い。というより、グラウンド内でのウエアに関しては、日本高野連が「高校野球用具の使用制限」を定めていて、自由が利かない。
・「裾を極端に絞った変形ズボンは使用できない。また、上着とズボンの色合いが異なるもの(ツートンカラー)は使用できない」
・「ベルト色は黒または紺(ライトブルーは不可)色とし、エナメルは使用できない」
……と、“校則”並に細かいと言えなくもない。スパイクの色も指定があるため、グラウンドレベルで高校球児の変化はなかなか気づきにくい。
ところが今回、東海地方の強豪校でコーチをしている知人に聞くと、グラウンド外で着るチームウエアや、ユニフォームとは違うトレーニングウエアは少しずつ変わってきているという。
■2006~12年にヤクルトのユニフォームのデザインを担当
今、野球界のウエアはどう変わっているのか。現在、ビームス クリエイティブ ディレクターズルームのディレクターの水尾旅人さんはこう語る。
「意外に思われるかもしれませんが、ビームスは20年ほど前から野球界と接点があったんです。当時ゼットと契約していたプロ野球選手が自主トレで着るウエアを内々でデザインしていたんです(一般発売はせず)」
その後、東京ヤクルトスワローズの監督に古田敦也さんが就任(当時は選手兼任)した2006年から2012年にかけては、試合で使用する公式のユニフォームのデザインを手掛けた。
こうした動きをきっかけに2010年にはデザインも含めたBtoB(企業間取引)のライセンスビジネスを手掛ける事業「ビームス デザイン」を社内で発足させ、2019年には同チームがプロデュースしデザインを手掛ける「ZETT by BEAMS DESIGN」が誕生したという流れだ。
![ZETT by BEAMS DESIGNの商品が並ぶ店内](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/d/1200wm/img_ed9700148df8cd22fb63dfc32b6ca26a428472.jpg)
この「ZETT by BEAMS DESIGN」はパーカーやTシャツなど、ゼットが持っていた伝統ある野球用品メーカーが培ってきた高い機能性に、BEAMSのスマートなファッション性が加わったハイブリッドなアイテムだ。
これらをゼットのプロ契約選手(グローブ、バットなど)である千賀滉大(ソフトバンク)、森唯人(同)、源田壮亮(西武)、大瀬良大地(広島)らプロ選手が自主トレ時などに着用。野球界で静かなブームになっていく。
デザインの特徴は「野球っぽくない」ところだろう。昨年まで「ZETT by BEAMS DESIGN」を手掛けてきた水尾さんはこういう。
「一番は『BEAMSっぽい』と思っていただけるようなデザインを心掛けています。個人的にもゴテゴテしたものや派手なものがあまり好きではないので、どちらかというと引き算のデザインですね。シンプルだけど、何か一味違う印象を見る人に与えたい」
■甲子園で何度も優勝しているあの超強豪校も採用
ゼットと契約している選手たちの着こなしを見て、黙っていなかったのが他の野球用品メーカーと契約している選手たちだ。「BEAMSがデザインしたウエア、カッコいいな。俺にもちょうだい」。ゼット契約選手にねだることもあったという。
「グラウンドだけではなくて街中でも着れるようなアイテムや、野球とファッションのつながったものを楽しめるようなアイテムも含まれているので、これまでの野球ウエアとは明らかに違うと思いますね。グラウンドだけではなくてプライベートでも着られるように意識しています」(水尾さん)
そうしたコンセプトが功を奏して、実はおしゃれに敏感なお年頃の年齢である高校球児たちも、さっそくBEAMSデザインのアパレルを採用していく。どうせなら野球の練習時以外のプライベートの時間にも着ることができれば、一石二鳥ということなのだろう。
そうやって「ZETT by BEAMS DESIGN」はマーケットを広げていった。今なら、シンプルながらデザイン性の高いポロシャツ、流行のビッグシルエットのTシャツ、野球選手のイメージが薄いパーカーやハーフパンツ……それまでの野球用品店になかったアイテムは高校球児のハートをつかんだのだ。
![ZETT by BEAMS DESIGNのTシャツとパーカー](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/7/1200wm/img_178fdd6aa1a208a59fbf3d0a8e6585ca228288.jpg)
面白いのは、飛びついたのは球児などのプレーヤーだけではなかったということ。若い頃、都会的でスマートなビームスというブランドに憧れを抱いていた野球部の監督やコーチの心をもわしづかみした。そのため、近年はチーム単位・学校単位での注文も増えたという。
高校球児はファッションにお金と時間を費やす余裕がない。そのため、ファストファッションで十分と考えている人が増えているだけに、ビームスにとっても若い世代にブランドを認知してもらう絶好のチャンスとなったのだ。
現状、「ZETT by BEAMS DESIGN」は全国で大流行している、とまではいかないが、このたび甲子園で何度も優勝している超強豪校も採用した。そうした動きに敏感な球児たちの中で今後ますます注目度が高まっていくかもしれない。
■洋服の青山、ニトリ…BEAMSデザインは多岐にわたる
そもそもビームスのような会社が「スポーツ用品」をデザインするケースは非常に珍しい。ダンヒルがサッカー日本代表の移動時のオフィシャルスーツを、青山商事が陸上競技日本代表のオフィシャルスーツを提供したことはあるが、それらはあくまでスーツだ。
聞けば、ビームスはゼットの「ZETT by BEAMS DESIGN」だけでなく、さまざまなパートナー企業と協業で商品を開発している。
例えば、「洋服の青山」などを展開する青山商事とはウエアブランド<MORLES>を、また「ニトリ」とは家具(テーブルやスツール、シェルフなど)を協業している。その他にもビームスがデザインで参画しているアイテムは、ランドセル、キッズフォーマルウエア、ペット用品など多岐にわたる。気づけば、日常生活にビームスがどんどん入り込んできているのだ。
もちろんスポーツの世界でも“シェア”を広げている。
サッカーのオランダリーグのシント=トロイデン、H.C.栃木日光アイスバックスのユニフォームもビームスがデザインしている。また強豪ラグビーチームのユニフォームなど、メーカーとの契約で公にできないパターンもあるようだ。
そうやってスポーツ×ファッションの裾野が徐々に広がってきたことで、コロナ禍にもかかかわらず「ビームス デザイン」は2021年にBtoB事業全体で500件以上の問い合わせや打診を受けるなど、確実にニーズが増加している。
![Uniform Circus BEAMS「製作事例 」より](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/e/1200wm/img_8ebe05a55eb2d03a2647247e8911ad60350849.jpg)
さらに、1枚からつくることができる個人オーダーも可能な「ユニフォーム サーカス ビームス」というプロジェクトも脚光を浴びている。とりわけ近年、注文が増えているのは下記のようなワークウエアだという。
・整体サロン「カラダファクトリー」の施術スタッフユニフォーム
・ハンバーガーチェーン「フレッシュネスバーガー」のスタッフユニフォーム(※2019年3月まで)。
・学校制服の「ビームス スクール」
・医療従事者が着る「ビームス メディカル」
いずれのアイテムも“BEAMSらしさ”が人気の要因だ。日本のファッション業界で独自のカルチャーを築いてきた会社だけに、スポーツアイテムを取り扱う場合も直球ではなく“遊び心”を忘れないのが信条だ。
今年も夏の甲子園予選が各地で始まった。中には「ZETT by BEAMS DESIGN」を新規に採用したチームもあるだろう。その学校が晴れて代表校に選ばれれば、それがまた話題になって……数年後、丸刈りの高校球児は見違えるほどオシャレに変身しているかもしれない。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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