公立の中学では本当の自分が出せない…東京西部の高級住宅街に住むB君が不登校になった意外な原因
プレジデントオンライン / 2022年7月16日 10時15分
■実は少ない「いじめ」による不登校
小中学生の不登校は年々増加傾向にあり、特にここ2年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で、さらにその数が増している。
図表1、2に掲載したのは、2021年10月に公表された「2020年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要」(文部科学省統計)における「不登校児童生徒数の推移」と、通信制高校ナビ発表の「不登校になった原因・きっかけ」(2020年度)である。
表を見てもわかるように、一般的に不登校の要因としてイメージされる「いじめ」は数が少なく、最も多いのが「人間関係」である。ここで取り上げるのは、都内の公立中学に通っていたものの友人関係の構築に苦しみ、やがて不登校になった中学生B君の母親の深刻な悩みである。
■原因不明の不登校に悩む母親
相談に訪れた母親の当初の話では、B君の弟を私立中学に進学させるにあたって必要な対策が焦点だった。中学入試で現状の学力をどのように上げるか、この成績帯でお勧めの中学はないか。定番の質問に対して私は定番の答えを返していた。
そもそも私立中学の受験対策など通り一遍のアドバイスしかできない。言えることは、6年生以前に全力で勉強しないように努めること、5年生の間に時間を見つけて複数の学校見学をすることくらいだ。子供は親のいいなりで勉強をすることはない。頭を空っぽにして塾の席に座っていることなど簡単である。
ゆえに私立中学対策の勉強に向かわせたいのなら、子供自身がこの中学に行きたいという意志を持つことが重要だ。それは明確なものでなくとも構わない。学校見学で壁に貼られていた美術部の作品が良かった、学校説明会に登壇した在校生の雰囲気を気に入った。その程度の理由でも、自身に何かしら直感が働けば学校生活は楽しいものになるだろう。
一通りの助言を終えても、母親がどこか浮かない顔をしている。何か他に問題でもあるのだろうか。さりげなく聞いたところ、弟の私立中学進学を決めたのは兄のB君が中学で不登校になっているのが動機だという。その理由を問うても、学校になじめなかったという曖昧な答えしか返ってこない。この事実を知り、私の方針は一変した。今、この親が真摯に向き合うべきは弟ではなく兄のB君だ。
まずは、弟の進学問題が家庭で話題に上ったときのB君の様子を聞いてみた。すると母親は、特に関心があるようではなく、話の輪に入ることもあれば、そうでないときもある、兄弟2人は年が5つ離れているが、喧嘩もなく仲はいいと言う。
では、なぜB君は公立中学で、弟は私立中学に進学させようとしているのか。
B君は大人しい性格ながらも小学校時代の成績は極めて良かったらしい。しかし、両親は子供が中学受験でせわしなく過ごすことをよしとせず、B君に勉強を押しつけなかった。父親も母親も地方の公立中学・高校を卒業しており、息子を地元の公立中学に通わせることに躊躇はなかった。しかし、彼は結果的に不登校になってしまう。
その原因がよくわからないという母親に、私はこの時点である予想を立てていた。不登校はB君が過ごしてきた環境に起因しているのではないだろうか。
■中受率が高いエリアで公立中学に進学
B君の住まいは東京西部の高級住宅街で、いわゆる富裕層が多い。
日本有数の巨大企業の社員である彼の父親も例外ではない。こうした地域では私立中学進学熱が高く、それ以前に私立小学校への進学を望む親も多い。幼い頃から彼の友人関係は、そうした環境下で形成されていった。
小学校時代、B君は水泳やピアノなど、体力作りや情操教育として良いとされるものに積極的に関与していた。教育に対する親の投資は明らかに平均以上で、本人の学業成績も塾に行かずとも良好。大人しく静かな性格のB君はピアノと読書に打ち込み、特に読書に関しては、愛読書の情報交換を介して親しい友人関係を築いていた。
しかし、親しい友人は全員私立中学進学を目指し、小学5年生後半から塾通いが激しくなっていく。自然、B君が友人と過ごす時間も減り、そのまま自分は地元の公立中学に進学する。そのなかに、彼が小学校時代、親しくしていた友人はほとんどいなかった。彼らは全員が私立中学に進んでいたのだ。新たに中学の同級生のなかから親しくなれる友人が現れる可能性もあるが、内向的で読書好きなB君と話が合うような同級生は、恐らく私立を選択している。
こうしてB君は、表面上クラスの仲間と意思疎通しながら、ゆっくりと孤立していった。
■嫉妬の対象になり孤立
さらに言えば、自分の性格や嗜好が知性を帯びていることが、クラスメートの嫉妬の対象になる可能性にも思い至った。
音楽室で教師に乞われてピアノを弾いた際はクラスメートの称賛を浴びたが、同時に同性の同級生の陰口も耳にした。いじめられたり、いじられたりするようなことはなかったものの、以降、B君は学校でピアノを弾くことはなくなった。
中学1年生の末、彼にとって学校は友情や信頼を交換する場ではすでになくなっていた。素の自分をさらけ出せる友達という存在が皆無だったのだ。
決して公立中学がダメだと言っているわけではない。
大半の者が公立中学に進学する地域なら問題は起きないかもしれない。同じ小学校に通っていた友人が同じ中学に進み、関係性が継続される可能性は高い。実際、現在も全国ほとんどの地域で公立中学進学者数が、私立中学進学者数を圧倒的に凌駕している。
が、東京は事情が異なる。
2020年度、東京都文京区の私立中学進学希望者は50%弱、港区、中央区、渋谷区、世田谷区、目黒区が33%を超える(2021年10月発表、東京都教育委員会「小学校卒業者の進路状況」より)。富裕層の多いこれら地域以外でも、教育投資をためらわない程度の富裕なエリアに生まれ、内向的な性格ながらも公立中学に進んだ場合、友人関係はゼロからのスタートとなるケースが多い。見たくもないアニメを必死に見たり、やりたくもないスポーツを選択するなど、自分を殺して集団の関心に合わせ続けなければならない。
もちろん、私立中学に進んだ者でも、そこで新しい人間関係を築くストレスにさらされることもあるだろう。しかし、教室にいるのは大半がその中学を少なからず気に入った、同じ傾向を持つ者たちである。同級生・先輩は、同質の試験を受け、同質の成績を残している。見知らぬ者同士であっても自分とどこか似た部分を発見するのはずっと容易だろう。
■親にまったく悪気はなかった
B君の両親は、内向的な性格の彼が小学校時代に何年かかけて見出した人間関係の意義を考慮せず、中学に入って人間関係に悩むことなど全く想定していなかった。
そこに、悪意も厳しさもない。ただ自分たちがそうだったからという理由で、自然に公立中学を選んだだけである。当のB君も公立中学で友人ができず不登校になるとは微塵も思わなかったに違いない。そもそも小学生が、人生の先に何が待っているかを推測する力など持ちえていない。
ゆえにB君の両親は、息子の不登校に対してその原因をつかめずにいた。いじめはない、担任も面談で会ってみれば、むしろ良い教師という印象を持った。ならばこれは謎である。そして謎の不登校は弟を震わせる。原因不明の不登校は、原因が明瞭な不登校より怖い。その公立中学には、何か得体のしれない悪い「気」があるのではないかと、誤解に満ちた勘違いをしてしまう。
■素の自分を出せない苦しみ
母親は、B君の小学校時代の友人関係と、その後の動向を私に問われ、あっと声をあげた。
彼の親しい友、つまり小学校時代によく家庭で話題として出てきた友人全員が、私立に通っていることに気づいたのだ。正確には、気づいてはいたが、その意味の重大さを初めて知った。息子の不登校は、新たな環境のなかで友人関係の構築(そもそも可能性すらなかったかもしれない)に失敗したからだ。彼女はそれがわかると押し黙ってしまった。
現在、不登校生徒に対しては学校側も無理に登校を勧めない。ステップスクールも数多く存在する。何より、うつ病から自殺のコースをたどるほうがずっと恐ろしいからだ。B君の両親もその指針に合わせ、無理に学校に行く必要はない、学校になじめなくて立派になった人も多い、エジソンは学校に行っていないし、スティーブ・ジョブズもいじめが原因で中学を転校した、気に病むな、といった類の声かけを本人に盛んに行っていたそうだ。
しかし、これは的外れである。B君にジョブズのようになりたいという気持ちは欠片もない。
そもそもジョブズはその異能を学校でいかんなく発揮し、いじめの対象になった。B君に異能があるかどうかはさておき、彼にとっては素の自分を隠し続けなければならなかったことが苦境の原因だったのだ。
■私立進学させられる経済力があったのに…
公立中学進学が必然の教育コースで、繊細で内向的なB君の人生において避けることができない道ならば仕方がない。しかし弟は私立に行くという。ならば、B君が、自身の公立中学進学は必然ではない、避けられた道だったのではないかと考えてもおかしくない。
親が、弟の私立中学進学を決めたのは、B君が公立中学で不登校になったからだ。兄と同じような状態を避けるため、親には必然の選択だったのかもしれない。が、このまま弟が私立に入学すれば、B君にしてみれば、いったい自分の公立中学進学は何だったのだということになる。弟の実験台かつ踏み台となって、公立中学に進学し、そこで多難な人間関係の渦に巻き込まれたのだ。母親によれば、中学生活を全うできなかったB君には通信制高校に通わせる予定だという。
一般の高校に入学できないのは、B君も自分にも責任があると処理しようとするだろう。しかし、気持ちの半分が決着しないまま、弟が毎日楽しく学校に行く姿を見れば、B君はどう思うだろう。この子の行く末は大丈夫だろうか。親が心配すべきはまずそこである。
■親は誤りを謝罪すべき
私は母親に、長男に謝罪したのかと問うた。
対し母親は、B君には間違った方針だったと夫婦で自覚しているが、しっかりと謝ったことがないと言う。ならばまずは謝罪すべきである。弟も公立に行くというのならば、親の指針にぶれはなくB君も納得できるかもしれない。が、現実は親の見立てが誤っており、結果、B君が犠牲となった。その責任は決して軽くない。
私は、B君への謝罪は話の流れで気軽にするものではなく、リビングのテーブルをはさんで座り、彼と向き合い、夫婦で手をついて、お父さんとお母さんは間違えていた、想像が及ばなかった、大変申し訳なかったと正式に執り行うべきだと告げた。さらに、可能であれば、私立中学にかかる費用80万円×3年分の金額が入った通帳をB君に渡すことまでしてもいいとも言い添えた。これは、両親の指針がお金を惜しんで為したことではないことの証明のためだ。
謝罪したうえで、B君の親は高校進学であれ、大学進学であれ、今後、全面的にバックアップすることを彼に約束すべきだ。さらに彼の美点を言葉にし、その美点を活かす進路を必ず見つけてほしいとも伝えたほうがいい。進学、進路選択の成功は、その新しい場で豊かな人間関係を築きえたかという点にある。美点を見つめ、学校見学を数多くこなし、そのうえで高校は通信制を選んだとしてもかまわない。親が謝罪の意を明確にしなければ、B君は、親は何かをごまかしていた、と一生思い続けることになる。
大学進学に意欲があるならば、学びたいテーマを決め、恩師となる候補を探し出し、目標の大学を見出すことができれば、B君は本来の自分の良さを発揮しうる場に身を置くことができる。何よりも大学入試は不登校という経歴を問題としない。点数を競う入学試験ならば、条件は卒業見込みという証明だけである。
B君の母親は盛んにメモを取り、面談が終わるとそそくさと帰宅した。後日、届いたメールには、しっかり謝罪をした、お金は渡さなかったがバックアップを精一杯するということは告げたと書かれていた。さらに、その言葉を受けてB君が一つの変化を示したとも記されていた。
何でも、弟の学校選びに積極的に関与するようになったらしい。彼は、学校選びの重要性を自身の体験から深く自覚し、弟を思い助言したのだ。その後、B君がどんな人生を歩んだか定かではないが、その進路選択に大きな間違いはなかったと推測している。
■食卓でお子さんは友人の話をしていますか?
子供が食卓で語るのは、友人に関する話がほとんどであるはずだ。
それを通じて、親は会ったこともない子供の友人を身近に感じることすらある。ゆえに小学校高学年、中学1、2年時の子供の何気ない会話を聞き逃してはならない。そこで友人の話が出てこなくなった場合、子供の希望する習い事や塾に通わせるという第二の集団に属する道を考えるべきだ。
ここで取り上げた事例とは逆に、親しい友人が公立に行くので私立は嫌だと言った際には、私立中学の学校見学を重ねつつ、公立進学も視野に入れたほうがいい。その友人と別れたくないという気持ちが強ければ強いほど、私立中学への進学熱は冷め、塾での勉強の成果も上がらない。
鍵は、子供の性格とその周囲にある豊かな人間関係の構築である。子供が子供である以上、その主導はまず大人である親から始めなければならない。
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医学部専門予備校インディペンデント代表
同志社大学法学部卒業、同大大学院文学研究科新聞学専攻修士課程修了。東進ハイスクールなど塾講師を経て、現職。著書に『名ばかり大学生 日本型教育制度の終焉』『医学部バブル 最高倍率30倍の裏側』(いずれも光文社新書)など。
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(医学部専門予備校インディペンデント代表 河本 敏浩)
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