より深刻な電力危機は、この夏よりも「冬」である…日本が「まともに電気の使えない国」に堕ちた根本原因
プレジデントオンライン / 2022年7月17日 13時15分
■電力逼迫の根本的な原因は供給サイドにある
需給逼迫(ひっぱく)と料金高騰のダブルパンチを浴びて、危機的な状況に陥っている日本の電力。なぜ電力危機は起きたのか、いつ、どこで危機は正念場を迎えるのか、について考察してみよう。
今年の6月末から始まった電力需給の逼迫は、直接的には、気温の急上昇による冷房需要の急伸という需要サイドの要因によって引き起こされた。しかし、短期的な需給逼迫が昨年1月や今年3月にも生じたことからわかるように、根本的な原因は供給サイドにあると見るべきである。
供給サイドの要因としてしばしば指摘されるのは、①再生可能エネルギーの普及の不十分性、②原子力発電所の再稼働の遅れ、③東西間の送電連系の脆弱(ぜいじゃく)性などである。これらについて、2016年の小売全面自由化で本格化した電力自由化の結果だとみなす議論が一部で根強い。
■「電力自由化が悪い」はまったく的外れ
しかし、このような見方は、まったく的外れである。①と③は、2016年以前から強く問題視されていた点であり、電力自由化の結果として生じたものではない。②は2011年の東京電力・福島第一原子力発電所事故の帰結であって、自由化とは関係がない。
電気料金の高騰についても、それが電力自由化の設計ミスの結果だとする議論は間違っている。料金高騰の原因はあくまでLNG(液化天然ガス)・石炭等の火力発電用燃料の価格上昇であって、たとえ電力自由化がなかったとしても、今回の料金高騰を回避することはできなかったであろう。
端的に言えば、現在の電力危機は電力自由化の結果ではない。電力自由化は、独占の廃止による消費者にとっての選択肢の拡大、競争原理の導入による電力会社のガバナンスの向上など、多くのメリットをもたらした。悪いのは、自由化ではない。真の原因は、別のところにある。
■日本政府を縛る「原子力依存型」モデル
電力の需給逼迫をもたらした供給サイドの真因は何か。それは、電力業界や政府内で長く支配的であった、そして今も強い影響力を有する「原子力依存型」のビジネスモデルにあると言うべきであろう。
「原子力依存型」モデルとは、原子力発電を主力電源とみなし、電源構成のなかで原子力を最優先させる考え方である。このモデルは、今でも電力業界で主流となっており、大半の旧一般電気事業者は、原子力発電所の再稼働を再重点課題としている。
原発再稼働は、収益効果が大きいだけでなく、電気料金引き下げを通じて電力市場での競争優位確保を可能にするからである。すでに再稼働を果たした関西電力・九州電力・四国電力が、「電力業界の勝ち組」とみなされているのは、このような事情による。
2018年策定の第5次エネルギー基本計画以降、「再生可能エネルギー主力電源化」を掲げるようになった日本政府も、「原子力依存型」モデルの呪縛から逃れられてはいない。2022年5月に打ち出した「クリーンエネルギー戦略」のなかで、原子力発電の「最大限活用」をうたったことは、その証左と言える。
■再生エネの普及が進まず、送電網も問題だらけなワケ
「原子力依存型」モデルの呪縛は、再生可能エネルギーの普及を遅らせる大きな原因となった。2018年の第5次エネルギー基本計画で政府が、せっかく「再生エネ主力電源化」へ舵を切りながら、肝心の2030年の電源構成見通しにおける再生エネの比率が22~24%に据え置いたことは、それを象徴する出来事だった。
この22~24%という再生エネ比率は、パリ協定締結以前の2015年に設定されたものであり、再生エネ普及への日本の消極的な姿勢を示すものとして、国際的にも批判の対象となっていた。にもかかわらず、日本政府が2018年の時点でも再生エネ比率を22~24%にとどめたのは、再生エネ比率の上昇が原子力比率の低下につながることをおそれたからにほかならない。
そもそも、「原子力依存型」モデルは、電気事業の真のレーゾンデートル(存在意義)を「誤解」したものである。電気事業のレーゾンデートルを支える基盤は、けっして発電力にあるのではなく、停電を起こさない系統運用能力にあるからだ。電気は、基本的には、生産したと同時に消費しなければならない特殊な商品である。発電は他の事業主体でも担いうるが、系統運用は電気事業者にしか遂行できない固有の業務であることを忘れてはならない。
電気事業のレーゾンデートルを系統運用に見出すという「基本」を忘れた「原子力依存型」モデルの呪縛にとらわれた政府と電力業界は、当然の帰結として、送電網の拡充に十分な力を注ぐことがなかった。早くからその重大さが指摘されてきたにもかかわらず、東西間の送電連系の脆弱性が抜本的に改善されてこなかった背景には、このような事情が存在する。
電力需給の逼迫をもたらした真の原因は、電力業界と政府に根づいた「原子力依存型」モデルにあった。その意味で原子力は、日本の電気事業における「喉に刺さった骨」なのである。
■脱原発を掲げていたドイツ・ベルギーの変化
「原子力依存型」モデルに問題があることは明らかであるが、だからといって、原子力発電をただちにやめろという意見に与することはできない。資源小国である日本にとって、再生エネから原子力まで、すべてのエネルギー源は大切であり、選択肢を減らすことは得策ではないからである。
ロシアのウクライナ侵攻は世界的なエネルギー危機に拍車をかけたが、そのような状況下で欧州や日本では、原子力発電の「活用」によって危機を乗り切ろうとする動きが強まっている。
ロシアからの天然ガス供給に大きく依存するドイツ(2020年の対ロシア依存度43%)では、なんとあの緑の党に属するロベルト・ハーベック経済・気候保護大臣が、2022年の原子力発電停止、2030年の石炭火力停止を、それぞれ先延ばしすることを検討すると、いったん表明する事態となった。結局、炉型の特殊性による資材調達難や残された出力の小ささから原発停止延期は撤回されたが、石炭火力の停止延期は可能性を残している。
ドイツとともに、グリーン投資の対象を選定する欧州タクソノミーに原子力を含めることに強く反対してきたベルギーも、2025年に予定していた原子力発電の全廃を、10年間延長することを決めた。
■国内で早期に再稼働できる原発は4基のみ
日本でも、逼迫する電力需給を緩和するため、原子力発電所を早く再稼働すべきだという声をよく聞く。理屈上は成り立つ議論であるが、ここで直視しなければならないのは現実だ。そもそも原子力は速効性を有する柔軟な電源ではないのであり、じつは、需給逼迫が深刻化するとの見通しがある今年の7~8月だけでなく、2023年1~2月にも、原発再稼働は間に合わないのである。
ウクライナ危機が発生したからといって、日本の原子力規制委員会が規制基準の運用を緩めるはずがない。したがって、再稼働が想定できるのは、すでに規制委員会の許可がおりながら再稼働にいたっていない7基の原子炉ということになる。
これらのうち東京電力・柏崎刈羽6・7号機は、東京電力の不祥事によって、規制委員会の許可自体が事実上「凍結」された状態にある。日本原子力発電・東海第二は、運転差し止めを命じる水戸地裁判決が出ている(原電側と原告側がそれぞれ控訴)。
したがって、早期に再稼働する可能性があるのは、残りの4基、つまり東北電力・女川2号機、関西電力・高浜1・2号機、および中国電力・島根2号機に絞られる。
■岸田政権が一気に「原子力復権」に動く可能性は低い
たしかに、これら4基は、運転再開に関する地元自治体の了解も取り付けている。にもかかわらず、ここが肝心な点であるが、4基のいずれについても、再稼働のために必要な安全対策工事やテロ対策施設工事が、2023年2月時点では完了しないのである。電力各社によると、女川2号機は2024年2月、高浜1・2号機は2023年6~7月に再稼働する予定で、島根2号機は具体的な時期が決まっていない。
「当面する電力需給逼迫を解消するために原発再稼働を」という意見は、残念ながら、「空理空論」の域を出ないと言わざるを得ない。
2022年7月の参議院議員選挙で、政府与党は勝利をおさめた。この点と、今のところこれから3年間国政選挙が予定されていない点とを踏まえて、岸田文雄政権が一挙に原子力「復権」に動くという見方が一部にある。しかし、現実はそうならないだろう。
■岸田首相の「原発稼働」表明が意味すること
岸田首相は、参議院議員選挙から4日経った2022年7月14日に記者会見の場で、2023年1〜2月の電力危機を回避するため、最大9基の原発を動かす方針を表明した。
しかし、このことは原発の「復権」をまったく意味しない。
なぜなら、これら9基はすでに再稼働を果たしたものばかりであり、再稼働済みの炉が一時的な点検等を終えてこれから動くことについては、とっくに織り込み済みであったからだ(再稼働を果たした10基のうち、九州電力・玄海4号機は、どうやら2023年1〜2月には運転できないようだ)。
焦点は、再稼働済みの炉が何基動くかではなく、原子力規制委員会の許可を得ながら再稼働を果たしていない炉が新たに何基動くかにあった。むしろ、この岸田発言は、新たに再稼働する原子炉が皆無であることを確認したものなのである。
岸田政権は、お題目として「原発の最大限活用」や「新型炉の開発」を唱えても、肝心の「原発リプレース(建て替え)・新増設」に踏み込むことはあるまい。いくら大きな選挙がしばらくないからと言って、選挙に勝つためには原子力に触れないこと、問題を先延ばしすることが一番だと考える政治家の心理は変わらないからである。
■2023年1~2月が東日本の電力危機の正念場
太陽光発電がある程度普及すると、需給逼迫による電力危機は、夏よりも冬に、より厳しいものとなる。夏の電力需要がピークに達するのは冷房の使用規模が増大する晴れた日の真っ昼間だが、その時には太陽光発電がフル稼働している。
これに対して、冬の電力需要が高まるのは朝夕の時間帯であり、太陽光発電の稼働はあまり期待できない。とくに寒い雪の日に冬の電力需要はピークを記録するが、そのような日には太陽光発電はそもそも稼働することがない。このような事情から、電力危機の正念場は、今夏ではなく来冬にやって来る。
注意すべき点は、とくに東日本の電力危機が深刻なものになることだ。すでに再稼働を果たしている10基の原子炉、今年中に運転を開始する3基の大型石炭火力(この点については、プレジデントオンラインに寄せた拙稿「世界中を悩ませる『LNGの脱ロシア化』で、欧州には不可能かつ日本にしかできない最善のエネルギー源」参照)のいずれもが、周波数60ヘルツの西日本に所在する。
対照的に周波数50ヘルツの東日本には、再稼働している原子炉は皆無だし、今年中に新設される石炭火力もない。そして、「東西間の送電連系の脆弱性」は、あいかわらず存在し続けている。
電力危機は、間違いなく2023年1~2月の東日本で正念場を迎える。それへの有効な対応策は、今のところ節電しかないというのが実情である。
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国際大学副学長/国際大学国際経営学研究科教授
1951年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士。青山学院大学助教授、東京大学社会科学研究所教授、一橋大学大学院商学研究科教授、東京理科大学大学院イノベーション研究科教授を経て現職。専攻は日本経営史、エネルギー産業論。著書に『エネルギー・シフト』、『災後日本の電力業』などがある。
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(国際大学副学長/国際大学国際経営学研究科教授 橘川 武郎)
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