公務員の給与を上げれば、民間の賃上げも進む…そんな霞が関官僚のプロパガンダにダマされてはいけない
プレジデントオンライン / 2022年7月15日 17時15分
岸田首相は就任当初、「分配することで成長につながる」と言っていたが、この論理は、公務員給与を増やしたい人たちにとって、極めて好都合な論理だ。画像は参院選から一夜明け、記者会見で質問に答える岸田文雄首相(=2022年7月11日) - 写真=時事通信フォト
■公務員のボーナスの大幅減は去年のツケ
国家公務員に6月30日、夏のボーナス(期末・勤勉手当)が支給された。管理職を除く行政職職員(平均34.2歳)の平均支給額は約58万4800円で、前年夏に比べ約7万6300円、率にして11.5%減少した。
新型コロナウイルス蔓延による景気悪化から立ち直りつつある民間企業は、利益が大幅に回復し、夏のボーナスが大きく増えた。経団連の調査では、大手企業の夏のボーナスは加重平均で13.8%増えている。民間とのあまりの違いに不平を漏らす公務員も少なくない。
だが、公務員のボーナスの大幅減には明確な理由がある。公務員の給与は民間企業の給与を参考に、毎年8月に出される人事院勧告に基づいて決められる。昨年、人事院は、月給については民間より19円高かっただけだとして、据え置きを勧告したが、年間で4.45カ月だったボーナスについては、新型コロナの影響で民間が激減していたことを受け、引き下げを勧告した。ただし、わずか0.15カ月引き下げて4.3カ月にするという内容で、民間からすれば、あまりにも役人天国という内容だった。
しかも岸田文雄内閣は、昨年末までに必要な給与法改正を行わず、その0.15カ月の引き下げすら先送りしていた。新型コロナで打撃を受けた経済への影響を考慮する、というのが理由だった。
今年4月になってようやく給与法を改正、去年の冬に本来より多く支給されていた0.15カ月分が、今回の夏のボーナスから差し引かれることになった。今回の大幅減は、この影響が大きいわけだ。今年の夏の分も前年より0.075カ月減っているので、これを合わせると11.5%減となり、大きな減少となったように見える、というわけである。昨年、民間では、新型コロナでボーナスが軒並み減らされていたのを横目に、勧告より高いボーナスを受け取ったツケが回ってきたわけで、今回の削減は、時期がズレているにすぎないのだ。
■年収の減少率はたった0.92%
それでも、11.5%という数字が大きいせいか、「民間が増えているのに公務員が大幅減というのはひどい」「だから霞が関の官僚が辞めてしまう」といった論調が目に付く。人事院が勧告する際に比較対象にする「民間」は大企業で、ボーナスが下がったからといって「安月給」になったわけではない。昨年の人事院勧告の結果でも、行政職の平均年収で見れば、664万2000円で、6万2000円減少する内容だったにすぎない。減少率は0.92%だ。
決して、公務員の給与が抜本的に引き下げられているわけではなく、庶民感覚からすれば、厚遇であることには何ら変わりはない。
しかも公務員の場合、民間企業に勤めるビジネスマンと違い、会社が潰れて失業するリスクはない。業務成績が悪いからといって格下げされたり、給与が下がったりすることもまずない。本来ならば、その分、民間よりも給与水準が低くて良いはずだが、そうなっていないのだ。
しかし、夏のボーナスのこのタイミングで、「公務員給与は民間よりも下げられている」と声高に語られることには危うさが潜む。今年も8月に出る人事院勧告である。民間のボーナスは大きく増えているといっても、減った分が元に戻っているというのが実情に近いが、公務員の間からは、さっそく、給与やボーナスを引き上げるべきだ、という声が出始めている。8月に人事院が給与やボーナスの増額を勧告したとしても、国民の間から批判が巻き起こる懸念は少ないとみられ、賃上げのムードづくりはできているというわけだ。
![1万円札の数を数える人の手元](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/e/1200wm/img_ee602d54e04a26ba5e8fddaffda47216461483.jpg)
■公務員給与アップが賃上げの「呼び水」になるかは疑問
政府周辺から繰り返し出てくる発言で、もうひとつ気になることがある。岸田文雄首相は就任以来、「分配」を掲げ、企業に「賃上げ」を求めているが、その「呼び水になる」としてエッセンシャルワーカーの給与引き上げに動いている。給与が安いことからなかなか人材が確保できないとも言われる介護職員や保育士、看護師などの待遇を見直すこと自体は良いことだが、それが民間企業の給与を増やす「呼び水」になるかというと異論も多い。
政府が公定価格を引き上げてこうしたエッセンシャルワーカーの給与を増やしたからといって経済成長につながるかどうかは不透明で、本当に民間の給与の増加につながるのかは疑問だ。逆に政府支出が増えれば、いずれは増税や社会保険料の増額で国民負担が増え、可処分所得が減って消費にマイナスとなり、経済成長を阻害する、という見方もある。
しかし、この「呼び水」論が、公務員給与のあり方でも大きな意味を持ってくる。岸田首相は「3%の賃上げ」を民間に求めているのだから、まずは公務員給与を3%引き上げて「呼び水」とすべきだ、という議論が出てきかねない。
もともと、昨年段階で給与法を改正せず、ボーナス削減を先送りしたのも、「景気への配慮」があった。つまり、公務員給与を減らすと、景気にマイナスの影響が出る、というのだ。逆に言えば、公務員給与を増やすことが景気にプラスに働くという理屈である。
■「県庁職員の給与を増やせば、地域経済が活性化する」という論理の穴
これは地方公務員の給与問題でもしばしば持ち出される論理だ。
県庁職員は多くの県で「最も安定した高給取り」というのが相場だが、県庁職員の給与を増やせば、職員による消費が増えるので、地域経済が活性化する、というのである。確かに県庁の周りの飲食店などは県庁職員が使うお金に依存している。だからといって、基本的に大きな付加価値を生み出すわけではない政府部門の給与を引き上げたからといって、それが経済成長につながるというのは怪しい話なのだ。
岸田首相は就任当初、「分配することで成長につながる」と言っていた。この論理は、公務員給与を増やしたい人たちにとって、極めて好都合な論理だろう。
![2014年10月5日、夜の大阪・道頓堀](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/a/1200wm/img_5ac5c094df269483bb9ddc4b3516e936426468.jpg)
■「給与が低いから優秀な人材が霞が関に来ない」のウソ
また、しばしば語られる「給与が低いから優秀な人材が霞が関に来ない」という話はどうか。だから給与を増やすべきだ、という理屈として使われるが、これも本当かどうかは大いに怪しい。
霞が関の中堅官僚の多くが中途で官庁を辞めているのは事実だ。優秀な人材なら民間のほうが高い給与を提示するのも間違いない。では、彼らの多くが、給与への不満を理由に辞めているのか、というとそうではない。
多くの中堅官僚の場合、高い志を持って公務員となっているが、仕事で自己実現できない、未来がない、と感じている人が少なくない。スピード出世して若くして課長になり、バリバリ政策を決めて世の中を変えられるという官僚像は今は昔。課長になるのが50歳過ぎ。しかも最近の課長にはほとんど決定権がない。そんな今の役所の人事システムに絶望している人が少なくないのだ。
課長になるまでに25年間下働きをするのなら、すぐにでも大きな仕事を任される外資系コンサル会社に転職しよう、という官僚が増えるのは自然だろう。
■長時間労働が解消されても、官僚を目指す人が増えるかは別問題
昨年8月、人事院は、給与の勧告とあわせて「公務員人事管理に関する報告」を公表した。そこには、男性非常勤職員に対する配偶者出産休暇や育児休暇の新設や、残業時間をきちんと把握して残業代を払うこと、さらに人手不足職場に人員増を行うことなどが盛り込まれた。いわば霞が関の「働き方改革」である。長時間労働が常態化している霞が関を変える、というのだ。
もちろん、そうした「ブラックな」労働環境が、官僚たちに転職を決意させる引き金になっているのは事実だが、それが「ホワイト」になれば、官僚を目指す人が増えるのか、というとまた話は別だ。東大卒業生の人気就職先になっている外資系コンサルは、決して労働時間が短いわけではない。仕事はハードでも、年齢に関係なく、力のある人がどんどん抜擢され、大きな仕事を任される。そんな「やりがい」が多くの有能な若者を惹きつけている。
公務員の給与でも、局長になれば年収2000万円近くになる。課長でも1000万円を超える人もいる。つまり、ポストが上になれば、民間企業と遜色ない給与を出す仕組みになっているのだ。だが、そこにたどり着くには、30年以上の年月がかかる、という今の人事制度に問題がある。仮に40歳で局長になれる能力主義の人事制度で、若手の課長や課長補佐でも国を動かす大きな権限を持てるような仕組みになっていれば、どんなにハードでも役人を辞めない、という中間官僚が少なくない。
入省年次に従ってほぼ一律に昇進し、全員一斉に給与水準を引き上げるショーワな人事制度から決別する抜本的な公務員制度改革こそ、霞が関に優秀な人材を集めるために必要だろう。人事院が古い頭を切り替えることを期待したい。
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経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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